ギソコン~ワケあって偽装婚約した彼は、やり手のイケメン弁護士!?~

深海 なるる

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プロローグ

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「千尋さん、今すぐ私と結婚しましょう」

 突然後ろから声をかけられて私は振り返った。
 久しぶりに訪れた父の法律事務所オフィス
 呼びつけておきながら父は不在だった。
 ったく、用事があるのなら家で話せばいいじゃない。わざわざ来たのに自分は出掛けてるってどういうことよ?
 部屋の主を待つ間、応接スペースのソファに深く腰かけてスマホを触っていたから、声をかけられるまで人が入って来たことに気が付かなかった。
「トーマ先生……?」
 そこには、父の部下で弁護士の四宮しのみや冬馬とうま先生が立っていた。相変わらずスラリとした長身で濃紺のスーツがとても良く似合っている。
 私より五歳年上の二十六歳。
 切れ長の瞳が涼しげな、かなりのイケメンだ。
「千尋さん、結婚が無理なら、ひとまず私と婚約しましょう」
 こ、こんやく? 婚約って!?
 さっきからトーマ先生は何を言っているんだろう?
 だって私達、会うのは一年半ぶりなのに……。
 冬馬先生は私の横にスッと座るとじっと私の顔をのぞき込んでくる。
 え? ち、ちょっと先生、近いよ……。
 私は少しでも距離をとりたくて後ずさる。
 綺麗な顔でまじまじと見つめられると困ってしまう。
「今日、御父上が千尋さんをここに呼ばれたのは、婚約者候補に引き合わせるためです。千尋さん……このままだと小田桐所長が決めた男と無理やり結婚させられてしまいますよ」
 は? はぁぁあああ!?
 思いがけない言葉に私は口をぽかんと開けた。
 結婚って……そんなの急展開すぎる!
 けど……。
 あの人ならやりかねない。
 もうっ! お父さんめぇぇええ!! 
『俺は変わる』って言うから家に戻ってきたというのに、ぜんっぜん、変わってないじゃん!
 早速こんなことを企むなんて、どうして私が一年半前家を出たのか、あの人、まったく分かってない!!

「トーマ先生、私、帰ります!」
 お父さんの思い通りになんてなってたまるか!
 今時、親が決めた相手と結婚するなんてありえない。
 そもそも、私、結婚自体一生する気がないのだ。
 私は勢いよく立ち上がってソファーの上のバッグに手を伸ばした。
「逃がしませんよ」
 冬馬先生は私の手を掴んでグイっと私を引き寄せた。
「ち、ちょっとトーマせんせっ!」
 バランスを崩しながらもなんとかその場に踏みとどまる。
 ソファーに座る冬馬先生に手を握られたまま私たちは見つめあった。
「千尋さん……御父上の性格はご存知でしょう? あの方、千尋さんがどんなに抵抗しようと叶う相手じゃありません」
「それは……」
 それは確かにその通りだ。
 お父さんの性格なんて嫌というほど良く知っている。
 どんなに私が嫌がろうと強引に事を進めるに決まってる。
 悔しいけどあの人、かなりの敏腕弁護士だから、私みたいな小娘が太刀打ちできる相手じゃない……。
「ですから……私と手を組みましょう。私なら千尋さんを助けてあげられます」
 冬馬先生はニヤリと笑うと私の手を握ったまま立ち上がった。
 ……もう、いい加減に手を離して欲しい。
 先生との距離が近すぎて、怖いくらいだ。
 振りほどこうとしても大きな手で強く握りこまれていてびくともしない。
 諦めて見上げたら長いまつげにふちどられた切れ長の瞳が見おろしていた。
「……トーマ先生、手を組むって……?」
「今回の婚約者候補の永田ながたは私の同僚なんです。こう言っては何ですが野心ばかり強くて、いけ好かない男です。最近やけに小田桐所長に取り入っていると思ったらこんなことを企んでいたなんて……。正直、千尋さんとの結婚だって永田にしてみれば政略結婚以外の何物でもありません」
 政略結婚……。
 その永田さんって人はこの事務所を手に入れるためにお父さんの義理の息子になるっていうの?
 娘の私とは会ったこともないっていうのに。
 不肖の娘を引き受けようって……?
「そんなの……イヤ……」
「ええ、私も嫌です……こんな事、この事務所のためになるとはとても思えない」
 冬馬先生は苦々しげな表情を浮かべている。
 いつも、どこか冷めている印象の冬馬先生がこんな顔をするなんて……。
「千尋さん、御父上や永田に対抗しようにもその準備をする時間が足りません。ひとまず時間を稼がないと。ですから……私と手を組みませんか?」
 冬馬先生はそう言うと切れ長の瞳を細めて妖艶に微笑んだ。

「私と『偽装婚約』しましょう」

 ぎ、偽装婚約……。
 その時、ふいに扉の外から話し声が聞こえた。
 お父さんだ。
 お父さんが部屋に入ってくる!
 私は慌てて首を縦に振った。
「契約……成立ですね……」
 冬馬先生は小声でそう言うと、私のあごをグイっと持ち上げ強引に唇を重ねた。
「ちょっ、ト……マせん、せっ!……ふ……あ」
 いきなりの深いキスに抵抗することも出来ない。
「……ちひろ、さん……黙って……」
「あ……や……」
 ダメ……。
 扉が開く音が聞こえても冬馬先生は私を離してくれなかった。

 梅雨の晴れ間のこの日、どうして久しぶりに会った冬馬先生と『偽装婚約』なんてする羽目になっちゃったのか。
 思えば一年半前の成人式で中学の時のクラスメート、大野たつき君と再会したのがすべての始まりだった……。
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