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魔法学院~稀年編~
第41話 異変
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美しい花々が咲き誇る街、フルール――そこはエル・フィン・エメラルダの守護領域である風の地にあり、統治する【緑柱都市】の外れに位置する。
水の地の国境近くでもあるこの街は小さいながら人の出入りも多く、観光名所であると共に治める領主が非常に優秀である事でも有名だ。
そのフルールから少し離れた場所に、ラクシュウェル魔法学院がある。
昔から付き合いの深い両関係性は相互に助力する事を約束しており、今もとても友好的だ。
そのため学院の生徒は生まれや種族に関係なく、いつ如何なる時も自由に街を出入り出来る。
休みの日は街へお小遣い稼ぎに出る生徒もおり、それはこのフルールでのみ許されている事だ。
情報交換が密に行われ、緊急時には応援要請が迅速になされる信頼関係が築かれているからこその自由交流なのである。
しかし、例外が一つ。
魔法学院はどこにもに属さず、何ものにも加担してはならない――これが“学院”と名の付く機関が守らなければならない決まり事として盟約されている。
全ての者が魔法を使える集団はそれだけで脅威。あくまでも中立な存在、平等な判断を下す立場でいなければならないのだ。
「随分と物騒な思考になっているね、ダリア」
「疑いたくもなるだろう……今年に入ってから異常だ。お前も知っているはずだぞ、ラフィカ」
フルール現領主、フローラ四姉妹の次女、ダリアは疲れた様子で眉間を押える。
「だからと言って他国からの侵略を疑うのは行き過ぎだと思うぞ。少し冷静になれ」
ラフィカは出されたお茶を口元に運びながら諫める言葉を口にする。
「冷静だからこそ一番最悪な可能性を考えるんだ。この異常なイビルホールの発生率が人為的である可能性をな」
「それはこちらでも調査している」
「ラフィカ、友として教えて欲しい。お前個人は、どう思う?」
若くしてダリアが家督を継いだのは三年前の事。その直後にラフィカが魔法学院へと入学し、会長補佐として街の領主へ挨拶に来たのが二人の出会いだった。
年は離れているが似た者同士、互いに気を許せる友となるまで時間は掛からず、今ではこうしてダリアの元へラフィカが気軽に訪ねてくる仲だ。
多忙な二人は職務としての情報交換を行いつつ雑談を愉しむのがいつもの流れなのだが、今回は違った。
「人為的なイビルホールが発生している――これに関してはお前の意見に賛成だ。可能性として捨てきれない」
「やはりそうか……」
「うちの秀才が言うには、『人の手でイビルホールを消滅させる事が出来るのだから、逆も出来て然るべき』だそうだ」
「根拠はまだないんだよな?」
「発生原理の追及は今も急務で行われている。しかしな、人為的にイビルホールを作り出す事は現実的じゃない。動かす事は出来るかもしれないが」
「……どういう意味だ?」
「言葉のままさ。イビルホールは放って置けばいつの間にか消えているものだ。その理由が消滅ではなく移動するだけだとしたら、それを人為的に行う事は可能かもしれない」
「…………」
「だがな、ダリア」
そこでラフィカは言葉を止め、真剣な面持ちで釘を刺す。
「それを他国の謀略とは考えるなよ。それは戦争脳の発想だ」
「……分かっている」
「いや、今のお前は危うい。疑心暗鬼に陥っている事は自分でも分かっているだろう?」
「…………」
「友としてもう一度言うぞ。冷静になれ」
ラフィカの忠告にダリアは大きく息を吐き、脱力したように椅子の背もたれへ体を預けた。微笑を浮かべ、申し訳なさそうに眉を下げる。
「そうだな、すまない。ナーバスになり過ぎていたようだ」
