雨恋 〜 あまこい 〜

なかの豹吏

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雨恋 〜 あまこい 〜

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 わたしは藍原紗由理あいはらさゆり、小学一年生です。  今日はあいにくの雨。 きっとみんなは、おそとで遊べなくてがっかりしてるだろうな。 
 でも、わたしは雨が大好き。 だって雨の日は、大好きなりょうくんと遊べるから。

 りょうくんとは保育園からいっしょで、一番のなかよし。……だけど、小学生になってからは、あんまり遊んでくれない。

 はずかしがり屋さんのりょうくんは、女の子のわたしと遊んでるのを、ほかの友達に見られたくないんだって。


 だから……。


「りょうくん」

「あ、さゆりちゃん」

 先に待っていてくれたのが柳瀬遼やなせりょうくん。 おたがいのお家のすぐ近くの公園、その遊具のトンネルの中で、みんなが遊びにこないだけ、わたしたちは会って遊ぶ約束をしてる。

 ほんとは、いつもいっしょに遊びたいけど……。

「きのう、サッカーしてるの、見てたんだよ?」
「え? そっか。 全然気づかなかった」

 わたしはいっしょに出来ないけど、りょうくんをどうしても見たくて、かくれてこっそりと見てた。

「声かけたかったけど、イヤだとおもって……」
「……ごめん」

 わたしがさびしそうに言ったから、りょうくんも下を向いちゃった。

「平気だよ。 あとね、りょうくんが一番上手だったよ、カッコよかった」
「そうかな……」

 そう言うと、てれた顔で頭をかくりょうくん。  ……可愛い。
 りょうくんはとっても足がはやくて、運動が得意だから、いつもみんなのリーダーみたいになってる。

 それに、

「さゆりちゃん」
「なあに?」
「いっしょのクラスになれなかったけど、イヤなことあったらいってね。 オレ、助けてあげるから!」
「……うん」

 りょうくんは、とっても優しい。
 わたしは、保育園の時からあんまり言いたいことが言えないコだった。 だから、イヤなこととか、イジワルされると、いつもりょうくんが助けてくれた。

 カッコよくて、優しいりょうくんが、私は大好き。

 それからも、この雨の日の約束は、小学校を卒業するまで続いた。 


 ◆


 中学生になってからは、りょうくんはサッカー部に入って部活で忙しそうになった。 りょうくんはやっぱりすごくて、一年生では間違いなく一番上手だ。

 背も伸びて、ますますカッコよくなったりょうくん。 運動も出来て優しいりょうくんは、当然、女の子からモテる……。

 またクラスも違うし、きっと私の知らないところで、同じクラスの女の子から言い寄られてる、かも……。
 そんな事を考えると、胸が締め付けられて、苦しくて……堪らなくなる……。


 それでも、雨の日、部活がないときは……。


 ◆


 あまり人の来ない古い神社。 特に今日みたいな雨の日は、ほとんど誰も訪れない。 しかも、私達はその神社の裏にいるから、人目につく事はまず無い。

 中学生になってからは、ここが私とりょうくんの、雨の日の約束の場所になった。



「やっぱり中学になると違うよ、先輩はすごく上手いし。 まだ今の俺じゃ敵わないな」

 少し興奮気味に話すりょうくん。 敵わない、なんて言いながら、その瞳は自信とやる気に満ちて、キラキラと輝いている。 

 なんて……素敵なんだろう……。 私は、うっとりと、その横顔に見とれてしまっていた。

「さゆり? どうした?」
「えっ……?  な、なんでもない……」

「そうか」

 ごめんなさい、ちゃんと聞いてるよ。 あと、中学生になってから、りょうくんは私の事をと呼ぶようになった。 さゆりちゃんなんて、中学生の男の子が呼ぶのは恥ずかしいよね。
 なんだか私は、りょうくんの恋人になれたみたいで、嬉しかったけど。  

「りょうくんは上手だから、大丈夫だよ。 一年生じゃ一番上手だし」

「そうかな……ありがとう」

 照れたように頭を掻くりょうくん。 変わらないね、恥ずかしがり屋さんなのは。 
 ……でも、最近思うのは、もう中学生だし、今もこうして隠れるように会ってるのは、小さい頃と違う理由なんじゃないかって。
 そう私の劣等感が襲ってきて、心は葛藤していた。

