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短篇 結婚式は箱根エンパイアホテルで
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「颯太君。おめでただよ。おめでとう」
あー……じいちゃん先生、とうとう耄碌しちゃったかー。
じいちゃん先生の言葉を聞いて、僕はめっちゃ失礼なことを考えた。
だって、ただの風邪を妊娠と間違えるんだから、重症じゃない?
僕はこのところ、頭痛と吐き気、めまい、倦怠感という体調不良のため、病院で診察を受けていた。
子供の頃からお世話になっているかかりつけのお医者さん、田坂医院のおじいちゃん先生は、僕のことを何でも知ってるから、体調が悪いと僕は大人になった今でもここに来る。
それだけ、おじいちゃん先生は僕にとってありがたい存在なんだけど、それにしても限度がある。
僕はオメガだから、男でも妊娠するなんて芸当も可能だ。
可能だけどさー、妊娠するには必要なことがあるでしょう?
恥ずかしながら、僕はまだ誰ともそんな経験がない。
「じいちゃん先生。
僕マリア様じゃないから処女妊娠無理だわ」
僕は思わずそう宣のたまった。
……ん?
僕、今、27歳でセックス経験ないってカミングアウトしちゃった?
うわー!!
僕ってば、なんてことをじいちゃん先生に宣言してんた!!
恥ずかしい!!
しかも横で控えてる看護婦の畑中さんは僕の小中学校の同級生で友人のタケシの母親だ。
27歳で処女とか、僕は乙女か!!
自分でも分かってる。
発情期のあるオメガで、僕みたいに好きじゃなきゃ寝ないなんてこと言ってる奴は、絶滅危惧種だってこと。
だけど27年間、好きだって人が僕には現れなかったんだから、こればっかりは仕方ない。
それにしてもそんな純情まっしぐらなこと、同級生にばれたら恥ずかしすぎる!!
い、いや……辛うじて童貞だとはばれてないから!! ギリ!! ギリセーフ!!
僕は混乱しながらも平静を装うため、じいちゃん先生にニコッと微笑んだ。
「あのー、颯太君?
妊娠は、間違いないわよ?
どうもねー、オメガの子って、妊娠に気づかない子が多いから、薬を処方するときは必ず妊娠検査をするの。
颯太君、間違いなく、陽性だったわよ」
看護師の畑中さんは戸惑いながら、僕にそう言った。
え……?
確かにオメガがヒートの記憶が飛んじゃって知らないうちに妊娠してたって話は良くある話だ。
だけどそれはたいてい、誰と寝たのか分からないとかそういうことで。
決して行為自体を忘れるとか、そういうことではない。
でも、僕ホントにそんな記憶ないんだけど?
いくらなんでも処女喪失してたら気付くだろ!!
僕は納得しなかったけど、とにかく、腹部のエコー検査しようね? ってじいちゃん先生に言われた。
まあ、エコー検査受けたら、妊娠が間違いって分かるよねって思ったから、僕は大人しく腹部のエコー検査を受けた。
そして検査が始まり……画面に移された僕の腹部の映像には、間違いなく小さな胎児の姿が映うつっていた。
「妊娠10週目だね」って、じいちゃん先生の言葉が虚ろに響く。
僕の頭は真っ白になった。
10週間前……。
今、九月の初めだから……。
あ……美紀姉ちゃんの結婚式か!
僕はまだ呆然としてたけど、じいちゃん先生にお礼を言って、とぼとぼと帰宅した。
僕が帰宅すると、顔色が余程悪かったのか、実家に遊びに来ていた下の姉の智子ねえが「体調悪いなら、田坂医院に行きなさい」と言うほどだった。
いや、もう行ってきたんですよ、姉さん。
とにかく今は、ちゃんと考えなくちゃ。
僕は自室に戻って10週間前の記憶をさかのぼった。
6月末の土曜日の午後、箱根のホテルで上の姉、美紀ねえの結婚式があった。
両親が交通事故で急死したのは12年前。
美紀ねえは19、智子ねえは17、僕は15。
さらには下に12歳の祐樹と10歳の康浩がいた。
美紀ねえや智子ねえは、まだ自分たちだって子供だったのに、ずっと僕たちの面倒を見てくれた。
特に美紀ねえはすっぱりと大学をやめて就職して、本当に苦労かけたから、結婚式にはぜったい出席したかった。
だけど僕は、式の直前に体調を崩してほとんどホテルの部屋で寝ていたはずだ。
たしか式のあった土曜、僕は会場のすぐ横のロビーで、式場が開場するのを待ちながら、久々に会う従姉妹と他愛ない話で盛り上がってた。
なのに、めまいがしたかと思うと、急激に具合が悪くなっていった。
頭がクラクラして立っていられないほどで。
身体は熱っぽいし。
その日はそのホテルに宿泊する予定だったから、早めに部屋で休んでいることにしたんだ。
そうでもしないと救急車呼ばれそうだったし。
智子ねえが付いていくって言ったけど、ちょうど式が始まるとこで、僕の具合も少しはマシになってたから、僕はなんとか一人で部屋に向かった。
あれ……?
まてよ?
そういや、部屋に着いた記憶がない。
その次の僕の記憶は、携帯が鳴ってる音だ。
僕は部屋で寝ていたところを、携帯の音で目覚めたんだ。
電話は智子ねえからで、体調が良くなってたら夕食に来いってことだった。
要するに、寝てる間にとっくに式も披露宴も終わっていて。
外を見るとすっかり夜になってた。
まだ熱っぽいし、体も痛かったけど、昼間よりはだいぶ良くなってて。
すごくお腹もすいてたから、僕はそのまま夕食に行ったけど。
そういや、すごく喉がガラガラで声が枯れてて、皆に心配されたんだった。
……え?
あの時? 挙式と披露宴の間に?
僕、ホテルの部屋に行きつく前に誰かと出会って、そのまま事に及んだってこと?
……ってか、無理でしょ。
父親探すの。
僕、からっきし覚えてない!!
それに……僕、ヤリ逃げされたってことになるのかな?
