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いつか手放す愛
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俺の言葉を聞いた瞬間、ユーリはさっと顔を青ざめさせた。
色を失った唇で、呆然と言葉を紡ぐ。
「誰って、僕だよ。ユーリだよ。君の同僚で、バディで、7年も一緒にいた。君の……」
続きを言いかけた彼の声を遮って、俺は「覚えていません」とはっきり口にした。
周囲に控えていた騎士団専属の医師と看護師が、俺に色々質問したり、検査の手配をする。
その間、ユーリは瞳から一切の光を失い、ただ俯いて立ち尽くしていた。
その姿を見ていられなくて、俺は無表情を取り繕いながら白いシーツに視線を落とす。
絶えず、胸が締め付けられるように痛む。
(ごめん。ごめんな、ユーリ。俺が恋を始めなきゃ、お前を苦しめることもなかったんだ。ごめん。ごめんなさい)
言いたいことは、沢山ある。本当にこれで良かったのかと、今も悩んでいる。
それでも、俺は彼に何も言わず、顔を見ることなく、看護師に伴われて病室を後にして検査に向かった。
検査から戻る頃には面会時間は終わっており、室内にユーリの姿はなかった。
俺は、記憶の一部があいまいになっているとの診断が下り、訓練に戻る前に数日、騎士団の医務室で療養することとなった。
特にすることもなく窓の外に視線を向けていると、背後で扉のノック音が聞こえた。
「はい」と答えると、開け放たれたドアの隙間から顔を覗かせたのは、ユーリだった。
来るとは、思っていた。
「おはよう。今日の気分はどう?」
俺は努めて淡々と「良好です」と答える。
そして、少しだけ眉を顰めると、事務的に告げた。
「しかし、俺はあまり他人と関わるのが好きではありません。だから、今後俺への見舞いは不要です」
ユーリは切なげに目を細めると「本当に、昔に戻っちゃったんだね」と呟いた。
聞いたことのないくらい、弱弱しい声。見れば、目の下には隈が張り付き、まぶたが少し腫れている。
彼は、俺のために泣いて、失った7年を、悲しんでくれたのだろうか。
ツンと鼻の奥が痛んで、泣きそうになった。
(でも、今はお互い辛いけど、きっといつか、この選択をして良かったと思える日が来ると思うから。今は、耐えるんだ)
お互い俯いて、少しの間無言の時が流れる。
静寂を断ち切ったのは、やはりユーリの方だった。
彼はベッドサイドにあった椅子に腰かけると、昔を懐かしむように微笑んで、穏やかな声で語り始めた。
「僕たちが出会ったのは7年前で、君は今と同じ、感情の宿らない人形のような子だった。僕たちは一緒に色んなことをして、笑って、泣いて、喧嘩して、謝って。そうやって、君はとても強くて、素敵で、凛々しい……僕のかけがえのない人になったんだよ」
知ってるよ。全部、覚えているよ。そのうえで、俺はお前を騙しているんだ。
「俺の記憶の欠損は任務に影響ありません。ゆえに、過去は不要です。俺は未来を生きます。だから、あなたも、過去にとらわれず、ご自分の将来をお考え下さい」
「将来、ね」
「そうです。あなたは貴族だと看護師たちの噂でお聞きしました。俺とあなたがどのような関係だったのか、もう、どうでも良いことなのです。だから、あなたは、こんな所には来ないで、仕事と今後をお考え下さい」
俺の言葉に、彼ははっきりと首を横に振った。
「それは、断る」
「断るって……」
そんな子供みたいなこと言うなよ――と言いかけて、必死に言葉を飲み込んだ。
彼は俺の手の上に自分のを重ねると、俺の感情のゆらぎを一瞬でも見逃さないとばかりに、まっすぐこちらを見つめてきた。
新緑色の瞳が、いつになく強い意志を持ってきらめき、揺らめいている。
「取り戻せるよ。失った時間も、想い出も、何度だってやり直せばいい。何度君に忘れられても、また好きになってもらえるように僕、頑張るから。また一緒に積み重ねていこう?だから、お願いだからリオン……僕のそばから、いなくならないで」
最後の言葉は、ほとんど囁きで、空気に溶けてしまいそうなほど、か細かった。
俯いた彼の瞳から、一筋、涙がこぼれる。
ぽろぽろと、いくつも雫が落ちて、シーツに灰色の染みを作った。
俺は、何も言えなかった。
ただ、ユーリの手の温もりを感じながら、必死に荒れ狂う感情を抑え込む。
(ユーリは、どうして俺をこんなに想ってくれるんだろう)
自分たちの恋は、不安定なものだ。記憶一つで7年間の全てが一瞬にして消えてしまうくらい、儚い夢のような関係。
婚約や結婚のような目に見える約束も、形もなく、あるのは愛し合った想い出だけ。
移ろいやすく、壊れやすく、脆い。
なのに、こんなに手放しがたい。
「今日は、もう帰るよ」
ユーリは目元をぬぐうと、何てことないように明るく笑い、小さく手を振って病室を出て行った。
ぱたんと閉じられた扉を見つめ、遠ざかる足音を聞いた瞬間、もう駄目だった。
「ふっ……う……」
両手で顔を覆って、俺は俯く。堪えきれなかった嗚咽が、零れる。
こんなに愛されて、幸せで。だからこそ、辛い。
『忘れていたのは、嘘なんだ』と言ってしまいたい。
将来のことも、周囲のことも、何も考えず、昔のようにただ愛しているという気持ちだけで、唇を重ねて、慈しみたい。
