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24話 今まで通り、とはいかない(前)
しおりを挟むユーリはどうやら私に恋愛感情を抱いているらしい。私達は出会ってまだ一ヶ月だけれど、恋愛に時間はあまり関係がない。特に私とユーリは出会った初日から感情のやり取りをしていて随分親しくなっているので、出会ったばかりという気もしていない。私としてはもう長年友人をやっているような、そんな気持ちなのだ。……そう、友人である。私にとっての、彼は。
「……すまない。迷惑だろう」
しばらくしてユーリが何か言おうと口を開いたので、少し慌てながら精神感応を使う。ぽつりと漏らされたその言葉に滲む感情はあまりにも苦しそうで、それを受け取った私も苦しくなった。ユーリは私に嫌われるかもしれない、と思っている。自分のような者に好かれても迷惑だろう、と思っている。
決してそんなことはない。今も私にとって彼は大事な友人で、驚いてはいるがその気持ちを迷惑だなんて思わない。どっと押し寄せた愛情と呼ぶべきものを受け取れる気はしなかったが、だからと言って彼を拒絶したくはならない。
『迷惑ではないですよ。私は……友達として、ユーリさんが好きですけど……』
私も彼のことは好きだ。でも、彼ほど強くて不安定な感情を持ってはいない。だからこれは友情であって、恋愛感情ではないのだろう。
そもそも感情が希薄気味な超能力者が恋愛感情など抱くのか、という話だけれども。私がさっき彼から感じたものはとても大きな感情で、そんなものを自分が持つことがあるのかと考えれば疑問に思う。やはり私は恋愛などしないのではないだろうか。
「……よかった。嫌われていないなら、これからも友人でいてくれるだろうか」
私が本当に迷惑だとも嫌だとも思っていないのが伝わって、ほっと安心して笑う彼の頬には赤みがさしている。……もう苦しんではいないようだ。私もそれに安堵した。そうだ、私だって彼には笑っていてほしい。
『それは、もちろんです。ユーリさんと話が出来なくなったりしたら、嫌ですよ。私は貴方といるのが楽しい、です……から……』
「…………すまない。喜んでしまう」
私の言葉一つで一喜一憂してしまうらしい。貴方と居るのが楽しい、と言っただけでとても喜んでいる感情が伝わってきて戸惑った。今までのユーリにこれほど激しい感情の変化はなかったから、不思議だ。恋心を自覚するとこうも変わるものなのだろうか。
「でも、気にしないでくれ。友人だと思ってくれている君に今以上を求めるつもりはない。ただ、今まで通り……君と過ごしたい」
ユーリは本当にそう思っている。私に恋愛感情を抱いているけれど、私がいつか帰ると分かっているし、先を望もうとは思っていない。それに私もほっとした。求められても応えられないというのは、私でも心苦しく思う。……同じ感情を抱いていないのに、関係だけ先に進めても辛くなるのは彼だろうから。これでいいのだ。
『じゃあ、今まで通りで』
「ああ。……ありがとう」
柔らかく笑む表情が、今までと少し違う。夕日の色の瞳に熱がこもっている。伝わってくる好意も今までと変わって、熱のようなものが混じるようになった。……全く今まで通り、とはいかなさそうだ。
ユーリの恋心が露見してしまうという事故は起こったが、その後も調査は続けた。夜になったら宿をとって休み、朝になればまた裏市や、街の中に繰り出す。
結局、五日間の調査で見つけた件の国の物はブレスレットくらいで、他の品やその国の出身の人間も見当たらなかった。裏市に流れてくるものは毎日のように変わるので運が良ければあちらのことが書かれた書物が見つかるかもしれないという話なのだが、やはり難しい。
(ただの買い出しで何日もホームを空けられないし、帰らなきゃ)
滞在できる期間は往復に四日、一日を買い物に使ったとして、五日間という計算だった。私の能力があるので移動時間は要らないし王都にはたっぷり五日間滞在できたのだが、夕日が輝く前には戻らなければならない。
残念だが、今回の調査はここまでだ。調査を早めに切り上げて必要な物も買った。最後に買い出しのリストを見ながらちゃんと全部リュックに入っているかを確認する。……大丈夫そうだ。
『時間かかりそうですね、この調査は』
「そうだな。他の心あたりといえば城の禁書庫くらいだが……あそこには入れないからな」