「心配しなくとも万が一があればラクシュウェル魔法学院が仲裁に入る。お前が今すべき事は街の警備強化だ。見回りや調査は我々の方でも引き続き行うから安心しろ」
「ああ、頼りにしている」
張り詰めていた空気が和らぎ、二人は共にお茶を一口、口にした。
「そう言えばマリー姉さんは元気にしてるか?」
「フリージアで楽しそうに接客してるよ。最近常連が増えたらしくてな、いつも美味しそうに料理を食べてくれると嬉しそうに話してたぞ」
「そうか、なら良かった」
「サルビアさんはどうしてるんだ? 最近見掛けないな」
「エメラルダ様の元へ使いに出している。現状の報告と、防衛に充てる人材を派遣して頂こうと思ってな」
「フルールは人の出入りが盛んな活気ある観光街だ。きっと早急に対処して下さる」
「ああ。一番下の妹もそろそろ夏休みで帰って来る頃だ。私達の中で一番魔法に長けている子だからな、色々と協力してくれるだろう」
「フフッ、やはり既に手は回していたか」
「当然だ。亡き父の後を継いだのは私だぞ?」
「フッ、だったな」
そしてラフィカは空いたカップを皿に置き、腰を上げた。
「さて、私はそろそろ戻るとするよ。また落ち着いたらゆっくり話そう」
「ああ、そうだな」
二人は笑顔で挨拶を交わし、ラフィカはフローラ邸を後にした。
屋敷を出てすぐの所に、会長補佐を務めるクロムが出迎えに現れる。
「ほんと、時間通り律義な奴だね」
「僕の仕事は会長に追従する事ですから」
「はいはい。でもな、次の会長補佐に今の君がしている事と同じ事を強いるんじゃないよ?」
「もちろん。これは僕がしたくてやっている事なので」
にこにこと笑うクロムに苦笑いを返し、ラフィカは学院へ向けて歩き出す。
その後ろにクロムも続く。
「で、どうでした? 領主様の様子は」
「だいぶ参っていたな。ここ最近は特に不可解な事が多かったから無理もない」
「イビルホールの一極化ですね」
「そうだ。この街から山を一つ越えた先の巨大な湖、その近くで明らかに頻発するようになっている」
「あの湖は国境に当たる部分で、渡った先には水の地に属す魔導国家ウルジスタがあります。あちら側も変に勘ぐって無ければいいんですが」
「そちらはセラに任せている。今のところは大丈夫だそうだ」
「いないと思ったら、副会長が直に対応していたんですね」
「魔法学院が国境の境にある理由は無益な争いの抑止力になるためでもある。誤解を生まないよう私達が動くのは当然の事だ」
「ええ、ですね」
「それにしてもな……」
ラフィカは声を落とし、足を止めて溜息をつく。
クロムもラフィカに倣い、歩みを止めた。
「何か不穏だ。面倒事が起こらなければいいんだが……」
「細心の注意を払いましょう。夏休みに入り、学院も人手が手薄になります」
「そうだな。何事にも対処できるよう、常に万全を期していよう」
「はい」
「フフッ、お前もなかなか、らしくなってきたね」
「次に会長を引き継ぐのは僕ですから。それを他の誰かに譲る気はありませんので」
「フッ、頼もしい事だ」
そして二人は再び学院に向けて歩き出した。
******
ジリジリと焼け付くような日差しが肌を刺し、汗が水玉となって流れ落ちる。
地面に落ちた水滴は一瞬にして跡形も無くなり、その大地では雑草が青々と生い茂っていた。
「……終わりが見えない」
「弱音を吐くな。手を動かせ」
自然の摂理として当たり前な事でも、特定の植物のみが植えられている場所でその存在は許されない。
根気強く抜き続ける事、数時間――休憩を挟みつつ庭園の除草を終え、今はイグナスと共に薬草畑の除草に取り掛かっている。
「二人でってなかなか酷じゃないですか?」
「しょうがねぇだろ。全員出払っちまってんだからよ」
「何人か帰省してるのは知ってますけど、他の部員は何してるんですか」
「色々忙しいんだろ、皆。委員会の仕事もあるしな」
――あんたもその内の一人ですよね?
