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【上洛の旅・旅情編】
043 きらきらきら~
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『……正勝には、そのままで居て欲しい。私の我儘かな?』
ふいに、家光は食べかけのおむすびを膝の上に置いて、正勝の手を取り両手で握って真っ直ぐ見据えるように視線を絡ませた。
「いえっ、私は家光様のお側に居られるならっ!!」
凛とした真剣なまなざしで自分を見る家光に、正勝は頬を僅かに染めてそう答える。
(家光様の、凛としたお顔……。自分に向けられたのは初めてだ。……何て美しいのだろう)
普段おちゃらけていることが多い家光だったが、時折見せるこの凛とした強い視線は正勝を虜にするには充分だ。
「……ありがとう、正勝。大好きよ」
「えっ!?」
極め付けに無意識ではあるが首を軽く傾げて微笑む家光が正勝には妖艶に移り、先程痛んだ心の臓が痛いくらいに早く鳴り出すのであった。
「あ、えと、普通に、友達として、ね」
ぽうっとした正勝にはっとして、家光は慌てた様子で歯を見せて笑う。
「あ、は、はい。勿論です」
家光の先程と違う無邪気な微笑みに、正勝は笑顔を返し思う。
(側室になれなくても、お側に居られるなら私はそれで構わない。先程の妖艶な微笑みも、無邪気な今の笑顔も、ずっとお側で守るのが私の務め)
胸の痛みを抑え、自分に言い聞かせる。
(家光様は孝様とご夫婦になられ、いずれご側室を迎えられる。つまり……家光様は幾人もの殿方と関係を持つ事になる。御子を成すため、それは致し方ないこと……)
それはわかっている。
わかっているが、受け入れ難いのもまた正直な気持ちだ。
元服前……春日局様が言って居られたのは、こういうことだったのだろうか。
春日局様が言っていたように、私は家光様に執心し過ぎている。
その私の気持ちが家光様の重荷になる。
家光様を誰にも触れさせたくないというこの気持ちは、大奥にはあってはならないものなのだろう。
だから家光様のこの笑顔は私に諦めろと仰っているんだろう。
……諦める……か。
……そんなこと出来るわけがない。
私はずっとずっとお慕いしてきたのです。
決して告げたりなどしない想いです。
安心してください、家光様。
私の気持ちがばれていたとしても、私は決して口にはしませんから。
(だから、どうか、この想いだけはそっとしておいてください)
――そう願う正勝だった。
「……あ、こっちは梅干しだね。すっぱいっ!」
家光が手を離して再びおむすびを口に運んで唇を尖らせ咀嚼する様子を見ながら、正勝はそれをずっと見つめている。
(けれど……家光様の負担になるわけには行かない。江戸に戻れば家光様は将軍の任に就かれ、私の知らないことも増えていく。詮索などすることはやめよう。訊いたところで誰かと褥を共にした話など辛くなるだけだ)
「この梅干し、すっぱいけど、美味しいねっ!」
梅干しを齧り、一瞬目を堅く瞑って肩を震わせた後で平静を装い可愛く笑う家光を見ながら正勝は自分の気持ちをどうにか抑制するように小さく息を吐いた。
「……あ、家光様、お米が付いてます」
気を取り直し、家光の唇の端に米粒が付いているのを見つけて教える。
「え? どこ?」
家光はわからないのか、正勝の方へと身体を乗り出し、訊ねてくる。
「ここです、ここ、唇の端」
「へ?」
近付く家光に正勝は動揺しないよう努めて、家光の唇付近に付いていた米粒を指でそっと取り去って、無意識のうちにその米粒を食べてしまう。
「……はい、取れましたよ」
「……た、食べちゃうんだ……」
にっこりと正勝は家光に微笑み掛けるものの、家光の頬が赤く染まった。信じられないとでもいう表情で、手を口元に宛てて、小さく咽喉を鳴らす。
