逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【上洛の旅・旅情編】

034 二人の父親

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「……っ」

 江は目を瞬かせる。
 ちなみに、後ろにいた春日局も同じように目を瞬かせていた。


「……お二人なんですっ……!! 二人共っ、お父さんなのっ!!」


 ぎゅううううっっと、家光は目を堅く瞑って必死に江に抱きつき、「お父様、お父様」と江の耳元に何度も呟く。


「……い、え、み、つ……」


 江は自分を呼ぶ優しい声音に応えるようにたどたどしく、自分の腕を家光の身体へと回した。

(ああ、私の家光、愛しい我が娘。父として何もしてこなかった私を父と呼んでくれるか、お前は優しい子だ……)

 江の瞳から堰を切ったように涙が溢れ、家光の身体に回した腕や袖が濡れていく。


「家光様……あなたという方は……」


 春日局は家光の優しさに感嘆の息を漏らした。

「私、お父様のお顔が好き。お父様の御髪が好き。綺麗な黒髪でしたのに、今はこんなに白くなられて……御身体は大丈夫ですか?」

 家光は江の白髪混じりの髪を指で梳いて憂う。

「うっうっ、うっ、私の心配をしてくれるのか? それより私はお前のことが……」

 江は抱きしめた手を解いて家光の頬を両手で覆い、窺い見る。

「……お父様、ご心配お掛けしてごめんなさい。私なら大丈夫です。私はもう、大人なのです。お父様が私を憂うことはありません。私は幸せに過ごしていますよ?」

 家光は柔和に微笑んで、江から流れた涙が触れるも、気に留める様子もなく江の涙を浴衣の袖で優しく拭った。

「家光、家光、家光……ううっ……」

 江は目の前にいるのは天女だとばかりに再び縋りつくように家光を抱きすくめる。

「……お父様、大好きです」

 江の言葉に呼応し、家光は宥めるように江の頭を優しく撫でるのだった。

(実はずっと可哀想だなって思ってたんだよね。
 長女は早くに亡くなってるし、私は春日局に取られるし、三女は奔放に育ち過ぎたし。
 お母様も公務に忙しいから会えない日々も多かっただったろうし、それに加えこっそり側室のとこに行ってるし。
 
 奥の生活は淋しくてつまらなかったろうなぁ。
 お父様って淋しがり屋さんだから余計。

 誰かに依存しちゃう人っぽいし、何か……いい方法はないかな……)

 家光は二度目の人生の縁ある者として、どうにか江を救ってあげたいと思い、思案するのだった。

「ああ、そうだ! 城に帰ったら西の丸に時々遊びに行ってもいいですか?」
「……っん?」

 何か閃いたように目をきらきらと輝かせた家光は江に告げる。

「美味しいお菓子とお茶を一緒に飲みましょうよ! あ、雙六すごろくでもしますか? 私(今の自分は)運がいいので負けませんよ。それとも、歌舞伎を見る際は同席しましょうか? ああでも、暇が取れたらになってしまうので頻繁には無理かもしれませんが……」

