【悪役令嬢】転ぶ令嬢と暗躍メイドの完璧なる逆襲劇

第19話 王都への帰還計画

第19話　王都への帰還計画

　辺境の館に、秋の冷たい風が吹き抜けていた。  
　クラリッサ・フォン・ローゼンベルクは自室の机に向かい、羊皮紙を広げていた。  
　最終手紙が届いてから数日。  
　舞踏会の招待状は、明日届くはずだ。  
　彼女の瞳には、静かな炎が宿っていた。

「いよいよ……王都に戻るわ」

　クラリッサは眼鏡を外し、鏡台の前に座った。  
　魔法の眼鏡を外せば、誰もが息を呑む美貌が現れる。  
　金色の髪は、寝癖もアホ毛もなく、滑らかに流れていた。  
　彼女は鏡に映る自分を見つめ、静かに微笑んだ。

「変装解除の準備……完璧よ」

　机の上には、ヘンテコブラシと魔法眼鏡が置かれていた。  
　ヘンテコブラシは、梳けば梳くほど髪が広がり、寝癖を悪化させる呪いのような代物。  
　魔法眼鏡は、外からは瞳が見えないが、本人には普通に見える魔道具。  
　これら二つが、彼女の「ポンコツ令嬢」像を完璧に演出していた。

　クラリッサはブラシを手に取り、ゆっくりと髪を梳いた。  
　――すると、髪がふくらみ、広がり、アホ毛が天を突く。

「ふふっ……これで、誰もわたくしを疑わないわ」

　彼女は眼鏡をかけ、鏡に映る自分を確認した。  
　すりガラスのようなレンズが、瞳を完全に隠す。  
　誰もが知る「伝説級ポンコツ令嬢」の姿が、そこにあった。

「でも……舞踏会では、この仮面を外す」

　クラリッサはドレスの箱を開けた。  
　それは、王都から密かに送られてきた、華やかなドレス。  
　金糸の刺繍が施され、宝石が散りばめられた一着。  
　彼女はドレスを広げ、静かに微笑んだ。

「これを着て、王宮に戻るわ」

　彼女は羊皮紙に計画を書き始めた。  
　舞踏会での行動、ソフィアとの合流、レオンハルトの役割、エドモンドの糾弾のタイミング……すべてを細かく記す。

「ソフィアは、エドモンドの隣にいるはず。  
　レオンハルト殿下は、証拠を握って待機。  
　わたくしは、中央で宣言する」

　クラリッサは拳を握った。

「『婚約破棄されたのは、私ではなく、あなたの方ですわ』……  
　その一言で、すべてが変わる」

　彼女は計画書を折りたたみ、引き出しにしまった。  
　その時、執事がノックして入ってきた。

「お嬢様、明日、舞踏会の招待状が届くそうです」

　クラリッサは静かに頷いた。

「ありがとう。  
　準備は整ったわ」

　執事は心配そうに言う。

「お嬢様……本当に、王都へ戻られるのですか？  
　追放の身で……」

　クラリッサは優しく微笑んだ。

「ええ。  
　わたくしは、ただの失敗令嬢じゃないわ。  
　公爵令嬢、クラリッサ・フォン・ローゼンベルクよ」

　執事は深く頭を下げた。

「ご武運を」

　クラリッサは一人部屋に戻り、窓辺に立った。  
　外は秋の夜空が広がり、星が輝いている。

「ソフィア……もうすぐ会えるわ」

　彼女は静かに呟き、眼鏡を外した。  
　鏡に映る美貌の自分を見つめ、冷たく微笑んだ。

「エドモンド……あなたは、私の手のひらの上で踊っていただけ」

　夜の館は静かだった。  
　クラリッサはベッドに横になり、目を閉じた。  
　しかし、頭の中では、舞踏会の光景が鮮明に浮かんでいた。

　王都への帰還計画は、完璧に整っていた。  
　変装解除、ドレス、証拠、味方……すべてが揃った。

　失敗令嬢の物語は、ゆっくりと、しかし確実に、クライマックスへと近づいていた。

　――舞踏会の日は、もうすぐだ。