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5話 200年後の邂逅
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モノクルスの日常は見回りと討伐だ。
ディアヴァルの目撃情報が寄せられればすぐに討伐に向かうが、ない時は街を巡回するのが仕事だった。
アッシャーが怪我をしたのはスペンサーの新薬の実験から数週間後の事だった。
アッシャーはその日ドルトンと組み街の外れまで巡回に出ていた。その中での出来事だった。
街の外れはディアヴァルがよく出る地域でもある。人が程よく住んでいるからだ。
怪我をしたアッシャーを連れ帰ったドルトンは「妙なディアヴァルだった」と言った。
「妙?」
情報共有のためにその部屋にはモノクルス全員が集められていた。
ドルトンの言葉を聞いてギルバートは声をあげた。
アッシャーは利き手を添え木で固定されて前に吊っていた。どうやら骨折をしたらしい。自分がやられたのが面白くないのだろう、仏頂面のままむっつりと黙り込んでいた。
「妙、とは何がだい?」
ギルバートの言葉に重ねてスペンサーが問うとドルトンは「人の姿で、喰っていた」と言った。
「街の外れの林の中にそいつはいた。食事中だったんだが・・・人のままだったんだ」
その言葉を聞いてスペンサーは目を丸くする。
「本当かい!?」
ギルバートもジョセフも信じがたい思いで顔を見合わせた。ディアヴァルは食事の時は本性を晒す、つまりは魔物化しているのが常だ。
「あり得ないな・・・・」
ギルバートの言葉にアッシャーが沈黙を破って怒鳴った。
「なんだと!!!俺らが嘘を言ってると思ってんのか!?ああ!?」
掴みかかる勢いで立ちあがるアッシャーをジョセフがまぁまぁと宥める。
「誰も君たちが嘘を付いているなんて言っていない、あり得ない程珍しい事だと言いたいだけさ。実際、初めてじゃないか?」
ドルトンは重く頷いた。
「あぁ、聞いた事がない。だが確かに喰っていた、だからアッシャーが少し距離を取って威嚇の為に撃った。その途端にヤツはすごい速さでアッシャーに迫って」
「ぶっ飛ばしやがったんだ!俺を!」
何の反撃もできなかった事が余程悔しいのか、アッシャーはギリギリと奥歯を噛みしめてそう言う。
「くそったれ!」
「アッシャーはかなり飛ばされて、木に激突した。で、それだ」
ドルトンがアッシャーの腕を指し示す。
アッシャーはモノクルスの中でも1番俊敏だ。中長距離型の攻撃スタイルのために敵から一定の距離を取るのは十八番のはず。そのアッシャーが何も出来ずに懐に入られ攻撃を受けるなどと、かなり稀な事である。
「妙だと思うのはそれだけじゃない。奴はずっと人の姿のままだったんだが、その瞳には理性があったように俺は思った」
ギルバートはその言葉を聞いて僅かに動揺した。理性?怪物に?いや、違うはずだ、ドルトンの見間違いでは?だが、普通のディアヴァルであれば、どうして追い込んだ二人を見逃したのだろう。
「そいつはどうした?」
スペンサーが聞く。
「消えた。あっという間さ、風のように消えたよ」
「逃げたのか?」
「逃げたというか、消えた。そうとしか言えん」
「本当にディアヴァルだったのか?毒気は?」
「瞳を使う暇はなかったが、間違いなくディアヴァルだ。人であればアッシャーをあんなに簡単にふき飛ばせない。ヤツは人間じゃない」
「どんな容姿だった?顔は?見たのか?」
「あぁ、見たさ!くそ!優男だ!」
アッシャーの言葉では何が何やらわからない。
「落ち着くんだ、アッシャー。そうだな、、背は高くない。アッシャーよりも小柄だった。5.5フィートぐらいだと思う。年の頃はせいぜい22、3か、とにかく若かった。ブロンドだ。濃い金髪で、目の色は青い。ぞっとするほど、青かった」
