逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【転生・元服編】

019 円座会議②

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「……失礼します。お呼びでしょうか……」

 そこには竹千代が立っていたのだが、何故か風呂上り。

 しかも、濡れた髪の毛から何やら花のようなむっちゃ良い香り!
 そして、浴衣姿。

 うなじから漂う妖艶な色香。
 けれども、本人は全く意識なし。
 元喪女なのに、蝶が鱗粉を振りまくが如く、フェロモン駄々漏れである。

「た、竹千代様!? 何をなされてたんですか!?」

 育ての親で、若干免疫のある春日局はつい立ち上がり、竹千代に掴みかかる。

「あ、石鹸作ってみたのね! あ、しゃぼんっていうんだっけ? んで、剣術の稽古してたから湯浴みして来たの。臭いと失礼かと思って。まずかった?」

 竹千代は無邪気に笑って、春日局に答えるのだが、その発言を聞いていた竹千代マンセーズの一人が、鼻を押さえ俯いてしまった。

「竹千代様っ、うー……」

 竹千代のフェロモン攻撃に免疫が全くないのか、どうやら鼻血を出したらしい。
 とんとんと、首の後ろを叩いている。

「……この大事な話の場でそのようなお姿で来られるとは、なんたることか!」

 今度は国松ダイスキーズの一人が怒りつつも、視線は竹千代に釘付けで鼻の下が伸びまくりである。
 ついでに、春日局も竹千代の腕を掴みつつ、竹千代の濡れた髪に纏った花の香りをめいっぱい吸い込んで何とも良い気分になっていた(別に変な薬を付けたわけではないが)。

「……ぷっ、竹千代よ。お前は何とも、自由な奴だな」

「母上、申し訳ありません。また難しい政の話で、そろそろ結論が出る頃かと思い、私を見て笑って戴き、少しでも皆様の会議疲れを癒すことができればと思いました」

 竹千代や他の大老達の様子に秀忠が吹き出すと、竹千代は頭を軽く下げ、花が咲くようにふわりと笑う。
 以前も書いたかもしれないが、この色香や、フェロモンは元々は家康が持っていたものだった。
 家康はこの人を惹きつける力をもって(それだけではないが)、幕府を開き、これまで世の平安を保ってきたのだ。
 同性にも効き目はあるが、こと男性に対してはかなり有効な能力だったといえる。

 もちろん、家康の子である秀忠にもその力は備わっており、同じように人を惹き付けていたのだが、家康程の力は無かった。
 家康の他の子供等孫等、竹千代、国松もそれを有しており、国松に至っては、それがあらぬ方向へと向かい、破滅一歩手前となっていた。

 そして、ここ数年の間に、竹千代のその力が一族の中でも群を抜いて強くなりつつあり、時に歩くだけで、人を骨抜きにすることが出来るほど。
 ただ本人はトラウマに囚われ、その気もないので、そういったトラブルは今の所ない様子。
 使い方次第で恐ろしいことになりそうである(どう使うかもわかっていないが)。

「ああ、充分癒された。結論もしっかり出たぞ。そこに座るがいい」

 同じ能力を持つ秀忠にはあまり効き目がないのか、竹千代の謎の奇行にも国松よりは全然ましだとばかりに流したのだった。

「そうですか、それは良かったです」

 竹千代は怒られなくて良かった、でも本当は秀忠や大老達に怒られてさっさと追い出されようと思ったのにな。と内心思いながら、春日局の手を剥がして、促された通りに座った。
 何となく、竹千代にはわかっているのである。

 そろそろ元服なのだと。
 家康の死によって、延期された元服式。

 孝は葬儀に出席していたものの、その後京へ返されていた。
 孝は京に戻る際、他の参列者達に混ざって、忙しく動く竹千代に一言挨拶をしていったのだ。

『結婚したら可愛がってやるから、覚悟しとけ』

 まるで、性奴隷にしてやるとでも言うような冷たい視線。
 その一言に竹千代はゾッと背筋を凍らせたのだった。
 実際は照れて、ついじっと見てしまったのが睨んだように思えただけなのだが、竹千代にはそう見えたらしい。
 元服したら、あいつと結婚しなきゃいけない!


 ああ、ゆ、う、う、つ!


 竹千代の頭の中にはかつて春日局に言われた“夜伽”の文字が重く圧し掛かる。

(私は、この世界では処女なのよ――っ!! 初めてが嫌いな奴となんてアリエンティ!! やっちまったあとで、またブスなんて言われたらダメージでか過ぎ! 嫌過ぎるでしょ!!)