「う……」
僕は急に胸が苦しくなって、涙をこぼした。
別に……純情ぶるつもりはない。
無いけど……ハジメテの記憶もなくて、誰かも知れない男の子供を妊娠してるなんて。
……こんなことなら、適当な奴と寝とけばよかった。
僕は好きじゃなかったけど、大学の時告白された峯田とか、去年言い寄られてた同僚の相田さんとか。
……居たのに!!
少なくとも、僕のことをちゃんと好きな人が!
どうせ妊娠するなら、そういう人の子供産みたかったな……。
僕は何のために今まで誰ともできなかったんだろう。
なのに、どうして妊娠した時にはあっさり体を許してしまったんだろう。
ホントに、どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
悲しくて悔しくて、涙は次々と溢れて、尽きそうになかった。
そんな後悔、今更したって、もう遅いけど。
僕はそれから2週間後、箱根にいた。
いろいろ考えたけど、どうしても僕には堕胎なんてことはできなかった。
本当は怖い。
しばらくは仕事も出来なくなるし、一人で育てることなんてきっと大変だと思う。
考えてみると両親が亡くなったとき、美紀ねえは今の僕よりずっと子供で、弟と妹抱えてすごく不安だったろうな。
そんなこと考えて。
そしたらふと、あのホテルに行きたいなって思ったんだ。
美紀ねえが式を挙げた「箱根エンパイアホテル」に。
記憶がないとはいえ、一応、子供の父親と出会った場所だろう?
父親を探そうとか、思い出そうとかそんな考えじゃなくて。
その場所を嫌な思い出じゃなくていい思い出に変えときたかったんだ。
生まれてくる子供のために。
そうして僕は一人、2泊3日の日程でホテルにチェックインした。
特に目的もないので、前回は体調不良でパスした芦ノ湖の遊覧船へと足を向ける。
シルバーウィークの真っただ中で、遊覧船は当然ながら満員。
景色は凄くきれいだった。
だけど5分もしないうちに僕はひどい船酔いに襲われた。
……大丈夫だと思ったんだけどな。
今日は体調も良かったし。
もしかしたら妊娠中って、酔いやすいのかな?
考えてみたら新幹線でもちょっと酔ったし。
船酔いと人酔いとつわりのトリプルミックスで、僕は遊覧船から降りるとホテルへと向かった。
だけどフラフラして、とても部屋まで行きつけそうもなく……とりあえず僕は、一階ロビーの奥のソファにぐったりと腰を下してしまった。
そんな僕の様子にホテルのスタッフの人が気付いてくれたみたいで。
「どうかなさいましたか?」
受付にいた女の人が、僕に話しかけてくれた。
「少し……遊覧船で酔ってしまって……」
僕はそれだけ言うと、目を閉じた。
しばらくすると、その女性は酔い止めの薬を持ってきてくれた。
ほんとに親切……いいホテルなんだな……。
そんなことを想いながら薬を受け取って、ふと、僕は不安になってその女性に確認した。
「この薬……妊娠中でも大丈夫ですか?」
彼女はすごく驚いた表情をしていて。ああ、オメガの妊婦って、初めて見るのかな? って思った時。
「妊娠……?
颯太、妊娠して……?」
僕は背後から颯太って呼ばれて、驚いて振り返った。
誰か、知り合いにばれたのかと思ったんだ。
まだ誰にも言えてなかったのに、親戚とか、同僚とか、そういう人たちに。
だけど振り向いた先にいたのは、そのどちらでもなかった。
「え……? す…めらぎさん?
なんでっ!」
僕は驚いて思わず声を上げた。
なんで今、どうしてこんなところで皇さんに会うんだろう。
どうして僕の名前を知ってるんだろう?
皇さんは、少し寂しそうに微笑んで「颯太……私に会いに来たんじゃないのか?」と尋ねた。
「……え?
僕が、皇さんに、会いに?
……話したこともないのになんでっ!!」
驚きのあまり思わず口から出た言葉が思いのほか大声だったようで、声がロビーに反響して、僕たちはたくさんの人たちに注目されていた。
うわ……!!
まずい!!
皇さんは、日本でも有数の財閥、皇すめらぎグループの次期当主だ。
テレビにも良く出演してるし有名人なのに、僕は公衆の面前で騒ぐなんて、大変なことをしてしまった。
いたたまれなくなって、僕はソファから立ち上がるとエレベーターへと遁走した。
……否、遁走しようとした。
だけど、僕は後ろから抱きすくめられた。
「馬鹿! 颯太、走るな!」
皇さんの声が、僕の耳元で囁かれる。
「っ……皇さん!
みんな、見てるからっ!
離して!!」
間違ってスキャンダルにでもなったら大変……! 僕は焦って、皇さんから離れようとした。
「ダメだ!
離さない!
離したら、逃げるだろ?」
「……逃げないっ!
逃げないからっ!!」
その場しのぎに僕はそう訴えたけど、その程度では。皇さんは僕を離そうとはしなかった。
そのまま僕はホテルの大きなロビーを皇さんに抱っこされながら、エレベーターに乗った。
それは、桜花学園の高等部二年の時だった。
私は高等部の生徒会長として、中等部の卒業式に出席し卒業を祝う挨拶をした。
私は決して神とか運命とかを信じたりはしない人間だったが、壇上に立った途端、私は中等部の卒業生の中にいた「彼」と目が合った瞬間に、彼こそが私の番つがいだと、はっきり確信した。
もちろんその時は卒業式の真っ最中で、彼に話しかけたりすることはできなかったが、私は安心しきっていた。
桜花学園はエスカレーター式で、中等部の生徒のほとんどは高等部に進む。
入学して来たらまた会えるのだと、そう思っていたから。
しかし高等部の入学式に「彼」の姿はなかった。
彼の名前も知らぬまま、12年。
その間、交際した人もいたが……どうして考えてしまう。
この人は「彼」じゃない、と、誰と過ごしていてもそう考えてしまうのだ。
番の相手だと、彼を見た瞬間そう直感したその事を、私は忘れることが出来なかった。
そして……私は結婚も婚約も……ましてや恋人と言えるような存在すらなく、皇グループの経営するホテルグループ、エンパイアホテルグループの総責任者になっていた。
そんなある日、業務の一環として、ブライダル部門でエンパイアホテルグループで挙式を予定している複数組のカップルに、関連誌への広告として取材や当日の撮影をお願いしていた。
その中の一つのカップル、前川達樹さんと木崎美紀さんの二人の挙式当日、私は視察するため披露宴会場を訪れた。
なぜ彼らを選んだかと言われても、大きな理由があったわけではない。
敢えて言えば、新婦の経歴の中に桜花学園中等部、高等部卒業と書いていたからかもしれない。
そんな、ちょっとした気持ちだったのだ。
しかしスチール写真を撮影している新郎新婦を見つめていた時に、私はわずかに香る甘い匂いに気付いた。
私は振り向いて、誘われるように匂いをたどって歩き出した。
そして……私は、視線の先に彼の姿を発見した。
12年前とは違う、大人になった彼を。
私は迷わずその後を追った。
「621……621……」
僕は披露宴会場から離れ、部屋を探して廊下を歩いていた。
まだ時間が早いせいで智子姉が泊まる部屋しか空いてないから、仕方なくその部屋を使わせてもらうことなったのだけど。
また具合が悪くなってきた。
頭がふらついてどうしようもない。
僕はどうにか部屋を見つけて部屋に入ろうとするけど、頭がぼーっとして……手が震え、カードキーをうまく翳かざすすことが出来ない。
これはなにか悪い病気の前兆なんだろうか?