(……さっきの正勝なんか色っぽかったな……)
家光は前にもこんなことあったなぁと思いつつも、正勝の自然な動作で自分の唇に触れ、米粒を取り去りそれを口に入れる姿にどぎまぎとしてしまったのだった。
「あっ! す、すいませんっ、私はおむすびを作り終えた際は手に付いた米粒など食べてしまうのでっ!」
家光に指摘され素でしてしまったことに気付き、正勝は慌てて頭を下げる。
「そ、そっか、ラップとか無いもん、手にくっつくよねっ!!」
正勝の様子に家光も慌てて話を合わせ、流すように笑うのだった。
「ら、らつぷ……」
「あっ、えっと、ビニールみたいな……あー……ビニールわからないか……食品を保存する時に使う透明な紙……とは違うけどこう、ぺらーんとした……。とにかく、ラップを使うと、お米ってくっつかないんだよ」
家光は身振り手振りで説明するが、巧く伝えることができない。
「びにぃる? 紙にお米を塗ったらくっついてしまいますが……ああ、水を塗るのですね?」
この他愛ない時間を愛しむように正勝は家光の言葉に一つ一つ応えて、訊ねてゆく。
「違う違う。水なんて塗らなくてもくっ付かないし、おむすび作るのに手が汚れなくていいし、ぴっとぴったりお皿に張り付いて、虫が寄るのを防いだりしてくれるんだよ」
この時代にラップなど存在しない。
恐らくどう言っても理解などされないのだろうと思いつつ、家光は説明を続けたのだった。
「なんと! そんな便利なものがあるのですか!?」
正勝は半信半疑ながらも家光の言うことには何でも真っ直ぐ捉えて、目を見開く。
「ん? あ、えーっと、そうね、あと数百年後にはあるかな」
「数百年後? 成程、家光様は数百年も先のことを知っておいでなのですね。凄いです! 流石は家光様です!」
正勝の様子に多分信じてないのだろうと家光は投げやりに応えるが、正勝の目は優しく細められていた。
「……正勝はいつもそうやって聞いてくれるんだね」
「? はい、家光様のお話は面白くて、私は好きなのです」
「す、好きって…………」
正勝の言葉に家光は瞳を揺らし、正勝の視線から目を逸らす。
「あっ、お話を聞くのが好きなのです。昔から家光様は話題豊富で、私の知らないお話ばかりなさる。私が御仕えし始めた頃からお側を離れることはあまりなく、ほぼ同じ学問をしていたとは思うのですが……家光様は勉強熱心なのですね」
正勝は言い直して家光の視線を自分に戻してくれるように言葉を繋げていく。
「……あー……それはあれだわ……前の余計な知識的な?」
家光はこめかみ辺りに人差し指でとんとんと触れながら正勝に視線を戻した。
「? 前の?」
「……何でもない。そうだね、勉強は好きかもね」
やっぱり、前の話はしない方がいいよねと、作り笑いを浮かべて、家光は残っていたおむすびを口に入れて咀嚼した。
「……家光様」
「ん」
正勝は家光が指に付いた米粒を一つ一つ綺麗に食べているのを優しく見つめながら穏やかに告げる。
「……私は家光様の言うことなら何でも信じますし、何でも致します。この先、何かお困りのことがありましたら何でも仰ってください。と言っても……太刀捌きも弓捌きも家光様の方が上手ですからそちらではお役に立てないかもしれませんが。いつでもお側で控えておりますので」
どんなことでもいい、私にお世話させてほしい。
そう伝わるように正勝は目礼をする。
「ありがと、正勝。そう言ってもらえると心強いよ。正勝にはどっちかっていうと、着付けとか、お茶とかそういう身近なことを頼みたいと思ってるから、きっと一番近い存在になると思うよ。よろしくね」
家光もそれに応えるように優しく穏やかな笑みを浮かべるのを確認すると、正勝は心を弾ませこう応えるのだった。
「は……はいっ!」