 その時、

「なんか、ゴメンな。 昔からこんな会い方しか出来なくて」

「え……」

 申し訳なさそうに、りょうくんは私にそう言った。 それは昔と同じ、りょうくんが恥ずかしいからこうやって会ってる、そう聞こえた……。 でも、私は、どうしてもそれだけに思えなくて……。


「りょうくんは……」

「んっ?」

 言わない方がいい、言ったらもう会えなくなっちゃうかも知れない……! そう思って今まで言わなかったのに、でも、りょうくんはモテるから、いつ他の女の子と付き合っちゃうか分からない。 そうなったら……。
 その焦りと、りょうくんが偶々あんな事言うから、私は、止まれなくなってしまった……。

「どんどんカッコよくなるから……」

「な、なんだよそれ」

 照れてる時のりょうくんの声、その顔も見たいけど、今は見れずに下を向きながら、私は続けた。

「でも私は……相変わらず地味……だし、だから、りょうくんは、私と会ってるの、他の人に見られたくない……の?」


 言って、しまった……。 
 りょうくんは優しいから、だから、幼馴染の私と今でも会ってくれてるだけなのに、付き合ってる訳でもないのに、なにを図々しく……!


「さゆり」

「ごめんなさい……! なんでもない……なんでもない……から……」

 もう遅い、言っちゃったんだから。 どうにもならないのに、私は謝った。 なんでもない、なんて言っても、言葉は取り消せないのに。

 震える……今日で、もう会ってくれないかも……!

「さゆり!」

「――!!……はい」

 もう泣き崩れる寸前、滅多に聞かないりょうくんの強い声色に、私は身体を強張らせる。 零れそうだった涙は、その声に堰き止められた。


「ごめん、さゆり」


 ……終わり。 今のままで満足していれば良かった。 そうすれば、もう少しは、一緒にいれたかも知れない。 
 なのに、欲張った馬鹿な私は、大切な雨の日の約束を、失ってしまう……。
 こんな面倒な事を言われるぐらいなら、りょうくんだってもう、会いたい訳ない。


「俺も、なんとかしなきゃって、自分でも思ってるんだけど……それで、さゆりにこんな勘違いさせて、ホントごめん」


 終わり……じゃない……?  勘違い……? 


「自分でもなんでそんなに気にするんだって、ちょっと周りにひやかされたってどうって事ないって、そう思うようにしようとするんだけど……どうしても……」

「りょうくん……」

 本当に、恥ずかしいんだ……。 それは分かってたけど、もう中学生だし、本音は違うんだと、勝手に私が思い込んでただけ……?

「克服できないクセに、さゆりとはどうしても会いたいから……」


 ―――えっ……?  私に会いたい?!  ど、どうしても?!


「ついついさゆりの優しさに甘えちゃって……ごめんな」

「そ、そんなのいいよ! 気にしないで!」
「……! さ、さゆり?」

「あ……ご、ごめんなさい。 でも、本当に気にしないで、私も……会いたいから」

 いけない、つい大きな声出しちゃって、りょうくんをびっくりさせちゃった……。
 でも、どうしても会いたいなんて……りょうくんに、そんな事言われたら……。


「そっか! 良かった」

「うん」

 会いたいよ……毎日雨ならいいのに、グラウンドなんか水没しちゃえばいいのに……って思うくらい会いたい!

 ……ごめんなさい、それじゃ大好きなサッカー、出来ないよね。


「変な勘違いまでさせちゃって」

「あ……うん」

 それはもういいの、私の勘違いだったから。  りょうくんが会いたいって言ってくれたから、もうそれでいい。 ほ、掘り起こさないで……!


「さゆりはどう思ってるか知らないけど、さゆりは、すごくキレイになったよ」

「へ?」


 や、やだ……変な声出ちゃった……!  「へ?」ってなに?……もう、ばか……!
 キレイなんて、お世辞だよ、りょうくんは優しいから……それだけ……また変な勘違いしちゃだめだから!


