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2-4:初めてのキスと芽生えた想い
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セクション4:初めてのキスと芽生えた想い
「……殿下。よろしいのですか?」
「構わない。むしろ遅すぎたくらいだ」
サラの名誉を貶める“告発状”が複数の貴族家から王宮に届けられた日、
レオン王子は動いた。いや、“動くことを選んだ”というべきか。
王弟としての威厳と、未来の王家を支える立場。
そのどちらも踏まえたうえで、彼は静かに、確かに、告発に名を連ねた者たちへの“招集”を命じたのだ。
そして――その場には、サラ本人も呼ばれていた。
「まるで罪人の気分ですわね……」
サラは深紅のローブを羽織り、控え室の椅子に腰かけていた。
その顔には不安の影が差していたが、怯えはなかった。
レオンが信じてくれる――ただそれだけで、ここに立つ意味があると、そう思えたからだ。
「お嬢様……本当にご一緒になさるのですか?」
エマの心配そうな声に、サラは微笑んで頷く。
「ええ。逃げたくないの。レオン様が私のためにここまでしてくださるのなら……私も、私でいたいのよ」
やがて部屋の扉が開かれ、騎士が丁寧に頭を下げる。
「殿下がお呼びです」
サラはゆっくりと立ち上がり、深呼吸を一つ。
そして堂々とした足取りで、会議の間へと向かった。
その場には、名のある数人の貴族と、リシェルの父であるエルンスト侯爵の姿もあった。
そして奥には、レオンが静かに佇んでいた。
その背筋の伸びた姿と、鋭くも優しい眼差しは、王族としての威厳に満ちていた。
「皆、よく集まってくれた。今日は、私の婚約者であるサラ・ラップ嬢に関する噂――いや、告発について確認をしたい」
レオンはそう言うと、テーブルに置かれた告発状の山を指差す。
「これらは、君たちが“王弟妃として相応しくない”と判断した根拠だ。
しかし、その内容には多くの虚偽と、悪意ある誇張が含まれている」
「しかし、殿下……実際にサラ嬢のご様子は、事故前と随分異なっております」
そう口を挟んだのは、エルンスト侯爵だった。
「それに記憶障害や、人格の乖離が見られると……侍女の証言もございます」
「人格が変わったとして、それが非難される理由になると?」
レオンの声は、決して怒鳴りではなかったが、会議室の空気が凍りついた。
「記憶が曖昧であることと、品位を欠くことは別の問題だ。私は日々、サラを見ている。
彼女は礼儀をわきまえ、他人を敬い、誰よりも気高く生きようとしている。
――私は、それを誰よりも知っている」
その一言が、サラの胸をぎゅっと締めつけた。
誰よりも知っている、と。
それは“ちゃんと見ている”という愛情の証であり、信頼の宣言だった。
「……殿下」
「私は、たとえ全王国を敵に回そうと、彼女を選ぶ」
そう言い切ったレオンの瞳に、誰も反論できなかった。
エルンスト侯爵が言葉を失い、沈黙が場を支配する中、レオンはサラの手をそっと引き寄せた。
「サラ。君に尋ねたい」
「……はい」
「私が君を“妻”として迎えることを、君自身が望んでくれるかどうかを、私は何よりも大切にしたい」
それは求婚だった。
この場で、王弟が“政略”を超えた本心を、サラの意思に委ねるという宣言。
サラの視界が滲む。
彼はただ守ってくれるだけでなく、私の“意思”を尊重してくれる。
私を“対象”ではなく、“対等な人間”として見てくれている。
それが、嬉しくて、切なくて――胸が張り裂けそうだった。
「……望みますわ」
絞り出すようにそう告げたサラの言葉に、レオンはゆっくりと微笑んだ。
「ありがとう」
そしてその瞬間――レオンは、サラをそっと抱きしめた。
ほんのわずかな、穏やかな動き。
けれど、そこにははっきりとした意志と、確かな“想い”が宿っていた。
「……!」
耳元で、彼の鼓動が聞こえる。
温かくて、優しくて、安心できる。
この人の胸の中なら、私は……泣いてもいい気がした。
「レオン様……」
彼の名を呼んだとき、その唇が、サラの額にそっと触れた。
そして、頬へ。
さらにもう一歩、踏み出して――
「ん……」
唇が重なった。
優しくて、穏やかで、けれど胸の奥に火が灯るような、確かなキスだった。
まるで時間が止まったような、静かな世界。
目を開けると、彼の瞳がすぐそこにあった。
「……ずるいですわ。こんなふうにされたら、私……」
「好きになってくれるかい?」
「……もうとっくに、なってますわ」
微笑みあう二人の姿に、貴族たちはただ圧倒され、沈黙するしかなかった。
