逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【異能覚醒編】

295 夜の散歩

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 ……振と中奥で出会ったのは、家光が寝室から出てしばらくした頃だった。


「あ……、家光様……? どうかされましたか?」


 春日局を置いて寝室を抜け出した家光は、控えていた小姓に呼び止められた。
 小姓はまだあどけなさの残る少女で、正座しながら少しウトウトしていたようだ。


「ん……、眠れなくなっちゃって。少し散歩してこようかなって」

「お供致します」

「いや、いいよ。廊下歩くだけだから。灯りだけ貸して」

「は……、畏まりました。ではどうぞ……」


 少女の近くにあった灯りをもらい、家光は廊下を歩く。
 中奥はおもてや大奥程ではないが、それでも広い。

 ……さっきの小姓のように寝泊まりしている者達もいるし、起こさないように静かに行こう。

 そうして灯りを手に、中奥の廊下を歩き出した。
 中奥は静まり返っているが、たまにいびきが聞こえてくる。


「ん~、静かだなあ……。」


 普段なら今頃、疲れて眠っている時間――。
 今まで仕事、仕事でゆっくり中奥を歩いたことはない。

 少し肌寒い気もするが、屋内ということもあって然程風もなく、歩いていれば身体も温まってくる。

 ……広い中奥だ。
 家光の居住区とはいえ、知らない部屋も多い。

 時折吹く隙間風に「冷たっ」と肩を震わせながら、家光はどこへ行くともなく気の向くままに歩みを進めた。


「ずいぶん歩いた気がするけど……、この辺は来たことないなあ」


 暗い中幾つもの部屋を通り過ぎ、見覚えのない場所に出る。
 そこは、家光が足を踏み入れたことがなかった場所で、大名たちを接待する者達の部屋に続いていた。


「広いな……、戻るか」


 これ以上先に行って戻って来るのも面倒だ。
 家光は踵を返し、寝所に戻ることにした。


「あ……」

「ん……?」


 ふと、自分と同じような灯りを持つ人物から声が聞こえ、前方からやってくる人物に向けてみる。


「い、家光さま……!」

「……振!」


 近づいていくと互いの顔がはっきりして、声を上げる。
 ……暗闇から現れたのは振だった。


「ああ……、ご無事でしたのですね……! よかった……」


 振が家光を捉えた途端、安堵の表情を浮かべる。
 休暇に入る前日に会ったきりだから、顔を合わせるのは八日振りだ。


「どうして振がこんなところに? あ、向こう行こうか」


 夜、中奥に側室が居ることはあり得ない。
 なぜなら、それが出来てしまうと、不義を疑われたり、将軍の身が危くなったりと諸々問題が生じるからだ。

 珍しい顔に家光は驚きつつ、この場所はいびきの聞こえた部屋の前。
 ここにいると、寝ている者達を起こしてしまいかねない。場所を変えようと移動を促した。
 振は静かに頷き、家光の灯りをそっと奪って「ふぅ」と、優しく炎を吹き消す。

 灯りは二人で一つ。振が持っていたものを使用することになった。


「暗いですから、お手を……」


 手を差し向けられて、家光は振の腕にそっと捉まる。
 振の腕は、細身ながらもしっかりしていた。


「家光さまがご無事でよかった。お倒れになられたとお聞きして、心配しておりました」

「うん、だいぶ疲れてたみたい。それで、振はどうして中奥に?」


 寝息が聞こえていた部屋から離れ、眉を下げる振に家光は尋ねる。


「はい。本当は、御台さまが中奥に控えられる予定だったのですが、御台さまの体調が思わしくなく、代わりに私が……」


 振の話によれば、家光が倒れたことが大奥にも伝わり、正室である孝が本来なら中奥に控えるはずだったらしい。
 だが、孝はハンストからくる体調不良で現在回復中――。
 午前中のあの様子では、中奥まで来るのは無理と判断されたのだろう。

 ……代わりに、側室である振が指名されたというわけだ。


『俺が行く! 俺が、中奥へっ!! 家光ー!!』


 家光が倒れたことを聞いた孝は、取り乱したようにすぐに中奥へ駆け付けようとしたが、一週間の断食で弱った足に力が入らず、寝室を出たところで派手に転倒。
 軽い怪我を負ったらしい。
 春日局とともに、その場に居合わせた振は、それを目の当たりにした。


 ――御台さま、とても悔しがっておられたんですよ……。


 振は、孝の悔しそうな顔を思い出しながら、隣を歩く家光を愛おしそうに見下ろし目を細める。

 昨日、彼女が城に帰って来たとは聞いていたが、会うことは叶わず。
 そして今日は突然倒れた。

 ……家光を慕う振は気が気じゃなかったのだ。

 こうして会えただけで心が満たされていくのだから、夜伽が成立する日が遠くなっても構わない。
 二人で歩調をゆっくり合わせていけばいい。

 一目で家光の瞳の色の変化に気付いたが、愛しさは変わらず――気にすることはなかった。


「そうだったんだ。まあ、そうか、孝の奴、ふらふらだったもんな。振は大丈夫だった?」

「はい……、家光さまからいただいたふみを毎日読み返しておりました」


 今も懐に……と、振は家光の文が入った胸元に目を落とす。
 文は振、自らしか受け取っていないと聞いている。

 正室の孝ではなく、側室にだけ認めてくれた文は、家光の“特別”だと伝えてくれているようで胸が温かくなった。


「そっか。振まで病んじゃってたら、どうしようかと思ってたからよかった♪」

「……ですが、お淋しゅう御座いました」

「振……。ご」

「家光さま。私、御水をいただきに向かっていたところなのです。喉、乾かれていませんか?」


 振の素直な気持ちの吐露に家光は眉をしかめる。
 謝ろうとしたが、振はそれを言わせないよう被せてきた。


「ん……、うん。ちょっと喉乾いたかも」

「ふふ。そうですか。では少々お付き合い願えますか?」


 ……御座之間近くの小膳所こぜんしょに着くと、振は家光を近くに座らせ、手際よく二つの湯呑に水を注ぐ。
 うち一つを家光に手渡し、振は隣に腰掛けた。


「月でも見ながら飲む?」

「はい……」


 家光が外戸に視線を移し、外に出ようかと誘えば、振に断る理由などない。
 二人は水の入った湯呑を手に、外に出ることにした。
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