二人きりの駕籠の中、微笑み合って久しぶりの穏やかな時間を過ごす。
――家光は思う。
思えば元服が近付いた頃からとにかく忙しかったし、正勝もなんだかおかしくなった。
家康公が亡くなり、元服式があったり、こうして上洛しなければならなくなり、道中の春日局と一緒の時は楽しかったが途中から走らねばならなかったし、戸塚では吃驚するほど眉目秀麗なお坊さんに出会ったり、浴場での出来事や、酒の席での悪酔いに、春日局と江の争いもあった、それはひと段落したものの、風鳥とは妙な関係になってしまった。
もう、以前のようにいつも一緒に居るような関係には戻れないが、それでも、二人の時はこうして穏やかな気持ちで四方山話なんてしたいなどと心から思う。
せめて、次の宿場町では穏やかに過ごしたい。
ちょっとお疲れ気味ですわ、と。
「ふふっ、あ、ねぇ、次の宿場町はどこかな?」
「はい、それは……」
家光が訊ねると、正勝は袖の中からがさごそと、地図を取り出す。
「……次の宿場町では何事もなく穏やかに過ごしたいよね~……」
「大丈夫ですよ、お江与の方様も江戸へお帰りになられましたし、お土産は帰城の際でいいでしょうし……あ、箱根宿ですね」
正勝は地図を見ながら、次の宿場町の名を指でなぞりながら伝える。
「箱根か~。温泉入れるかな?」
「はい、湯治客も多い場所ですから、ゆっくり過ごせるかと」
「やったぁああああ~! これで疲れが癒せる!」
「私がきちんと湯殿係りを務めますからごゆっくりお入りくださいね」
「……う、うん……」
家光は最近目覚めた性の自覚からか、正勝の言葉に顔を俯かせ頬を赤らめたのだった。
「家光様? どうかなさいましたか?」
「な、なんでもないよっ!」
正勝が覗き込むように首を傾げると、家光は慌てて顔を上げて髪をくしゃくしゃと掻く。
「あ、も、もちろん目隠しは致しますよっ!? ……一緒になど入ったりは致しません!」
(前のように逆上せて家光様にご迷惑は掛けられません!)
家光の様子に正勝も慌てて付け足したかと思うと、握りこぶしを作って力説した。
「あっ、当たり前でしょ!? 私はもう元服してるんだからっ。もうこの間みたく子供じゃないんだからねっ! 一緒に入ろうなんて言ってあげないんだから!」
「はいっ、私は家光様と共に育ちましたから、元より家光様を幼子だと思ったことはございませんっ。というか、この間はその恥ずかしい所を……」
「い、今頃その話しっ!?」
家光の声が上擦り、目を小さく見開く。
「えと……」
おずおずと、正勝は視線を泳がせ、恥ずかしいのか段々とその視線を伏せていった。
「…………」
家光も思い出しているのか言葉を失くす。二人はお互い俯いたまま黙り込んでしまう。
両者頭に浮かぶのは共に入った風呂の光景であった。
正勝は家光の豊満な乳を見たことと、家光に触れられた記憶を、家光は正勝の引き締まった身体に触れまくったことと、隠していたはずの手拭いがいつの間にか外れ、おっぱいぽろり。
見られた自分の胸に恥ずかしいよりも、申し訳なさを感じていた記憶。
この頃は裸を見られても、正勝の裸に触れても平気だったのに、今になって恥ずかしさが込み上げてくるのか頬が熱くて仕方ない家光である。
(……ああ、私は何てことを。恥ずかしすぎて、吐きそう)
「……うぇっっぷ」
家光は口元に手の甲を宛てながらなんとか耐える。
「大丈夫でございますか? 揺れますからね、持越しのお身体では響きますか?」
そう告げながら、正勝は心配そうに家光の背に手を回し、優しく擦る。
「あ、う、ううん平気……。ごめんね、正勝。あの時は本当に……私どうかしてたね」
おばさん丸出しでしたもんね。
……ではなく、確かにどうかしてましたよね。と、家光は歳相応の自覚が少し出てきたようである。
精神年齢が下がっ……た?