そう思っていたら、僕の手に男の人の手が重なって。
ピーッって電子音が響いた後、ガチャ、と鍵が開く音がした。
びっくりして僕は背後を確認した。
「皇、さん?」
そこにいた人物が誰か気付いいた僕は、信じられない思いで彼を見つめた。
僕に手を差し伸べてくれたのは、ずっと憧れていた人、皇さん。
そんな皇さんは、どうしてここにいるんだろう。
「私の……私の番……。
どれほど会いたかったか……!」
僕は耳元で皇さんに囁かれ、立っていることが出来なくなった。
そうか……皇さんも、同じだったんだ。
僕の気のせいじゃなかったんだ。
中等部の卒業式で、壇上で祝辞を述べる皇さんと目が合った時、僕は即座に運命の相手が皇さんだと感じた。
だけど僕にとって皇さんは遠い人で……。
もともと、皇さんは桜花学園でも有名な人だった。
智子ねえは同級生だったから、いろいろ皇さんの武勇伝を聞かされてたし、ミーハーな僕の同級生が皇さんを隠し撮りした写真を見せてくれたこともあったから、どういう人かは良く知っていた。
学業もスポーツも優秀で。
しかもとびきりの美形。
さらには皇グループの跡取り息子。
だから僕にとっては本当に雲の上の人で。
話しかけたり、ましては、会いに行ったりするなんて考えられなかった。
だから僕は、卒業式の後も、僕が皇さんの番な訳がない、気のせいだと自分に言い聞かせた。
まさか皇さんが僕に会いたかったなんて、皇さんに言われるまで全然思いもしなかった。
僕はもう、立っていられなくなった。
そんな僕を、皇さんは支えてくれて……そしてもつれ合うように二人で部屋に入った。
そんな風に体が触れあってしまうと……もう止められなかった。
皇さんは僕を抱えてベットへと傾なだれこんだ。
激しいキスを繰り返しながら、皇さんに名前を聞かれたんだった。
「そう、た……。
き、ざき、そうた」
僕がそういうと、皇さんは嬉しそうに微笑んだ。
「颯太……」
名前を呼ばれたただそれだけなのに。
僕の理性はあっけなく崩れ落ちて。
激しく求めてしまった。
皇さんを。
皇さんの全てを。
どうしてあんなに大胆になれたのか、今でも良く分からない。
だけど、頭の片隅で、僕はずっと待ってたんだ、と思ってた。
皇さんが現れるのを、馬鹿みたいに、子供みたいに待ってたんだと、そう思ったんだ。
それなりに好きな人だっていたのに。
でも、僕には皇さんしか、ダメだったから。
もう我慢しなくていいんだって思った瞬間に、僕のリミッターは振り切れてしまったみたいだ。
どこを触っても、どこに触れられても、僕の体は簡単に燃え上がった。
後孔がじんじんとして濡れそぼるのを感じ、僕は淫らに、誘うように、その場所を皇さんのペニスにこすりつける。
「あっ、ああっ、もぉ、もぉ、やっ……!
はぁ…ん。あああ、ああ……!!
……れて……もぉ、が、まん……む、りぃ……!!
いれ……て……!!!」
皇さんが、苦しそうに息を吐きながら僕の中に入ってきたとき、僕はあまりの衝撃に背筋を大きく反らせた。
痛みと快感が強くて激しくて、僕は息もできなかった。
それからあとのことは、意識が飛んで断片的にしか覚えていない。
ただ二人で、狂ったように体を貪り合ったことしか、覚えていない。
だけど時折僕の顔を覗き込む皇さんの顔や、僕と同じように快感に身を委ねて切ない表情を浮かべている皇さんの顔がフラッシュバックする。
でも、ふと気づいて目を覚ますと、部屋には皇さんはいなかった。
携帯電話の音が部屋に響く中、僕はぼんやりと部屋の状況を見渡した。
普通に、ベットメイクされた部屋で、セックスの痕跡などなにもない部屋。
ホテルのバスローブを着ていたけど、それ以外は何も異常がなかった。
それから僕は電話に出て智子ねえと電話しながら、混乱しながらも今の状況を頭の中で整理した。
おそらく、ヒートだった。
予定日が近かったから抑制剤を服用していたけど。
淫らな妄想がいつもより鮮明だっただけ。
ヒート中はよくあることだ。
馬鹿だな、僕は。
やっぱり、皇さんが番だなんてありえない。
だけどいい加減恋人作らなきゃ。
こんなリアルな夢見るなんて、僕はどれだけ欲求不満なんだ。
僕はベッドサイドに掛けられていた服に着替えて部屋を出た。
そして、その晩は夜遅くまでみんなで騒ぎ合い、美紀ねえの結婚を祝った。
皇さんは僕の話を聞き終わると、皇さんは不満そうに鼻を鳴らした。
「それじゃ、私は最低な男じゃないか!」
「は、ぁ……」
僕はどう答えていいか分からず、困って皇さんを見上げた。
何故見上げているかというと、僕が、皇さんの膝の上に座らされているからなんだけど。
普通に座りたくても、皇さんは僕の体を片手でホールドしていて、離してくれない。
ちなみに今いる場所は、ホテルのスイートルーム。
最上階にいる。
僕が宿泊した部屋の何倍も大きくて、何倍も豪華な部屋だ。
ホテルのロビーから僕はその部屋に担がれたまま連れてこられて。
そのまま皇さんの膝の上に、顔が見えるように斜めに座っていて。
だけど平均身長より若干小さい僕が長身な皇さんの膝に座ると、どうしても見上げてしまうのだ。
皇さんは僕の話を聞きながら何度もキスをしてくるので、僕の話は中断してなかなか進まなかった。
それに、皇さんのキスはとても気持ちが良くて、僕はどこまで話したか分からなくなって。
もしかしたら何度も同じ場所を話したかもしれない。
でも、皇さんはそんな僕の話を、嬉しそうに聞いてくれてたんだけど。
最後のところで、急に不機嫌になってしまった。
「私は! 初めて愛を交わした相手を置いて帰るような人間じゃないぞ?
