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第二章

狼とじじい

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 英雄として名を残すか、塵一つ残さず魔女と共に消えるのか………まさに、『栄光か死か』。 


 格好良く聞こえはするものの、実態は拗らせ女に取り憑かれたそこまで志もない少年剣士が無理矢理英雄になれと言われているだけなんだが……。


「あのさ……」

 感情果汁0パーセントで呟く灰色のノエル果実

「なぁに?」

 それを刈り取る大鎌を持ったミシャ死神が、薄っすらと微笑み首を傾げる。

「死に物狂いで英雄になるっつっても……多分――死ぬじゃん」

「なに言ってんの、私がいるのよ?」


 ―――それも “死因” の一つでは……。


「んで、なれなかったら――死ぬじゃん」

「言ったでしょ? 痛くないって」


 ―――お前が “痛い” わ。


「なれたらなれたで――お前と結婚?」

「も、もぉっ……! そんな嬉しそうな顔しないでよ……!」


 毛先を弄りながら頬を染める勘違い女。
 それを死んだ目で見つめるノエルは、



(へー………俺、今嬉しそうに見えるんだ………)



 ―――少年は、表情かおを失ったらしい。


「マ、マリッジブルーって本当にあるのかな……?」


 今、目の前の少年はブルーどころかグレーだが?




「あのぅ……もうよければ、村長の所にご案内しますが……」


 村に入れるのを躊躇していた村人だったが、流石にこのやり取りに辟易したのだろう。 彼は責任を村長に投げる事に決めたらしい。


「あ、はい。 行きましょうノエル」
「……ああ、逝こうか……」


 やっと村に入る二人。
 連れて来られたのは他の家より少し立派な、丸太を重ねた可愛らしい家。 

「ここが村長の家です」

 そう言って村人がドアを開け、三人で中に入って行く。

「村長、冒険者の方をお連れしました」

「おお……ご苦労だったな」

 老人特有のこもった声が聴こえ、切り株を椅子にして座る村長が見える。


(大分じじいだな……)


 失礼なノエルの感想だが、確かにかなりの高齢のようだ。
 長い白髪は頭のてっぺんから半分程がもう無くなっていて、目は長く白い眉毛で隠れて見えない。
 中々に風格のある村長……というより、長老と言った風貌だ。

「どうぞ、お掛けになって下さい」

「ああ」
「はい」

 二人は村長に促され、テーブルを挟んで同じ切り株の椅子に腰を下ろした。

「それでは私はこれで」

 案内をしてくれた村人は部屋を後にした。 


「いや、こんな依頼、受けて頂けるとは思わんで嬉しい限りですじゃ」

 ゆったりとした口調で話す村長。
 二人の冒険者は、まずは具体的なクエストの内容を聞こうと耳を傾けている。

「こんな老体で驚かれたでしょう。 お恥ずかしい、村の皆には村長ではなく、長老と呼ばれる始末でしてな」

「安心しろ、さっきの村人はちゃんと村長って言ってたぞ」

 気を遣ったのか、ただ聞いたままを言ったのかノエルがそう言うと、

「………改めまして、わしがこの村の長、ラケシスと申しますじゃ」

「……ノエルだ」

 反応の無いラケシスに耳が遠いのか、と思ったノエルはとりあえず名乗り、続いて「ミシャです」と二人が挨拶を交わす。

「おお、なんとも美しい冒険者様だ」

 ラケシスがミシャに顔を向け賛辞の言葉を述べると、

「そ、そんな……美しいだなんて……」

 社交辞令という言葉はミシャの辞書には無い。 気恥ずかしそうに両手を頬に添えて身をくねらせるが、ノエルは板に付いた無表情でやり過ごす。

「いやいや、わしも長老と言われる歳になったが、こんなに美しい娘さんは見たことがない」

「お、大袈裟です……こ、困りますわ……」


(なに言ってんだコイツら。 さっさと仕事の話しろよ) 


 一人冷め切ったノエルが呆れていると、突然入り口のドアが開き、

「村長、頼まれてたお酒ここに置いときますね」

 腕まくりをした青年が現れ、部屋に酒の入った大き目の壺を置いて去って行った。


「……今の奴も村長っていってたな」

 ふと零すノエル。

「さて、今回の依頼ですがな」
「おい」

 二度目のスルーにノエルが突っ込むが、ラケシスは知らん顔で話を進めていく。

「ご存知かも知れませぬが、この村は大昔からピクシーと共に生きてきました。 今やそれが噂となり、観光地としても栄えている。 つまり、決してピクシーを忌み嫌っている訳ではないのですじゃ」

