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第4章:貴族社会の偏見と婚約破棄
第14話:婚約者の“視察”と第一印象の最悪
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婚約者の“視察”と第一印象の最悪
その日、アルピーヌは屋敷の裏庭で、使用人と共に新設する排水ルートの試験掘りをしていた。
「もう少し左です、スコップはそこに――って、そこまでやらなくても…!」
「いいのよ。これくらいなら、ユンボのほうが早いんだもの」
アルピーヌは軽くヘルメットを押さえ、黄色のボディが眩しい超小型ユンボの操縦席でレバーを巧みに操作していた。貴族令嬢が土を掘るなど前代未聞。だが、それが彼女のやり方だった。
「ふふっ……やっぱりこういう作業は楽しいわ。自分の手で改革しているって実感できるもの」
そんな彼女の前に、予期せぬ訪問者が現れた。
「……ここがルノー家か」
門から勝手に入ってきたのは、侯爵家の令息、レオナルド・ベルゼルドである。家同士の交渉により進められていた“形式的な婚約話”の相手だ。婚約者とされる相手を見るのは、これが初めてだった。
レオナルドは、凛とした門構えと整備された庭に目を細めながらも、すぐに裏庭の騒音に顔をしかめた。
「なにやら…変な音がするな」
案内も通さず勝手に敷地に踏み込んだその先で、彼の視界に入ったのは、ヘルメットをかぶった女性がユンボを操作しているという異様な光景だった。
「な……なんだ、あの姿は!?」
ヘルメット、作業服代わりのスモック、地面を掘り返す貴族令嬢――。視線が合う前に、レオナルドは驚きと軽蔑を滲ませた目でその場を後にした。
一方のアルピーヌは、その存在にまったく気づいていなかった。
数時間後、邸内に戻ってきた彼女に、執事がそっと耳打ちする。
「お嬢様、ベルゼルド侯爵家のご子息が、本日屋敷にいらしていたようでございます」
「え?いらしてた? うちには何も連絡がなかったわよ?」
「それが……なにやら、お嬢様の“ご様子”をご覧になってから、足早にお帰りになられたとか…」
「……もしかして、裏庭で私が作業してたのを?」
アルピーヌはようやく事情を察し、小さくため息をついた。
---
数日後、正式な文書で通達があった。
> 『ベルゼルド侯爵令息は、貴家令嬢との婚約を辞退したい旨、強く希望しております。理由としては「常識を逸した振る舞い」が確認されたためとのことです』
「まあ、これは……」
アルピーヌは文面を読み、ふっと肩をすくめた。
「会ったこともない相手に婚約破棄されても、特に感想もありませんわ」
まるで、天気の話でもしているような口調だった。
---
しかし、屋敷の中はそうもいかなかった。
「お嬢様に失礼なっ……!」
「ふざけてますわ! 常識を逸してるのはどっちよ!」
「お嬢様がどれだけ屋敷のために尽力されてると思ってるの!」
メイドたちは、口々に怒りの声を上げた。なかには涙ぐむ者までいた。
アルピーヌは、そんな彼女たちを制止しようとしたが、胸の奥に少しだけチクリとしたものを感じていた。
「……あんな男と結婚してたら、地獄だったでしょうね」
ヘルメットを脱いで、鏡に映る自分の顔を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。
「私は、私のままでいられる場所を作る。それが“結婚”であるなら……ちゃんと理解してくれる相手じゃないと」
決意の瞳が、鏡の奥で静かに光を帯びた。
---
この出来事は、後に王都で噂となり――
『ルノー令嬢、婚約破棄されるもノーダメージ』『ヘルメット貴族令嬢、貴族社会の偏見を一蹴』などという興味本位の見出しとともに、一種の話題となった。
しかし誰も、この一件がやがてルノー家と貴族社会に走る“対立の予兆”となることに、まだ気づいてはいなかった――。
その日、アルピーヌは屋敷の裏庭で、使用人と共に新設する排水ルートの試験掘りをしていた。
「もう少し左です、スコップはそこに――って、そこまでやらなくても…!」
「いいのよ。これくらいなら、ユンボのほうが早いんだもの」
アルピーヌは軽くヘルメットを押さえ、黄色のボディが眩しい超小型ユンボの操縦席でレバーを巧みに操作していた。貴族令嬢が土を掘るなど前代未聞。だが、それが彼女のやり方だった。
「ふふっ……やっぱりこういう作業は楽しいわ。自分の手で改革しているって実感できるもの」
そんな彼女の前に、予期せぬ訪問者が現れた。
「……ここがルノー家か」
門から勝手に入ってきたのは、侯爵家の令息、レオナルド・ベルゼルドである。家同士の交渉により進められていた“形式的な婚約話”の相手だ。婚約者とされる相手を見るのは、これが初めてだった。
レオナルドは、凛とした門構えと整備された庭に目を細めながらも、すぐに裏庭の騒音に顔をしかめた。
「なにやら…変な音がするな」
案内も通さず勝手に敷地に踏み込んだその先で、彼の視界に入ったのは、ヘルメットをかぶった女性がユンボを操作しているという異様な光景だった。
「な……なんだ、あの姿は!?」
ヘルメット、作業服代わりのスモック、地面を掘り返す貴族令嬢――。視線が合う前に、レオナルドは驚きと軽蔑を滲ませた目でその場を後にした。
一方のアルピーヌは、その存在にまったく気づいていなかった。
数時間後、邸内に戻ってきた彼女に、執事がそっと耳打ちする。
「お嬢様、ベルゼルド侯爵家のご子息が、本日屋敷にいらしていたようでございます」
「え?いらしてた? うちには何も連絡がなかったわよ?」
「それが……なにやら、お嬢様の“ご様子”をご覧になってから、足早にお帰りになられたとか…」
「……もしかして、裏庭で私が作業してたのを?」
アルピーヌはようやく事情を察し、小さくため息をついた。
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数日後、正式な文書で通達があった。
> 『ベルゼルド侯爵令息は、貴家令嬢との婚約を辞退したい旨、強く希望しております。理由としては「常識を逸した振る舞い」が確認されたためとのことです』
「まあ、これは……」
アルピーヌは文面を読み、ふっと肩をすくめた。
「会ったこともない相手に婚約破棄されても、特に感想もありませんわ」
まるで、天気の話でもしているような口調だった。
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しかし、屋敷の中はそうもいかなかった。
「お嬢様に失礼なっ……!」
「ふざけてますわ! 常識を逸してるのはどっちよ!」
「お嬢様がどれだけ屋敷のために尽力されてると思ってるの!」
メイドたちは、口々に怒りの声を上げた。なかには涙ぐむ者までいた。
アルピーヌは、そんな彼女たちを制止しようとしたが、胸の奥に少しだけチクリとしたものを感じていた。
「……あんな男と結婚してたら、地獄だったでしょうね」
ヘルメットを脱いで、鏡に映る自分の顔を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。
「私は、私のままでいられる場所を作る。それが“結婚”であるなら……ちゃんと理解してくれる相手じゃないと」
決意の瞳が、鏡の奥で静かに光を帯びた。
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この出来事は、後に王都で噂となり――
『ルノー令嬢、婚約破棄されるもノーダメージ』『ヘルメット貴族令嬢、貴族社会の偏見を一蹴』などという興味本位の見出しとともに、一種の話題となった。
しかし誰も、この一件がやがてルノー家と貴族社会に走る“対立の予兆”となることに、まだ気づいてはいなかった――。
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