迷宮事件奇譚

もんしろ蝶子

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『預言者』(4)

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「お兄ちゃんね、誰かに背中押されたんだよ! 犯人見つけたらボコボコにしてやるんだから!」
「いや、楓、それはだから僕の勘違いかもしれないから」
「勘違いじゃない。誰かに押されたの、ブラウニーが見てた」
「いやいや、桜、それはもっと信じてもらえないと思うんだ」
「クリスさんは信じてくれる」
「う、う~ん……」

 兄を庇おうとしてくれる妹達の気持ちは嬉しいが、伊織としてはあまり事を大きくしたくない。

 何せ事故が起こったのは会社の階段なのだ。誰かを疑ったりしたら、間違いなく社内の人間が一番に疑われてしまう。あの時誰かにすれ違いはしたが、頭を打ったせいかはっきりと思い出せないのだ。

 双子の言葉を聞いて、エドワードが急に表情を引き締めた。

「どういう事だ? 誰かに押されたのか?」
「いや、そんな感じがしただけで、何の確証も無いし、僕は頭を打ったのでその時の事は既にうろ覚えと言いますか……」
「御託はいい。押されたような気がしたんだな? と聞いている」
「う、はい、そうです」
「なるほど。で、打ったのは頭か。大丈夫だったのか?」
「あ、はい。咄嗟に受け身を取ったので、かすり傷です。ただ頭なので、様子見入院する事になったんです。明日には退院ですよ」
「受け身?」
「お兄ちゃん、こう見えて空手の有段者だから。意外と強いんだよ」
「へぇ、意外だな。何にしても預言が当たったという事か。しかも押された気がする? 何だか変な話だな。階段だと断定していたのもおかしい」
「イオ、エド、これはもしかしたらハリーさん案件かもしれませんよ」

 病室でうーん、と皆で考えていると、突然病室のドアの方から聞きなれた声がしてきた。皆が一斉に顔を上げると、そこにはクリストファーが立っている。
「お前、いつ来たんだ?」
「今です。それよりもこれを見てください」

 そう言ってクリストファーが差し出してきたのは、何かのリストだった。

「これは何なんです?」
「あの預言者の顧客リストです。最低でも二度は行った事がある人達の」
「な、何でそんなものをクリスさんが持ってるんですか⁉」
「ちょっとしたコネを使いまして。それよりも見てください。この人達、全員が預言者に何らかの預言をされた後、怪我をしているんです」

 そう言ってクリストファーはリストの右端の部分を指さした。そこを見て思わず皆、ゴクリと息を飲む。

「これは確かに……警察案件かもな」
「はい。ちゃんと調べるべきかと。桜さん、ところでイオは誰かに押されたんですか?」
「うん。お兄ちゃんの会社に住んでるブラウニーが見たって。何かの制服を着た男の人が、お兄ちゃんとすれ違う振りをして背中を押したって」
「え⁉ 制服⁉ そうなの? 桜!」

 それを聞いて伊織はホッと胸を撫でおろした。どうやら会社の人間では無かったようだ。

「うん、そうだよ。ブラウニーは多分、ピザの人って言ってた」

 桜が言うと、クリストファーは何故か嬉しそうに桜の頭を撫でて頷く。

「ありがとうございます、桜さん。他の人達も、もしかしたらイオのように事故ではなく事件の可能性がありますね」
「だとしたら、これは組織ぐるみの犯罪の可能性が出て来る。クリス、行くぞ」
「はい。イオ、あなたは今日は一晩ここでゆっくりして、回復したら私達と合流してください」
「分かりました!」

 そう言ってクリストファーとエドワードは、持ってきていた果物のカゴを入り口の棚に置いて病室を出て行った。

 そして翌日、早速伊織はまだ休んでいろと町田に言われたにも関わらず、それを振り切って会社に出社し、あの占い師の話をした。

「なるほどなぁ。お前が怪我した背景にそんな事があったのか……で、俺はこれを調べたらいいんだな? というよりも、これはまたうちの手柄に出来ないんじゃないか?」
「……かもしれません。ですが、被害者が増え続けるのを見過ごすのも何て言うか……嫌じゃないですか」
「そりゃそうだが……まぁ仕方ないな。乗り掛かった舟だ。調べてやる」
「ありがとうございます!」

 伊織が頭を下げると、同僚たちがわらわらと近寄ってきて、次々に次はどんな事件なんだ? と聞いてくる。

 単純な興味本意からかは分からないが、怪我をした伊織の代わりにそれぞれ調べてくれるそうだ。

 それから三日後の事である。伊織は町田に叱られて三日ほど休みをもらい、出社したらまた社内に一人、怪我をした者が現れた。

 左足を複雑骨折するという大怪我に皆が心配したのだが、怪我をした本人は見舞いに行った伊織を見て真顔で言った。

「あの占い師、絶対に何かとグルになってる。伊織、これは事故じゃない。明らかに事件だ」
「もしかして、行ったんですか⁉」
「ああ、記者だからな。体張ってなんぼだろ。絶対に逃がすなよ。話に聞いた限り、去年もその前も11月中だけ占いをして荒稼ぎしてるって噂だ」
「荒稼ぎ、ですか?」
「ああ。任意とは言えお布施は受け入れてる。それに、怪我をして行った奴らにはお札を売りつけているそうだ。恐らくそれで稼いでんだろ」
「そんな……絶対に暴いてみせます!」
「ああ、頼んだ。いてて」

 そう言って同僚は苦笑いを浮かべて伊織を送り出してくれた。

 自分だけならまだしも、こんなにも近しい人が事件に巻き込まれたとなると、もう黙っていられない。

 伊織は電車とバスを乗り継いで、いつもの様にクリストファーの屋敷に向かった。

 クリストファーの屋敷の前にはやっぱりいつもの可愛い車が停まっている。どうやらエドワードも来ているようだ。伊織が呼び鈴を押そうとした瞬間、玄関が開いてエドワードが顔を出した。

「開いてる。ああ、それから退院おめでとう。早く入れ」
「あ、はい。ありがとうございます」

 何故伊織がやって来た事が分かったのかは分からないが、エドワードに招かれて屋敷に入ると、クリストファーが優雅にお茶を飲んでいた。

「同僚の方は大丈夫でしたか?」
「あ、はい。複雑骨折で入院は余儀なくされてますが、元気そうでした」
「そうですか、それは良かったです」

 そう言ってクリストファーが一枚の資料を机の上に置いた。それはあのリストとはまた別のもののようだ。

「あれから俺達も調べたんだ。ついでにお前が休んでる間にお前の上司がこれをうちに送ってきてくれてな。照らし合わせると中々面白い事が分かったぞ」
「面白い事、ですか?」
「ええ。どうやら本物のプーカ様と、偽物のプーカ様が居るようですよ」
「えぇ⁉」
「まずはこれを見てみろ。これが今年と去年の11月1日にプーカ様の所に行った奴らだ。怪我をしている者は確かに居る。だが、同じぐらい幸運が舞い込んだ奴らもいるんだ。そしてこれが1日以降にプーカ様の所に行った奴らだ。何かに気付かないか?」

 エドワードに言われて資料を覗き込んだ伊織は、あっ! と声を上げた。
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