この瞬間、政略の名の下に始まった婚約は、
確かな“愛”という名に、塗り替えられたのだった。
「……殿下。よろしいのですか?」
「構わない。むしろ遅すぎたくらいだ」
サラの名誉を貶める“告発状”が複数の貴族家から王宮に届けられた日、
レオン王子は動いた。いや、“動くことを選んだ”というべきか。
王弟としての威厳と、未来の王家を支える立場。
そのどちらも踏まえたうえで、彼は静かに、確かに、告発に名を連ねた者たちへの“招集”を命じたのだ。
そして――その場には、サラ本人も呼ばれていた。
「まるで罪人の気分ですわね……」
サラは深紅のローブを羽織り、控え室の椅子に腰かけていた。
その顔には不安の影が差していたが、怯えはなかった。
レオンが信じてくれる――ただそれだけで、ここに立つ意味があると、そう思えたからだ。
「お嬢様……本当にご一緒になさるのですか?」
エマの心配そうな声に、サラは微笑んで頷く。
「ええ。逃げたくないの。レオン様が私のためにここまでしてくださるのなら……私も、私でいたいのよ」
やがて部屋の扉が開かれ、騎士が丁寧に頭を下げる。
「殿下がお呼びです」
サラはゆっくりと立ち上がり、深呼吸を一つ。
そして堂々とした足取りで、会議の間へと向かった。
その場には、名のある数人の貴族と、リシェルの父であるエルンスト侯爵の姿もあった。
そして奥には、レオンが静かに佇んでいた。
その背筋の伸びた姿と、鋭くも優しい眼差しは、王族としての威厳に満ちていた。
「皆、よく集まってくれた。今日は、私の婚約者であるサラ・ラップ嬢に関する噂――いや、告発について確認をしたい」
レオンはそう言うと、テーブルに置かれた告発状の山を指差す。
「これらは、君たちが“王弟妃として相応しくない”と判断した根拠だ。
しかし、その内容には多くの虚偽と、悪意ある誇張が含まれている」
「しかし、殿下……実際にサラ嬢のご様子は、事故前と随分異なっております」
そう口を挟んだのは、エルンスト侯爵だった。
「それに記憶障害や、人格の乖離が見られると……侍女の証言もございます」
「人格が変わったとして、それが非難される理由になると?」
レオンの声は、決して怒鳴りではなかったが、会議室の空気が凍りついた。
「記憶が曖昧であることと、品位を欠くことは別の問題だ。私は日々、サラを見ている。
彼女は礼儀をわきまえ、他人を敬い、誰よりも気高く生きようとしている。
――私は、それを誰よりも知っている」
その一言が、サラの胸をぎゅっと締めつけた。
誰よりも知っている、と。
それは“ちゃんと見ている”という愛情の証であり、信頼の宣言だった。
「……殿下」
「私は、たとえ全王国を敵に回そうと、彼女を選ぶ」
そう言い切ったレオンの瞳に、誰も反論できなかった。
エルンスト侯爵が言葉を失い、沈黙が場を支配する中、レオンはサラの手をそっと引き寄せた。
「サラ。君に尋ねたい」
「……はい」
「私が君を“妻”として迎えることを、君自身が望んでくれるかどうかを、私は何よりも大切にしたい」
それは求婚だった。
この場で、王弟が“政略”を超えた本心を、サラの意思に委ねるという宣言。
サラの視界が滲む。
彼はただ守ってくれるだけでなく、私の“意思”を尊重してくれる。
私を“対象”ではなく、“対等な人間”として見てくれている。
それが、嬉しくて、切なくて――胸が張り裂けそうだった。
「……望みますわ」
絞り出すようにそう告げたサラの言葉に、レオンはゆっくりと微笑んだ。
「ありがとう」
そしてその瞬間――レオンは、サラをそっと抱きしめた。
ほんのわずかな、穏やかな動き。
けれど、そこにははっきりとした意志と、確かな“想い”が宿っていた。
「……!」
耳元で、彼の鼓動が聞こえる。
温かくて、優しくて、安心できる。
この人の胸の中なら、私は……泣いてもいい気がした。
「レオン様……」
彼の名を呼んだとき、その唇が、サラの額にそっと触れた。
そして、頬へ。
さらにもう一歩、踏み出して――
「ん……」
唇が重なった。
優しくて、穏やかで、けれど胸の奥に火が灯るような、確かなキスだった。
まるで時間が止まったような、静かな世界。
目を開けると、彼の瞳がすぐそこにあった。
「……ずるいですわ。こんなふうにされたら、私……」
「好きになってくれるかい?」
「……もうとっくに、なってますわ」
微笑みあう二人の姿に、貴族たちはただ圧倒され、沈黙するしかなかった。
この瞬間、政略の名の下に始まった婚約は、
確かな“愛”という名に、塗り替えられたのだった。
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