【第一幕完結】転生幼魔女は生き延びたい!~唯一無二の力はナイショだよ〜

葵井瑞貴

文字の大きさ
26 / 40
~ 迫る災厄 ~

26話

しおりを挟む
「おとうしゃま。まだかなぁ、まだかなぁ」

 リビングの窓にかじり付き、そわそわと外を見やるセレスティア。
 父の帰宅を待ちわびる幼子の姿に、クリスティーヌとポーラが顔を見合わせて微笑んだ。

「予定では、そろそろご到着する頃ですが……」

 ポーラが時刻を確認しながらそう呟いた直後、セレスティアは「あっ」と声を上げた。
 四頭立ての長距離馬車が門をくぐって屋敷に近づいてくるのが見えたのだ。

「かえってきた! おでむかえ、するっ!」

「ええ、行きましょうか」

 クリスティーヌと手を繋ぎ、リビングを出て廊下を進む。
 エントランスホールにつくと、ちょうど玄関扉が開かれた。

「おとうしゃま、おかえりなしゃ……ええっ⁉」
 
 視界に飛び込んできたアルフレッドのやつれた顔に、セレスティアはギョッとした。
 
 まるで幽鬼のような青白い顔に、目の下にはびっしりと隈が張り付いている。
 もとから引き締まった精悍な顔つきをしているが、それにしても今は頬が少しばかりこけている気がした。
 
 だが疲れ果てていてもなお、人目を引く美しさが損なわれていないのが、アルフレッドのすごいところだ。
 気怠げな表情や仕草が、常とは違うあやうい雰囲気を醸し出している。一般的にそれは『大人の男の色香』というものなのだが、前世十二歳、現世三歳のセレスティアが正しく感じ取れるはずもない。

(なんか、すっごく疲れてる……!)

 そんな印象を受けたセレスティアは、眉をハの字に下げ、クリスティーヌと挨拶を交わしているアルフレッドを上目遣いで見上げた。

「おとうしゃま、だいじょうぶ?」

「ああ、問題ない。長らく留守にしてすまなかったな。誕生の祝祭に間に合ってよかった」

「えっ」

 意図せぬ言葉にセレスティアは目をパチパチと瞬かせる。
 確かに誕生の祝祭こどもの日は十日後に迫っているが、まさかアルフレッドがそれを覚えており、なおかつ間に合うように出張から戻ってくるとは思わなかったのだ。

「おとうしゃま、おぼえてた?」

「当たり前だろう」

 子供の幸福を願う日を忘れる親はいないと、アルフレッドは常の淡々とした口調で答えた。

 そういえばクローゼットの中には、去年、おととしに彼から贈られたというドレスが入っている。幼すぎてもらった時の記憶はかなり曖昧ではあるものの、「おめでとう」と毎年祝いの言葉を告げられていた気もする。

 仕事第一で、娘のことは後回しにしている父。
 そう思っていたけれど……。
 
 忘れていた、あるいは気付かなかっただけで、セレスティアは今までもちゃんと、父からたくさんの愛情をもらっていたのかもしれない。

「えへへ! おとうしゃま、だーいすきっ!」

 喜びがこみ上げ、セレスティアは両手を広げて勢いよくアルフレッドの腰に抱きついた。
 ドン!とぶつかった瞬間、目の前の大きな身体がぐらりとよろめく。

「ふぇ? わっ、わわっ!」

 一瞬の浮遊感の後、襲い来るわずかな衝撃。
 ギュッと閉じていた目を開くと、そこにあったのはまぶたを閉じるアルフレッドの顔。

 彼はセレスティアを抱き留めた姿勢のまま、エントランスホールの床に仰向けで倒れていた。
 すぐさまクリスティーヌとジェラール、そしてポーラが駆け寄り、一瞬反応が遅れた他の使用人らも「旦那様! お嬢様!」と言って近づいてくる。

「セレスティアさん、大丈夫ですか?」

「う、うん……わたしは、だいじょぶ。でも、おとうしゃまが……わたしの、せいで……。おとうしゃま、おきてぇ! タックルして、ごめんなしゃい……! ふえぇえ、しんじゃ、いやぁ~!」