「え? あ、ああ……あれは、その……果報な身分だと思いました」
正勝は照れたように家光にはにかむ。
「そ、そうなんだ。ん……? あ、ちょ、ちょっと、やっぱ気持ち悪いっ! ストップ! ……駕籠止めてっ!!」
突然に、家光は口元を手で覆う。
「えっ!? すと……? あっ、はいっ! 駕籠止めてくださいっ!!」
正勝は直ぐに声を張り上げ駕籠を止めるが、戸を開ける間もなく、
「マジゴメ……」
「えっ……」
きらきらきら~★
盛大に正勝の膝上に胃の中の物をぶちまけたのだった――。
ふいに、家光は食べかけのおむすびを膝の上に置いて、正勝の手を取り両手で握って真っ直ぐ見据えるように視線を絡ませた。
「いえっ、私は家光様のお側に居られるならっ!!」
凛とした真剣なまなざしで自分を見る家光に、正勝は頬を僅かに染めてそう答える。
(家光様の、凛としたお顔……。自分に向けられたのは初めてだ。……何て美しいのだろう)
普段おちゃらけていることが多い家光だったが、時折見せるこの凛とした強い視線は正勝を虜にするには充分だ。
「……ありがとう、正勝。大好きよ」
「えっ!?」
極め付けに無意識ではあるが首を軽く傾げて微笑む家光が正勝には妖艶に移り、先程痛んだ心の臓が痛いくらいに早く鳴り出すのであった。
「あ、えと、普通に、友達として、ね」
ぽうっとした正勝にはっとして、家光は慌てた様子で歯を見せて笑う。
「あ、は、はい。勿論です」
家光の先程と違う無邪気な微笑みに、正勝は笑顔を返し思う。
(側室になれなくても、お側に居られるなら私はそれで構わない。先程の妖艶な微笑みも、無邪気な今の笑顔も、ずっとお側で守るのが私の務め)
胸の痛みを抑え、自分に言い聞かせる。
(家光様は孝様とご夫婦になられ、いずれご側室を迎えられる。つまり……家光様は幾人もの殿方と関係を持つ事になる。御子を成すため、それは致し方ないこと……)
それはわかっている。
わかっているが、受け入れ難いのもまた正直な気持ちだ。
元服前……春日局様が言って居られたのは、こういうことだったのだろうか。
春日局様が言っていたように、私は家光様に執心し過ぎている。
その私の気持ちが家光様の重荷になる。
家光様を誰にも触れさせたくないというこの気持ちは、大奥にはあってはならないものなのだろう。
だから家光様のこの笑顔は私に諦めろと仰っているんだろう。
……諦める……か。
……そんなこと出来るわけがない。
私はずっとずっとお慕いしてきたのです。
決して告げたりなどしない想いです。
安心してください、家光様。
私の気持ちがばれていたとしても、私は決して口にはしませんから。
(だから、どうか、この想いだけはそっとしておいてください)
――そう願う正勝だった。
「……あ、こっちは梅干しだね。すっぱいっ!」
家光が手を離して再びおむすびを口に運んで唇を尖らせ咀嚼する様子を見ながら、正勝はそれをずっと見つめている。
(けれど……家光様の負担になるわけには行かない。江戸に戻れば家光様は将軍の任に就かれ、私の知らないことも増えていく。詮索などすることはやめよう。訊いたところで誰かと褥を共にした話など辛くなるだけだ)
「この梅干し、すっぱいけど、美味しいねっ!」
梅干しを齧り、一瞬目を堅く瞑って肩を震わせた後で平静を装い可愛く笑う家光を見ながら正勝は自分の気持ちをどうにか抑制するように小さく息を吐いた。
「……あ、家光様、お米が付いてます」
気を取り直し、家光の唇の端に米粒が付いているのを見つけて教える。
「え? どこ?」
家光はわからないのか、正勝の方へと身体を乗り出し、訊ねてくる。
「ここです、ここ、唇の端」
「へ?」
近付く家光に正勝は動揺しないよう努めて、家光の唇付近に付いていた米粒を指でそっと取り去って、無意識のうちにその米粒を食べてしまう。
「……はい、取れましたよ」
「……た、食べちゃうんだ……」
にっこりと正勝は家光に微笑み掛けるものの、家光の頬が赤く染まった。信じられないとでもいう表情で、手を口元に宛てて、小さく咽喉を鳴らす。
(……さっきの正勝なんか色っぽかったな……)
家光は前にもこんなことあったなぁと思いつつも、正勝の自然な動作で自分の唇に触れ、米粒を取り去りそれを口に入れる姿にどぎまぎとしてしまったのだった。
「あっ! す、すいませんっ、私はおむすびを作り終えた際は手に付いた米粒など食べてしまうのでっ!」
家光に指摘され素でしてしまったことに気付き、正勝は慌てて頭を下げる。
「そ、そっか、ラップとか無いもん、手にくっつくよねっ!!」
正勝の様子に家光も慌てて話を合わせ、流すように笑うのだった。
「ら、らつぷ……」
「あっ、えっと、ビニールみたいな……あー……ビニールわからないか……食品を保存する時に使う透明な紙……とは違うけどこう、ぺらーんとした……。とにかく、ラップを使うと、お米ってくっつかないんだよ」
家光は身振り手振りで説明するが、巧く伝えることができない。
「びにぃる? 紙にお米を塗ったらくっついてしまいますが……ああ、水を塗るのですね?」
この他愛ない時間を愛しむように正勝は家光の言葉に一つ一つ応えて、訊ねてゆく。
「違う違う。水なんて塗らなくてもくっ付かないし、おむすび作るのに手が汚れなくていいし、ぴっとぴったりお皿に張り付いて、虫が寄るのを防いだりしてくれるんだよ」
この時代にラップなど存在しない。
恐らくどう言っても理解などされないのだろうと思いつつ、家光は説明を続けたのだった。
「なんと! そんな便利なものがあるのですか!?」
正勝は半信半疑ながらも家光の言うことには何でも真っ直ぐ捉えて、目を見開く。
「ん? あ、えーっと、そうね、あと数百年後にはあるかな」
「数百年後? 成程、家光様は数百年も先のことを知っておいでなのですね。凄いです! 流石は家光様です!」
正勝の様子に多分信じてないのだろうと家光は投げやりに応えるが、正勝の目は優しく細められていた。
「……正勝はいつもそうやって聞いてくれるんだね」
「? はい、家光様のお話は面白くて、私は好きなのです」
「す、好きって…………」
正勝の言葉に家光は瞳を揺らし、正勝の視線から目を逸らす。
「あっ、お話を聞くのが好きなのです。昔から家光様は話題豊富で、私の知らないお話ばかりなさる。私が御仕えし始めた頃からお側を離れることはあまりなく、ほぼ同じ学問をしていたとは思うのですが……家光様は勉強熱心なのですね」
正勝は言い直して家光の視線を自分に戻してくれるように言葉を繋げていく。
「……あー……それはあれだわ……前の余計な知識的な?」
家光はこめかみ辺りに人差し指でとんとんと触れながら正勝に視線を戻した。
「? 前の?」
「……何でもない。そうだね、勉強は好きかもね」
やっぱり、前の話はしない方がいいよねと、作り笑いを浮かべて、家光は残っていたおむすびを口に入れて咀嚼した。
「……家光様」
「ん」
正勝は家光が指に付いた米粒を一つ一つ綺麗に食べているのを優しく見つめながら穏やかに告げる。
「……私は家光様の言うことなら何でも信じますし、何でも致します。この先、何かお困りのことがありましたら何でも仰ってください。と言っても……太刀捌きも弓捌きも家光様の方が上手ですからそちらではお役に立てないかもしれませんが。いつでもお側で控えておりますので」
どんなことでもいい、私にお世話させてほしい。
そう伝わるように正勝は目礼をする。
「ありがと、正勝。そう言ってもらえると心強いよ。正勝にはどっちかっていうと、着付けとか、お茶とかそういう身近なことを頼みたいと思ってるから、きっと一番近い存在になると思うよ。よろしくね」
家光もそれに応えるように優しく穏やかな笑みを浮かべるのを確認すると、正勝は心を弾ませこう応えるのだった。
「は……はいっ!」
二人きりの駕籠の中、微笑み合って久しぶりの穏やかな時間を過ごす。
――家光は思う。
思えば元服が近付いた頃からとにかく忙しかったし、正勝もなんだかおかしくなった。
