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22話 それはまるで、嵐のような(前)
しおりを挟むホームでの生活はほとんど自給自足だが、足りないものもある。いわゆる家電の役目を果たす魔道具や、洗剤などの日用消耗品、ダリアードのおいしいご飯に必須の調味料などはユーリが買い出しに行くのだ。
そして今日から私もその買い出しに同行することになった。名目としては荷物持ちで、飲み物と携帯食料だけを入れた大きなリュックを背負っている。普段行う森での採集の際も私はこれを背負っているので、だんだん私専用になっているなと感じる今日この頃。
(街に行く時はコート必須なんだね……色差別厳しいもんなぁ、この世界は)
私とユーリは袖が長く、そして大きなフードがついたコートを着ている。髪と魔力色のブレスレットを隠すためだ。ユーリの白髪は蔑まれるし、私の黒髪は目立つのである。黒髪で無色透明の人間がいることは王都でも知られてしまっているためこうして隠しておくのが無難だろう。
そんな訳で今日は私も彼と同じように髪を編み、服と合わせてすっかりお揃いになっているのが少し面白い。
「いってらっしゃい!」
「気をつけてね」
「ホームのことは気にすんな、俺たちに任せとけ!」
いい笑顔で三人が送り出してくれる。「ハルカはホームにいた方がいいんじゃないか」と言っていた昨夜の様子とは正反対だ。そんな三人に手を振って「いってきます」と覚えたこちらの言葉で答えてから背を向ける。
『魔物の肉の効果はすごいですね』
「高級品だからな。普通の平民、それも薄色となれば生涯目にすることがないくらいには」
先日、狩りに出かけた私とユーリが魔物を狩って戻ってきた時も三人は大喜びした。魔物の肉はとにかく美味いのでその反応はよく分かる。普通のごはんももちろん美味しいが、魔物は格別なのだ。
(鹿も美味しかった……電気でビリビリすることもなかったし)
あの蜜柑色の鹿の肉はどのような味がするのかと思ったら、甘さと酸味が絶妙に絡み合う不思議な肉であった。その色そのまま蜜柑のような果実系の甘酸っぱさではなく、例えるなら甘酢や南蛮系の味であり、近いのはそう、チキン南蛮だ。いや、鶏ではなく鹿の肉だけれども。ダリアードの調理の腕のおかげなのか、大変美味しくいただいた。
夜食にもチキン南蛮サンドーーいや、鹿南蛮サンドのようなものとして出てきたので、最高の勉強会になった。……勉強そっちのけでセルカと一緒に夜食を楽しんだりはしていない。ユーリに呆れた目で見られたりもしていない。大丈夫だ。
(魔物は美味しいから……仕方ない。あれには釣られる)
昨夜。ユーリが外への買い出しに私を連れていくと言った時、三人は渋る様子を見せた。買い出しに行くと数日戻らないことがざらにあり、私が数日間ホームを開けると彼らは困るのだ。
私の担当は主に力仕事であり、肉体労働である。重たい水を運んだり、薪を割ったり、森で採集して集めたものを持ったり、大事だが毎日に必要で疲れる仕事だ。念動力を使っているので私の場合は全く疲れないけれど。
私が居ると彼らはとても助かるのである。セルカは何日も一緒に勉強できないなんて寂しい、という理由だったがそれぞれ“頼むから居てくれ”という意思を発していた。
「ハルカが居れば道中で魔物を狩ることもありそうだけどな」
しかしそれはユーリのこの一言で変わった。食の楽しみに勝るものではなかったらしい。そういう一幕を経て、私とユーリは買い出しに行くことになったのである。……目的はそれだけではないが。
「街で何か情報を得られるといいんだがな……」
そう、今回の目的はそれなのだ。私が元の世界に帰る手がかりを探しに、情報集めに行く。人が居る場所が最も情報の集まる場所だから。……でも、やはりどこかユーリは寂しそうだ。私に帰ってほしくないという気持ちがあるのだろう。決してそれを口にはしないが、感情として伝わってくる。それでも私のために協力しようとしてくれている、優しい人。
