逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【上洛の旅・旅情編】

032 湯上りの一杯

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「あー、さっぱりしたぁー!」
「全く、家光様は……」

 風呂を出て、月花は直ぐに身支度を整えて参ります(男装して来ますぅ)と姿を消し、家光と春日局は部屋へと戻る廊下を歩いていた。
 すると、目の前にこちらへと湯呑みを二つ載せた盆を持ってやってくる正勝を見つける。

「あ、正勝!」
「家光様、咽渇かれていませんか? 冷たくて美味しい清水を戴いて参りました。春日局様もどうぞ」

 正勝は家光に対しては真っ直ぐに目を合わせ優しく微笑み、春日局に対しては僅かに視線をずらしながら湯呑みを差し出す。

「ありがとー! 気が利くねぇ!」

 家光はにこにこと機嫌良い笑顔で応えると、差し出された湯呑みを両手で受け取って一気に飲み干す。

「ん? ああ、貰おうか」

 春日局は正勝の様子に気付かないまま片手で受け取ると、一口口に含んだ。

「冷たくておいしーね! んー、もうちょっと飲みたい」

 家光は手元の空になった湯呑みを覗きながらひもじそうに呟く。

「では、お替りを……」

 正勝が踵を返そうとすると、

「家光様、私の分もどうぞ」

 ひょいっと、春日局が家光の湯呑みを奪ったかと思うと、自分の飲んでいた湯呑みを空いた家光の手の中に収めたのだった。

「あ、ありがとう。福! これ、間接キッスかな!?」

 ぱぁっと、頬を染めたかと思うと、何だか嬉しそうな笑顔で家光は春日局が飲んだ湯呑みの水をあっという間に飲み干した。

「は?」

 春日局はまたも家光語かと思いながら首を傾げる。

「……」

 正勝は春日局があまりにも自然に家光の要求に答えたことに自分はまだまだだなという想いと、先程から気になっていた春日局の服装について考えを巡らせていた。

(家光様が着替えているのはわかる。
 でも、何故春日局様まで着替えておられるのだろうか。
 まさか二人で一緒に風呂に入ったのでは!?)

 お前じゃねーよと、突っ込みたいが、突っ込めないのである。

(家光様と風呂に入るのは私だけでいいのに!!

 そしていつか、家光様と褥を共にっっっ!!

 家光様の美しい御身体を少しずつ開いて……。


『そんなとこ駄目ぇ』
『大丈夫です、家光様はどこもお美しいのですから』


 湯上りの浴衣を脱がし、柔らかく弾力のある搗き立ての二つの餅の間に、まだ汗ばむ滴を舐め取りながら、家光の白い太股を撫で上げその付け根の……)

 どんどんと正勝の妄想が進んでいくのであった。

「……つ、正勝? おーい!」

 家光が正勝の目の前で目をぱちくりさせ手を振っている。

「はっ!? は、はいっ!? あ、あれ、春日局様は?」

 妄想の世界に囚われていた正勝は目の前の愛しい家光の呼びかけによって現実に無事引き戻されたようで何よりであった。

「ああ、何かね、夕餉の段取りに行ったよ。さっきの話、上手くいくといいね」

 いつの間に家光の部屋に戻っていたのか、家光は座って肘掛に凭れながらふぅと息を吐く。

「え? ……申し訳ありません、聞いておりませんでした」

 家光の直ぐ側に正座で聞いていた正勝は軽く頭を下げ、詫びる。

「あー、何かぼぅっとしたもんね。顔赤かったし……平気? 熱とかない?」

 家光は前に乗り出し、正勝の額に手を伸ばそうとするが、

「へ、平気ですっ!!」

 正勝は真っ赤になって額を隠すように両手で覆うと、身体を逸らした。

「……変な正勝……」

 家光は正勝の様子を訝しげに見つめる。

「あ、あのっ、先程の話とはっ!?」

 さっきまで妄想していた浴衣姿の家光の胸元(暑いのでちょっと緩めに着付けてある)が目の前に迫り、つい条件反射で避けてしまったのだった。

(ああ、想像するなら簡単だが実際はこんなにも心の臓が強く脈打つものなのだな。
 先は長いぞ、正勝! 自分に負けるな正勝!)

 自分を鼓舞する正勝であった。

「……孝って居たじゃん?」

 家光は急にうんざりした顔でふぅーっと息を吐いた。

「っ、孝様……ですか」

 家光の言葉に正勝の心臓がぎゅうっと締め付けられる。

(そうだ、すっかり忘れていた。
 孝様といえば、家光様の正室となられるお方。
 御摂家鷹司家のご嫡男。
 自分とは身分が違う家光様の将来の正式な夫。
 家光様との褥などと妄想してる場合じゃなかった!)

 と正勝は膝に置いた手にぎゅっと力を込める。

「んー、この旅の間に向こうは向こうで江戸城に来るらしいのね」
「は、はぁ……」
「で、お父様の猶子ゆうしになるらしいんだけど、お父様がこっちに同行してるから手続きが出来ないんだって」