颯太の体を綺麗にしてからシャワーを浴びて部屋に戻ると、部屋はもぬけの殻だったんだ。
それに……それから私は二時間、部屋で待っていた。
部下からはひっきりなしに電話がかかって来るし、今考えても、最悪な二時間だった」
「えぇ!!
ごっ…ごめんなさい」
僕は皇さんの告白に、息を飲んだ。
し……知らなかった!!
ヤリ逃げしたのは、僕だったなんて、びっくりだ。
「仕方なく、ベットサイドに連絡先を書いて置いておいたんだが、全く連絡が来ないし、諦めきれずに朝部屋を訪ねたら、結婚指輪をつけた女性が出てきた。
正直、既婚者と寝てしまったのかと自己嫌悪で頭を殴られたみたいな気分になった」
「う……それ、と、智子ねえだと思う。
あの時ダブルしか空いてなかったから、姉さん夫婦の部屋借りてて……。
智子ねえ、大雑把な性格だから……置いてたメモにも気づいてなかったかも?
う……ご……ごめんなさい……。
僕が、ちゃんと確かめたら……良かった……」
そんな悲しい思いを、皇さんにさせちゃったなんて。
だけど、皇さんは優しく僕の頭を撫でた。
「馬鹿な……! 颯太は悪くない。
名前は分かったんだ。
調べたらすぐに居所も、独身だってことも分かったはずだ。
颯太を不安にさせた私が悪い」
どうしてこの人は、こんなに優しいんだろう。
だけど、僕はいろんな間違いをしてしまった。
高校の時だってそうだ。
授業料の高い私立の高校はやめて公立高校に進学したけど、会おうと思えば、僕は皇さんに会えたんだから。
あと一年で卒業だった智子ねえは、転校せずに学園に残っていた。
皇さんのクラスメイトだったんだから。
そんなことを考えてたら、僕は胸が熱くなって、皇さんのことが愛しくてたまらなくなって、皇さんを抱きしめた。
「皇さん……」
「……明信だ……」
「あ…明信、さん。
僕、子供を産んでも、いいですか?」
僕は恥ずかしかったけど、思い切って皇さんに聞いてみた。
皇さんはぎゅっと僕を抱きしめた。
それだけで僕は幸せだったんだけど。
「結婚しよう。
颯太……。
愛してる」
皇さんは僕にちゅっ、て、キスをして、「返事は? 颯太」と聞いた。
「僕も……あいして、ます。
すっ、え長く、よろしく、おねがい、します」
僕は涙で顔がぐちょぐちょになっていた。
だけど、後から聞いたらその時の僕が、最高に可愛いかったと皇さんは言う。
半信半疑だけど、皇さんがそう言うなら、可愛かったんだろう。
……たぶん。
それから、僕のつわりが収まるのを待って、僕と皇さんは結婚式を挙げた。
式場は、もちろん「箱根エンパイアホテル」で。
あー……じいちゃん先生、とうとう耄碌しちゃったかー。
じいちゃん先生の言葉を聞いて、僕はめっちゃ失礼なことを考えた。
だって、ただの風邪を妊娠と間違えるんだから、重症じゃない?
僕はこのところ、頭痛と吐き気、めまい、倦怠感という体調不良のため、病院で診察を受けていた。
子供の頃からお世話になっているかかりつけのお医者さん、田坂医院のおじいちゃん先生は、僕のことを何でも知ってるから、体調が悪いと僕は大人になった今でもここに来る。
それだけ、おじいちゃん先生は僕にとってありがたい存在なんだけど、それにしても限度がある。
僕はオメガだから、男でも妊娠するなんて芸当も可能だ。
可能だけどさー、妊娠するには必要なことがあるでしょう?
恥ずかしながら、僕はまだ誰ともそんな経験がない。
「じいちゃん先生。
僕マリア様じゃないから処女妊娠無理だわ」
僕は思わずそう宣のたまった。
……ん?
僕、今、27歳でセックス経験ないってカミングアウトしちゃった?
うわー!!
僕ってば、なんてことをじいちゃん先生に宣言してんた!!
恥ずかしい!!
しかも横で控えてる看護婦の畑中さんは僕の小中学校の同級生で友人のタケシの母親だ。
27歳で処女とか、僕は乙女か!!
自分でも分かってる。
発情期のあるオメガで、僕みたいに好きじゃなきゃ寝ないなんてこと言ってる奴は、絶滅危惧種だってこと。
だけど27年間、好きだって人が僕には現れなかったんだから、こればっかりは仕方ない。
それにしてもそんな純情まっしぐらなこと、同級生にばれたら恥ずかしすぎる!!
い、いや……辛うじて童貞だとはばれてないから!! ギリ!! ギリセーフ!!
僕は混乱しながらも平静を装うため、じいちゃん先生にニコッと微笑んだ。
「あのー、颯太君?
妊娠は、間違いないわよ?