「まあ、子供の頃から可愛いかったけどさ」

「――ッ!!?」


 ダメ………私、今日で死んじゃうかも……。

 意識飛びそう……。


「部活忙しいけど、また会える時は会って話そう」

「う、うん」

 私、多分一生てるてる坊主は作らない自信あるよ。

「中学生になって環境も変わったしさ、なにかあればちゃんと言ってくれよ、力になりたいからさ」

「うん……ありがとう」


 昔から変わらないね……大好きだよ、りょうくん……。


 ◆


 そして、三年生になった時、奇跡は起こった。

 それは……初めてりょうくんと同じクラスになれた事だった!
 今まで何度願っても叶わなかったこの願い、小学校、そして中学校になってもダメかと諦めかけてたのに……。

 信じられない……! ありがとう神様! 今までクラス替えの度に悪く言ってごめんなさい。

 今なら、誰にでも優しく出来る。 私は、そんな満ち足りた気分に浸っていた。


 なのに……やっと訪れたこの幸運が、後に私を苦しめる事になるとは、その時の私には、知る由もなかった………。


 ◆


「ねえ、柳瀬君、この間の試合すごかったね!」

「え、ああ、観てくれてたんだ。 ありがとう」

「二点も決めたもんね! 私興奮しちゃった!」


 ………はあ、また今日もか。

 このクラスになってから、何度こんな場面を見て心を痛めたんだろう。

 楽しそうにりょうくんに話し掛けている女子、もちろん私じゃない。 そのコは、山川玲奈やまかわれいなさん。 
 私と違って、明るくて可愛い彼女は、社交的だし、男子にも人気らしい。

 このクラスになって、最初は出席番号順に席が決まった。 私は藍原だから、一番前の席で、りょうくんは柳瀬だから、ずっと遠い席。 別にそれでも良かった、初めて同じクラスになれて、りょうくんをいつも見てられるんだから。

 そして、りょうくんの隣の席が……同じ『や』、から始まる彼女、山川玲奈さん。

 今やサッカー部のエースで、カッコよくて優しいりょうくんは、学年問わず人気の男子。 そして、山川さんはバドミントン部のエースらしい、そして人気の女子。

 席が隣の美男美女……いつの間にかクラスの皆は、女子はりょうくんを、男子は山川さんを諦めて、二人は公認のカップルみたいに見ている。
 りょうくんは相変わらず恥ずかしがり屋だから、私とは他のクラスメイトと変わらず、必要以上に話したりしない。

 でも、積極的に話し掛けているのは山川さんで、りょうくんは優しいから、それに応えているだけ……と思うしか、そうするしか、私の心の崩壊を止める手立てはない……。

 雨よ降れ……雨は大地と、私の心を潤してくれる。
 昔の人は雨乞いをしたと言うけれど、その儀式で本当に雨が降るなら、私は、やると思う。

 私……大丈夫かな?  最近病みすぎてて、自分が怖い……。


 そして、念願の雨が降った。 


 その日、私は渇いた心を潤して欲しくて、いつもの神社の裏でりょうくんを待った。
 暫くしてりょうくんが来て、いつものように私に話し掛けてくれる。

「ごめん、待ったか?」

「ううん、平気」

 ずっと待ってた……心がからからなの、助けてりょうくん……。

「しかし、さゆりとは長い付き合いだけど、同じクラスになったの初めてだよな」

「うん」

 すごく嬉しくて、すごく辛い……。 

「学校ではこんな風に話せないけどさ、いつも顔を見れるし、嬉しいよ」

「うん……私も」

 ああ……渇いていた心が潤っていく。

 でも……なんで? こんな事言ってくれるのに、どうして肝心な事を言ってくれないの? こんな事、何とも思ってない女の子に言うかな……。

 優しいから、だけ? やっぱりただの、友達なの?

「この前の試合は割と満足してるんだ、どうだった?」

「うん、またすごく上手になってた」

「そっか!」

 嬉しそうな顔のりょうくん、でも、私はこの話をすると、つい思い出してしまう。 そして、嫉妬から我慢出来ずに、言葉が零れてしまった。

「山川さんとも、この話してたよね」

「え? ああ、彼女最近サッカーに興味あるんだってさ」

 違う……と思う。 山川さんが興味あるのは、サッカーじゃない。 ゴールを決めたりょうくんを褒めてたけど、彼女が見てたのはサッカーじゃなくて、りょうくんだよ。

 私も人の事言えないけど……。 でも、私はずっと真剣に、サッカーをするりょうくんを見てきた。 
 あの一点目だって、荒いパスだったけど、上手くトラップして足元から離れなかったのが良かったし。 それから素早く逆サイドにパスを流そうとしたフェイントにディフェンスが揺さぶられた所を切り替えして突破してのゴール。 
 カッコよかったよ、りょうくん。

