逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【異能覚醒編】

309 総取締は、すべてを見抜く

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 そこには、灰色の着物をぴしりと着こなした、大奥総取締の姿――。


「……あ、福……」


 家光の顔から、さぁっと血の気が引いていく。
 福――春日局が、眉間に深い皺を刻み、得体の知れないものを見るような目でこちらを見つめていた。


「家光様。……一体、どういうことでしょうか。説明を伺いたいものですね?」

「あ、えっと、これは、その……」


 春日局が一歩踏み出すたびに、廊下の空気がぴりりと凍りついていく。
 春日局にしてみれば、昨夜、倒れた家光を心配してずっと看病し、ようやく落ち着いたからとすぐ隣で身体を休めていたのだ。

 今朝、目が覚めた時に家光が部屋に居たから安心していたものの――。
 まさかその間に、部屋を抜け出していたなどとは夢にも思っていなかった。


「昨夜、家光様は私の隣で、静かにお休みになられていたはず。……違いますか? だというのに、今朝からお二人の様子はあまりに不自然。振、お前もだ。……顔を上げなさい」

「っ……!」


 春日局の低い声に、振はびくりと肩を揺らし、慌てて深々と頭を下げる。

 昨夜、中庭で月を見て始まった熱情。家光に乞われるままに重ねた熱い時間。
 彼女に“やり逃げ”同然に逃げ出された悲しみは、先ほどの告白で消えたが、代わりに“総取締に隠し通せるわけがない”という恐怖が押し寄せてくる。


「……家光様。お顔が、耳の裏まで真っ赤ですよ? ただの“ぱにっく”とやらで、そこまで赤くなるものでしょうか」


 春日局の虎目石タイガーズアイがじろりと家光を観察する。
 家光は、あわあわと手を動かし、必死に脳内の“仕事ができるOL”の知識を総動員して言い訳を探した。


(やばいやばいやばい! これ、夜中に小膳所まで水飲みに行って、急にムラムラしたから内緒で致しちゃいました♡ なんて言えるわけないじゃん! しかも私から誘ったなんて……絶対に、根掘り葉掘り訊かれるやつぅううう!)


「そ、それは……! その、夢! そう、夢がね、すっごく怖かったから! それで、起きたら振が……あ、違うな、えーっと……!」


 しどろもどろになる家光の横で、孝がふいっと顔を背けて、“ぷ”と吹き出しそうになるのを堪えている。


「……。家光様、一度、奥へ。お顔の色も優れないようですし、岡本医師に診せましょう」

「えっ、岡本!? いやいやいや! 大丈夫だから! ぴんぴんしてるから!!」


 せっかく朝の健診を上手く誤魔化したというのに、奥医師の岡本玄治に診られれば、身体に残った“昨夜の痕”が白日の下に晒されるのは明白だ。


「……ふむ。では、振。今夜の備えもあることだし――昨夜の話を聞かせてもらおうか」

「は、はい……」


 冷たい瞳を向けられ、振は一礼して、歩き出した春日局を追う。
 春日局はちらと僅かに振り返った。


「……孝さまは、家光さまのお見送りをお願いいたします」

「承知した」

「それでは家光様、今夜の御渡りをよろしくお願いいたします」


 軽く会釈し、春日局は有無を言わせぬ足取りで、振を伴い廊下の向こうへと消えていった。
 その後ろ姿を見送りながら、家光の肩が、がっくりと力なく落ちる。


「……終わった。これ絶対、振ちゃんから全部聞き出す気だよ、あの鬼畜男ぉ……!」


 振は嘘がつけない。
 彼の性格上、春日局にじろりと睨まれれば、昨夜の出来事を、初めから終わりまで……それこそ、どのタイミングで家光がガッツリ攻め込んだかまで、涙目で白状させられてしまうに違いない。

 家光は自分の“肉食喪女”な乱れっぷりを想像し、顔面を両手で覆って、じたばたと身をよじらせた。


「――おい、家光。いつまでそうしてんだ。……ほら、行くぞ」


 孝が呆れたように、家光の背中を“ぽん”と叩く。
 家光は、「はわわ……」と情けない声を出しながら、孝に促されて御鈴廊下へと向かった。

 孝はそっぽを向いたままだったが、歩幅を合わせてくれるようにゆっくり歩く。仏間でも嫉妬を露わにしていたし、家光が「自分から誘った」という事実に、彼なりに思うところがあるのだろう。


「……孝、ありがと。さっきは助かったよ」

「別に。……お前があまりに無様だったからな」

「ぶざまって……言い方! も~、口が悪いんだから」

「お前、今夜……」


 “今夜、振と寝るんだろう?”


