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23話 それはまるで、嵐のような(後)
しおりを挟む私にはユーリに意図せず告白をした過去があるが、さすがに婚約の申し込みになると知っていたらやらない。そもそも装飾品を贈ろうと思うような仲の相手もいない。知らずにやるとしたら友人であるユーリに渡したはずなので、結局大した問題にはならなかっただろう。彼は私が何も知らないことも、他意がないことも知っているのだから。
それに、私の瞳は黒だ。真っ黒な装飾品なんて人に贈るだろうか。ユーリは不安そうだが、そんな未来は訪れないだろうから安心してほしい。
その時だった。突然視界が暗くなったので、ぴたりと動きを止める。心配そうに私の名を呼ぶユーリの声には『未来視です、しばらく動けません』とだけ伝えた。
(この、未来は……)
そこで見た未来は随分可愛らしいものだった。セルカがせっせと紫の花を集めて冠を作って、それを私にプレゼントしてくれるというなんとも微笑ましい光景。しかし、今の話を聞いた直後だとなんというか。
『……ユーリさん、瞳の色の花の冠って装飾品に入るんですかね』
『子供が将来を誓う遊びでそういうことをすることはあるが……』
元の世界で言うところの、シロツメクサで冠やら指輪を作って「大きくなったらけっこんしようね」と子供がやる、幼いプロポーズのようなアレである。その約束が守られることはほとんどないだろうが。
未来視では精神感応のように感情を読み取ることはできない。ただ、少し頬を染めたセルカが私に自分の目に似た紫色の花で作った冠を渡そうとする未来が見えただけだ。何だかそういう雰囲気な気もするが、彼は十四歳の思春期の少年にしては幼いように感じるし、そういう意味でない可能性だってある。
『……誰にもらったんだ?』
『セルカさんでしたけど……どうしました? なんで嫌そうなんですか?』
誰にもらったのかと尋ねるユーリから何か気に食わないという感情が伝わってくる。彼がそういう感情を抱くのはとても珍しいし、驚いた。そして私の言葉でそう思っていることに気づいた彼もまた自分に驚き、その感情はすぐに霧散した。
『……自分でもよく分からない。だが、セルカなら……純粋な好意かもしれないな』
『そうですね、そんな気がします。セルカさんはなんだか幼いですし』
『構ってほしいんだろう』
ユーリがセルカと出会ったのは色判定の広場だ。髪の色の薄さで希望はほとんどないが、それでももしかすると少しは濃い色に染まるかもしれない。そんな希望を抱きながら受けた魔力判定の結果は、髪の色と変わらないもので。親にも見捨てられ、まともな仕事もある訳がない、そんな彼をユーリはホームへと連れ帰った。
幼い頃からほとんど親の愛情を受けていないのがよく分かる、細くやつれた頼りない体だったらしいので、虐待すらされていた可能性がある。今の彼は明るい少年に見えるが、やはり愛情を欲しているのだろうというのがユーリの見解だった。
(子供返り、ってやつかな……でもユーリさんこそ、そうなってもおかしくなさそうなんだけど)
親から得られなかった愛情を求めて、それなりに大きい子が幼い子供のような言動になる話は聞いたことがあるし、ぽっかりと空いた穴を埋めたくてそういう行動になるのだろうと理解もできる。
そして家族に無視され続けたユーリもそうなっていそうだと思ったけれど、彼は逆に“与える人”になっているから不思議だった。誰にでも親切で、優しくて、お人好しすぎるくらいで。自分と似たような境遇の人に手を差し伸べて、人を助けてばかりで自分は――。
「ハルカ、どうしたんだ。ぼうっとしてないか? 疲れたなら休もう」
心配そうに声をかけられてハッとする。たしかに大勢の意思を読み取るのは精神的に疲れるし、集中力が切れてきて大分別の方向に思考が向いていたので頷いた。気分転換をした方がいい。