誰もが言葉を発しなかった。今まで見たことのないようなディアヴァルだとして、アッシャーとドルトンが2人して手も足も出ないような相手だと言うならば、それはかなりの強敵だ。
「カラーズ、じゃないのか?」
ギルバートの質問にドルトンは首を横に振った。
「かもしれん、見分ける余裕がなかった」
「とにかく、見つけないと。被害が大きくなる前に」
ジョセフがそう言った。皆は頷いた。
総力戦になる、そういう予感がした。
ディアヴァルの中には特殊な種が存在する。特殊というだけあって滅多に目撃されない。ギルバートがモノクルスになってからそういうディアヴァルに出くわしたのは1度だけだ。特殊なディアヴァルには共通の特徴がある。それは【黒くない】という事だった。
先代のモノクルスたちが討伐した手記には「黒に似た緑」と「くすんだ銅色」という二体のディアヴァルの事が書いてあったが、ギルバートがこの地で出くわしたのは「深い赤色」のディアヴァルだった。通常の黒いディアヴァルよりも二回りは大きく、体に無数の突起があったそのディアヴァルは恐ろしく強く、厄介な相手だった。
そういう色の付いた特殊なディアヴァルをモノクルスは【カラーズ】と呼んでいる。
今討伐できていないもので存在が認知されているのは、ギルバートが遭遇した深い赤色のディアヴァル、通称【ダークレッド】と呼ばれる個体だ。ダークレッドはドルトンの顔に大きな傷を刻み、ギルバートの背に長く残る爪痕を残した。
討伐は失敗した。モノクルス全員で随分な傷を与えたが、奴は逃げおおせた。1年以上も前になる。それ以来ダークレッドを誰も見ていない。
アッシャーに怪我を負わせたディアヴァルはダークレッドに匹敵する手ごわい相手だと考えられた。しかもドルトンの言葉を信じるのであればその敵には知能がある可能性もあった。
今までの敵とは違い、どうやって探すのかも手さぐりになった。
アッシャーは「ふた月は安静にしろ」と言ったジョセフの提言を無視しひと月で復帰した。
だがそれを誰も咎められない。事態は深刻だ。一刻も早くその魔物を見つけなければならないが糸口は中々見つからなかった。
「人間ってことはないのか?人を喰うやつもいるだろう」
何度か確認したが、アッシャーの答えはNOだった。
「俺が殺人鬼なんかにやられるわきゃねぇだろ、ふざけんな」
アッシャーはただの自惚れ屋ではない。モノクルスとして数多の怪物に対峙してきたプロフェッショナルだ。その彼が殺人鬼といえども、普通の人間にやられるとは考えられなかった。人のまま人を喰うならば、見つけるのは通常のディアヴァルの捜索よりもっと困難になる。魔物化しなければ市民の目撃情報には頼れない。
通常のディアヴァルなら人を喰い散らかし後片付けなどしないから痕跡を辿れるが、知能があるのなら隠蔽するかもしれない。
様々な憶測が飛ぶ中ジョセフが「発想を変えればどうだろう?」と言った。
「怪物を探すのじゃなく、人を探そう」
ジョセフの言葉に従ってギルバートたちは「深い金髪と目の覚めるような青い瞳の小柄な男」を探し始めた。教会に来る絵師にドルトンが見た男の姿絵を描かせ、それを頼りに街で尋ねて回る。似た容姿の人間が居れば、その都度【神父の瞳】で確認をした。
その間にも通常の討伐はして回らねばならない。ディアヴァルの情報は常に教会に集まりそれに対応するために人探しばかりしている訳にもいかない。
そうしている内に瞬く間に二か月程が経っていた。
「話があるから集まって欲しい」とジョセフが言ったのは夏がとうに過ぎて秋が深まった頃だ。
「あの妙なディアヴァルの人の時の顔、あの絵を方々に配ったんだけどね」
