296 / 310
【異能覚醒編】
295 夜の散歩
しおりを挟む◇
……振と中奥で出会ったのは、家光が寝室から出てしばらくした頃だった。
「あ……、家光様……? どうかされましたか?」
春日局を置いて寝室を抜け出した家光は、控えていた小姓に呼び止められた。
小姓はまだあどけなさの残る少女で、正座しながら少しウトウトしていたようだ。
「ん……、眠れなくなっちゃって。少し散歩してこようかなって」
「お供致します」
「いや、いいよ。廊下歩くだけだから。灯りだけ貸して」
「は……、畏まりました。ではどうぞ……」
少女の近くにあった灯りをもらい、家光は廊下を歩く。
中奥は表や大奥程ではないが、それでも広い。
……さっきの小姓のように寝泊まりしている者達もいるし、起こさないように静かに行こう。
そうして灯りを手に、中奥の廊下を歩き出した。
中奥は静まり返っているが、たまに鼾が聞こえてくる。
「ん~、静かだなあ……。」
普段なら今頃、疲れて眠っている時間――。
今まで仕事、仕事でゆっくり中奥を歩いたことはない。
少し肌寒い気もするが、屋内ということもあって然程風もなく、歩いていれば身体も温まってくる。
……広い中奥だ。
家光の居住区とはいえ、知らない部屋も多い。
時折吹く隙間風に「冷たっ」と肩を震わせながら、家光はどこへ行くともなく気の向くままに歩みを進めた。
「ずいぶん歩いた気がするけど……、この辺は来たことないなあ」
暗い中幾つもの部屋を通り過ぎ、見覚えのない場所に出る。
そこは、家光が足を踏み入れたことがなかった場所で、大名たちを接待する者達の部屋に続いていた。
「広いな……、戻るか」
これ以上先に行って戻って来るのも面倒だ。
家光は踵を返し、寝所に戻ることにした。
「あ……」
「ん……?」
ふと、自分と同じような灯りを持つ人物から声が聞こえ、前方からやってくる人物に向けてみる。
「い、家光さま……!」
「……振!」
近づいていくと互いの顔がはっきりして、声を上げる。
……暗闇から現れたのは振だった。
「ああ……、ご無事でしたのですね……! よかった……」
振が家光を捉えた途端、安堵の表情を浮かべる。
休暇に入る前日に会ったきりだから、顔を合わせるのは八日振りだ。
「どうして振がこんなところに? あ、向こう行こうか」
夜、中奥に側室が居ることはあり得ない。
なぜなら、それが出来てしまうと、不義を疑われたり、将軍の身が危くなったりと諸々問題が生じるからだ。
珍しい顔に家光は驚きつつ、この場所は鼾の聞こえた部屋の前。
ここにいると、寝ている者達を起こしてしまいかねない。場所を変えようと移動を促した。
振は静かに頷き、家光の灯りをそっと奪って「ふぅ」と、優しく炎を吹き消す。
灯りは二人で一つ。振が持っていたものを使用することになった。
「暗いですから、お手を……」
手を差し向けられて、家光は振の腕にそっと捉まる。
振の腕は、細身ながらもしっかりしていた。
「家光さまがご無事でよかった。お倒れになられたとお聞きして、心配しておりました」
「うん、だいぶ疲れてたみたい。それで、振はどうして中奥に?」
寝息が聞こえていた部屋から離れ、眉を下げる振に家光は尋ねる。
「はい。本当は、御台さまが中奥に控えられる予定だったのですが、御台さまの体調が思わしくなく、代わりに私が……」
振の話によれば、家光が倒れたことが大奥にも伝わり、正室である孝が本来なら中奥に控えるはずだったらしい。
だが、孝はハンストからくる体調不良で現在回復中――。
午前中のあの様子では、中奥まで来るのは無理と判断されたのだろう。
……代わりに、側室である振が指名されたというわけだ。
『俺が行く! 俺が、中奥へっ!! 家光ー!!』
家光が倒れたことを聞いた孝は、取り乱したようにすぐに中奥へ駆け付けようとしたが、一週間の断食で弱った足に力が入らず、寝室を出たところで派手に転倒。
軽い怪我を負ったらしい。
春日局とともに、その場に居合わせた振は、それを目の当たりにした。
――御台さま、とても悔しがっておられたんですよ……。
振は、孝の悔しそうな顔を思い出しながら、隣を歩く家光を愛おしそうに見下ろし目を細める。
昨日、彼女が城に帰って来たとは聞いていたが、会うことは叶わず。
そして今日は突然倒れた。
……家光を慕う振は気が気じゃなかったのだ。
こうして会えただけで心が満たされていくのだから、夜伽が成立する日が遠くなっても構わない。
二人で歩調をゆっくり合わせていけばいい。
一目で家光の瞳の色の変化に気付いたが、愛しさは変わらず――気にすることはなかった。
「そうだったんだ。まあ、そうか、孝の奴、ふらふらだったもんな。振は大丈夫だった?」
「はい……、家光さまからいただいた文を毎日読み返しておりました」
今も懐に……と、振は家光の文が入った胸元に目を落とす。
文は振、自らしか受け取っていないと聞いている。
正室の孝ではなく、側室にだけ認めてくれた文は、家光の“特別”だと伝えてくれているようで胸が温かくなった。
「そっか。振まで病んじゃってたら、どうしようかと思ってたからよかった♪」
「……ですが、お淋しゅう御座いました」
「振……。ご」
「家光さま。私、御水をいただきに向かっていたところなのです。喉、乾かれていませんか?」
振の素直な気持ちの吐露に家光は眉をしかめる。
謝ろうとしたが、振はそれを言わせないよう被せてきた。
「ん……、うん。ちょっと喉乾いたかも」
「ふふ。そうですか。では少々お付き合い願えますか?」
……御座之間近くの小膳所に着くと、振は家光を近くに座らせ、手際よく二つの湯呑に水を注ぐ。
うち一つを家光に手渡し、振は隣に腰掛けた。
「月でも見ながら飲む?」
「はい……」
家光が外戸に視線を移し、外に出ようかと誘えば、振に断る理由などない。
二人は水の入った湯呑を手に、外に出ることにした。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
残念女子高生、実は伝説の白猫族でした。
具なっしー
恋愛
高校2年生!葉山空が一妻多夫制の男女比が20:1の世界に召喚される話。そしてなんやかんやあって自分が伝説の存在だったことが判明して…て!そんなことしるかぁ!残念女子高生がイケメンに甘やかされながらマイペースにだらだら生きてついでに世界を救っちゃう話。シリアス嫌いです。
※表紙はAI画像です
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる