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1章

番外編 あの人、普段は何でも私のお願いを聞いてくれるのに、ああいう時だけ意地悪なんだ

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 六月のある雨の金曜日、同僚の佐藤先生と中山先生と三人で勤務先の小学校から駅まで歩いて帰っていたら、
「リカ!」
 って名前を呼ぶ声が。
「リョータ?」
 大好きな恋人が、パーキングに停めた黒い車に寄りかかっている。今日はシャツにベージュのチノパンというシンプルな格好だ。いつもと同じ優しいまなざしで私を見つめている。
 リョータ! リョータだ!
 すごく嬉しい。今日は遅くなってしまったからもう会えないと思っていた。
 「ごめん、彼が迎えに来てくれたみたいだから、ここで。じゃ、また来週ね」
 私は顔がにやけるのを抑えられない。遼太に向かって一目散に駆けていった。遼太は、中山先生と佐藤先生に軽く会釈をすると、私のために助手席のドアを開けてくれる。
 相変わらずマメで嬉しいけど、ちょっと恥ずかしい。
 中山先生とと佐藤先生は無言で会釈を返し、駅に向かって歩いて行ってしまった。
 えーん、絶対見られたよー、月曜日にからかわれるよ……。
 私は助手席でちょっぴりしゅんとしてしまったけど遼太はお構いなしに車を駐車場から出した。

 あれ? これ家に向かってないよね。
 気が付いたら都市高速に乗っている。太宰府で高速道路に乗り換えると車は熊本方面に向かった。
 リョータ、これ家を通り過ぎちゃうよ!
「ねぇ、どこに行くの」
「ん? ナイショ。リカ、遅くまで仕事して疲れてるでしょ? 寝てていいよ、着いたら起こすから」
 遼太は私をすぐに甘やかそうとする。
 遠出して夕食を食べるのかなー? 久留米とか……? 全く分かんない。
「大丈夫、私、寝ないよ。眠くないもん」
 そう言っておきながら、完全に熟睡してしまった。子供の頃から車に乗ると寝てしまうのだ。リョータは、もちろんそんなことお見通しだ……。

 目が覚めたら高速のパーキングだった。
「少し降りようか?」
 遼太はそう言って私のシートベルトを外してくれる。その時、軽くかすめるようにして唇を重ねられた。
 んもうっ! 隙を見せたらこのイケメンはすぐにこういう事をしてくる! なんてヤツだ!
 私は赤くなった頬をごまかすように膨らましてみせた。
「ハハハッ、相変わらずリカはかわいいな」
……何をどうやっても勝てない……。
 ところで、ここは、どこのパーキングなんだろう……。
 車を降りてびっくりした。綺麗な夜景が見える。
……別府湾の夜景だ! ここ、別府湾サービスエリアだ!
 私、2時間位寝てしまっていたみたい……。

 って、ちょっと待って。こんなに遠いところ仕事終わりにふらっと来るところじゃないよ!
 私、家に連絡してない!
「あ、伯父さんと伯母さんの許可は貰ってるから心配なく」
 青い顔をした私に遼太は平然と言った。
 準備良すぎじゃない?
 私はここでやっと自分がすっかりはめられたことに気が付いた。
 これは、計画的犯行だー!

 その後、私たちを乗せた車は別府湾を一望できる高台の大型リゾートホテルに……。
 ああ、懐かしいなー。子供の頃に遼太と泊まりに来たことがある。このホテルは今は水着で入れる温泉があったりと、アミューズメントパーク化している人気のホテルだ。久しぶりに来てみたかったんだよね!
 部屋に荷物を置くと早速バイキングに向かった。
「お腹空いただろ? たくさん食えよ」
「でも、このあと温泉に行きたいのに」
 あんまり満腹になったらすぐにはお風呂に入りたくなくなっちゃうよ。なんて思っていたのに、あまりにバイキングが楽しくてついつい食べ過ぎてしまった……。

「もう食べられないよ~」
 再び部屋に戻ると私は大きなベッドに倒れこんだ。
「俺も……食べ過ぎたー!」
 遼太も私の横にごろんと横になる。
「ぷっ、ふふふ、なんかリョータのそういう姿って珍しいね」
「そうか? こう見えて俺もはしゃいでるんだよ」
 隣を見ると遼太が肘枕をして私を見下ろしていた。
 少し伏せた瞳が色っぽい。
 あ……。
「……リカ」
 遼太の綺麗な顔がゆっくり近づいて来たから私は目を閉じた。
「ん……」

 優しい口づけにうっとりしちゃったけど、ちょっと待って!
 今、ベッドの上でこんな雰囲気になっちゃったら、温泉に入りに行けないよっ!
 リョータ、お願い。
 せっかく別府に来たんだから温泉に入らせてーーー!!!


「はー、気持ちいいー!」
 朝から温泉なんて、なんて贅沢なんだ!
 このホテルの露天風呂は絶景だ。五段の湯船を棚田状に広げた大展望露天風呂なんだって。
 ああ、朝日が眩しいよ。チェックアウト前に入りに来て正解だったなー。
 いい気分。

 え? 夕べ無事に温泉に入れたかって?
 それは聞かないで。
 温泉に入れるのは二十四時まで。ただでさえ到着時間が遅かったのに遼太が……。
 あの人、普段は何でも私のお願いを聞いてくれるのに、ああいう時だけ意地悪なんだ。
 うう、イケメンにはかなわない……。
 
 露天風呂を出て部屋に戻ると遼太はもう荷物をすべて鞄に詰めていた。リョータのすごいところは私に内緒で私の荷物も完璧に用意していたことだ。
 どんな顔して買い物したんだろ? まあ、今は、ほとんどのものはネットで買えるから平気なのかな?

 車に乗って帰るのかと思っていたら、
「さあ、今から水族館に行って、そのあと湯布院に移動するぞ」
 なんて駐車場で言うから驚いた。
「え?」
「湯布院でもう一泊だ」
「そうなの……?」
「ああ、今度の宿は離れになっていて部屋に露天風呂も付いてるぞ」
「すごいね……」
 なんだか驚き過ぎて言葉にならない。
 私たちはお互いに実家暮らしだから、二人きりで過ごせる時間はあまりとれない。付き合ってから半年目で初めての旅行にサプライズで連れて来てくれるなんて……。
「リョータ……ありがとう」
 私は思わず遼太に抱き着いた。遼太もギュッと抱きしめてくれる。
 ん? 私、今日は長い髪をまとめているんだけど……。
「あ……ん、くすぐったいって、もうリョータ……」
 耳の後ろに唇を寄せるのはヤメテ!
 遼太は私の耳元で囁いた。
「リカは髪をまとめているのも似合うよ」
「そう……かな?」
「うん、かわいい」
 そ、そんなことを言われたら照れてしまう……。
「あ、ありがと」
 休み明けの月曜日は髪を結んで出勤しようかな~!
 なんて、気を良くした私がバカだった。

 リョータめー!
 私には見えないところに痕を付けるなんて!
 中山先生に見られちゃったじゃないかっ!

 もう、絶対に髪はまとめないからねっ!

 でも、初めて二人で行った旅行は本当に楽しかった。
 旅行中、何度も遼太に『大好きっ』て言ったことは恥ずかしいから二人だけの秘密だよ。
 
 リョータ……大好きっ!



<この番外編は『あまーいマスクの佐藤先生に塩対応!~ちょっと! イケメンが本気出したら私なんか太刀打ちできないって!~』の3話、13話と連動して執筆しております。そちらの作品もあわせて読んでいただけたら嬉しいです。>
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