見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお

文字の大きさ
37 / 108

8-3 サエの新生活

しおりを挟む
8-3 サエの新生活

ディオール公爵家――
その名は、王国でも最も格式高く尊敬される名門として知られている。
だが、今、その重厚な門をくぐる少女の胸の中には、誇りよりも不安が満ちていた。

サエは、セリカの計らいによってこの公爵家に引き取られ、保護されることになった。
つい昨日まで、誰にも頼れず、帰りたくもない家に帰っていた自分が、
今は立派な屋敷の玄関に立っている――それが信じられなかった。

広いホールには、磨かれた大理石の床と、天井から吊り下げられた大きなシャンデリア。
まるで絵本の中の世界のようで、サエは立ち尽くすしかなかった。

「ようこそ、サエ。」
優しい声に振り向くと、そこには微笑むセリカがいた。
その笑顔は、まるで春の陽だまりのように温かい。

「ここが今日から、あなたの家よ。遠慮なんていらないわ。」

サエの胸の奥に、何かがじんわりと広がった。
“家族”――その言葉を、初めて実感した瞬間だった。


---

案内された自室は、夢のような空間だった。
大きなベッドにはふかふかの羽毛布団、
窓の外には花が咲き乱れる庭園。

「こんな部屋……本当に、わたしが使っていいの……?」
小さく呟くサエに、セリカは笑って答えた。
「もちろんよ。あなたはもう、ディオール家の一員なんだから。」

その言葉に、サエの瞳が潤んだ。
夜、ベッドに横たわっても、胸の鼓動が止まらなかった。
あたたかくて、優しくて、どこか信じられない。
涙が頬を伝ったのは、その幸福が眩しすぎたからだった。


---

翌朝、サエは公爵家の食卓に招かれた。
白いクロスに並ぶ美しい食器、湯気の立つスープ、
焼き立てのパンの香り――
これまでの人生では、想像もできなかった光景だった。

緊張で背筋を伸ばすサエに、
セリカが隣で微笑みながら話しかける。

「そんなに固くならなくていいのよ。
 ここでは、あなたも家族。気楽にしてちょうだい。」

「……はい。いただきます。」

恐る恐る口にしたスープの味に、サエの目が見開かれる。
――こんなに、やさしい味があるなんて。
それは、心まで温まるような幸福の味だった。


---

その後、サエのために特別な教育が始まった。
セリカが用意したのは、王都でも名高い家庭教師たち。
最初は読み書きの復習から始まり、やがて歴史、地理、数学、科学――
まるで知の宝庫のような日々が始まった。

「サエ、今日は新しい教材を持ってきたわ。」
セリカが差し出したのは、分厚い科学の書物。
難しそうな文字が並んでいるのに、サエの瞳は輝いていた。

「ちょっと難しいけど……読んでみたいです!」
その姿にセリカは微笑む。
「ええ、無理をせず、楽しんで学ぶのよ。」


---

授業が始まってから、サエの才能はすぐに明らかになった。
彼女は教科書を一度読むだけで内容を理解し、
難しい単語も正確に記憶した。
数学の問題では、一度も間違えずに答えを導き、
科学の理論も感覚的に理解してしまう。

家庭教師が感嘆の声を漏らす。
「まるで“天賦の才”です。
 この子は本物の学者になれるかもしれません。」

その報告を受けたセリカは、静かに微笑みながら言った。
「やっぱり……そう思っていたの。
 サエは、自分の可能性にまだ気づいていないだけ。」


---

もっとも、サエはまだ“貴族の暮らし”に慣れていなかった。
メイドが服を用意してくれることにも戸惑い、
「自分でやります」と何度も申し出た。
けれど、セリカが優しく言い聞かせる。

「サエ、ここでは遠慮はいらないわ。
 あなたが笑顔でいてくれることが、みんなの喜びなの。」

その言葉に、サエはようやく小さく頷いた。
――この人たちは、本当にわたしの幸せを願ってくれているんだ。


---

ある日、セリカが廊下を歩いていると、
書庫の扉の隙間からサエの姿が見えた。
机の上に開かれているのは、分厚い科学書。
彼女は眉を寄せながらも、真剣な眼差しでページを追っていた。