とジョセフが言った。ジョセフは医者でしかも人当たりが良いので街の信徒に知り合いが多い。ほとんど街に行かないギルバートと違い彼は街へ出かける事もある。その先々で情報を集めてもらっていたらしい。
「で、似た人間を見た。と言う情報を集約してみたんだけど、その中で気になる事があった」
「気になる事?」
ジョセフの言葉にギルバートが質問を投げた。
「目撃情報の地域にある共通点がある。それは治安が悪い事だった。野盗や強盗の被害が出ている場所。そこで僕は思った。つまり奴がディアヴァルであれば食事は必須だ。だから少し調べてみた。驚いたよ、ヤツはそういう奴等を選んで襲っているようだ」
「そういう奴等とは?」
ジョセフはよどみなく答える。
「食事の痕跡が中々得られなかったのはね、野盗に襲われた被害者が口を噤んでいたからだった。助けてもらったのだ、という人間さえいたよ。あのディアヴァルは人を選んで喰っている。つまりは悪人をね」
「なんだそりゃ、正義の味方だとでも?所詮は人喰いのバケモンだぞ」
アッシャーの言葉にジョセフは「まあそうだけどね」と付け加えた。
「けれどドルトンの言葉を信じるなら、そのディアヴァルには知性があるんだろう?なら意図的に襲う相手を選ぶぐらいはするんじゃないかな」
「だがアッシャーを攻撃した」
ドルトンのその言葉にジョセフは肩を竦める。
「攻撃に対処しただけかも。わからないけど。それに君たちが最初にヤツに会った時に喰われていた被害者は死人だったよ」
「なんだと?」
ドルトンが驚きの声をあげた。
「もう死んでいたんだ。君たちが出会った場所で首を吊ってね。遺体を検分した医者に会って聞いたが間違いないそうだよ」
「だがヤツは魔物だ。俺たちにはそれだけが重要だ」
ギルバートはそう断言した。そのディアヴァルがどんなに特別であろうとも、魔物であるならば殺さねばならない。世の中の化け物どもを一掃する。それがギルバートの生きる道であり、目標だ。その事に変わりはない。断固とした言葉にジョセフが黙り込んだ。
優しい魔物?人喰いは人喰いだ。だろう?と言うとアッシャーが「ホーガンの言う通りだぜ」と珍しくギルバートの言葉に賛同した。
「よし。野盗がよく出る場所を狙おう。悪いが野盗どもには囮になってもらう」
ドルトンの言葉を受けて、モノクルスは準備に入った。
野盗がよく出没するという山中の街道に罠を張り潜んで待ち伏せすることになった。
「ギル!!!!」
ジョセフの叫びを受けてギルバートは瞬時に大鎌を前に出した。
とてつもない衝撃を受け体が投げ出される。ぶつかった先はハンマーを構えたドルトンだ。2人はもつれるように坂を滑落した。
「奴だ!このやろう!死ね!」
アッシャーが銃をそちらに向けて撃つ。だが目標は風のようにそれを躱し、静かに崖の上に立っていた。
東の街道から少しそれた山の中でそれはふいに現れた。斜面の上にはギルバートとドルトンが、下にはアッシャーとジョセフが待機していた。街道がわずかに見える場所。上方で警戒し不審者が現れれば対応する作戦だった。
だが、何の気配も見せずそれは唐突に現れた。現れたと思ったらギルバートとドルトンはもう斜面の下にいた。幸い傾斜の上から転がり落ちただけだ。二人は素早く立ちあがった。
ギルバートは崖上を見上げた。
男だ。
青みがかった緑色のマントの小柄な男がそこにいた。深い金色の髪、瞳の色は遠くてよくわからないが、ふわりとした輪郭の若い男だ。
男は「やめておけ」と言った。無駄だよ。と。その声は静かな山の中ではっきりとギルバートの耳に届いた。
アッシャーが「クソッタレ!」と叫び銃を再び撃った。男の姿が崖の上から消え、次の瞬間にはアッシャーの目の前にいた。