 言いかけて、孝は口ごもる。
 今夜、側室との閨の儀――“御渡り”があるのは孝も把握済みだ。
 そして、昨夜の出来事も……。

 “御渡り”はまつりごとの一環。
 正室とはいえ、邪魔をすることはできない。まして、お飾りの正室に、「妻に他の男をあてがうな!!」そんなわがままを口にするなんてこと、許されるわけがない。

 ……正室だというのに、愛しい妻と触れ合えないもどかしさ。
 胸がずきずきと痛むが、自らの立場上、仕方のないことだ。

 やりきれない想いはやはりあったが――。


「ん?」

「――いや、なんでもない。じゃー、また明日な」

「ん……また明日ね」


 孝ははにかみ、首を左右に振って、中奥へ向かう家光を見送る。
 軽く手を振って去って行く家光の表情が穏やかだったから、孝も目を細めて手を振った。


「……くそ……やっぱ、いてぇな……」


 家光が居なくなり、重く閉じられた御錠口おじょうぐちの杉戸を見つめ、孝は胸元――衿をぎゅっと掴む。
 この痛みにいつかは慣れていくのだろうか……今はまだ、受け入れられそうになかった。









 孝の視線を背中に感じながら、家光は逃げるように中奥へと足を進める。


(あんな切なそうな顔されても困るよ、孝……)


 淋しそうな、悲しそうな哀愁を纏わせた孝の瞳に、家光の胸もずきずきと痛みを帯びた。
 心臓が、ばくばくとうるさい。


(ごめん、孝……。でも、今の私に何て言える? 『振ちゃん、すっごく良かったよ♡』なんて、口が裂けても言えないっしょ……!)


 今の家光に、孝の心のケアまではしてやれない。
 政略結婚なのだから、どうか諦めて欲しい――と思っても、顔だけは好みの孝に、あんな表情を向けられたら悪い気はしないし、緊張してしまうではないか。


「孝のやつ、捨てられたわんこみたいな顔してさ~……かわい――っ、顔が良すぎなんだって……」


 ……孝のことを嫌いになれないのは、顔にある。
 しかも、最近は性格も丸くなって、“いい男度”が上がっているから困ったものだ。

 いつか、孝と褥を共にする時は――


「っ! 何考えてんの!? そんなことより、振でしょ振っ!!」


 家光は、頭上にもわもわと浮かびかけた孝の半裸を慌てて掻き消した。


(あぶないあぶない、不敬! 私が不敬! ……っていうか、私ってば欲求不満すぎ!?)


 まだ発作の残滓みたいなものがあるのだろうか……。
 昨日のように抗えないほどムラムラすることはないが、妄想力が冴えて仕方ない。

 やはり、一度肌を見てしまっている相手だと、リアルな身体を思い出してドキドキしてしまうようだ。

 そして――

 自室に戻る途中、昨夜振と泊まった部屋の前を通りかかる。
 襖は開いていて、褥がそのままだ。掛け布団は振が畳んだのだろう、折り畳まれているが、敷き布団は所々よれていたり、汚れていたり……。
 片付けはこれかららしい。

 そんな褥を見て今度は悶々。

 ……薄暗く冷えた部屋に白く舞う互いの吐息。
 眼下に見下ろす振の艶っぽい苦悶の表情と、そんな彼を楽しそうに苛め抜く自らの腰の動き。
 静寂の中、規則的に響く水音と、乱れた息づかいの嬌声。
 あんな淫らな動きなど、したことがなかったというのに、本能のまま夢中で求めて――と、思い出して顔が一気に熱くなる。
 なんとなく、下腹部に重い疼きを感じた。


(っっ、きゃぁあああああっっ!!)


 昨日の閨の出来事がくっきりはっきりと思い出され、恥ずかしすぎて、真っ赤になった頬に両手を当て、家光はその場から逃げ出した。
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感想 2

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みんなの感想(2件)

もちまる
2024.02.10 もちまる

半年ほど前から毎週楽しみに読ませてもらっている者です!はつこめです。
とってもお気に入りの作品です、どうなるのか気になり楽しみに待ってますのでこれからも連載頑張って下さい^_^

2024.03.01 みく

コメントありがとうございます。うれしいです!
拙作に出逢ってくださりありがとうございます!
これからもどうぞよろしくお願いいたします(^^)

解除
花雨
2021.07.30 花雨

2作品お気に入り登録させてもらいました。陰ながら応援してます(^^)

2021.08.03 みく

コメントありがとうございます。
初めてコメントいただきました、嬉しいです~!

これからもコツコツ頑張ります(^^)

解除

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