そうしても、いいのだろうか。
俺は、自分の気持ちに我儘になっても、いいのだろうか。
色を失った唇で、呆然と言葉を紡ぐ。
「誰って、僕だよ。ユーリだよ。君の同僚で、バディで、7年も一緒にいた。君の……」
続きを言いかけた彼の声を遮って、俺は「覚えていません」とはっきり口にした。
周囲に控えていた騎士団専属の医師と看護師が、俺に色々質問したり、検査の手配をする。
その間、ユーリは瞳から一切の光を失い、ただ俯いて立ち尽くしていた。
その姿を見ていられなくて、俺は無表情を取り繕いながら白いシーツに視線を落とす。
絶えず、胸が締め付けられるように痛む。
(ごめん。ごめんな、ユーリ。俺が恋を始めなきゃ、お前を苦しめることもなかったんだ。ごめん。ごめんなさい)
言いたいことは、沢山ある。本当にこれで良かったのかと、今も悩んでいる。
それでも、俺は彼に何も言わず、顔を見ることなく、看護師に伴われて病室を後にして検査に向かった。
検査から戻る頃には面会時間は終わっており、室内にユーリの姿はなかった。
俺は、記憶の一部があいまいになっているとの診断が下り、訓練に戻る前に数日、騎士団の医務室で療養することとなった。
特にすることもなく窓の外に視線を向けていると、背後で扉のノック音が聞こえた。
「はい」と答えると、開け放たれたドアの隙間から顔を覗かせたのは、ユーリだった。
来るとは、思っていた。
「おはよう。今日の気分はどう?」
俺は努めて淡々と「良好です」と答える。
そして、少しだけ眉を顰めると、事務的に告げた。
「しかし、俺はあまり他人と関わるのが好きではありません。だから、今後俺への見舞いは不要です」
ユーリは切なげに目を細めると「本当に、昔に戻っちゃったんだね」と呟いた。
聞いたことのないくらい、弱弱しい声。見れば、目の下には隈が張り付き、まぶたが少し腫れている。
彼は、俺のために泣いて、失った7年を、悲しんでくれたのだろうか。
ツンと鼻の奥が痛んで、泣きそうになった。
(でも、今はお互い辛いけど、きっといつか、この選択をして良かったと思える日が来ると思うから。今は、耐えるんだ)
お互い俯いて、少しの間無言の時が流れる。
静寂を断ち切ったのは、やはりユーリの方だった。
彼はベッドサイドにあった椅子に腰かけると、昔を懐かしむように微笑んで、穏やかな声で語り始めた。
「僕たちが出会ったのは7年前で、君は今と同じ、感情の宿らない人形のような子だった。僕たちは一緒に色んなことをして、笑って、泣いて、喧嘩して、謝って。そうやって、君はとても強くて、素敵で、凛々しい……僕のかけがえのない人になったんだよ」
知ってるよ。全部、覚えているよ。そのうえで、俺はお前を騙しているんだ。
「俺の記憶の欠損は任務に影響ありません。ゆえに、過去は不要です。俺は未来を生きます。だから、あなたも、過去にとらわれず、ご自分の将来をお考え下さい」
「将来、ね」
「そうです。あなたは貴族だと看護師たちの噂でお聞きしました。俺とあなたがどのような関係だったのか、もう、どうでも良いことなのです。だから、あなたは、こんな所には来ないで、仕事と今後をお考え下さい」
俺の言葉に、彼ははっきりと首を横に振った。
「それは、断る」
「断るって……」
そんな子供みたいなこと言うなよ――と言いかけて、必死に言葉を飲み込んだ。
彼は俺の手の上に自分のを重ねると、俺の感情のゆらぎを一瞬でも見逃さないとばかりに、まっすぐこちらを見つめてきた。
新緑色の瞳が、いつになく強い意志を持ってきらめき、揺らめいている。
「取り戻せるよ。失った時間も、想い出も、何度だってやり直せばいい。何度君に忘れられても、また好きになってもらえるように僕、頑張るから。また一緒に積み重ねていこう?だから、お願いだからリオン……僕のそばから、いなくならないで」
最後の言葉は、ほとんど囁きで、空気に溶けてしまいそうなほど、か細かった。
俯いた彼の瞳から、一筋、涙がこぼれる。
ぽろぽろと、いくつも雫が落ちて、シーツに灰色の染みを作った。
俺は、何も言えなかった。
ただ、ユーリの手の温もりを感じながら、必死に荒れ狂う感情を抑え込む。
(ユーリは、どうして俺をこんなに想ってくれるんだろう)
自分たちの恋は、不安定なものだ。記憶一つで7年間の全てが一瞬にして消えてしまうくらい、儚い夢のような関係。
婚約や結婚のような目に見える約束も、形もなく、あるのは愛し合った想い出だけ。
移ろいやすく、壊れやすく、脆い。
なのに、こんなに手放しがたい。
「今日は、もう帰るよ」
ユーリは目元をぬぐうと、何てことないように明るく笑い、小さく手を振って病室を出て行った。
ぱたんと閉じられた扉を見つめ、遠ざかる足音を聞いた瞬間、もう駄目だった。
「ふっ……う……」
両手で顔を覆って、俺は俯く。堪えきれなかった嗚咽が、零れる。
こんなに愛されて、幸せで。だからこそ、辛い。
『忘れていたのは、嘘なんだ』と言ってしまいたい。
将来のことも、周囲のことも、何も考えず、昔のようにただ愛しているという気持ちだけで、唇を重ねて、慈しみたい。
そうしても、いいのだろうか。
俺は、自分の気持ちに我儘になっても、いいのだろうか。
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