どうもねー、オメガの子って、妊娠に気づかない子が多いから、薬を処方するときは必ず妊娠検査をするの。
颯太君、間違いなく、陽性だったわよ」
看護師の畑中さんは戸惑いながら、僕にそう言った。
え……?
確かにオメガがヒートの記憶が飛んじゃって知らないうちに妊娠してたって話は良くある話だ。
だけどそれはたいてい、誰と寝たのか分からないとかそういうことで。
決して行為自体を忘れるとか、そういうことではない。
でも、僕ホントにそんな記憶ないんだけど?
いくらなんでも処女喪失してたら気付くだろ!!
僕は納得しなかったけど、とにかく、腹部のエコー検査しようね? ってじいちゃん先生に言われた。
まあ、エコー検査受けたら、妊娠が間違いって分かるよねって思ったから、僕は大人しく腹部のエコー検査を受けた。
そして検査が始まり……画面に移された僕の腹部の映像には、間違いなく小さな胎児の姿が映うつっていた。
「妊娠10週目だね」って、じいちゃん先生の言葉が虚ろに響く。
僕の頭は真っ白になった。
10週間前……。
今、九月の初めだから……。
あ……美紀姉ちゃんの結婚式か!
僕はまだ呆然としてたけど、じいちゃん先生にお礼を言って、とぼとぼと帰宅した。
僕が帰宅すると、顔色が余程悪かったのか、実家に遊びに来ていた下の姉の智子ねえが「体調悪いなら、田坂医院に行きなさい」と言うほどだった。
いや、もう行ってきたんですよ、姉さん。
とにかく今は、ちゃんと考えなくちゃ。
僕は自室に戻って10週間前の記憶をさかのぼった。
6月末の土曜日の午後、箱根のホテルで上の姉、美紀ねえの結婚式があった。
両親が交通事故で急死したのは12年前。
美紀ねえは19、智子ねえは17、僕は15。
さらには下に12歳の祐樹と10歳の康浩がいた。
美紀ねえや智子ねえは、まだ自分たちだって子供だったのに、ずっと僕たちの面倒を見てくれた。
特に美紀ねえはすっぱりと大学をやめて就職して、本当に苦労かけたから、結婚式にはぜったい出席したかった。
だけど僕は、式の直前に体調を崩してほとんどホテルの部屋で寝ていたはずだ。
たしか式のあった土曜、僕は会場のすぐ横のロビーで、式場が開場するのを待ちながら、久々に会う従姉妹と他愛ない話で盛り上がってた。
なのに、めまいがしたかと思うと、急激に具合が悪くなっていった。
頭がクラクラして立っていられないほどで。
身体は熱っぽいし。
その日はそのホテルに宿泊する予定だったから、早めに部屋で休んでいることにしたんだ。
そうでもしないと救急車呼ばれそうだったし。
智子ねえが付いていくって言ったけど、ちょうど式が始まるとこで、僕の具合も少しはマシになってたから、僕はなんとか一人で部屋に向かった。
あれ……?
まてよ?
そういや、部屋に着いた記憶がない。
その次の僕の記憶は、携帯が鳴ってる音だ。
僕は部屋で寝ていたところを、携帯の音で目覚めたんだ。
電話は智子ねえからで、体調が良くなってたら夕食に来いってことだった。
要するに、寝てる間にとっくに式も披露宴も終わっていて。
外を見るとすっかり夜になってた。
まだ熱っぽいし、体も痛かったけど、昼間よりはだいぶ良くなってて。
すごくお腹もすいてたから、僕はそのまま夕食に行ったけど。
そういや、すごく喉がガラガラで声が枯れてて、皆に心配されたんだった。
……え?
あの時? 挙式と披露宴の間に?
僕、ホテルの部屋に行きつく前に誰かと出会って、そのまま事に及んだってこと?
……ってか、無理でしょ。
父親探すの。
僕、からっきし覚えてない!!
それに……僕、ヤリ逃げされたってことになるのかな?
「う……」
僕は急に胸が苦しくなって、涙をこぼした。
別に……純情ぶるつもりはない。
無いけど……ハジメテの記憶もなくて、誰かも知れない男の子供を妊娠してるなんて。
……こんなことなら、適当な奴と寝とけばよかった。
僕は好きじゃなかったけど、大学の時告白された峯田とか、去年言い寄られてた同僚の相田さんとか。
……居たのに!!
少なくとも、僕のことをちゃんと好きな人が!
どうせ妊娠するなら、そういう人の子供産みたかったな……。
僕は何のために今まで誰ともできなかったんだろう。
なのに、どうして妊娠した時にはあっさり体を許してしまったんだろう。
ホントに、どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
悲しくて悔しくて、涙は次々と溢れて、尽きそうになかった。
そんな後悔、今更したって、もう遅いけど。
僕はそれから2週間後、箱根にいた。
いろいろ考えたけど、どうしても僕には堕胎なんてことはできなかった。
本当は怖い。
しばらくは仕事も出来なくなるし、一人で育てることなんてきっと大変だと思う。
考えてみると両親が亡くなったとき、美紀ねえは今の僕よりずっと子供で、弟と妹抱えてすごく不安だったろうな。
そんなこと考えて。
そしたらふと、あのホテルに行きたいなって思ったんだ。
美紀ねえが式を挙げた「箱根エンパイアホテル」に。
記憶がないとはいえ、一応、子供の父親と出会った場所だろう?
父親を探そうとか、思い出そうとかそんな考えじゃなくて。
その場所を嫌な思い出じゃなくていい思い出に変えときたかったんだ。
生まれてくる子供のために。
そうして僕は一人、2泊3日の日程でホテルにチェックインした。
特に目的もないので、前回は体調不良でパスした芦ノ湖の遊覧船へと足を向ける。
シルバーウィークの真っただ中で、遊覧船は当然ながら満員。
景色は凄くきれいだった。
だけど5分もしないうちに僕はひどい船酔いに襲われた。
……大丈夫だと思ったんだけどな。
今日は体調も良かったし。
もしかしたら妊娠中って、酔いやすいのかな?
