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119 滅びの魔法

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「……研究?」

答えを聞く前に、アララドさんが踏み込んだ。

「わけがわからんが、とにかく敵ってこったろう!」

アララドさんの大太刀がウィンターを捉える前に、二人の間に氷の柱が聳え立つ。

「うおっ!?」

間合いに入る前に足を止めたアララドさん。見ると、氷柱周辺の地面が凍り付いて、アララドさんの足元まで達していた。足を凍らせられ地面に縛り付けられて、動きを止められている。

「まあ話を聞けよ。……俺たちの研究テーマは、《滅びの魔法》だ。種族丸ごとを根絶やしにするような大魔法――それを分析しようとしている」

「滅びの、魔法……?」

「どんな名称かは知らないから仮称だがな。辺境伯領がそれを隠れて所有していると俺たちは睨んでいるのさ」

「そんなものあるなんて聞いたことないぞ……!」

「だからそれが辺境伯領の秘密だってことだ」

それが、リトルハンドが辺境伯領から取引したかったものだっていうのか。領民を人質に、《滅びの魔法》の詳細を聞き出そうとしていたのか?

ウィンターは続ける。

「百年ほど前、異邦の向こうから魔族と呼ばれる亜人が辺境伯領に攻めてきた話は聞いたことがあるか?」

「…………」

それは、いつだったかサフィさんから聞いたことがある。
異邦の最奥である『深淵地方』から、かつて魔族が攻めてきたという話。当時の人々がどうにか追い返したという話だったが……。

「攻めてきた魔族に勝てたのが、その滅びの魔法のおかげってわけだ。魔法書なのか、魔法道具なのかはわからねえがな」

「追い返したんじゃなくて、その魔法ですべて滅ぼしたってことか?」

「でなければ、異邦さえ超えて来られるような強大な力を持った敵に、人間ごときが打ち勝てるはずねえ」

ウィンターは完全にそうだと信じて疑わないような強い口調で言った。

「いまだに異邦のすべてはわかっていない。危険で、調べることができないからだ。踏破した者も聞かない。異邦の民たちでさえ、奥地になんて行こうともしない。……そんな危険地帯を進んでくる敵を、オークの群れでさえやっとどうにか対応できたくらいの奴らが応戦できたと思うか?」

「……逆に、そんな便利なものがあるなら、この間オークが攻めてきたときに使っているだろ!」

言ってから、俺は戦慄する。
本気で、そんな荒唐無稽な予測だけで、こいつらは辺境伯領を敵に回し、大多数の人たちを危険にさらしているのか。

いや……そこまでするのなら、本当だと確信する根拠があるのか?

「陰謀論者か。オレはクリムレット卿の屋敷にやっかいになっちゃいるが、そんなもの見たことも聞いたこともねえぞ!」

アララドさんが吐き捨てた。

たしかにアララドさんの言うとおりだ。俺もそんな話聞いたことがない。

「しかしそれを使って滅ぼしたおかげで、魔族の姿を見たことがある者は今まで皆無だ。どころか、魔族と戦った奴さえ会ったことがねえ。それは《滅びの魔法》を知る限られたものしか戦ってなかったからじゃないのか?」

ウィンターは反論した。たしかに俺も魔族なんて見たことがない。もっとも、俺は辺境伯領に来てまだ一年も経っていないのだが。

「……そうなんですか? アララドさん」

「まあ、たしかにオレの周りも魔族を見たことがある奴はいねえが……だからって魔法一つですべて滅ぼしたなんて話は飛躍しすぎだろう」

アララドさんの言う通り、やはり荒唐無稽すぎる。

常備軍がいるから、人を殺したり制圧するための魔法道具や魔法石ならあるだろう。こいつらは、そういう力を奪いたいのかもしれない。

「信じられないなら、それでいい。お前は、すでに俺たちの敵だからな、ロッド・アーヴェリス」

「!」

ウィンターは魔法で氷の刃を形作り、俺に放つ。

俺は《火》の魔法を発動。炎が氷の刃と激突して、両方の魔法は消滅する。

「これ以上何かしたらこの兵士たちを氷漬けにするぜ?」

「!」

距離を詰めようとすると、いつの間にかジェラードさんとグレント、それにパンツ男爵の身体が半分ほど氷漬けにされていた。俺は立ち止る。

「撤退するか?」

と、リトルハンドはウィンターに問う。

「ああ、そうする」

「わかった。来てくれて助かったよ」

リトルハンドは、持っていた《火》の魔法石で隠れ家に火をつけた。リトルハンドの資料が、事件の手掛かりがみるみる燃えていく。

「逃げられるか? ローシュ・リトルハンド」

「この通り、負傷で片足が動かない。運んでもらえるとありがたいんだけど」

「氷漬けになってもいいならな」

「それは、ありがたくないね」

ため息をつくリトルハンドに、ウィンターはポーションを渡す。

「飲んだら、立って自分で逃げろ」

「……了解した。ありがとう」

リトルハンドは、ウィンターからポーションを受け取って、一気に飲み干す。

「!」

飲んだ瞬間、リトルハンドの表情は驚愕に変わった。

「これは……!? ウィンター、私に何を飲ませた!?」

「あいにく回復系のポーションは持ち合わせがないんだ、すまねえな。まだ研究途中のポーションだが、悪くねえと思うぞ」

ポーションのビンが落ちる。リトルハンドの身体が、急速に変容していた。
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