「それでも依頼を出す程に……被害が大きいと」

 ミシャが依頼内容に書いてあったものを問いただすと、ラケシスは大きな溜め息を吐き続けた。

「はい……勿論この村でも作物の収穫は大きな収入の一つなんじゃが、地震もないのに突然大地が裂け畑がだめになってしまったり、雨も降っていないのに川が氾濫を起こしたり、村の若者の結婚式では突然強風が吹き荒れ、式が台無しになったりしましてな」

 具体的な内容を伝えてくるラケシスにノエルが疑問を投げ掛ける。

「村長」
「長老って言って」

 ついに本音を吐露するラケシスだったが、今度はノエルがそれをスルー。

「それがなんでピクシーの仕業だってわかるんだ?」

「お答えしましょう、長老が」
「頼む、村長」

「「…………」」

 よくわからない意地のぶつかり合いが起こり、何故か睨み合う二人。 ラケシスは長い眉毛で隠された目を見開き、ノエルは鋭い犬歯を剥き出しにしている。

「見た所亜人のハーフのようじゃが、になったわしでも見るのは初めてじゃなぁ」

 ラケシスが一部を強調して言うと、

「そうか、こんな小さな村のじゃ見たことないかもなぁ」

 負けじとノエルも言い返す。


 確認だが、今回のクエストは『ピクシーの討伐』であって、『じじいとの対決』ではない。


 視線をぶつけ合う二人。
 すると、突然ラケシスが、


「えっ? ていうかここは引いてくれてもよくない?」

 急に若返るじじい。

「いや、なんかムカついたから」

 ノエルは若さ故の理由無き反抗か。

「うそ、それだけ?」
「つーかなんでじいさんは長老にこだわんだよ」
「だって、箔つくじゃん……せっかくそれっぽいのに……」
「ダサ、周りから自然と言われっから箔がつくんだよ」
「だって待ってたら死んじゃうよ? わし」

 二人ばかのやり取りを傍観していたミシャだったが、段々鬱陶しくなってきたのか冷ややかな鋭い声で、


「とっとと話進めないと―――今すぐ死んじゃいますよ?」


「「――っ!!」」


 恐らくは自分も含めてと察したノエルも、ラケシスと同時に身を竦ませる。


「ピ、ピクシーの仕業だとわかったのは、そう思った時村人達の身体が温かく感じたからなんじゃ」

「なるほど、それがピクシーの住む村の逸話というのは聞いています」

 殺気を解いたミシャが納得していると、「ええ、ええ」と命乞いをするように相槌を打つ。


「それにしても、んなちっちぇ妖精にそんな力あんのか?」
「それな」
「じじいホントはいくつだ?」

「いや、こんな事は初めてなんじゃよ。 ピクシーの悪戯は本当に小さな、可愛らしいものじゃからな」


 ノエル&ラケシスの馬鹿話が展開する中、腕組みをして思案するミシャは、

「魔法……じゃないのか」
「あの温かい感覚、村人達は子供の頃から知ってますからのぉ」
「大体地面なんて割れねーだろ?」
「それは、出来なくもないけど……」


((出来るんかーい……))


 男性陣が心中で突っ込みを入れる。
 青白い顔で怯えながらもラケシスは話を続けた。

「しかしですな、そのピクシーは裂けた大地をその後元に戻したんですじゃ。 そんな事はどう考えても……」

「そうね、壊せても戻すのは難しいし……」


((壊し専門かーい……))


 やりっぱなしがモットーのミシャ破壊神に戦慄する二人。

「被害は3ヶ月前ぐらいから……か」

 呟くミシャを恐る恐るラケシスが覗き、

「ノエルさん、こちらのミシャさんはどういった人物で? 魔導士様だとは思いますが……」

 危険な発言からその存在が気になったラケシスは、小声でノエルに耳打ちをする。

「そうだな、自称『白魔導士』だ。 だがその中身は……100体近くのアンデッドを葬る力を持ち、世界をてめぇの都合で勝手に変えようとする……」




 ――――悪魔だよ………――――




あの世そっちはどうだ? そう遠くないうちに会えるかも知んねぇよ。 そうだなぁ、3年後には……多分な――――アール……)


 遠い目をして天井を見上げるノエル。


 背中に背負った大剣の鞘には、今は亡き戦友の名が刻んである。


 ―――戦友………かなぁ………。



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