「さゆり……考え事? 何か悩みでもあるのか?」

「ううん、なんでもない」

 それから、いつものように楽しく話して、りょうくんと別れた。 

 癒されたけど、また明日からあの光景を見せられるかと思うと、気が重い。 

 周りには内緒でもいいから、私はりょうくんの特別でありたい。 今でもそうかも知れないけど、ちゃんと、彼女になりたい……。

 そうなれたら、きっと強い気持ちを持っていられる……と思う。

 でも、りょうくんは何も言ってくれないし、私からなんて……怖くてとても言えない。 今の関係すら、無くなってしまうかも知れないから……。


 やっぱり、私はただの友達で、恋愛対象じゃないのかな……。


 ◆


 次の日、予想通りの光景にまた落ち込んでいた私は、休み時間に一人、逃げるようにトイレで鏡を見つめていた。

 その時、

「藍原さん」

「え……はい」

 振り向くとそこには、山川さんが立っていた。
 ……なんだろう、私に用なんてない、よね?

「昨日、柳瀬君と何してたの?」

「――えっ?!」

 見られてた……? なんであんな所に、傘もさしてたから、顔もわかりにくい筈なのに。

 こんな話、誰かに聴かれたら……。 
 慌てて周りを見回すと……私達しかいない、良かった。

「柳瀬君、昨日は雨で部活ないって言ってたから一緒に帰ろうと思ってたのに、急いで教室から出て行ったから、追いかけたの」

 りょうくんを、尾けてたんだ……。

「りょ……柳瀬君とは、幼馴染だから、ちょっと話してただけ……です」

 変な事言ってりょうくんを困らせたくないし、そもそも、ただの友達だし……。 
私は言い訳みたいに山川さんにそう言った。

「ふーん、そうなんだ」

 見下すような嫌な顔、こんな顔するんだ……りょうくんに見せてあげたい。

「幼馴染ね、まあ、彼優しいから」

「――ッ!?」

 ?……なにそれ、まるでりょうくんの彼女みたいに言って……!

「なに驚いてるの? あなただって分かってるでしょ? 私と柳瀬君の事」

「………」

 周りは公認のカップル……そんなの空気で分かるけど、私は……。

「昨日見た藍原さん、恋する女の子の顔してたから」

 なに?……なにが言いたいの? 
 私みたいな地味な女がりょうくんといたから?  身の程知らずだって、そう言いたいの?

 確かに、そうだけど……。


「別に、そんなんじゃ……」

「そう、だったらいいの。 傷つくのは可哀想だと思って」

 可哀想? どういう……意味? 


「私、そろそろ柳瀬君に付き合おうって言おうと思ってるから」


 ―――え………。


「彼が好きじゃないなら関係ないか、良かった。 じゃ」


 山川さんはそう言い残すと、その場からいなくなった。

 私は、一番恐れていた事が、現実に、すぐ近くに迫っている事を認識して、身体中が震えていた。


 ◆


 その日はそれから、授業も頭に入らずに、家に帰ってからも、山川さんに言われた事をずっと考えていた。

 りょうくんが、山川さんと付き合う。 もう、当然私となんか会ってくれない。 あの山川さんが、そんな事させる訳ないし、りょうくんだって、彼女が出来たら……。

 私なんかよりずっと可愛くて、明るくて……そんな女の子に告白されたら、りょうくんだって断らないよね……。
 でも、本当にすごい。 山川さんのあの言い方、フラれる事なんか全く考えてなかった。
 どうしてあんなに自信が持てるんだろう? ……彼女なら当然か、私とは全く違う育ち方をしてるんだろうな。

 それから私は、いつりょうくんとの最後の日が来るのかと、毎日怯えながら過ごしていた……。


 ◆


 ある日、精神的に弱っていた私が廊下を歩いていると、一人の男子が声を掛けてきた。

「あ、藍原さん」

「え……ああ、日野君」

 精神的に弱って呆っとしていた私は、話した事もないその男子を、普通に呼んでいた。

「えっ?! 俺の名前知ってたんだね、びっくりした!」

「あ、ご、ごめんなさい」

 その男子は日野大地ひのだいち君。 話した事もないしクラスも違うけど、サッカー部でりょうくんと仲がいいから、私が勝手に知っているだけ。
 なのに、馴れ馴れしく返事をしてしまった。 いつもの私ならあり得ない……。

