僕は寒い冬が待ち遠しい 【BL】

高牧 まき

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第三話

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 ああ、くそっ。

 須崎に見られているかと思うと落ち着かない。

 それに……須崎の匂い。

 男らしくて……アルファらしい匂い。

 学校には多数のアルファがいるが、千寿が一番好きな匂いは……何故だか須崎の匂いだ。

 子供の頃の刷り込みのせいかとも思う。

 近い距離で須崎に見つめられ、その匂いを嗅ぐと途端に集中力がどこかに霧散してみたいで、問題集の進みが悪くなってしまった。

 なのに、須崎は素知らぬ顔で千寿の前の椅子に腰かけた。

 何度も間違えては消しゴムでミスした個所を消していく。

 須崎が千寿から微妙に距離を置くようになったのは、数年前。

 須崎が教師になった頃だと思う。

 教師と生徒の立場になったからだと思い込めるほど、千寿には好かれている自信がない。

 嫌なら婚約を解消してくれればいいと思うのだが、それはそれで困ってしまうのも事実だ。

 そもそも千寿と須崎の婚約だって、大人の事情というものがあった。

 千寿は比較的社会的な地位の高い家庭に生まれた。

 そして幸いにして愛情もあった両親は、生まれてすぐにオメガと分かった千寿のために良縁を探した。

 たまたまなのだが、その頃須崎の家庭も、家柄の良いオメガを探していた。

 中学生になっていた慧のために。

 なぜなら慧の兄、そうは、西史生というオメガに出会い、人生を変えてしまったから。

 最初から史生は蒼の財産が目当てだった。

 すべては後から分かったことだが、西はヤクザの情夫をしていた。

 蒼だけではなく、オメガに慣れていないアルファの未成年たちと偶然を装い近づき、そして発情期を利用して関係を持った。

 そして無理矢理犯されたのだと訴えると言い、脅迫した。

 最初からそのつもりだったのだから、西には訴えるだけの証拠をたくさん用意していた。

 追い詰められた蒼は手首を切った。

 幸い命はとりとめたものの、そのせいで事件が世間に明るみになってしまい。

 それからというもの、蒼は対人恐怖症になってしまった。

 ほとんど自宅から出ることが出来ないのだ。

 そういうわけで、同じ轍を踏まないように、アルファとして生まれた慧のためにオメガを探した。

 できるだけ家柄が良く、優秀なオメガを。

 そんな両者の思惑が合致した結果、二人は婚約した。

 しかし、千寿が高校に入って須崎の生徒となるや、距離は一層遠くなった。

 こうやって、週に一回会うことを義務付けられている以外は、婚約者らしいこともしていない。

 遠巻きに見つめるだけで、昔みたいにハグしたり、あいさつ程度のキスをしたりすることもなくなって。

 だけど、こんな風に勉強に邁進できるのも、須崎のお陰であって。

 須崎は千寿が大学に行くのも、働くのも厭わないという。

 オメガに執着するあまり軟禁生活を強いるアルファもいるというのに。

 だから、我慢したらいいのだと、千寿は思うのだ。

 いくら須崎に好かれてなくても、婚約者であれば、自由が約束されているのだから。

 だけどただ無言で過ごすだけの時間が、もどかしい。

 どうして須崎は、ただ同じ空間で過ごすという慣習をやめようとしないんだろう。

 千寿は問題集から顔を上げられなかった。

 須崎が近くに居ると、なんだか息が苦しくなる。

 それがどういうことなのか……千寿は考えないように、蓋をしている。

 それは、覗いちゃいけない……覗いたら、傷ついてしまうから。

 結局その日もいつもの様に宿題と予習と復習に時間の全てを費やし、5時になるとそそくさと須崎の部屋から逃げ出した。

 通りで振り向くと、高層マンションの部屋の窓から須崎のシルエットが浮かび上がる。

 ……うう!!

 こんなとこまで見なくてもいいじゃんか!!

 千寿は体を小さくしながら、足早に立ち去るのだった。
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