男は軽く腕を振るったように見えた。アッシャーは遠くに飛ばされ、地面に転がると蹲ったまま動かなくなった。
「アッシャー!!!」すかさずジョセフが駆け寄り抱き起すと小さなうめき声を上げたので生きているらしい。
ギルバートはドルトンと目配せをし合うと二人で一気にマントの男に向かって走った。
ドルトンは前から、ギルバートは横に回り込む、挟撃だ。しかし男のスピードがそれを許してはくれない。
「ぐわあ!」
ドルトンの叫び声と彼が吹き飛んだのが見えた。
ギルバートは飛び上がり、マントの男の頭上から鎌を振り下ろす。だが鎌は虚しく宙を切り先端は地面に突き刺さる。
男はふわりと鎌の角にしゃがみ込むように乗った。
「やめておけと言ったはずだ、今、俺は腹が減っていないが・・・モノクルスの肉は、試した事がないな」
静かな声が頭上から降ってきた。
ギルバートは男の声に顔を上げた。
若い男だった。冴え冴えとした青い瞳がギルバートの目の中に飛び込んできた。輝く金の色の髪と相まって、不謹慎にも男はとても美しかった。
「グレイ?」
魔物であるはずの男がギルバートの顔を見てそう呟いた。小さな声だったがギルバートにはそれが人の名前のように聞こた。
しばし2人は見つめ合っていた。ギルバートには長く感じられたが恐らく数秒だったろう。
パン!という銃声が響き、そうして男は突然ギルバートの前から消えた。
「ギル!!!」
撃ったのはジョセフだ。アッシャーの無事を確かめドルトンの様子を見た後、静かに魔物に狙いを付けていたのだ。
だがそれすら男には通用しなかった。
マントの男はひと蹴りで崖の上に降り立った。じっとしばらくギルバートの方を凝視し、それから崖の向こう側に消えてしまった。
「くそっ!!くそ!!!!」
追うことはできなかった。力の差を思い知った。今の自分たちにあのディアヴァルを狩ることは出来ない。
ギルバートたちはただ茫然とマントの男がいなくなった崖の上を見上げるしかなかった。
ディアヴァルの目撃情報が寄せられればすぐに討伐に向かうが、ない時は街を巡回するのが仕事だった。
アッシャーが怪我をしたのはスペンサーの新薬の実験から数週間後の事だった。
アッシャーはその日ドルトンと組み街の外れまで巡回に出ていた。その中での出来事だった。
街の外れはディアヴァルがよく出る地域でもある。人が程よく住んでいるからだ。
怪我をしたアッシャーを連れ帰ったドルトンは「妙なディアヴァルだった」と言った。
「妙?」
情報共有のためにその部屋にはモノクルス全員が集められていた。
ドルトンの言葉を聞いてギルバートは声をあげた。
アッシャーは利き手を添え木で固定されて前に吊っていた。どうやら骨折をしたらしい。自分がやられたのが面白くないのだろう、仏頂面のままむっつりと黙り込んでいた。
「妙、とは何がだい?」
ギルバートの言葉に重ねてスペンサーが問うとドルトンは「人の姿で、喰っていた」と言った。
「街の外れの林の中にそいつはいた。食事中だったんだが・・・人のままだったんだ」
その言葉を聞いてスペンサーは目を丸くする。
「本当かい!?」
ギルバートもジョセフも信じがたい思いで顔を見合わせた。ディアヴァルは食事の時は本性を晒す、つまりは魔物化しているのが常だ。
「あり得ないな・・・・」
ギルバートの言葉にアッシャーが沈黙を破って怒鳴った。
「なんだと!!!俺らが嘘を言ってると思ってんのか!?ああ!?」
掴みかかる勢いで立ちあがるアッシャーをジョセフがまぁまぁと宥める。
「誰も君たちが嘘を付いているなんて言っていない、あり得ない程珍しい事だと言いたいだけさ。実際、初めてじゃないか?」
ドルトンは重く頷いた。