考えてみたら新幹線でもちょっと酔ったし。
船酔いと人酔いとつわりのトリプルミックスで、僕は遊覧船から降りるとホテルへと向かった。
だけどフラフラして、とても部屋まで行きつけそうもなく……とりあえず僕は、一階ロビーの奥のソファにぐったりと腰を下してしまった。
そんな僕の様子にホテルのスタッフの人が気付いてくれたみたいで。
「どうかなさいましたか?」
受付にいた女の人が、僕に話しかけてくれた。
「少し……遊覧船で酔ってしまって……」
僕はそれだけ言うと、目を閉じた。
しばらくすると、その女性は酔い止めの薬を持ってきてくれた。
ほんとに親切……いいホテルなんだな……。
そんなことを想いながら薬を受け取って、ふと、僕は不安になってその女性に確認した。
「この薬……妊娠中でも大丈夫ですか?」
彼女はすごく驚いた表情をしていて。ああ、オメガの妊婦って、初めて見るのかな? って思った時。
「妊娠……?
颯太、妊娠して……?」
僕は背後から颯太って呼ばれて、驚いて振り返った。
誰か、知り合いにばれたのかと思ったんだ。
まだ誰にも言えてなかったのに、親戚とか、同僚とか、そういう人たちに。
だけど振り向いた先にいたのは、そのどちらでもなかった。
「え……? す…めらぎさん?
なんでっ!」
僕は驚いて思わず声を上げた。
なんで今、どうしてこんなところで皇さんに会うんだろう。
どうして僕の名前を知ってるんだろう?
皇さんは、少し寂しそうに微笑んで「颯太……私に会いに来たんじゃないのか?」と尋ねた。
「……え?
僕が、皇さんに、会いに?
……話したこともないのになんでっ!!」
驚きのあまり思わず口から出た言葉が思いのほか大声だったようで、声がロビーに反響して、僕たちはたくさんの人たちに注目されていた。
うわ……!!
まずい!!
皇さんは、日本でも有数の財閥、皇すめらぎグループの次期当主だ。
テレビにも良く出演してるし有名人なのに、僕は公衆の面前で騒ぐなんて、大変なことをしてしまった。
いたたまれなくなって、僕はソファから立ち上がるとエレベーターへと遁走した。
……否、遁走しようとした。
だけど、僕は後ろから抱きすくめられた。
「馬鹿! 颯太、走るな!」
皇さんの声が、僕の耳元で囁かれる。
「っ……皇さん!
みんな、見てるからっ!
離して!!」
間違ってスキャンダルにでもなったら大変……! 僕は焦って、皇さんから離れようとした。
「ダメだ!
離さない!
離したら、逃げるだろ?」
「……逃げないっ!
逃げないからっ!!」
その場しのぎに僕はそう訴えたけど、その程度では。皇さんは僕を離そうとはしなかった。
そのまま僕はホテルの大きなロビーを皇さんに抱っこされながら、エレベーターに乗った。
それは、桜花学園の高等部二年の時だった。
私は高等部の生徒会長として、中等部の卒業式に出席し卒業を祝う挨拶をした。
私は決して神とか運命とかを信じたりはしない人間だったが、壇上に立った途端、私は中等部の卒業生の中にいた「彼」と目が合った瞬間に、彼こそが私の番つがいだと、はっきり確信した。
もちろんその時は卒業式の真っ最中で、彼に話しかけたりすることはできなかったが、私は安心しきっていた。
桜花学園はエスカレーター式で、中等部の生徒のほとんどは高等部に進む。
入学して来たらまた会えるのだと、そう思っていたから。
しかし高等部の入学式に「彼」の姿はなかった。
彼の名前も知らぬまま、12年。
その間、交際した人もいたが……どうして考えてしまう。
この人は「彼」じゃない、と、誰と過ごしていてもそう考えてしまうのだ。
番の相手だと、彼を見た瞬間そう直感したその事を、私は忘れることが出来なかった。
そして……私は結婚も婚約も……ましてや恋人と言えるような存在すらなく、皇グループの経営するホテルグループ、エンパイアホテルグループの総責任者になっていた。
そんなある日、業務の一環として、ブライダル部門でエンパイアホテルグループで挙式を予定している複数組のカップルに、関連誌への広告として取材や当日の撮影をお願いしていた。
その中の一つのカップル、前川達樹さんと木崎美紀さんの二人の挙式当日、私は視察するため披露宴会場を訪れた。
なぜ彼らを選んだかと言われても、大きな理由があったわけではない。
敢えて言えば、新婦の経歴の中に桜花学園中等部、高等部卒業と書いていたからかもしれない。
そんな、ちょっとした気持ちだったのだ。
しかしスチール写真を撮影している新郎新婦を見つめていた時に、私はわずかに香る甘い匂いに気付いた。
私は振り向いて、誘われるように匂いをたどって歩き出した。
そして……私は、視線の先に彼の姿を発見した。
12年前とは違う、大人になった彼を。
私は迷わずその後を追った。
「621……621……」
僕は披露宴会場から離れ、部屋を探して廊下を歩いていた。
まだ時間が早いせいで智子姉が泊まる部屋しか空いてないから、仕方なくその部屋を使わせてもらうことなったのだけど。
また具合が悪くなってきた。
頭がふらついてどうしようもない。
僕はどうにか部屋を見つけて部屋に入ろうとするけど、頭がぼーっとして……手が震え、カードキーをうまく翳かざすすことが出来ない。
これはなにか悪い病気の前兆なんだろうか?