道から外れ、建物の影になっているところに腰を下ろしてしばらく休むことにした。リュックから水筒を取り出し、ダリアード特製の甘いジュースを二人で飲む。……ほどよい甘さが脳の疲労に効く気がする。
「無理はしていないか? 君の力がどれくらい消耗するものなのか、私には分からないからな」
『大丈夫ですよ。ユーリさんは優しいですね』
私が異質な超能力者で、大抵のことはどうにかしてしまえるような存在だと分かっていても様子がおかしいと思えば心底心配してくれるのだ。それが偽りの感情ではないことも、精神感応で分かる。……だからこそ彼は私の行動にいつもハラハラさせられているのだろうけれど。
誰にも彼にも優しくて、人を助けてばかり。自分だって、辛いことを抱えて助けてほしい立場だろうに。
(あ、そっか。……ユーリさんは、してほしかったことを他人にしてるんだ)
ユーリは誰にも救ってもらえなかった。ずっと一人で立って、それでよく折れなかったものだと思う。そんな彼が誰にでも優しいのはきっと、彼自身が優しくしてほしかったからなのだ。彼自身がずっと誰かに助けてほしかったから、助けを求める人を助けているのだ。……まるで、過去の自分を救うように。
その悲しい優しさで、セルカ、イリヤ、ダリアード、そして私は助けられた。でも、それなら一体誰が、ユーリを助けてくれるのだろうか。……それは彼の事情を唯一知る友人で、人よりできることの多い超能力者たる私の役目ではないだろうか。
『ユーリさん。ユーリさんが大変な時、困った時は私が絶対に助けますから、助けを求めてくださいね』
「……急に、どうしたんだ?」
『ユーリさんは人を助けてばかりだから、私くらいはユーリさんを助ける人になろうと思いまして』
過去、最も辛かったであろう時期の彼に手を差し伸べることはできないけれど。私がここに居る限り、目の前にいる彼の力になりたいと思う。……驚かせたり焦らせたりしていることが多い自覚はあるのだが、本当にそう思っているのだ。
『私はユーリさんの味方になりたいです。この世界の常識がないので、驚かせることが……その、いっぱいありますけど。本心ですよ、伝わりますか?』
私くらいは彼を助ける人になってもいいだろう。彼に救われるだけではなく、彼を救える相手になりたい。対等な友人として、お互いに支えられる関係でいたい。
感情の起伏の少ない超能力者でも、彼を大事だと思うこの気持ちは本物のはずだ。ちゃんと伝わっているだろうか。
そう思ってフードの影で見えにくい彼の顔を下から覗いてみると――驚くほど、真っ赤になっていて。
『ああ、そうか。私は、この人が好きなのか……あ』
そんな意思と、台風の日に荒れ狂う海のような強い感情が同時に押し寄せてきた。でもそれは全て悪いものではなくて、まるで熱を直接心に注がれたような心地で、私まで体温が上がってしまう。
ふわりと宙に浮くような気分でいて、けれど何かに強く鷲掴みにされているようで、心地よいのに息苦しくて、何かを求めてやまない強い欲求もあって、自分では抑えきれない激情と呼ぶべきもの。……これが、恋愛感情なのだろうか。人はこんなに強い感情を抱けるのか。
(こんな気持ちを抱えて、普通に暮らせるものなの……?)
世の中の恋する人間は皆、この感情を持って普通に日常生活を送っているというのか。信じられない。……自分の制御もままならなさそうな、こんな気持ちに振り回されたら、とても正気でいられない気がする。激しい感情を知らない私には、あまりにも手に負えない。耐えきれずに精神感応を切ってしまった。
そしてそんな感情が伝わっていることを理解している彼は、精神感応がなくても分かるくらいに焦り、大混乱に陥った表情をしていて――さすがにこれは、どうやって助けたらいいのか分からない。ついでに大きな感情を受け取ってしまった私もまだ落ち着かない。
……こういう時は、どうしたらいいんだろう。
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