「サエ、その本……難しくない?」
声をかけると、サエは顔を上げて微笑んだ。
「少し難しいけど、わかるところを探すのが楽しいんです。」

その純粋な笑顔を見て、セリカは思わず頬を緩めた。
――この子はきっと、未来を照らす光になる。
そう確信した。


---

数か月後、サエは勉強会に参加するようになり、
年上の生徒たちと対等に議論を交わしていた。
知識だけでなく、自分の意見を堂々と語る姿に、
周囲の大人たちも驚きと称賛を隠せなかった。

「彼女は平民の出身だなんて信じられません……」
家庭教師の一人が言うと、
セリカは窓の外を眺めながら微笑む。

「生まれがどうであれ、努力と環境があれば人は花開くのよ。
 サエのようにね。」

ドライドが隣で静かに頷いた。
「はい。お嬢様の慧眼こそ、彼女を導いた光でしょう。」


---

夜、サエは机に向かいながら、ふと筆を止めた。
窓の外には満天の星。
遠い昔、ただ逃げるように見上げていた空が、
今は希望の象徴に見えた。

> 「セリカ様……わたし、必ず強くなります。
 いつか、この国の子供たちを救えるように。」



その誓いを胸に、サエは再びペンを握った。
彼女の新しい日々は、まだ始まったばかりだった。


---
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

婚約破棄されたので辺境伯令嬢は自由に生きます~冷酷公爵の過保護が過ぎて困ります!~

sika
恋愛
「君のような女と婚約していたなど、恥だ!」 公爵嫡男に突然婚約を破棄された辺境伯令嬢リーゼは、すべてを捨てて故郷の領地へ戻る決意をした。 誰にも期待せず、ひっそりと生きようとするリーゼの前に現れたのは、冷酷と噂される隣国の公爵・アルヴィン。 彼はなぜかリーゼにだけ穏やかで優しく、彼女を守ることに執着していて――。 「君はもう誰にも踏みにじられない。俺が保証しよう」 呪いのような過去を断ち切り、真実の愛を掴むざまぁ×溺愛ラブストーリー!

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~

遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。 「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」 彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。 瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット! 彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる! その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。 一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。 知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!

【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます! 読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。 シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます! ※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。

『悪役令嬢』は始めません!

月親
恋愛
侯爵令嬢アデリシアは、日本から異世界転生を果たして十八年目になる。そんな折、ここ数年ほど抱いてきた自身への『悪役令嬢疑惑』が遂に確信に変わる出来事と遭遇した。 突き付けられた婚約破棄、別の女性と愛を語る元婚約者……前世で見かけたベタ過ぎる展開。それを前にアデリシアは、「これは悪役令嬢な自分が逆ざまぁする方の物語では」と判断。 と、そこでアデリシアはハッとする。今なら自分はフリー。よって、今まで想いを秘めてきた片想いの相手に告白できると。 アデリシアが想いを寄せているレンは平民だった。それも二十も年上で子持ちの元既婚者という、これから始まると思われる『悪役令嬢物語』の男主人公にはおよそ当て嵌まらないだろう人。だからレンに告白したアデリシアに在ったのは、ただ彼に気持ちを伝えたいという思いだけだった。 ところがレンから来た返事は、「今日から一ヶ月、僕と秘密の恋人になろう」というものだった。 そこでアデリシアは何故『一ヶ月』なのかに思い至る。アデリシアが暮らすローク王国は、婚約破棄をした者は一ヶ月、新たな婚約を結べない。それを逆手に取れば、確かにその間だけであるならレンと恋人になることが可能だと。 アデリシアはレンの提案に飛び付いた。 そして、こうなってしまったからには悪役令嬢の物語は始めないようにすると誓った。だってレンは男主人公ではないのだから。 そんなわけで、自分一人で立派にざまぁしてみせると決意したアデリシアだったのだが―― ※この作品は、『小説家になろう』様でも公開しています。

処理中です...