「あぁ、聞いた事がない。だが確かに喰っていた、だからアッシャーが少し距離を取って威嚇の為に撃った。その途端にヤツはすごい速さでアッシャーに迫って」
「ぶっ飛ばしやがったんだ!俺を!」
何の反撃もできなかった事が余程悔しいのか、アッシャーはギリギリと奥歯を噛みしめてそう言う。
「くそったれ!」
「アッシャーはかなり飛ばされて、木に激突した。で、それだ」
ドルトンがアッシャーの腕を指し示す。
アッシャーはモノクルスの中でも1番俊敏だ。中長距離型の攻撃スタイルのために敵から一定の距離を取るのは十八番のはず。そのアッシャーが何も出来ずに懐に入られ攻撃を受けるなどと、かなり稀な事である。
「妙だと思うのはそれだけじゃない。奴はずっと人の姿のままだったんだが、その瞳には理性があったように俺は思った」
ギルバートはその言葉を聞いて僅かに動揺した。理性?怪物に?いや、違うはずだ、ドルトンの見間違いでは?だが、普通のディアヴァルであれば、どうして追い込んだ二人を見逃したのだろう。
「そいつはどうした?」
スペンサーが聞く。
「消えた。あっという間さ、風のように消えたよ」
「逃げたのか?」
「逃げたというか、消えた。そうとしか言えん」
「本当にディアヴァルだったのか?毒気は?」
「瞳を使う暇はなかったが、間違いなくディアヴァルだ。人であればアッシャーをあんなに簡単にふき飛ばせない。ヤツは人間じゃない」
「どんな容姿だった?顔は?見たのか?」
「あぁ、見たさ!くそ!優男だ!」
アッシャーの言葉では何が何やらわからない。
「落ち着くんだ、アッシャー。そうだな、、背は高くない。アッシャーよりも小柄だった。5.5フィートぐらいだと思う。年の頃はせいぜい22、3か、とにかく若かった。ブロンドだ。濃い金髪で、目の色は青い。ぞっとするほど、青かった」
誰もが言葉を発しなかった。今まで見たことのないようなディアヴァルだとして、アッシャーとドルトンが2人して手も足も出ないような相手だと言うならば、それはかなりの強敵だ。
「カラーズ、じゃないのか?」
ギルバートの質問にドルトンは首を横に振った。
「かもしれん、見分ける余裕がなかった」
「とにかく、見つけないと。被害が大きくなる前に」
ジョセフがそう言った。皆は頷いた。
総力戦になる、そういう予感がした。
ディアヴァルの中には特殊な種が存在する。特殊というだけあって滅多に目撃されない。ギルバートがモノクルスになってからそういうディアヴァルに出くわしたのは1度だけだ。特殊なディアヴァルには共通の特徴がある。それは【黒くない】という事だった。
先代のモノクルスたちが討伐した手記には「黒に似た緑」と「くすんだ銅色」という二体のディアヴァルの事が書いてあったが、ギルバートがこの地で出くわしたのは「深い赤色」のディアヴァルだった。通常の黒いディアヴァルよりも二回りは大きく、体に無数の突起があったそのディアヴァルは恐ろしく強く、厄介な相手だった。
そういう色の付いた特殊なディアヴァルをモノクルスは【カラーズ】と呼んでいる。
今討伐できていないもので存在が認知されているのは、ギルバートが遭遇した深い赤色のディアヴァル、通称【ダークレッド】と呼ばれる個体だ。ダークレッドはドルトンの顔に大きな傷を刻み、ギルバートの背に長く残る爪痕を残した。
討伐は失敗した。モノクルス全員で随分な傷を与えたが、奴は逃げおおせた。1年以上も前になる。それ以来ダークレッドを誰も見ていない。
アッシャーに怪我を負わせたディアヴァルはダークレッドに匹敵する手ごわい相手だと考えられた。しかもドルトンの言葉を信じるのであればその敵には知能がある可能性もあった。
今までの敵とは違い、どうやって探すのかも手さぐりになった。
アッシャーは「ふた月は安静にしろ」と言ったジョセフの提言を無視しひと月で復帰した。