(そういえば、ユーリさんにとっても私は唯一の友達になるのかな。寂しいのは当然か)
帰らない、と言う選択肢についても考えてみる。色の差別の激しい世界で透明と蔑まれる存在として生きることと、元の世界で超能力者であることを隠しながら生きること。どちらが私にとって良い人生だろうかと。
(どっちの世界でも“異物”なのは変わりないんだよね、私は)
どちらにせよ生き辛いことに変わりはない。超能力者にとって世知辛い世の中である。だから、きっと私は――元の世界に戻る方法が見つからなくてもそんなにショックは受けないだろう。この世界にやってきて一ヶ月近く経ったが、戻る方法を探すのに必死になっていない時点で、おそらく私自身はどちらでもいいと思っているのだ。
ただ、戻れるなら戻るべきだと思っている。本来の正しい形に戻るべきだと。だからのんびり暮らしながら帰る手がかりを探している。
ある程度ホームから離れたらあたりに他の人間がいないことを確認して、瞬間移動を使った。もちろん移動先である王都の路地裏も、人の目がないことは確認済みだ。
「裏市に行ってみようと思う。異国人や異国の品が流れてくる場所だから、何かあるかもしれない」
「リー」
練習を兼ねてユーリと話す時でも短い返事などはこちらの言葉を使うのだけど、それを聞くと彼は少し嬉しそう、というか微笑ましそうな顔をする。ユーリだけでなく、ホームにいる他の三人もこれは同じだ。覚えたての言葉を使う姿が何やら好ましいらしい。
裏市と呼ばれる場所は王都の中でも街はずれにあり、そのあたりは治安も少し悪いようだ。よからぬことを企てる意思を時々拾ってしまうし、スリにも遭いそうになった。
ぶつかるふりをして懐を漁ろうとする人間を避けたのだが、避けた先にさらにぶつかろうとしてきたので念動力で足を掴んで転ばせる。盗人は何が起きたか分からない顔をしていたが、放置してそのまま歩いた。
『……君のしわざだな』
『私をターゲットにするのが悪いんですよ』
フードとコートで全身がよく見えない大小二人組である怪しい私たちが金持ちにでも見えるのか、何度かスリ目的の人間が近づいてくる。もう面倒なのですれ違うより先に転ばせておいた。皆何が起きたか分からない顔をしていたが、悪いことをしようとして天罰がくだったのだとでも思っておいてほしい。
『異能を使っていいのか?』
『誰も私が透明だなんて知らないですから、大丈夫だと思います。魔力じゃないので証拠もありません』
そんな面倒事を乗り越えて、裏市と呼ばれる市場に到着した。地面に布を敷いてその上に乱雑に商品が並べられただけの、屋台とも呼べない怪しげな出店が並んでいる。私はここで様々な人間の意思を聞き取って何か有用な情報がないか探し、ユーリは異国から流れてきた書物などを探す。そんな感じで五日ほどこのあたりを調査する予定だ。
……しかし、見慣れぬものが多くて売られる品を見るのも楽しい。綺麗な色の石を複雑に編み込んだブレスレットを眺めていると、ユーリが「珍しいな」と声を漏らした。
『何が珍しいんですか?』
『これは例の異国の、婚約用の装飾品だ。しかも正規品だろう』
このブレスレットを商品として並べている老人がじっと私たちを見ていたので、その場を離れながら精神感応で話を聞いた。
あのブレスレットは件の異世界人を召喚する国のものらしい。その国では婚約者に先程のブレスレットを渡す文化があり、こちらにもその話が伝わってきて大流行したのだそうだ。
そしていつしか、この国の“瞳の色”の価値観と混ざりあい、自分の瞳と同じ色を使った装飾品を婚約の際に渡す文化が出来上がったとか、なんとか。
『……色付きの装飾品を渡さないようにな』
『分かってたらやらないので、大丈夫です』
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