と心の中で突っ込みを入れつつ、聞くだけ無駄だと諦め黙々と手を動かす。
不意にイグナスから質問が飛ぶ。
「そういやよ、お前は里帰りしないのか?」
「出来なくした張本人が聞きますか」
「あ? 別に帰るなとは言ってねぇぞ、俺は」
「『風紀委員会に入ったからには仕事を覚えるまで休みがあると思うなよ』って、脅しのように言ってた気がしますけど」
「んなもん新人なんだから当たり前だろうが」
「…………」
――ほんと、めちゃくちゃだなこの人……
「……まぁいいです。元々帰るつもりは無かったんで」
「そうなのか?」
「ええ。ここに来てまだ数ヶ月ですし、家が恋しくなるには早いですから」
と言うのは建前で、実際は帰る家など無いのだから帰省のしようがないと言うのが本音だ。
出身となっている場所はあるが、俺はそこがどこにあるのかも分からない。知らない土地に行ったところで、滞在など二三日が関の山だ。
なので不本意ではあるが、この長期休みにやる事が出来たのは幸いだった。
「貴方が全校生の前で勧誘してくれたおかげで暇も無くなりましたし、感謝してますよ」
「その割には棘のある言い方するじゃねぇか」
「巻き込まれた身からすりゃ文句の一つや二つもあるでしょうよ」
「あぁ? 何だ、俺の言う事に文句あんのか?」
「言う事にじゃなく言うタイミングにですよ。お陰で終業式後、大変だったんですから……」
あの日、イグナスが俺を風紀委員会の役員にすると公言した後――それはもう見事に面倒な事となった。
「クラスの連中は他人事だと思って過剰に盛り上がるし、サイラス会長やクライヴ会長は怖いくらいの笑顔で詰め寄って来るし、俺が風紀委員になる事を気に食わない連中は寄ってたかって抗議しに来るし……」
「んなもん俺ん所に来させりゃよかったじゃねぇか。文句がある奴は直接言いに来いって言っといただろ」
「ええ、それを言わざるを得なくなったから今俺は大人しくあんたと一緒にいるんでしょうが」
「んん?」
「俺の言う事なんてまっったく聞いてくれない人達ばっかだったんでね。『文句がある奴はイグナス委員長に直談判しに行け! 判定決闘はいつでも受け付けるって言ってただろ!』って、思わず口から出ちゃったんです」
「ハッ、なるほどな」
「そのせいで風紀委員会に入るのを断る事が出来なくなりました」
「くっくっ、抗議したきゃお前も俺に挑まなきゃいけなくなった訳だ」
「強制的に巻き込まれたのに、理不尽ですよね」
不服を訴える俺の横で、イグナスが可笑しそうにケラケラと笑う。
若干ムッっとした俺はさらにイグナスへと嚙みついた。
「笑い事じゃないですよ。部連の会長二人なんてその後何て言ったと思います? 『俺達のは文句じゃなく提案だ。だからイグナスじゃなくお前に直談判する』ですよ」
「あいつらは人の揚げ足ばっか取るからな」
「二人とも笑顔なのに目が全然笑ってないんですよ……挙げ句に『イグナスの言う事を聞けるんだったら俺達の言う事も呑めるよな?』って」
「あいつらも必死だなぁ」
「圧の凄さに、気付いたら頷いてました……」
「で、何を約束させられたんだ?」
「休み期間中の特訓と研究協力です」
「それはご愁傷様だぜ」
「誰のせいだと思ってんですかっ」
憤慨する俺の横で、イグナスはますます可笑しそうにケラケラと笑う。
それに対してさらに憤慨して見せると、イグナスは一言、「ドンマイ」と言ってにやけた顔をしながら俺の頭に手を置いた。
「ちょっ、泥の付いた手袋のまま何やって――」
「お~い、二人ともぉ! お疲れさま~☆」
そう言って小走りで駆けてくるのは、真夏だと言うのに長袖長ズボン、そして手拭いをほっかむりしているフェリスだった。
「……何だ、その格好は」
「こんな炎天下で素肌を出してたら焦げちゃうじゃないっ」
「いや、そっちじゃなくて頭の方」
「え? 二人と同じようにタオル巻いてるだけでしょ?」
――何で頭の後ろじゃなく顎の下で結んでんだよ……
「さっきまで帽子被ってたの! もぉ、そんな細かい事は気にしなくていいから、そろそろ休憩しに行くよ! フリージアでおやつタイムで~す☆」
「お、もうそんな時間か」
「何でも好きな物頼んでいいよ♪ 部費だから☆」