そう思っていたら、僕の手に男の人の手が重なって。
ピーッって電子音が響いた後、ガチャ、と鍵が開く音がした。
びっくりして僕は背後を確認した。
「皇、さん?」
そこにいた人物が誰か気付いいた僕は、信じられない思いで彼を見つめた。
僕に手を差し伸べてくれたのは、ずっと憧れていた人、皇さん。
そんな皇さんは、どうしてここにいるんだろう。
「私の……私の番……。
どれほど会いたかったか……!」
僕は耳元で皇さんに囁かれ、立っていることが出来なくなった。
そうか……皇さんも、同じだったんだ。
僕の気のせいじゃなかったんだ。
中等部の卒業式で、壇上で祝辞を述べる皇さんと目が合った時、僕は即座に運命の相手が皇さんだと感じた。
だけど僕にとって皇さんは遠い人で……。
もともと、皇さんは桜花学園でも有名な人だった。
智子ねえは同級生だったから、いろいろ皇さんの武勇伝を聞かされてたし、ミーハーな僕の同級生が皇さんを隠し撮りした写真を見せてくれたこともあったから、どういう人かは良く知っていた。
学業もスポーツも優秀で。
しかもとびきりの美形。
さらには皇グループの跡取り息子。
だから僕にとっては本当に雲の上の人で。
話しかけたり、ましては、会いに行ったりするなんて考えられなかった。
だから僕は、卒業式の後も、僕が皇さんの番な訳がない、気のせいだと自分に言い聞かせた。
まさか皇さんが僕に会いたかったなんて、皇さんに言われるまで全然思いもしなかった。
僕はもう、立っていられなくなった。
そんな僕を、皇さんは支えてくれて……そしてもつれ合うように二人で部屋に入った。
そんな風に体が触れあってしまうと……もう止められなかった。
皇さんは僕を抱えてベットへと傾なだれこんだ。
激しいキスを繰り返しながら、皇さんに名前を聞かれたんだった。
「そう、た……。
き、ざき、そうた」
僕がそういうと、皇さんは嬉しそうに微笑んだ。
「颯太……」
名前を呼ばれたただそれだけなのに。
僕の理性はあっけなく崩れ落ちて。
激しく求めてしまった。
皇さんを。
皇さんの全てを。
どうしてあんなに大胆になれたのか、今でも良く分からない。
だけど、頭の片隅で、僕はずっと待ってたんだ、と思ってた。
皇さんが現れるのを、馬鹿みたいに、子供みたいに待ってたんだと、そう思ったんだ。
それなりに好きな人だっていたのに。
でも、僕には皇さんしか、ダメだったから。
もう我慢しなくていいんだって思った瞬間に、僕のリミッターは振り切れてしまったみたいだ。
どこを触っても、どこに触れられても、僕の体は簡単に燃え上がった。
後孔がじんじんとして濡れそぼるのを感じ、僕は淫らに、誘うように、その場所を皇さんのペニスにこすりつける。
「あっ、ああっ、もぉ、もぉ、やっ……!
はぁ…ん。あああ、ああ……!!
……れて……もぉ、が、まん……む、りぃ……!!
いれ……て……!!!」
皇さんが、苦しそうに息を吐きながら僕の中に入ってきたとき、僕はあまりの衝撃に背筋を大きく反らせた。
痛みと快感が強くて激しくて、僕は息もできなかった。
それからあとのことは、意識が飛んで断片的にしか覚えていない。
ただ二人で、狂ったように体を貪り合ったことしか、覚えていない。
だけど時折僕の顔を覗き込む皇さんの顔や、僕と同じように快感に身を委ねて切ない表情を浮かべている皇さんの顔がフラッシュバックする。
でも、ふと気づいて目を覚ますと、部屋には皇さんはいなかった。
携帯電話の音が部屋に響く中、僕はぼんやりと部屋の状況を見渡した。
普通に、ベットメイクされた部屋で、セックスの痕跡などなにもない部屋。
ホテルのバスローブを着ていたけど、それ以外は何も異常がなかった。
それから僕は電話に出て智子ねえと電話しながら、混乱しながらも今の状況を頭の中で整理した。
おそらく、ヒートだった。
予定日が近かったから抑制剤を服用していたけど。
淫らな妄想がいつもより鮮明だっただけ。
ヒート中はよくあることだ。
馬鹿だな、僕は。
やっぱり、皇さんが番だなんてありえない。
だけどいい加減恋人作らなきゃ。
こんなリアルな夢見るなんて、僕はどれだけ欲求不満なんだ。
僕はベッドサイドに掛けられていた服に着替えて部屋を出た。
そして、その晩は夜遅くまでみんなで騒ぎ合い、美紀ねえの結婚を祝った。
皇さんは僕の話を聞き終わると、皇さんは不満そうに鼻を鳴らした。
「それじゃ、私は最低な男じゃないか!」
「は、ぁ……」
僕はどう答えていいか分からず、困って皇さんを見上げた。
何故見上げているかというと、僕が、皇さんの膝の上に座らされているからなんだけど。
普通に座りたくても、皇さんは僕の体を片手でホールドしていて、離してくれない。
ちなみに今いる場所は、ホテルのスイートルーム。
最上階にいる。
僕が宿泊した部屋の何倍も大きくて、何倍も豪華な部屋だ。
ホテルのロビーから僕はその部屋に担がれたまま連れてこられて。
そのまま皇さんの膝の上に、顔が見えるように斜めに座っていて。
だけど平均身長より若干小さい僕が長身な皇さんの膝に座ると、どうしても見上げてしまうのだ。
皇さんは僕の話を聞きながら何度もキスをしてくるので、僕の話は中断してなかなか進まなかった。
それに、皇さんのキスはとても気持ちが良くて、僕はどこまで話したか分からなくなって。
もしかしたら何度も同じ場所を話したかもしれない。
でも、皇さんはそんな僕の話を、嬉しそうに聞いてくれてたんだけど。
最後のところで、急に不機嫌になってしまった。
「私は! 初めて愛を交わした相手を置いて帰るような人間じゃないぞ?
颯太の体を綺麗にしてからシャワーを浴びて部屋に戻ると、部屋はもぬけの殻だったんだ。
それに……それから私は二時間、部屋で待っていた。
部下からはひっきりなしに電話がかかって来るし、今考えても、最悪な二時間だった」
「えぇ!!
ごっ…ごめんなさい」
僕は皇さんの告白に、息を飲んだ。
し……知らなかった!!
ヤリ逃げしたのは、僕だったなんて、びっくりだ。
「仕方なく、ベットサイドに連絡先を書いて置いておいたんだが、全く連絡が来ないし、諦めきれずに朝部屋を訪ねたら、結婚指輪をつけた女性が出てきた。
正直、既婚者と寝てしまったのかと自己嫌悪で頭を殴られたみたいな気分になった」
「う……それ、と、智子ねえだと思う。
あの時ダブルしか空いてなかったから、姉さん夫婦の部屋借りてて……。
智子ねえ、大雑把な性格だから……置いてたメモにも気づいてなかったかも?
