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第三章
少年、奇跡の謝罪を聞く
しおりを挟む吹き飛ばされた怪物は立ち上がり、未だ纏わり付く黒い粒子を忌わしそうにして突進して来る。
「アルノルト……もうすぐ、終わるから……」
ネックレスを握り目を閉じるミシャ。 今は亡き仲間、そして、一つの恋に別れを告げるその姿を眺めるノエルは、
( アルノルトの中では終わるどころか、始まってすらなかっただろーけどな…… )
本人は知らない方が幸せだろうが、過去サイネリア教団卒業生で組んだパーティの男性陣は皆、もう一人の女性白魔導士に想いを寄せていたとB氏からの情報が入っている。
「何をしているッ! 奴が来ているぞッ!!」
悠長に感傷に浸っている場合かとブランが檄を飛ばすが、ゆっくりと目を開けたミシャは、余計なお世話だとばかりに楽々と攻撃を躱した――――筈だった。
「――なッ!?」
軽く後に飛んだ際、一瞬宙に浮いたネックレスを掴まれた。
「ちょ……やだッ!」
子供に戻ったような口調のミシャは、千切れたロザリオを追って怪物の懐に飛び込んでしまう。 冷静さを失った行動は、形見と共に取って喰われるという危険性を頭から排除してしまっている。
「離れろミシャッ!」
血相を変えブランが叫ぶ。
形見で人は蘇らない。 生きている人間が追うのは間違いだ。 だがその声は届いても、手は届きそうにない。 縦に開いた二つ目の口は、まず銀のロザリオを飲み込み、そして―――
「あ……」
もう一方の腕がミシャに掴み掛り、数多の獲物同様肥やしにしようと引きずり込む。
「―――にやってんだよおめぇはぁッ!!」
「きゃ……!」
連載開始から今まで記憶に無い、まるで女の悲鳴のような声を上げたミシャは狼に突き飛ばされた。
「――っはぁ! はぁ、はぁ……」
息遣い荒く、こちらもある意味初めて破壊神に一矢報いた形となったノエルは、
「……で、なにやってんだ? 俺も……」
一人怪物の前に残り茫然と呟いた時には、紫の目に睨まれ、ヴァンの腹に風穴を空けた角が迫っていた。
「いや、俺はただの付き添いで……」
嘘は吐いていない。
だが、解ってくれる相手でもない。
( ―――なんだよ……俺ぁ、なんであんな女助けたんだ……? アイツが負けたら、俺達も全滅するから、か? いや、逃げるだけなら俺でも出来るかもしんねぇし…… )
致命傷までの一瞬、ノエルの頭に過ぎる自問自答。
( あー、しっかしよ、このやられるまでのスローモーションつーの? なんか、慣れちまったな )
走馬灯常連のノエルは、これから身体を貫かれるというのにどこか余裕だ。
( 大体よ、ブランが言ってたように遊んでっからこーなんだよ。 とっとと殺っちまえば良かったんだ。 そうすりゃ俺だって痛い目見ないで済んだのによぉ……でもまあ、アイツに死なれちゃ俺の価値ねーしな。 ――あ、そっか、だから助けたんだ。 猛獣使いも獣ありきだもんな。 ……てか、今回走馬灯なげーな…… )
自分の行動理由に合点がいき、やって来る筈の激痛が襲って来ないのを不思議に思い目を開けると―――
「……てめなにやってんだッ! とっとと逃げろッ!」
いつの間に合流したのか、怪物の角を掴み太い腕を震わせるヴァンが怒鳴り声を上げる。
「ノエルーっ! はやくはやくぅっ!」
「おっ、おお……」
手招きするアンジェが見え、やっと我に返ったノエルは怪物から距離を取った。
「くっ……! んのバケモンがぁ……ッ!」
腕力はプラチナクラスでも上位だろうヴァンが苦しげな声を漏らし、
「ヴァン! 今行くッ!」
援護に向かおうとブランが地を蹴った時、激しく叩き付けられた音が響き土煙が森に舞う。
「……おめぇよ、肉弾でこんなの見せられたら……前衛の亜人が自信無くすだろが……」
畏怖の込もった声音でヴァンが零すと、怪物をかかと落としで地面にめり込ませた魔導士は口を開く。
「……二度も……こんなのに食べさせて……ごめんね……アルノルト……」
俯き、垂れた前髪が瞳を隠す。 声は弱々しく、だがそれと対照的に、周りの仲間までもが背筋を凍らせる程の殺気が放たれている。
「ノエル」
「な、なんだ?」
危ない場面を救った筈のノエルでさえ、呼ばれた返事に緊張が滲む。
「……ごめんなさい」
「――なっ!?」
ノエルは自分の耳を疑った。
その台詞は、およそその人物が口にする台詞ではなかったからだ。 それも、それが己に対して言われる事など、この作品のタグに『シリアス』と入れる程有り得ない事なのだ。
「ある意味、今までで一番の恐怖だぜ……」
ヒロインでラスボスという、主人公に救われる事皆無の女が救われた奇跡。 ミシャは呻きながら立ち上がろうとする怪物を見下ろし、
「――終わらせる……全てを灰にして……」
破壊神としてこれ以上無い嵌り台詞を吐き、魔女ラバンテの遺作と遂に決着をつけると宣言した現代の魔女。
そしてリベンジは、最終局面を迎える。
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