だがそれを誰も咎められない。事態は深刻だ。一刻も早くその魔物を見つけなければならないが糸口は中々見つからなかった。
「人間ってことはないのか?人を喰うやつもいるだろう」
何度か確認したが、アッシャーの答えはNOだった。
「俺が殺人鬼なんかにやられるわきゃねぇだろ、ふざけんな」
アッシャーはただの自惚れ屋ではない。モノクルスとして数多の怪物に対峙してきたプロフェッショナルだ。その彼が殺人鬼といえども、普通の人間にやられるとは考えられなかった。人のまま人を喰うならば、見つけるのは通常のディアヴァルの捜索よりもっと困難になる。魔物化しなければ市民の目撃情報には頼れない。
通常のディアヴァルなら人を喰い散らかし後片付けなどしないから痕跡を辿れるが、知能があるのなら隠蔽するかもしれない。
様々な憶測が飛ぶ中ジョセフが「発想を変えればどうだろう?」と言った。
「怪物を探すのじゃなく、人を探そう」
ジョセフの言葉に従ってギルバートたちは「深い金髪と目の覚めるような青い瞳の小柄な男」を探し始めた。教会に来る絵師にドルトンが見た男の姿絵を描かせ、それを頼りに街で尋ねて回る。似た容姿の人間が居れば、その都度【神父の瞳】で確認をした。
その間にも通常の討伐はして回らねばならない。ディアヴァルの情報は常に教会に集まりそれに対応するために人探しばかりしている訳にもいかない。
そうしている内に瞬く間に二か月程が経っていた。
「話があるから集まって欲しい」とジョセフが言ったのは夏がとうに過ぎて秋が深まった頃だ。
「あの妙なディアヴァルの人の時の顔、あの絵を方々に配ったんだけどね」
とジョセフが言った。ジョセフは医者でしかも人当たりが良いので街の信徒に知り合いが多い。ほとんど街に行かないギルバートと違い彼は街へ出かける事もある。その先々で情報を集めてもらっていたらしい。
「で、似た人間を見た。と言う情報を集約してみたんだけど、その中で気になる事があった」
「気になる事?」
ジョセフの言葉にギルバートが質問を投げた。
「目撃情報の地域にある共通点がある。それは治安が悪い事だった。野盗や強盗の被害が出ている場所。そこで僕は思った。つまり奴がディアヴァルであれば食事は必須だ。だから少し調べてみた。驚いたよ、ヤツはそういう奴等を選んで襲っているようだ」
「そういう奴等とは?」
ジョセフはよどみなく答える。
「食事の痕跡が中々得られなかったのはね、野盗に襲われた被害者が口を噤んでいたからだった。助けてもらったのだ、という人間さえいたよ。あのディアヴァルは人を選んで喰っている。つまりは悪人をね」
「なんだそりゃ、正義の味方だとでも?所詮は人喰いのバケモンだぞ」
アッシャーの言葉にジョセフは「まあそうだけどね」と付け加えた。
「けれどドルトンの言葉を信じるなら、そのディアヴァルには知性があるんだろう?なら意図的に襲う相手を選ぶぐらいはするんじゃないかな」
「だがアッシャーを攻撃した」
ドルトンのその言葉にジョセフは肩を竦める。
「攻撃に対処しただけかも。わからないけど。それに君たちが最初にヤツに会った時に喰われていた被害者は死人だったよ」
「なんだと?」
ドルトンが驚きの声をあげた。
「もう死んでいたんだ。君たちが出会った場所で首を吊ってね。遺体を検分した医者に会って聞いたが間違いないそうだよ」
「だがヤツは魔物だ。俺たちにはそれだけが重要だ」
ギルバートはそう断言した。そのディアヴァルがどんなに特別であろうとも、魔物であるならば殺さねばならない。世の中の化け物どもを一掃する。それがギルバートの生きる道であり、目標だ。その事に変わりはない。断固とした言葉にジョセフが黙り込んだ。