「謝る事ないよ、なんか嬉しかったし。 最近練習とか試合観に来ないけど、どうしたの?」

「う、うん。 ちょっと体調悪くて」

「そうなんだ、確かに顔色悪いね。 無理しない方がいいよ」

「……うん」

「じゃあね! また良くなったら観に来なよ!」


 そう言って日野君は去って行った。 私……結構隠れて観てたんだけどな……。 バレてたんだ。


 ◆


 その日、雨でもないのに、りょうくんからいつもの神社に呼び出された。 時間も遅い、きっと部活の後なのに。

 こんな事は、初めて……。



 ついに……この日が……。



 山川さんと話してから、楽しみだった雨の日は、寧ろ怖くて震える日になっていた。 いつ、『今日で終わりにしよう』。 そう、りょうくんから言われるんじゃないかと思って。

 今日は雨じゃない、それなのに会って話したいって事は……。 いつもと違う理由がある……。

 行きたくない……りょうくんに会いたくないなんて、こんなのは初めて。 でも、逃げたって仕方ない、いずれは言われるんだから、そして……恋人になったりょうくんと山川さんを、私は同じ教室で見るんだ……卒業まで……。


 重い足取りで神社に辿り着くと、もうりょうくんは待っていた。 遅かったから当然か、ゴメンね。
 悪足掻きしてゆっくり来たから……。


 お互いなんの挨拶もなく座る、これも初めて。 優しいりょうくんには、言いにくい事だもんね。

 いつも助けてもらってたんだし、せめて最後は、私から話してあげるね。

「どうしたの? 珍しいね、雨でもないのに」

「うん。 話したい事があって」

 その時が来ると分かっていても、実際にその時になると、心構えなんか役に立たないね……怖い……よ……。

「もう、やめようと思うんだ」


 ――――壊れる……心がバラバラになっちゃう……!

 分かっていても……こんなの……!!



「大地、知ってるだろ? 日野大地」


 ………なに?  さよならじゃない……の?


「……うん」

 日野君……今日初めて話した。 日野君が、なんなの? 覚悟していた言葉と違う事を話し出したりょうくんに、私は困惑していた。


「大地がさ、さゆりの事、好きなんだって」

「は……?」

 日野君が、私を? なんで……今日初めて話したばかりなのに。

「さゆりをさ、紹介してくれって、俺に言ってきてさ」

「…………」


 そうか……それで。 それなら、山川さんと付き合うって言い易いから……だから今日、呼んだんだね。

 でも、そんなのいいのに。 日野君には悪いけど、りょうくんの代わりなんていない。 りょうくんは優しさのつもりでも、ゴメンね……もっと辛いよ……。

 私にも相手が出来ればなんて、そんなの……!


 もう、学校なんて行きたくない。

 恋人になった二人なんて……見たく―――

「だから、もうやめる。 さゆりとのを隠すのを」


 聞きたくない! 聞きたくないよ!!





 ――――え……?




「大地は、俺の大事な親友だ」


 りょうくん……なんて言ったの?  いま……。


「今までみたいに隠して、大地を裏切るような事はしたくない」


 お願い……ちゃんと聞いてなかったの……もう一度、今度はちゃんと聴くから……!


「俺の情けない性格のせいで、こんな事になったんだ……!」


 そうじゃなくて………ダメ、頑張れ私! ちゃんと、ちゃんと訊かなきゃ!


「わ、私を、日野君に、紹介したくない……の?」


 言えた……! 遠回しだけど、精一杯なの……!


「当たり前だろ……」


 ………なんで?  なんで、当たり前、なの……?



「親友にをどうぞ、なんて言うわけないよ」



 ―――聞いた……聞いたよ!!

 聞き間違いなんかじゃなかった……! 

 私……りょうくんのだったんだ!!!


「さゆり……まさか、大地の事……――ッ!?  お、おい……!」

「違う……違うよ!  私は……ずっと、ずっとりょうくんが好き……!」


 気づけば私は、りょうくんに泣きながらしがみついていた。

 好き、なんて、どうやっても言えなかったのに……こんなに大きな声で言ってしまった……。


「な、泣くなよ……」

「だって……だって……!」


 泣くよ!  今日まで、辛かった……! なんで、なんで今まで何にも言ってくれなかったの……?