「家光……お前の心遣いはとても嬉しい。だがお前は将軍となる身……私に時を割く必要は……」

 家光の提案に漸く落ち着きを取り戻した江は頭を横に振った。

「いいえっ! お父様は淋しがり屋さんだから放っておきません! なんとか暇を見つけてなるべく伺いますから!」

 びしぃっと江の目の前に人差し指を立てて、腰に手を沿え、眼光鋭く家光は言い放った。

「……ははっ……お前という子は……」

 空笑いが江の口から零れ、やっとのことで江の目元が緩む。

「私、変わってるってよく言われますが、ちゃんとお父様のこと想っていますからね」
「ああ、わかったよ、家光。私もお前をちゃんと娘として想っているよ」

 互いに言い合いながら、再び抱擁を交わす。
 互いの体温がこれまでのわだかまりを全て霧散していく。

「ありがとう! お父様! 福もお父さんだけど、やっぱ血の繋がった親だと違うね!」

「ん?」

 家光は江から離れ、畳に刺さった小刀を江に差し出し、江はその小刀を鞘に戻しながら話を進める。

「福は時々私にセクハラするからね!」

 家光は江から僅かに離れながら回りに居たへたり込んだ者達に身振り手振りで、立って夕餉の準備に戻るようにと促す。

「せく?」
「あー……なんか口付けしたりとか。あ、そこお母様の席だね、お父様を隣にしてあげてね」

 江が春日局の顔を窺いつつ首を傾げると、家光はそれに答えながらてきぱきと夕餉の指示を出して江達の居る場所とは反対側へと歩いて行く。

「なにぃ!?」

 すちゃっと、江は収めた小刀の鞘を再び手に取り、柄を握り僅かに抜きつつ、春日局を睨む。

「……っ、いえ、私は何も……(家光様! せっかく纏まりかけたのに何てことを!)」

 春日局はばつが悪そうに江の視線を受け流す。

「でも、福もさ、私可愛さにしちゃったことだから、許すよ。だから、お父様も怒らないでやってね」

 膳の数を数えながら家光がこちらに戻って来て、二人の手にそっと触れ両者に向けて華やかに笑った。

「……家光がそう言うなら、許そう。だが、次はないと思え、いいな?」
「……はい」

 家光の笑顔が二人を和ませたのか、江の鋭い目付きも緩み、春日局も僅かに目を細めたのだった。

「あーお腹すいたー! あ! 江だ! 江も来てたのだな! すまなかった。まさか江まで来ていたとは思わなかったよ。つい長湯してしまって、はっはっはっ!」

 嵐が去った頃にほかほか肌艶ぴっかぴかの、呑気な秀忠の可愛い声が大部屋に響く。

「お母様……(何故今頃来るか、もっと早く来いよ……)」
「秀忠様……(何でもっと早く来ないのですか、危うく殺される所でしたよ)」
「秀忠様……(気付いていたくせに今頃来られるとは冷たい方だ)」

 家光、春日局、江がそれぞれに上座に足を崩して座り、冷酒を早速煽る秀忠を生暖かい目で見つめた。


「……んー、風呂上りの一杯は最高だな! ほら、江、お前もここに。お前と飲む酒が一番旨い」


 ちょいちょいと、手招きで江を呼びつけると、江はしぶしぶ秀忠の隣に腰掛けると、

「秀忠様……どうぞ」

 呼びつけられてちょっぴり不満げな顔で、江は秀忠にお酌をするのだった。

「……江、心配するな。家光は強い子だ。それに、お前には私もちゃんとついているのだから」
「秀忠様?」

 秀忠が猪口を口にしながらぼそっと呟きつまみの鱚の甘露煮をぱくつく横顔を江は窺い見る。

(もしや秀忠様は先程の一件、了知されているのでは?)

 そんな考えが江の頭を過ぎる。

「ん? ああ、お前も飲むか。ほら」

 秀忠は自分の飲んでいた猪口を江の手に載せると、江の持つ徳利を奪って、そこに酒を注いだ。
 江は注がれた酒を一息で飲み干し、ぽつりと呟く。

「……秀忠様……っく」

 そして、秀忠に抱きついて、声を殺して涙を流す。

「な、何だぁ? 皆の前だぞ?」

 秀忠は抱きつかれた反動で酒が零れるのを防ぐように徳利を膳に置いて、江の背を優しくぽんぽんと撫でた。

「……秀忠様……(だからあなたという人が私は大好きなのです。たとえ、浮気をしようとも)」

 ぎゅうっと江は秀忠を抱きしめ、二人は何やらひそひそと言葉を二言三言交わすと、江がその度に相槌を打つ。

「……私と江の膳は部屋に持って来てくれないか? 後は家光、お前達で楽しめ」

 話が終わったのか、秀忠と江は突然立ち上がり言い捨てて、二人は手を繋いで大部屋から出て行った。

「……お母様とお父様って何だかんだで仲良いよね」
「はい、それはもう……」

 家光が楽しそうに部屋を出て行く二人を見ながらぽつりと零すと、春日局も頭を深く縦に動かす。

「これならお父様も江戸に戻ってくれるかな?」
「恐らく。助かりました、家光様」

「いえいえ、福が死んだら夢見悪すぎるから」
「そうですか」

 二人は一難去ったことに安堵しながらそれぞれの席へと着いた。
 とはいえ、家光と春日局は隣同士。
 何やら楽しく雑談をし始めている。

「……」

 部屋の入口付近で立ち止まったまま見守っていた正勝が、二人を眺める。

(春日局様が家光様に口付けを? 
 それは真でございますか?
 なぜ、春日局様は家光様にそんなことを?

 私の気持ちを春日局様は知っておいでのはず。

 家光様のお世話を減らすことといい、
 先程の湯殿係を買って出ることといい、

 何故そのような仕打ちをなさる?

 ああそうか、春日局様は家光様を想っておられるのか。

 そして、ご自分のお立場を利用し、私を家光様から遠ざけようとしている。

 ならば合点がいく。

 無駄なことを。

 例え引き離されようとも、この私の想いは消えることはない。
 例え実の親といえども、子だからとて大人しく引き下がる気はない。

 父上のことは尊敬していますが、これだけは譲らないし、家光様に手を出そうものなら許しはしません。

 その時は、容赦いたしません)

 正勝の胸の中に何かどす黒いものが生まれた気がした。

「……ま、正勝様ぁ、ご、ご飯食べましょう! 人はお腹が空いてると碌なこと考えませんからっ!!」

 正勝の様子にいち早く気付いた月花は部屋に入るよう正勝の袖を取り促すも、

「……月花は知っていたのかい?」

 冷たい目で月花を見下ろし、月花の手を払い除ける。

「な、何をでございましょう?」

 月花はそれに気付かぬ振りで、自分の両頬に両手人差し指を当てて出来るだけ自然に笑って小首を傾げ見上げた。

「……狸……」
 
 正勝は小さい声で告げると、家光の元へと向かっていく。

「ひぃっ……(お、怒ってるぅ~!!)」

 月花は去っていく正勝を見ながら恐怖に身体を震わした。

(あれは局様が気を付けろっていうのもわからなくもないわぁ、むっちゃ目が怖いですやん)

 同時、不憫な人だと、月花は憂うのだった。
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