う……ご……ごめんなさい……。
僕が、ちゃんと確かめたら……良かった……」
そんな悲しい思いを、皇さんにさせちゃったなんて。
だけど、皇さんは優しく僕の頭を撫でた。
「馬鹿な……! 颯太は悪くない。
名前は分かったんだ。
調べたらすぐに居所も、独身だってことも分かったはずだ。
颯太を不安にさせた私が悪い」
どうしてこの人は、こんなに優しいんだろう。
だけど、僕はいろんな間違いをしてしまった。
高校の時だってそうだ。
授業料の高い私立の高校はやめて公立高校に進学したけど、会おうと思えば、僕は皇さんに会えたんだから。
あと一年で卒業だった智子ねえは、転校せずに学園に残っていた。
皇さんのクラスメイトだったんだから。
そんなことを考えてたら、僕は胸が熱くなって、皇さんのことが愛しくてたまらなくなって、皇さんを抱きしめた。
「皇さん……」
「……明信だ……」
「あ…明信、さん。
僕、子供を産んでも、いいですか?」
僕は恥ずかしかったけど、思い切って皇さんに聞いてみた。
皇さんはぎゅっと僕を抱きしめた。
それだけで僕は幸せだったんだけど。
「結婚しよう。
颯太……。
愛してる」
皇さんは僕にちゅっ、て、キスをして、「返事は? 颯太」と聞いた。
「僕も……あいして、ます。
すっ、え長く、よろしく、おねがい、します」
僕は涙で顔がぐちょぐちょになっていた。
だけど、後から聞いたらその時の僕が、最高に可愛いかったと皇さんは言う。
半信半疑だけど、皇さんがそう言うなら、可愛かったんだろう。
……たぶん。
それから、僕のつわりが収まるのを待って、僕と皇さんは結婚式を挙げた。
式場は、もちろん「箱根エンパイアホテル」で。
応援ありがとうございます!
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みんなの感想(3件)
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高牧さ~ん!!
アルファさんでの公開、ありがとうございます!(^^)!
暗記するのかってくらい読んじゃってるよ♪てへ!
アルファさんでも続編公開、期待してます!!
今書き書きしてるけど、結構皇さんと尊人&匡哉、いい味出してます笑。
颯太君と那由多&音羽はもう少し先だけど、自分も楽しみながら書いていきます!(^^)!
……結婚式&披露宴は、ほんと奥が深いですね~( ̄▽ ̄) 調べれば調べる程……ドツボにハマりそう笑。
とはいえ藍白の暴走、高牧さんに公認してもらったので(笑)、高牧さんの広~いお胸をドーンとお借りして、先行更新頑張りま~す!!
よろしくお願いします(`・ω・´)キリっ!! 藍白。
感想投稿ありがとうございます(#^.^#)
暗記するほどって……すごい! すごすぎるよ、藍白さん!!!
コラボが予定されている続編は、準備出来次第投稿をはじめさせていただきますね。
こちらは連載になるので、徐々にとなると思います☆彡
「ねえ、話をしよう」の今日公開分で、とうとう皇さん、登場しましたね!
まだこのころは颯太と皇さんは再会前ですね~。
尊那ペア、匡音ペア(バド風呼称)の運命の番同士のカップルに、内心羨ましいぞぉ! となっているに違いないですヨ。
先行投稿よろしくです。読者サイドでまずは楽しみますね♪(←他人事のよう……)
続編もあるんですか☆素敵なお知らせありがとうございます!
わー!
コラボですか!!
素敵ですね(≧∀≦)
オメガバースというジャンルは今年に入って知りまして、面白い設定だなぁ〜と思っておりました。
藍白さんも、オメガバースでたくさん作品を書かれていますね!
ぜひぜひチェックさせていただきます〜
楽しい執筆ライフを(*´∀`)♪
感想投稿ありがとうございます(#^.^#)
亀更新なので私の方はのんびりお待ちくださいまし<(_ _)>
藍白さん(良き作家さん仲間♪)の方はサクサク進んでいますので、もうホテル名とか出ちゃってすでにいい感じd(*´▽`*)です!
応援を励みに頑張ります♪
はじめまして!
短編なのに読み応えあって楽しく拝読しました(*´∀`*)
記憶にない妊娠…
めちゃくちゃ恐怖ですね:(;゙゚'ω゚'):
相手は誰なのか?!というミステリーのようなドキドキとそれによって颯太くんが自身を振り返るのを見守るドキドキがありました。
皇さんも素敵な人でよかった〜!今まで一緒にいられなかった分はこれから!!
嫁好き、子煩悩なパパは最高です☆
「運命」っていう言葉も大人になってから使うとまた重みが出ていいなと思いました。
もちろん若い時に感じる運命の激しさや熱さも素敵なのですが。
一回りして来たからこそ感じる空虚さからの埋まりが出すこれからへの決意を感じて、心地よい読後感でした〜(*^_^*)
高牧さんの他の作品もとても楽しくて、更新楽しみにしております〜!
長々と失礼しました!!
感想投稿有り難うございます(^o^)
実際にオメガバースが存在してたらどうだろう……という発想から生まれたこのお話ですが、箱根という実在する場所を描いたのがはじめてで、かなりドキドキして書いたのを覚えています。
颯太は皇さんと再会して幸せになりますが、妊娠ってかなり大きなイベントですから、みんなにとって幸せであって欲しいですよねー。気に入っていただいて嬉しいです。
実はこの物語、現在続編を作成中です。
結婚式直前のちょっとしたゴタゴタを描いた作品ですが、徐々にアップしていきますので、こちらも読んでいただけると嬉しいです。
更に更に、交流のある藍白様とコラボ計画が進行中でして、現在連載中の「ねえ、話をしよう」の中で皇さんの&颯太が登場し、続編には藍白様のキャラクターが登場する計画となっておりますので、どちらも楽しんでいただくと嬉しいです。
亀更新な私ですが、できるだけお待たせしないように、頑張りますね。