「何でも……」
「あっ、クロス君、嬉しそ~っ!」
そう指摘され、無意識に上がっていた口角を咄嗟に手で隠す。
どうにも俺は食に関して素直過ぎるらしい。食い意地が張ってると思われてそうで、気恥ずかしさから視線を明後日の方へと向けた。
「んじゃ行くとするか」
「うん! レッツゴ~♪」
その時だった。
『――……ジジッ……イグナス、聞こえるか』
「……シエンか。どうした」
腕輪から緊急を告げる音と共にノイズ交じりの通信が入る。
『フルールの……ジッ……裏で……イビ……が――……』
「おい、シエン、おいっ!」
プツッと音声が途絶え、砂嵐のようなザーザー音だけが流れ続ける。
異様な様子に、俺とイグナスはその場で顔を見合わせた。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
あとがき
新章、突入です('∀') ここから稀な事が起こる年、~稀年編~がスタートします。楽しんでもらえるように戦闘描写や状況の伝え方に気を配りつつ、定期更新していけるように頑張ります☆
水の地の国境近くでもあるこの街は小さいながら人の出入りも多く、観光名所であると共に治める領主が非常に優秀である事でも有名だ。
そのフルールから少し離れた場所に、ラクシュウェル魔法学院がある。
昔から付き合いの深い両関係性は相互に助力する事を約束しており、今もとても友好的だ。
そのため学院の生徒は生まれや種族に関係なく、いつ如何なる時も自由に街を出入り出来る。
休みの日は街へお小遣い稼ぎに出る生徒もおり、それはこのフルールでのみ許されている事だ。
情報交換が密に行われ、緊急時には応援要請が迅速になされる信頼関係が築かれているからこその自由交流なのである。
しかし、例外が一つ。
魔法学院はどこにもに属さず、何ものにも加担してはならない――これが“学院”と名の付く機関が守らなければならない決まり事として盟約されている。
全ての者が魔法を使える集団はそれだけで脅威。あくまでも中立な存在、平等な判断を下す立場でいなければならないのだ。
「随分と物騒な思考になっているね、ダリア」
「疑いたくもなるだろう……今年に入ってから異常だ。お前も知っているはずだぞ、ラフィカ」
フルール現領主、フローラ四姉妹の次女、ダリアは疲れた様子で眉間を押える。
「だからと言って他国からの侵略を疑うのは行き過ぎだと思うぞ。少し冷静になれ」
ラフィカは出されたお茶を口元に運びながら諫める言葉を口にする。
「冷静だからこそ一番最悪な可能性を考えるんだ。この異常なイビルホールの発生率が人為的である可能性をな」
「それはこちらでも調査している」
「ラフィカ、友として教えて欲しい。お前個人は、どう思う?」
若くしてダリアが家督を継いだのは三年前の事。その直後にラフィカが魔法学院へと入学し、会長補佐として街の領主へ挨拶に来たのが二人の出会いだった。
年は離れているが似た者同士、互いに気を許せる友となるまで時間は掛からず、今ではこうしてダリアの元へラフィカが気軽に訪ねてくる仲だ。
多忙な二人は職務としての情報交換を行いつつ雑談を愉しむのがいつもの流れなのだが、今回は違った。
「人為的なイビルホールが発生している――これに関してはお前の意見に賛成だ。可能性として捨てきれない」
「やはりそうか……」
「うちの秀才が言うには、『人の手でイビルホールを消滅させる事が出来るのだから、逆も出来て然るべき』だそうだ」
「根拠はまだないんだよな?」
「発生原理の追及は今も急務で行われている。しかしな、人為的にイビルホールを作り出す事は現実的じゃない。動かす事は出来るかもしれないが」
「……どういう意味だ?」
「言葉のままさ。イビルホールは放って置けばいつの間にか消えているものだ。その理由が消滅ではなく移動するだけだとしたら、それを人為的に行う事は可能かもしれない」
「…………」
「だがな、ダリア」
そこでラフィカは言葉を止め、真剣な面持ちで釘を刺す。
「それを他国の謀略とは考えるなよ。それは戦争脳の発想だ」
「……分かっている」
「いや、今のお前は危うい。疑心暗鬼に陥っている事は自分でも分かっているだろう?」