 竹千代の脳裏にはたったこれだけが入っていて、将軍になる責任とか、義務とか、どうでも良かったのだった。
 だからこそ、この先はあまり聞きたくないのだ。

「竹千代」
「はい」

 それでも、秀忠が竹千代の名を呼ぶので、時期的にそうなるよね、と、竹千代は半ば諦めつつ返事をする。

「喪が明け次第、お前の元服式を執り行う。延いては京へと上洛し、お前が三代将軍に就くがいい」
「……は、はぁ、やっぱりそうなりますよね……はぁ」

 秀忠の言葉に竹千代は笑顔を取り繕いつつ、ため息を吐いた。
 秀忠から告げられた言葉は大変名誉なことなのだが、何とも気のない返事である。

「やっぱり? お前は今日の話し合いが今後の幕府の体制についてのことだとわかっていたのか?」

 首を傾げ、竹千代を見る秀忠の目は驚きに満ちている。

「あ、いえ、何ていうか、そろそろそういう時期なのかな~と……頼宣様は幕府政治に向きませんし、国松はあんな状態ですし……私が将軍になることで方々丸く収まるのでしょう。覚悟はしてましたから、頑張ります! ……ただ、結婚相手がね……」

「さすがは、将軍の器を持つ娘よ。母上がお前は不思議な娘だと生前申していたが、やっと意味がわかった気がするな」

 まるでさっきの申し合わせを聞いていたかのような口振りで竹千代が発言したので、秀忠は訝しげに眉を寄せたものの、楽しそうに唇が弧を描いた。
 ただ、最後の結婚相手部分は小さくて、秀忠にはよく聞き取れなかったようである。

 竹千代の隣に居た春日局には聞こえていたが、春日局の耳には届きませんでしたと、秀忠に合わせ笑ったのだった。





「……福聞こえてたでしょ。別の相手推してくれてもいいのにさ」

 会合が終わり、春日局と竹千代は広間から出て、廊下を進む。
 二人の背後に先程襖を開けてくれたお役人の男性が、座礼した後、目にハートを幾つも灯しながら紅い顔で見送っている。

「はて、何のことでしょうか? ああそうだ、竹千代様。元服式まで、何卒、大人しくしていてくださいませ」
「え? 何で? 別にいつも大人しくしてるじゃん」

 春日局は竹千代の言うことなど軽くあしらいながら、いつもの無表情でやんわりと注意を促した。

「……何やらまた、作られているようですが?」

 先程の石鹸のことを言っているのか、隣を歩く竹千代の長い髪を一掬い手に取り、嗅いでみる。

「あ、薬をちょっとね。お婆様から薬箋を貰ったので、それをちょっとアレンジしてみようかと思って。その過程で、しゃぼんが出来たわけですよー。お婆様ってすごいっ!」

 春日局の動作はちょっとしたきゅんシチュエーションではあるが、竹千代は前を向いて歩いているため目を合わさなかったので気付かなかった。
 竹千代は前世時に在って、今にないものをよく作っていたのだった。
 製造過程、材料などは記憶のほんの片隅にあったものが、きちんと思い出せるようで、それを頼りに製作しているのである。
 わからないことは、岡本医師等に訊いたりしつつ、完成させている。
 とはいえ、代用品のようなものが多く、あまり完璧な形には再現はできていなかったが。

 つまり低クオリティである。
 時折失敗し、怪我をすることもしばしば。

「家康様がすごいのは当たり前です。あの方は完璧なのですから」

 春日局は髪から手を放し、再び歩き出す。

「ほー、言うね~。……福が元気になって良かったよ。葬儀のときは大変だったから」

 春日局の家康マンセー発言に竹千代は安心したのか、春日局の方へと顔を向け見上げた。

「……ええ、そうですね。その時の記憶、私にはありませんからね」
「お婆様の側室達、凄かったんだよ? 福に嫌味言いまくりだったんだから」

 無表情の春日局が告げると、竹千代は自分の見たことを話す。
 葬儀の間、春日局の元に家康の側室達が訪れた際、一悶着があったのだった。

 家康の死の一報以来、春日局は魂が抜けたようにぼうっとしていた。
 葬儀中は何とか動いてはいたが、心ここあらずは変わらなかった様子で、家康の側室達が数人連れ立ってやって来ると、側室達は春日局を突き飛ばし暴言を吐きながら、殴りかかった。