優しい魔物?人喰いは人喰いだ。だろう?と言うとアッシャーが「ホーガンの言う通りだぜ」と珍しくギルバートの言葉に賛同した。
「よし。野盗がよく出る場所を狙おう。悪いが野盗どもには囮になってもらう」
ドルトンの言葉を受けて、モノクルスは準備に入った。
野盗がよく出没するという山中の街道に罠を張り潜んで待ち伏せすることになった。
「ギル!!!!」
ジョセフの叫びを受けてギルバートは瞬時に大鎌を前に出した。
とてつもない衝撃を受け体が投げ出される。ぶつかった先はハンマーを構えたドルトンだ。2人はもつれるように坂を滑落した。
「奴だ!このやろう!死ね!」
アッシャーが銃をそちらに向けて撃つ。だが目標は風のようにそれを躱し、静かに崖の上に立っていた。
東の街道から少しそれた山の中でそれはふいに現れた。斜面の上にはギルバートとドルトンが、下にはアッシャーとジョセフが待機していた。街道がわずかに見える場所。上方で警戒し不審者が現れれば対応する作戦だった。
だが、何の気配も見せずそれは唐突に現れた。現れたと思ったらギルバートとドルトンはもう斜面の下にいた。幸い傾斜の上から転がり落ちただけだ。二人は素早く立ちあがった。
ギルバートは崖上を見上げた。
男だ。
青みがかった緑色のマントの小柄な男がそこにいた。深い金色の髪、瞳の色は遠くてよくわからないが、ふわりとした輪郭の若い男だ。
男は「やめておけ」と言った。無駄だよ。と。その声は静かな山の中ではっきりとギルバートの耳に届いた。
アッシャーが「クソッタレ!」と叫び銃を再び撃った。男の姿が崖の上から消え、次の瞬間にはアッシャーの目の前にいた。
男は軽く腕を振るったように見えた。アッシャーは遠くに飛ばされ、地面に転がると蹲ったまま動かなくなった。
「アッシャー!!!」すかさずジョセフが駆け寄り抱き起すと小さなうめき声を上げたので生きているらしい。
ギルバートはドルトンと目配せをし合うと二人で一気にマントの男に向かって走った。
ドルトンは前から、ギルバートは横に回り込む、挟撃だ。しかし男のスピードがそれを許してはくれない。
「ぐわあ!」
ドルトンの叫び声と彼が吹き飛んだのが見えた。
ギルバートは飛び上がり、マントの男の頭上から鎌を振り下ろす。だが鎌は虚しく宙を切り先端は地面に突き刺さる。
男はふわりと鎌の角にしゃがみ込むように乗った。
「やめておけと言ったはずだ、今、俺は腹が減っていないが・・・モノクルスの肉は、試した事がないな」
静かな声が頭上から降ってきた。
ギルバートは男の声に顔を上げた。
若い男だった。冴え冴えとした青い瞳がギルバートの目の中に飛び込んできた。輝く金の色の髪と相まって、不謹慎にも男はとても美しかった。
「グレイ?」
魔物であるはずの男がギルバートの顔を見てそう呟いた。小さな声だったがギルバートにはそれが人の名前のように聞こた。
しばし2人は見つめ合っていた。ギルバートには長く感じられたが恐らく数秒だったろう。
パン!という銃声が響き、そうして男は突然ギルバートの前から消えた。
「ギル!!!」
撃ったのはジョセフだ。アッシャーの無事を確かめドルトンの様子を見た後、静かに魔物に狙いを付けていたのだ。
だがそれすら男には通用しなかった。
マントの男はひと蹴りで崖の上に降り立った。じっとしばらくギルバートの方を凝視し、それから崖の向こう側に消えてしまった。
「くそっ!!くそ!!!!」
追うことはできなかった。力の差を思い知った。今の自分たちにあのディアヴァルを狩ることは出来ない。
ギルバートたちはただ茫然とマントの男がいなくなった崖の上を見上げるしかなかった。
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