「…………」
「友としてもう一度言うぞ。冷静になれ」
ラフィカの忠告にダリアは大きく息を吐き、脱力したように椅子の背もたれへ体を預けた。微笑を浮かべ、申し訳なさそうに眉を下げる。
「そうだな、すまない。ナーバスになり過ぎていたようだ」
「心配しなくとも万が一があればラクシュウェル魔法学院が仲裁に入る。お前が今すべき事は街の警備強化だ。見回りや調査は我々の方でも引き続き行うから安心しろ」
「ああ、頼りにしている」
張り詰めていた空気が和らぎ、二人は共にお茶を一口、口にした。
「そう言えばマリー姉さんは元気にしてるか?」
「フリージアで楽しそうに接客してるよ。最近常連が増えたらしくてな、いつも美味しそうに料理を食べてくれると嬉しそうに話してたぞ」
「そうか、なら良かった」
「サルビアさんはどうしてるんだ? 最近見掛けないな」
「エメラルダ様の元へ使いに出している。現状の報告と、防衛に充てる人材を派遣して頂こうと思ってな」
「フルールは人の出入りが盛んな活気ある観光街だ。きっと早急に対処して下さる」
「ああ。一番下の妹もそろそろ夏休みで帰って来る頃だ。私達の中で一番魔法に長けている子だからな、色々と協力してくれるだろう」
「フフッ、やはり既に手は回していたか」
「当然だ。亡き父の後を継いだのは私だぞ?」
「フッ、だったな」
そしてラフィカは空いたカップを皿に置き、腰を上げた。
「さて、私はそろそろ戻るとするよ。また落ち着いたらゆっくり話そう」
「ああ、そうだな」
二人は笑顔で挨拶を交わし、ラフィカはフローラ邸を後にした。
屋敷を出てすぐの所に、会長補佐を務めるクロムが出迎えに現れる。
「ほんと、時間通り律義な奴だね」
「僕の仕事は会長に追従する事ですから」
「はいはい。でもな、次の会長補佐に今の君がしている事と同じ事を強いるんじゃないよ?」
「もちろん。これは僕がしたくてやっている事なので」
にこにこと笑うクロムに苦笑いを返し、ラフィカは学院へ向けて歩き出す。
その後ろにクロムも続く。
「で、どうでした? 領主様の様子は」
「だいぶ参っていたな。ここ最近は特に不可解な事が多かったから無理もない」
「イビルホールの一極化ですね」
「そうだ。この街から山を一つ越えた先の巨大な湖、その近くで明らかに頻発するようになっている」
「あの湖は国境に当たる部分で、渡った先には水の地に属す魔導国家ウルジスタがあります。あちら側も変に勘ぐって無ければいいんですが」
「そちらはセラに任せている。今のところは大丈夫だそうだ」
「いないと思ったら、副会長が直に対応していたんですね」
「魔法学院が国境の境にある理由は無益な争いの抑止力になるためでもある。誤解を生まないよう私達が動くのは当然の事だ」
「ええ、ですね」
「それにしてもな……」
ラフィカは声を落とし、足を止めて溜息をつく。
クロムもラフィカに倣い、歩みを止めた。
「何か不穏だ。面倒事が起こらなければいいんだが……」
「細心の注意を払いましょう。夏休みに入り、学院も人手が手薄になります」
「そうだな。何事にも対処できるよう、常に万全を期していよう」
「はい」
「フフッ、お前もなかなか、らしくなってきたね」
「次に会長を引き継ぐのは僕ですから。それを他の誰かに譲る気はありませんので」
「フッ、頼もしい事だ」
そして二人は再び学院に向けて歩き出した。
******
ジリジリと焼け付くような日差しが肌を刺し、汗が水玉となって流れ落ちる。
地面に落ちた水滴は一瞬にして跡形も無くなり、その大地では雑草が青々と生い茂っていた。
「……終わりが見えない」
「弱音を吐くな。手を動かせ」
自然の摂理として当たり前な事でも、特定の植物のみが植えられている場所でその存在は許されない。
根気強く抜き続ける事、数時間――休憩を挟みつつ庭園の除草を終え、今はイグナスと共に薬草畑の除草に取り掛かっている。
「二人でってなかなか酷じゃないですか?」
「しょうがねぇだろ。全員出払っちまってんだからよ」
「何人か帰省してるのは知ってますけど、他の部員は何してるんですか」
「色々忙しいんだろ、皆。委員会の仕事もあるしな」
――あんたもその内の一人ですよね?
