逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【異能覚醒編】

287 椿の嘆き

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「ぅ、う゛ぃえ゛え゛え゛え゛ん゛っ……!! お゛がえ゛り゛な゛ざい゛ま゛ぜぇ゛~~!!」

「ちょ、つ、椿……!? どうしたの!?」


 家光は自らと同じ顔の椿を受け止め、泣きじゃくる背を擦ってやる。
 おいおい泣く椿は暫く泣き止まず、まるで自分が泣いているようだと思いながら慰めた。


「ああああ……椿頑張ったんですう! すっごく頑張ったんですよぉ~~!」

「ん? うん、ありがとね。よくやったよくやった」


 大量の涙と鼻水を流しながら訴える椿の頭をぽんぽんと撫で、すごい顔だな……なんて家光は懐から懐紙を取り出し揉み揉み。柔らかくしてから椿に渡した。

 “ちーんっ!!”

 懐紙を受け取った椿は鼻をかみ、まだ泣き止まない様子でめそめそと語り出す。


「最後の最後で今朝噛んじゃってえ~~……っ!! 局さまに課題を出されたんですぅ~!」

「か、課題……?」


 ――ああ、そういえば正勝がそんなこと言ってたっけ……。


 台詞を噛むくらい、誰だってあることなのに大袈裟なのでは?
 家光はそう思うが、課題と聞いて首を傾げる。


「あと一週間家光さまを演じろ~って……! 薊さんはさっき公務を終えて暇をもらったっていうのに~……!」

「あら、なんでだろ……?」

「なんでも家光さまには休息と伽に集中して欲しいからとか……ぅっ、ぅっ」

「あぁ……」


 ――ほーん……?


 椿の話に何となくぴんときて、家光の眉間には皺が寄った。

 一見、家光に休息を取ってもらおうという配慮に聞こえるが、恐らく狙いはその後の“伽”……。
 子作りに集中せよという圧力だ。


「……なるほどね。じゃあまだ交代しなくてもいいってことね?」

「ああ、いえ、総触れは私が対応出来るので、重要な書類決裁なんかはお願いしたいそうです。一刻くらいは中奥で公務をと聞いてます……」

「ほぉ……?」


 重要な決裁は本人に……と聞いた家光の眉がぴくぴくっと動き、こめかみに青筋が立つ。
 一刻の公務以外は子作りしていろとでもいうのか――。

 年内にどうしても懐妊させたいという春日局の思惑が透けて見えて、怒りが込み上げてくる。
 そういうことは先に本人に言って然るべき。養父で家臣の癖に報連相が足りていない。


「い、家光さま……?」

「……よし、椿、着物取り替えようか」


 ――今度は福と話をしないとだなー……。


 家光はにっこりと優しい笑みを椿に向けた。
 但し目は笑っていない。作り笑いなのだから当然だ。


「え? でも本日の公務はもうほとんど薊さんがやって終わってまして……休憩時間が終わった後局様がご訪問予定で」

「いいからいいから♪ ほら、脱いだ脱いだ」


 ――なるほど、福が来るのね……丁度いい。


 休憩後の予定を語る椿の着物に家光の手が掛かり、きつく締められた帯を緩める。
 こんな時、満に教わった着付けの知識が役に立ち「みちるさんありがとう……!」心の中でお礼を告げて、するすると帯を解いた。
 帯が解けてしまえば脱がすのは容易い。


「え、あっ、ああっ♡ 家光さまぁっ……! いやぁあああん♡」


 あっという間に椿の小袖を脱がし、家光、自らの帯も解く。
 ささっと家光も着物を脱いで足元に落とした。

 襦袢姿の椿が恥ずかしそうにしている中、家光は椿の着ていた小袖に袖を通してゆく。
 颯爽と着物を羽織る家光の姿に椿はしばらく見惚れていた。


「月花~!」

『はいな~♪』


 家光が小袖の帯を締めながら天井に向けて声を掛けると、天井板の一枚が外れ、中から月花が飛び降りてくる。
 “しゅたっ!”と畳の上に着地した。


「っ……、女の子……!?」


 天井から降りて来た月花に椿の瞳が大きく見開かれる。
 家光の隠密は風鳥だけだと聞いていたらしく、月花を初めて見た様子。小さく愛らしい月花の姿にかなり驚いたようだ。

 ……家光の影武者である椿の周りには女が少ない。
 話し相手となるような人間も同じ職に就く薊と、上司である家光くらいで。
 月花がもし話し相手になってくれたら嬉しいのにと思ってしまう。


「椿ちゃんの着付け頼める~?」

「承知しました~!」


 帯を器用に締めながら椿の着付けを頼む家光に、月花は快く承諾した。


「あ、あの、よろしくおねがいします……。椿、家光さまのお着物上手に着れなくて」

「はーい、月花に任せてね~」


 家に居た頃に着ていた安物なら帯も簡単でどうにか着れるが、家光の着物は少々勝手が違う。
 無理に引っ張ったりして上質な生地を痛めてしまってはと恐れ多く、椿は着付けが出来ないでいた。
 すべては春日局が手配した者に任せてある。
 春日局からも「家光様らしくて宜しい」とそこはお咎めがない。

 だが家光は、城下で生活した一週間の間に着付けを覚えたようで、今一人で帯を巻いている……。


「家光さまって本当努力家ですよね~」

「そう?」

「そうですよ~、上手に着付けてますもん。こないだまで衿の左右も曖昧でしたのに」

「あはは……、まあ自分のことに構えない程忙しかったからね~」


 月花が椿の着付けをしながら家光の様子を見て告げる。
 家光の身支度は一人できちんと整え、完了した。


「家光さますごい……」


 椿の口からぽろっと賛辞が零れる。

 一週間、椿が担当していたのは奥の総触れと表の御目通りだけで、中奥の公務は薊が受け持っていた。
 一日の終わりに公務を終えた薊が、中奥の控室に戻って来る度溜息を吐いているのを見て、どうしたのか尋ねたら「能天気なあんたにはわからない」と冷たくあしらわれた。
 その後で彼女はまた溜息。


『はあ……あんたはいいわよね、皆に顔を見せるだけでいいんだから。疲れてるの、一人にして頂戴』


 ……頭を抱える薊に、疲れているのが目に見えてわかった。
 同業の椿には気安い言葉遣いをする薊だが、これが素なのかなと椿は普通に接している。
 薊は優秀だが、そんな優秀な薊があれ程溜息を吐くなんて、どんな仕事をしているのだろうと想像したことはある。

 実は総触れも御目通りも、薊が言っている程楽な仕事ではない。ただ皆に顔を見せればいいという話ではないのだ。
 相手方の話を聞いて、春日局や薊と情報共有しなければならないし、政治的なことを尋ねられれば、その場で判断などできるはずもなく……適当なことも言えない。
 憶えた定型文も忘れずに喋らなくてはならないし、兎に角気を遣う。

 薊も予備知識を詰め込むのに忙しく、着付けをする余裕がないため春日局にしてもらっていたようだし、影武者は二人で漸く家光一人に成れるのだ。

 だから家光が着付けまで出来るようになったというのは、時間の余裕があったとはいえ、凄いことだと椿は思う。
 一人ですべてをこなす家光を尊敬しないわけがなかった。


「そうなんですよ、家光さまって凄い御方なんですよ」

「はい、椿もそう思いますぅ♡」

「でしょでしょ。……はいっ、おしまい! これで椿ちゃんに戻ったね☆」

「え? あ……本当だ」


 着付けの終わりにぽんっと帯を叩き、月花が柄鏡を椿に向ける。
 そこには城下に居た頃の椿が出来上がっていた。
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