【完結】愛してるから。今日も俺は、お前を忘れたふりをする

葵井瑞貴@4月新刊発売

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いつか手放す愛

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 俺の言葉を聞いた瞬間、ユーリはさっと顔を青ざめさせた。
 色を失った唇で、呆然と言葉を紡ぐ。

「誰って、僕だよ。ユーリだよ。君の同僚で、バディで、7年も一緒にいた。君の……」

 続きを言いかけた彼の声を遮って、俺は「覚えていません」とはっきり口にした。

 周囲に控えていた騎士団専属の医師と看護師が、俺に色々質問したり、検査の手配をする。
 その間、ユーリは瞳から一切の光を失い、ただ俯いて立ち尽くしていた。

 その姿を見ていられなくて、俺は無表情を取り繕いながら白いシーツに視線を落とす。
 絶えず、胸が締め付けられるように痛む。

(ごめん。ごめんな、ユーリ。俺が恋を始めなきゃ、お前を苦しめることもなかったんだ。ごめん。ごめんなさい)

 言いたいことは、沢山ある。本当にこれで良かったのかと、今も悩んでいる。
 それでも、俺は彼に何も言わず、顔を見ることなく、看護師に伴われて病室を後にして検査に向かった。

 検査から戻る頃には面会時間は終わっており、室内にユーリの姿はなかった。



 俺は、記憶の一部があいまいになっているとの診断が下り、訓練に戻る前に数日、騎士団の医務室で療養することとなった。

 特にすることもなく窓の外に視線を向けていると、背後で扉のノック音が聞こえた。
 「はい」と答えると、開け放たれたドアの隙間から顔を覗かせたのは、ユーリだった。

 来るとは、思っていた。
 
「おはよう。今日の気分はどう?」

 俺は努めて淡々と「良好です」と答える。
 そして、少しだけ眉を顰めると、事務的に告げた。
 
「しかし、俺はあまり他人と関わるのが好きではありません。だから、今後俺への見舞いは不要です」

 ユーリは切なげに目を細めると「本当に、昔に戻っちゃったんだね」と呟いた。
 聞いたことのないくらい、弱弱しい声。見れば、目の下には隈が張り付き、まぶたが少し腫れている。

 彼は、俺のために泣いて、失った7年を、悲しんでくれたのだろうか。

 ツンと鼻の奥が痛んで、泣きそうになった。
 
(でも、今はお互い辛いけど、きっといつか、この選択をして良かったと思える日が来ると思うから。今は、耐えるんだ)

 お互い俯いて、少しの間無言の時が流れる。
 静寂を断ち切ったのは、やはりユーリの方だった。

 彼はベッドサイドにあった椅子に腰かけると、昔を懐かしむように微笑んで、穏やかな声で語り始めた。

「僕たちが出会ったのは7年前で、君は今と同じ、感情の宿らない人形のような子だった。僕たちは一緒に色んなことをして、笑って、泣いて、喧嘩して、謝って。そうやって、君はとても強くて、素敵で、凛々しい……僕のかけがえのない人になったんだよ」

 知ってるよ。全部、覚えているよ。そのうえで、俺はお前を騙しているんだ。

「俺の記憶の欠損は任務に影響ありません。ゆえに、過去は不要です。俺は未来を生きます。だから、あなたも、過去にとらわれず、ご自分の将来をお考え下さい」

「将来、ね」

「そうです。あなたは貴族だと看護師たちの噂でお聞きしました。俺とあなたがどのような関係だったのか、もう、どうでも良いことなのです。だから、あなたは、こんな所には来ないで、仕事と今後をお考え下さい」

 俺の言葉に、彼ははっきりと首を横に振った。

「それは、断る」

「断るって……」

 そんな子供みたいなこと言うなよ――と言いかけて、必死に言葉を飲み込んだ。

 彼は俺の手の上に自分のを重ねると、俺の感情のゆらぎを一瞬でも見逃さないとばかりに、まっすぐこちらを見つめてきた。
 新緑色の瞳が、いつになく強い意志を持ってきらめき、揺らめいている。

「取り戻せるよ。失った時間も、想い出も、何度だってやり直せばいい。何度君に忘れられても、また好きになってもらえるように僕、頑張るから。また一緒に積み重ねていこう?だから、お願いだからリオン……僕のそばから、いなくならないで」

 最後の言葉は、ほとんど囁きで、空気に溶けてしまいそうなほど、か細かった。
 俯いた彼の瞳から、一筋、涙がこぼれる。
 ぽろぽろと、いくつも雫が落ちて、シーツに灰色の染みを作った。

 俺は、何も言えなかった。
 ただ、ユーリの手の温もりを感じながら、必死に荒れ狂う感情を抑え込む。

(ユーリは、どうして俺をこんなに想ってくれるんだろう)

 自分たちの恋は、不安定なものだ。記憶一つで7年間の全てが一瞬にして消えてしまうくらい、儚い夢のような関係。
 
 婚約や結婚のような目に見える約束も、形もなく、あるのは愛し合った想い出だけ。

 移ろいやすく、壊れやすく、脆い。
 なのに、こんなに手放しがたい。

「今日は、もう帰るよ」

 ユーリは目元をぬぐうと、何てことないように明るく笑い、小さく手を振って病室を出て行った。

 ぱたんと閉じられた扉を見つめ、遠ざかる足音を聞いた瞬間、もう駄目だった。

「ふっ……う……」

 両手で顔を覆って、俺は俯く。堪えきれなかった嗚咽が、零れる。

 こんなに愛されて、幸せで。だからこそ、辛い。

 『忘れていたのは、嘘なんだ』と言ってしまいたい。
 将来のことも、周囲のことも、何も考えず、昔のようにただ愛しているという気持ちだけで、唇を重ねて、慈しみたい。

 そうしても、いいのだろうか。
 俺は、自分の気持ちに我儘になっても、いいのだろうか。

 
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