と心の中で突っ込みを入れつつ、聞くだけ無駄だと諦め黙々と手を動かす。
不意にイグナスから質問が飛ぶ。
「そういやよ、お前は里帰りしないのか?」
「出来なくした張本人が聞きますか」
「あ? 別に帰るなとは言ってねぇぞ、俺は」
「『風紀委員会に入ったからには仕事を覚えるまで休みがあると思うなよ』って、脅しのように言ってた気がしますけど」
「んなもん新人なんだから当たり前だろうが」
「…………」
――ほんと、めちゃくちゃだなこの人……
「……まぁいいです。元々帰るつもりは無かったんで」
「そうなのか?」
「ええ。ここに来てまだ数ヶ月ですし、家が恋しくなるには早いですから」
と言うのは建前で、実際は帰る家など無いのだから帰省のしようがないと言うのが本音だ。
出身となっている場所はあるが、俺はそこがどこにあるのかも分からない。知らない土地に行ったところで、滞在など二三日が関の山だ。
なので不本意ではあるが、この長期休みにやる事が出来たのは幸いだった。
「貴方が全校生の前で勧誘してくれたおかげで暇も無くなりましたし、感謝してますよ」
「その割には棘のある言い方するじゃねぇか」
「巻き込まれた身からすりゃ文句の一つや二つもあるでしょうよ」
「あぁ? 何だ、俺の言う事に文句あんのか?」
「言う事にじゃなく言うタイミングにですよ。お陰で終業式後、大変だったんですから……」
あの日、イグナスが俺を風紀委員会の役員にすると公言した後――それはもう見事に面倒な事となった。
「クラスの連中は他人事だと思って過剰に盛り上がるし、サイラス会長やクライヴ会長は怖いくらいの笑顔で詰め寄って来るし、俺が風紀委員になる事を気に食わない連中は寄ってたかって抗議しに来るし……」
「んなもん俺ん所に来させりゃよかったじゃねぇか。文句がある奴は直接言いに来いって言っといただろ」
「ええ、それを言わざるを得なくなったから今俺は大人しくあんたと一緒にいるんでしょうが」
「んん?」
「俺の言う事なんてまっったく聞いてくれない人達ばっかだったんでね。『文句がある奴はイグナス委員長に直談判しに行け! 判定決闘はいつでも受け付けるって言ってただろ!』って、思わず口から出ちゃったんです」
「ハッ、なるほどな」
「そのせいで風紀委員会に入るのを断る事が出来なくなりました」
「くっくっ、抗議したきゃお前も俺に挑まなきゃいけなくなった訳だ」
「強制的に巻き込まれたのに、理不尽ですよね」
不服を訴える俺の横で、イグナスが可笑しそうにケラケラと笑う。
若干ムッっとした俺はさらにイグナスへと嚙みついた。
「笑い事じゃないですよ。部連の会長二人なんてその後何て言ったと思います? 『俺達のは文句じゃなく提案だ。だからイグナスじゃなくお前に直談判する』ですよ」
「あいつらは人の揚げ足ばっか取るからな」
「二人とも笑顔なのに目が全然笑ってないんですよ……挙げ句に『イグナスの言う事を聞けるんだったら俺達の言う事も呑めるよな?』って」
「あいつらも必死だなぁ」
「圧の凄さに、気付いたら頷いてました……」
「で、何を約束させられたんだ?」
「休み期間中の特訓と研究協力です」
「それはご愁傷様だぜ」
「誰のせいだと思ってんですかっ」
憤慨する俺の横で、イグナスはますます可笑しそうにケラケラと笑う。
それに対してさらに憤慨して見せると、イグナスは一言、「ドンマイ」と言ってにやけた顔をしながら俺の頭に手を置いた。
「ちょっ、泥の付いた手袋のまま何やって――」
「お~い、二人ともぉ! お疲れさま~☆」
そう言って小走りで駆けてくるのは、真夏だと言うのに長袖長ズボン、そして手拭いをほっかむりしているフェリスだった。
「……何だ、その格好は」
「こんな炎天下で素肌を出してたら焦げちゃうじゃないっ」
「いや、そっちじゃなくて頭の方」
「え? 二人と同じようにタオル巻いてるだけでしょ?」
――何で頭の後ろじゃなく顎の下で結んでんだよ……
「さっきまで帽子被ってたの! もぉ、そんな細かい事は気にしなくていいから、そろそろ休憩しに行くよ! フリージアでおやつタイムで~す☆」
「お、もうそんな時間か」
「何でも好きな物頼んでいいよ♪ 部費だから☆」
「何でも……」
「あっ、クロス君、嬉しそ~っ!」
そう指摘され、無意識に上がっていた口角を咄嗟に手で隠す。
どうにも俺は食に関して素直過ぎるらしい。食い意地が張ってると思われてそうで、気恥ずかしさから視線を明後日の方へと向けた。
「んじゃ行くとするか」
「うん! レッツゴ~♪」
その時だった。
『――……ジジッ……イグナス、聞こえるか』
「……シエンか。どうした」
腕輪から緊急を告げる音と共にノイズ交じりの通信が入る。
『フルールの……ジッ……裏で……イビ……が――……』
「おい、シエン、おいっ!」
プツッと音声が途絶え、砂嵐のようなザーザー音だけが流れ続ける。
異様な様子に、俺とイグナスはその場で顔を見合わせた。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
あとがき
新章、突入です('∀') ここから稀な事が起こる年、~稀年編~がスタートします。楽しんでもらえるように戦闘描写や状況の伝え方に気を配りつつ、定期更新していけるように頑張ります☆
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しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
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