ある一定以上の魔力の濃さがなければ入れない、王族専用の書庫が城にはあるらしい。ありとあらゆる珍しい書物がおさめられているので、そこになら異世界人の記述がある書物もあるかもしれない。しかし王族として魔力の足りないユーリは入れず、見たことがないと言う。
『侵入しますか。瞬間移動で』
「犯罪だ、さすがにやめてくれ」
見つかれば死刑を免れないくらいの重罪で、そんなことはさせられないと言われた。見つからなければいいのでは、と思うのだけれどユーリの心労が大変そうなので実行するのはやめておく。一応、正攻法がない訳ではないし、わざわざ罪を犯す必要もない。
「私の魔力が増えれば入っても問題ない場所だ。……君を待たせてしまうことにはなるが」
『いえ、悪いことをしなくて済むならそれが一番です。私も犯罪者になりたい訳ではないですから』
郷に入っては郷に従えともいう。例え誰にも見られなかったとしても王族しか入ってはいけない場所に侵入して罪を背負うつもりはない。自分の国にはないルールだから従う必要はない、という外国人が多くなるとその国の治安は悪くなってしまうのだ。ルールは守るものである。……心を読む魔法は禁じられているが私の精神感応は魔法じゃないので法には触れていないしこっちはギリギリセーフだと思う。脱法超能力だ、問題ない。たぶん。
『貴族に対する敬意みたいなのはないので、あんまり悪いって気もしないんですけどね。私の国には貴族なんていないですし』
「……君はそれなりに綺麗な言葉を使っているように感じるが、貴族出身ではないのか?」
『え、全然違います。……こっちには敬語ってないんですか?』
私が知っているのはセルカ達が使っている言葉と、ユーリが素の時に使っている言葉の二種類だ。セルカたちの言葉は語尾の違いやイントネーションなどで受ける印象は違えど、同じ言葉を使っている。ユーリはそれよりも堅苦しく丁寧な言葉を使っている、と感じる。ただどちらも敬語や丁寧語のようだとは感じない。
精神感応は意思のやり取りで、言葉に乗った意思や意味をお互いに感じ取っているだけで、本来の言葉が伝わる訳ではない。ユーリからすると私は貴族の言葉を話しているように感じられていたのだろう。
「君の国には敬う相手に使う専用の言葉があるのか。なるほど、君はその言葉を使って私と話しているんだな」
『まあ、そうですね。と言っても私もかなり崩して使っていますが……敬語、というよりですます調くらいのものですし』
「……よく分からないが、言葉の種類が多いんだな。そちらの世界はなんだかとても面白そうだ。君が育った世界を、見てみたい」
わくわくと浮き立つような好奇心と興味、私への好意からくる強い関心。見知らぬ世界に思いを馳せる彼は楽しそうで、そして同時に叶わないものだという諦めを感じる。
私が元の世界に戻る方法を見つけたら、ユーリも一緒に行けるかもしれない。けれど彼は、ホームの三人を置いて違う世界へは行けない。そもそも、こちらと違って日本には戸籍やら何やら異世界人が暮らすには厳しい事情があるし、体の構造も違うので医者もこの世界の人間を治療するのは難しいだろう。
(……精神感応で映像を直接送れたら、よかったんだけど)
そこまで便利な能力ではないから、私が見ていた光景を実際に見せることはできないけれど。“絵”で良ければ見せられる。世界中を旅したこともあるから、地球の色んなものを見せてあげられるだろう。
『念写という能力があります。絵でよければ、どんな風景だったか見せてあげられますが……どうですか?』
「……ああ。それは、いいな。頼んでいいか?」
『もちろんです。帰ったらやりましょう』
ほぼ役に立たない能力だと思っていたが、使いどころがあってよかった。一昔前のインスタントカメラくらいには正確なものが念写できるので、期待してもらっても大丈夫だと思う。魔物を食べてエネルギーが満ちていれば、そこまで苦も無く色まで付けられるはずだ。
どのような絵ができるかも知らないのにユーリは既に喜んでくれているし『ああ、やっぱり好きだな』という意思まで飛んでくる。……少し赤くなりながら「気にしないでくれ」と言われたけれど。ちょっと落ち着かないが、言われた通り気にしないでおくことにした。
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