 半泣きで名前を呼べば、アルフレッドのまぶたがピクッと動き、ゆっくりと持ち上がる。

「……生きている。問題は、ない……が、さすがに……」

 眠い──そう小声で呟いたきり、アルフレッドは目を閉じて沈黙してしまった。
 そばに片膝をつき様子を確かめたジェラールが、セレスティアの方へと顔を向けて微笑む。

「ご安心ください、お嬢様。旦那様はお眠りになっているだけでございます」

「そうなの? よかったぁ……」

 ホッと詰めていた息を吐き出すセレスティア。その隣で同じように安堵の表情を浮かべたクリスティーヌが、使用人らに向き直った。

「旦那様を寝室へお願いします。かなりお疲れのご様子ですし、頭を打っているかもしれません。ジェラールさん、念のため先生に往診に来ていただきたいのですが、お任せしてもよろしいでしょうか?」

「もちろんでございます、奥様。すぐに手配いたします」

 丁寧かつ迅速なクリスティーヌの差配を受けて、使用人らが素早く行動を開始する。
 まだわずかに意識のあったアルフレッドは、男性使用人の肩を借りて自力で寝室へと歩いていった。

 その後ろ姿を見送りながら、セレスティアは果てしない衝撃を受けていた。
 
 いついかなる時も、まるで大樹のように揺らがないアルフレッドが、まさか三歳児の突進程度で倒れてしまうなんて。
 それほどまでに彼を追い詰め、疲弊させる問題が発生しているに違いない。
 
 思い当たるとすれば、大量発生が予想されている死骸虫の問題。
 不眠不休で事に当たるほど、対策が難航しているのだろうか。
 
 セレスティアは手をきゅっと握り締め、クリスティーヌのドレスの裾をきゅっと摘まみ、ちょんちょんと控えめに引っ張った。

「セレスティアさん?」

「あのね。おとうしゃまのおそばに、いたいの。うるしゃくしないから、おねがい、しますっ!」

 目に涙を溜めながら見上げれば、クリスティーヌは慰めるようにセレスティアの頭を撫でた。

「分かりました。お目覚めになるまで、一緒におそばにいましょうか」

「うん!」

 大きく頷いたセレスティアは、クリスティーヌと手を繋いで歩き出す。

(マリアベル。ひとつお願い事があるの)

 念話で声をかけると、隣をついてくるマリアベルが小首を傾げた。

『なにかしら?』

(あのね──)

 セレスティアの頼みを聞き届けたマリアベルが『任せてちょうだいな』と答え、分かれ道で逆の方向へと進んでいく。

(任せたよ、マリアベル)

 頼れる相棒猫に願いを託したセレスティアは、クリスティーヌとともにアルフレッドの寝室に足を踏み入れた。

 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

転生先がヒロインに恋する悪役令息のモブ婚約者だったので、推しの為に身を引こうと思います

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【だって、私はただのモブですから】 10歳になったある日のこと。「婚約者」として現れた少年を見て思い出した。彼はヒロインに恋するも報われない悪役令息で、私の推しだった。そして私は名も無いモブ婚約者。ゲームのストーリー通りに進めば、彼と共に私も破滅まっしぐら。それを防ぐにはヒロインと彼が結ばれるしか無い。そこで私はゲームの知識を利用して、彼とヒロインとの仲を取り持つことにした―― ※他サイトでも投稿中

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

追放令嬢、辺境王国で無双して王宮を揺るがす

yukataka
ファンタジー
王国随一の名門ハーランド公爵家の令嬢エリシアは、第一王子の婚約者でありながら、王宮の陰謀により突然追放される。濡れ衣を着せられ、全てを奪われた彼女は極寒の辺境国家ノルディアへと流される。しかしエリシアには秘密があった――前世の記憶と現代日本の経営知識を持つ転生者だったのだ。荒廃した辺境で、彼女は持ち前の戦略眼と人心掌握術で奇跡の復興を成し遂げる。やがて彼女の手腕は王国全土を震撼させ、自らを追放した者たちに復讐の刃を向ける。だが辺境王ルシアンとの運命的な出会いが、彼女の心に新たな感情を芽生えさせていく。これは、理不尽に奪われた女性が、知略と情熱で世界を変える物語――。

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」 謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。 けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。 なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。 そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。 恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...