 りょうくんに顔を埋めたまま、私は泣き続けていた。
 りょうくんは、困ったような声で、


「俺だって好きだよ、誰かになんて、渡すわけないだろ?」


 いつから?! いつから好きで……。




 私達………いつから付き合ってたの?!




 泣き顔なんて気にも留めずに、私は顔を上げて、睨むようにりょうくんを見て言った。


「ねえ、私達、付き合ってどれくらい?」

「えっ?  そうだな……」

 私の責めるような目を見て、引きつった顔で頭を掻くりょうくん。 そして、




「ずっと前だから、わかんないな……」




 もう…………許さない………。


 人の気も知らないで……!!



「――ッ!!?」


 私は、むくれた顔でりょうくんの顔を両手で引き寄せた。


「さ、さゆり?」

 お互いに、目の前の顔しか視界にないくらいに。

 そんな狼狽えた顔してもダメ……逃してあげない……。

 憎らしくて、愛しい人。
 苦しんだ仕返しなんだから……。

「どうせ……なんにも言ってくれないなら……」

「ちょ……!」

「そのまま、閉じてて……恥ずかしい事、するから……」


 私は、りょうくんの顔を両手で包んだまま、初めての口づけを交わした……。


 そっと唇を離し、でも、すぐ触れそうなまま、離れてあげない。


 りょうくん、耳まで真っ赤になってる……。


 恥ずかしいでしょ?  これで、許してあげるね……。

 添えていた両手を離すと、今度はりょうくんが顔を顰めて、

「こういうのは……男の方から、さ……」

 納得いかない表情で、目を逸らしながら話すりょうくん。
 よく言うよ……今しなかったら、いつしてくれたの?


「ゴメンね、やだった?」

「そうじゃない、それに、もうって言ったろ?」

「――っ!……ん……ぅ……」


 恥ずかしがり屋のが、私を抱き寄せて、キスしてくれた。



 ………りょうくん……好き……。

 でもね、そんなにぎゅってしたら、今度は私が……恥ずかしい……よ。


 雨の降る日にしか会えない私達は、傘のいらない今日会って、私の、ずっと雨雲に覆われていた心の雨は………。


 今、止んだ。



 それから、気持ちが落ち着いて涙が止まるまでの間、りょうくんの傍に寄り添って、二人で座っていた。


「今日は部活の後に会ったから、もう暗いな。 帰ろう、さゆり」

「うん………あっ……」

 りょうくんは、私の手を握って歩き出した。 そして、優しい顔で微笑んで、


「恥ずかしがり屋は、もうやめたんだ」


 そう言ったりょうくんは、照れ臭そうに頭を掻いていた。


 ◆


 校庭のグラウンドで、サッカー部は練習中。
 私は、で、それを見ていた。


「なにしてるの?」

「あ、山川さん。 りょうくんの練習、見てるの」

「……りょうくん? もうお互い子供じゃないんだから、やめたら? そんな呼び方」

「そうかもね。 彼も今は、私の事さゆりって言うしね」

「はぁ!?  彼?……なに言ってんの?」




「だって、彼氏だから」




「――ッ!?  ち、ちょっと……本気で言ってんの?」

「あ……」


 私の近くに転がってきたボール、それを拾って見上げると、汗を拭いながら私に近寄ってくる、大好きなりょうくんがいた。


「くそ……! ライン割っちゃったよ、追いつけると思ったのにな」

「頑張って、はいボール」

「サンキューさゆり。 待たせてわるいな、終わったら一緒に帰ろう」

「うん。 オフサイドラインはまだ余裕あったよ? もう少し早く飛び出せたね」

「ああ、わかった。そうだな」


 私に優しく微笑むと、りょうくんはグラウンドに戻って行った。

 それを見ていた山川さんは、



「………いつから、付き合ってたのよ」


「わかんない」

「は?……付き合ってるって、嘘なの?」


「本当だよ。 でも、わかんないの」


 わかるわけない。 だって、私はこの前知ったばかりで、りょうくんは、覚えてないんだから………。




「ずーーっとね………前から、だから……」




 明日はお休み、りょうくんとデートなんだ。

 晴れるといいなあ。


 帰ったら、作ろう。………てるてる坊主。


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