 無抵抗で殴られる春日局に近くにいた竹千代が仲裁に入り、何とか事なきを得たのだった。


「ああ……そういえば、そんなことを言われたかもしれませんね。あまり、憶えては居ませんが……」
「まぁ、お婆様の手紙が、側室達は纏めて一通なのに対して、福が別で一通だもんね。恨み言の一つも言いたくなるか」

 殴られたというのに、全く気にしもしていない様子の春日局も竹千代はうーんと、唸るように考え込んでしまう。

「……私への書簡は、竹千代様のことばかりだというにも関わらずですがね」

 側室達の話などどうでもいい、そもそも自分宛だが自分宛じゃない手紙である。
 家康の側に居られた者達が自分に文句を付けて来るのはお門違いだろう。

 ふぅ、と春日局は小さなため息を吐いた。

「男も結構、嫉妬深いんだね~」

 前方、宙を見上げるようにして、竹千代がぽつりと呟く。

「それはそうですよ、好きな女が別の男と話をしているだけでも嫌なものです。ですが私は、家康様の都合のいい時、お会いできればそれで良かったのです」

 春日局は僅かに笑みを滲ませ当たり前のことのように、竹千代に告げた。

「……そっか。私は、好きな男って居ないから、そういうのわかんないな」

 春日局の珍しい恋バナを聞いて、竹千代は春日局を再び目した。
 春日局の表情が先程より穏やかな気がして、恋ってすごいなと感心する。
 千代時代は、好きな男居たけど……あれって、本当に好きだったのかな?

 私、本当に好きな人って居た事ないかも。
 春日局みたく、その人のことを想うだけで、穏やかな顔になるとか、全然なくない?
 生まれ変った今は、イケメンが沢山いるけど、正直沢山居すぎて目移りするし、好きになる以前にどう声を掛けていいかわかんない。

 声掛けたとこで恐がられても嫌だし。
 前だったら、妄想で恋出来てたのにね。
 この時代じゃカメラないから隠し撮りも出来ないし、大抵部屋の側に誰か居るから一人エッチも下手にできやしない。

 そう考えると何だか春日局が羨ましい気さえする。

「そうですね。竹千代様にはわかりませんよね」

 冷やかに竹千代が何を考えているか見越し、春日局は勝ち誇ったように微笑んだ。

「……福って本っ当に、時々すごいきついよね」

 以心伝心なのか、春日局の意図を掴み、竹千代が頬を膨らます。
 春日局が毒舌なのはもうわかってはいるが、時々堪えるわー。
 なんて思うのである。

「そうですか? 貴女は将軍になられるのですから、恋をしてもしなくても、どちらでもいいのですよ」

「……恋をしてもしなくても……」

 春日局の冷たい言い方に、竹千代の瞳が揺らめく。
 私の意思などどうでもいいと言われているようで哀しい。
 泣きたいわけじゃないが、鼻の奥がつんとした気がして哀しかった。

 もちろん、泣かないけどね。

「……少し、可哀想な気もします。貴女は美しく、皆に愛されているのに、貴女自身は誰も愛そうとしていない」

 竹千代の様子に春日局も目を伏せ告げる。

 貴女は、いつも一人になりたがる。
 一人で居たがる。
 貴女の側には沢山の理解者がいるというのに貴女はそれに気付かない。
 いつもどこか遠くを見ている。
 どうか、私達を見てください、気がついてください。
 
 そんな風に春日局は想うのだった。

「そんなことはない! 恋してないだけで、皆のことはちゃんと愛してるよ!! 民達に良い暮らしをして欲しいと思うもん。将軍になったら頑張るし!」

 春日局の物言いに自己を否定された気がして必死で反論し、竹千代は浴衣の袖を捲くって力瘤を作ってみせた。

「まぁ、恋などせずとも、お世継ぎさえ生んで下されば構いませんので」

 春日局はそんな竹千代の様子にちらりと目をやっただけで、冷淡に続ける。

「なっ!! その言い方ひっどいっ! 私だって、やるなら好きな男とがいいんだから!!」

 それは聞き捨てならないといった様子で、竹千代は春日局の両袖を掴んで、抗議の瞳で見上げたのだった。

「……そうですねー、竹千代様好みの男を探しておきますよ」

 自分を見上げてくる竹千代と目が合う彼女が可愛くて、僅かにぐらつく春日局であったが、少し考えるように間を空けると、竹千代の両肩をぽんぽんと優しく叩いて、そっと離れて行ってしまう。

「え? あ、ちょっと!! 福っ!!」

 そこは丁度竹千代の部屋の前だった。
 春日局は部屋まで送ってくれていたのだった。
 竹千代は去っていく春日局の背を見送って、納得行かないような顔で自室に戻った。
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