家康公が亡くなり、元服式があったり、こうして上洛しなければならなくなり、道中の春日局と一緒の時は楽しかったが途中から走らねばならなかったし、戸塚では吃驚するほど眉目秀麗なお坊さんに出会ったり、浴場での出来事や、酒の席での悪酔いに、春日局と江の争いもあった、それはひと段落したものの、風鳥とは妙な関係になってしまった。
もう、以前のようにいつも一緒に居るような関係には戻れないが、それでも、二人の時はこうして穏やかな気持ちで四方山話なんてしたいなどと心から思う。
せめて、次の宿場町では穏やかに過ごしたい。
ちょっとお疲れ気味ですわ、と。
「ふふっ、あ、ねぇ、次の宿場町はどこかな?」
「はい、それは……」
家光が訊ねると、正勝は袖の中からがさごそと、地図を取り出す。
「……次の宿場町では何事もなく穏やかに過ごしたいよね~……」
「大丈夫ですよ、お江与の方様も江戸へお帰りになられましたし、お土産は帰城の際でいいでしょうし……あ、箱根宿ですね」
正勝は地図を見ながら、次の宿場町の名を指でなぞりながら伝える。
「箱根か~。温泉入れるかな?」
「はい、湯治客も多い場所ですから、ゆっくり過ごせるかと」
「やったぁああああ~! これで疲れが癒せる!」
「私がきちんと湯殿係りを務めますからごゆっくりお入りくださいね」
「……う、うん……」
家光は最近目覚めた性の自覚からか、正勝の言葉に顔を俯かせ頬を赤らめたのだった。
「家光様? どうかなさいましたか?」
「な、なんでもないよっ!」
正勝が覗き込むように首を傾げると、家光は慌てて顔を上げて髪をくしゃくしゃと掻く。
「あ、も、もちろん目隠しは致しますよっ!? ……一緒になど入ったりは致しません!」
(前のように逆上せて家光様にご迷惑は掛けられません!)
家光の様子に正勝も慌てて付け足したかと思うと、握りこぶしを作って力説した。
「あっ、当たり前でしょ!? 私はもう元服してるんだからっ。もうこの間みたく子供じゃないんだからねっ! 一緒に入ろうなんて言ってあげないんだから!」
「はいっ、私は家光様と共に育ちましたから、元より家光様を幼子だと思ったことはございませんっ。というか、この間はその恥ずかしい所を……」
「い、今頃その話しっ!?」
家光の声が上擦り、目を小さく見開く。
「えと……」
おずおずと、正勝は視線を泳がせ、恥ずかしいのか段々とその視線を伏せていった。
「…………」
家光も思い出しているのか言葉を失くす。二人はお互い俯いたまま黙り込んでしまう。
両者頭に浮かぶのは共に入った風呂の光景であった。
正勝は家光の豊満な乳を見たことと、家光に触れられた記憶を、家光は正勝の引き締まった身体に触れまくったことと、隠していたはずの手拭いがいつの間にか外れ、おっぱいぽろり。
見られた自分の胸に恥ずかしいよりも、申し訳なさを感じていた記憶。
この頃は裸を見られても、正勝の裸に触れても平気だったのに、今になって恥ずかしさが込み上げてくるのか頬が熱くて仕方ない家光である。
(……ああ、私は何てことを。恥ずかしすぎて、吐きそう)
「……うぇっっぷ」
家光は口元に手の甲を宛てながらなんとか耐える。
「大丈夫でございますか? 揺れますからね、持越しのお身体では響きますか?」
そう告げながら、正勝は心配そうに家光の背に手を回し、優しく擦る。
「あ、う、ううん平気……。ごめんね、正勝。あの時は本当に……私どうかしてたね」
おばさん丸出しでしたもんね。
……ではなく、確かにどうかしてましたよね。と、家光は歳相応の自覚が少し出てきたようである。
精神年齢が下がっ……た?
「え? あ、ああ……あれは、その……果報な身分だと思いました」
正勝は照れたように家光にはにかむ。
「そ、そうなんだ。ん……? あ、ちょ、ちょっと、やっぱ気持ち悪いっ! ストップ! ……駕籠止めてっ!!」
突然に、家光は口元を手で覆う。
「えっ!? すと……? あっ、はいっ! 駕籠止めてくださいっ!!」
正勝は直ぐに声を張り上げ駕籠を止めるが、戸を開ける間もなく、
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