 頭をぽりぽりと掻きながらあまり興味がなさそうに家光は説明していく。

「それでは孝様にお待ちいただくかお江与の方様にお戻りいただくか……」
「それ!!」

 正勝が考え得る猶子の手続き方法を探って話すと、家光は後述の後に人差し指をびしぃっ! と正勝の前に差し示した。

「え」
「福はお父様を江戸城に戻したいんだって。で、どうにか説得しようってことらしいけど……」

 ここで、家光は大きくため息を吐いて、頭を左右に振る。

「御二方は水と油のような関係ですものね……」

 家光の考えを直ぐに理解し、正勝もふぅと息を吐く。

「そうなんだよね~。何ていうか、仲が悪いというよりも、本質がそもそも合わない的な?」
「上手く事が運べば良いのですが……」

 上手く事が運ぶと家光が結婚してしまうので、本心は上手くいって欲しくないものの、正勝は心にもない言葉を紡ぎながら家光の話を聞いていた。

「まー、私は別にどっちでもいいんだ。孝と結婚しなくても全然いいし!」

 家光も孝との結婚は嫌なようで、引き伸ばせるならそうしたいなと、笑う。

「それは私も大賛成……あ、いえ、そんな事を言ってはいけませんよ」
「今賛成って言った!? やっぱ正勝もそう思うよねっ! 私と孝だって正に水と油だよ」

 家光は肩肘を肘掛に付いて、頬を押さえながら柔和に目を細め正勝に微笑み掛ける。

「……わ、私は……」

 家光の眩しい程に可愛い微笑みに、正勝は見惚れて顔を紅く染めたのだった。

「……でも、将軍になるために必要だっていうなら仕方ない」

 急に家光の笑顔が消えて、真剣な瞳に変わると、その視線を窓の外へと向ける。
 もう日は落ちかけていて、部屋には行灯が既に灯っている。

「え……」
「……私はもう、子供じゃないから……正勝ももう大人だからわかるよね」

 遠くを見る家光の顔が行灯の灯りに照らされ、僅かに揺れる。

「……そう、ですね……」

 少し淋しそうな家光の横顔が物悲しくて、正勝はつい膝立ちで家光の側に寄り、彼女を抱きしめた。

「え……ま、正勝? ど、どうしたの?」

 正勝の動きに気付かなかった家光は抱きしめられると、目を小さく見開いて正勝を見上げる。

「……大丈夫ですよ、家光様の側には私が居りますから」

 ぽんぽんと正勝は家光の頭を撫でて、優しくその身体を包み込んでいた。

「う、うん……」

 家光は急に抱きしめられ、驚いたものの、それを解こうとはしなかった。

(私も、正勝ももう大人になったんだなぁ。
 まぁ、私はずっと大人だけどさ。

 正勝ってこんなに身体大きかったっけ?

 それにいい匂いがする。
 前から思ってたけど、何のお香なんだろう……って私何気に匂いフェチじゃね?)

 家光はすんっと、正勝の着物に鼻を寄せ、匂いを嗅ぐ。

「……あっ、すみませんっ。今日はずっと歩いていたので、汗臭……」

 家光の行動ンい正勝がはっとして、家光から身を引いた。

「あ、ううん、何かいい匂いするなーって。何のお香?」

 家光は尚もくんくんと鼻を寄せながら嗅いでいる。

「そ、そうでしたか。そういえば、以前にもそんなことをおっしゃっていましたね。気に入られたのなら城に戻り次第お持ちしますよ」
「うん、ありがとう! あ。同じ匂い付けて孝に会ったらバレたりすんのかな? くふふ」

 家光は他意もなく告げたのだが正勝の目には悪戯っぽく笑うその姿はどこか艶かしくて、堪らないらしく。

「っ……うっ、そそうですねっ!!」

 家光から離れながら鼻を押さえ天井を仰ぎ見る。

(お、おおお同じ匂いを身に纏って孝様に会うなどと!!?
 ご、誤解されるじゃないですか!!

 だが、それもいい!!)

「……おーい、まさかつぅ~」

 妄想に囚われる正勝を正気に戻そうと、家光は口元に手を添えて声が届くよう正勝を呼ぶ。

「はっ!? 申し訳ありませんっ!!」
「……大丈夫? 何か今日は変だね。ていうか、ここ数日時々変だよね……」

 正気を取り戻した正勝に家光は憂色の視線を送りつつ思う。

 正勝の数々の行動を思い返すと、もしかしたら、福の言うように正勝は本当に私のことを好きなのかもしれない。

 だとしたら、どうする。
 私は正勝のことを男として見たことがない。

 ただ、優しくて世話好きな歳の近いお兄ちゃんって感じ、といっても年齢は二つしか違わないが。

 私はもうすぐ結婚する身。
 気付かない振りをするべきだよね。

 それが、正勝のためだ。
 正勝の好きは多分いつも側に居るからそう錯覚してるだけ。
 風鳥と月花が来たから前よりは距離が取れるし、その内諦めるよね。

 にしても、

 正勝にしたって、
 福にしたって、
 イケメンなのに、何で好きだって思えないんだろう。

 イケメンなのに、触れたいってどうして想えないのよ。

(まぁ、福とのキスはもうちょっとしたくなったけどさ)

 孝だってイケメンなのに、何で好きになれないのさっ!?
 家康お婆様譲りの美人って実は嘘なんじゃないの!?

 呪われてたりしてね!

(……なーんてな!!)

 正勝のことを考えるものの、やはり自分はどこかおかしいと悩む家光であった。

「そうですか? そんなことはないですよ。いつも通りかと……」

 正勝は努めて冷静を装いながら、家光から距離を取り、元の位置に座って少し頬を赤らめつつ家光を見つめる。

「ならいいんだけど……」

 暗がりの部屋で正勝の頬の色まで見えない家光は、真っ直ぐに自分を熱く見つめてくる正勝の視線に気付かぬ振りをして、目線を逸らしたのだった。
 二人の間に静かな沈黙が落ちる。
 ついこの前までは会話が途切れることなんてなかった二人だったのだが、今は互いに何を話したらいいのか言葉が見つからない様子だ。

「……あ、あの……」

 しばらくの間黙っていた二人だったが、正勝が何かを口にしようとしたその直後、襖がどんどんと大きな音を立てた。
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