逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【上洛の旅・邂逅編】

064 吉原宿にて

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 ――桔梗の花が駕籠の中に吊るされた、竹筒でこしらえた簡素な花器に収められ、駕籠持ちが動くたびに揺れながら、家光を見守っている。
 桔梗の花言葉は、「永遠の愛」「誠実」「清楚」「従順」だとか。
 正勝がそれを意図して贈ったのかは定かではないが、波乱含みの道中の疲れを癒すのには充分だったようで、家光は駕籠に揺られながら安らかな気持ちで眠っていた。
 駕籠に揺られ、揺られて、数刻。





「……今はどの辺りかな?」

 まだ外は明るいようだが、茶屋を出てからもう随分と経つ。
 家光は駕籠の小窓を開け外の様子を伺うと、窓から潮風がふわっと鼻を擽った。

「海だっ!! ね、正勝そこにいる?」
「はっ、ここに!」

 家光が小窓から手を出し、ちょいちょいと手招きすると正勝が側に走ってくる。

「潮の香りがするよ」
「はい、海の近くを進んでおります」

「海っ、入りたいっ、ちょっとだけ!!」
「家光様っ、あのっ、……半刻ほどしか余裕がっ」

 家光が満面の笑みで告げると、目の合った正勝は一息飲んでから観念したように駕籠の前まで走ると駕籠を止めさせるのだった。

「わかってるねー!!」

 あの笑顔には弱いのですと、正勝は嬉しそうな家光の笑顔に心を満たされ満足気に目を細める。

「半刻ですよ?」
「わかってるよ! よっと!」

 駕籠の戸を正勝が開けると、『海だー!』と、家光が飛び出す。
 草履も穿かずに、いつの間にか組み紐で着物の袖を上げていて、小袖の裾を持つと走り出し、砂浜へと一直線。
 途中足袋が野暮ったいのかそれも脱いで素足で駆けて行く。

「家光様っ!」

 あまりの素早さに慌てて正勝は追いかける。
 砂浜に入ると草履が砂に取られて走りにくいので、正勝も仕方なく草履を脱いだ。

「んーっ、気持ちいいーっ!!」

 なんという解放感! と、家光は青空の下、砂浜で両手を上げて深く深呼吸する。
 この三日間、寄り道は何度かしたが、狭い駕籠に揺られ縮こまった身体を解放させると、なんと心地いいことか。

「はぁ~、広い海! こんな雄大な景色見てたら昨日のことなんかすっ飛んじゃうよね!!」

 肩肘ずつ折り曲げて、ストレッチをしながら、寄せては返す波に向かって歩いていく。

「海とか……二度目の人生、初めてじゃんね?」

 着物の裾を持ち上げると、波が家光の足に触れる。
 ひんやりとした海水の感触が夏を感じさせ、水着があったら泳いだのになと思うのだった。

「はぁっ、家光様、早いっ……はぁ……」

 家光の後ろから正勝が額に汗しながらやっと追い付いた。

「正勝、泳ぎたいね」
「駄目です! その恰好では溺れます!」

 家光が海の方へと向かうと思ったのか、正勝は家光の腕を掴む。

「え? 水着があれば泳げるけど?」
「水着……、でございますか……?」

 訝しい顔で訊ねながら、ともかく、家光を波から遠ざけるように正勝は腕を引いたのだった。

「そそ、絵、描いてあげるね」

 家光はその辺に転がっている枝で、砂浜に絵を描きだす。
 絵心は然してない。
 だが、絵は心であるからして、下手も上手もないのである。

「……破廉恥な」
「やっぱり? でも、これだと泳ぐのすいすいなんだよ」

 はぁ、やっぱり、思ってた反応するなぁと家光は考えながら砂浜に描かれたビキニ姿の女の子を眺めた。
 この三角ビキニなら作るのは容易いのになぁと思うのだが。
 この世界では、露出は好まれない。

 絵心は今一つだったが、気持ちは伝わったようでなにより。

「これなら作れそうなんだけどなぁー」
「こんなもの、裸同然じゃないですか……あ……」

 正勝はけしからんと憤るが、直後、家光がそれを着ている想像をしたのか、頬を赤く染めてコホンッと咳払いをする。

「時間がないから、今日は泳げないけど、帰りに寄れたら寄りたいね」
「え?」

 家光は強い日差しに手をかざしながら告げた。

「夏の間に一度くらい、海に泳ぎに行きたいじゃない? 帰ったらもう、当分の間来れないと思うし、さ」

 ちょっぴり寂し気に家光が笑うので、正勝は儚げに見えたその美しさに見惚れるのだった。

「あ、カニがいる」
「本当だ」

 笑ったのも束の間、家光が傍を歩くカニを見つけ捕まえようとするも、カニはするりと指の合間を抜けて、逃げてゆく。
 今度はそれを正勝が捕まえて家光に渡そうとすると、『いててっ』と指を鋏まれ、痛みにフーフーと、赤くなった患部に吐息を吹きかけたのだった。

「あははっ、大丈夫?」

 家光が正勝の様子を見て楽しそうに笑う。
 屈託のない笑顔に正勝は痛む指のことなんか忘れて釣られて笑った。
 遠巻きに、風鳥と月花が見守る中、二人はそうして半刻の間、穏やかで楽しいひと時を過ごしたのだった。


「さぁ、刻限です。そろそろ参りましょうか」


 風鳥が声を掛けると、家光は満足したよう頷き、大人しく駕籠に戻って来た。
 もちろん、着物を濡らしたりはしていない、そう何度も過ちは犯さないのである。
 家光は浜辺近くを進む際に小窓を開けながら外を眺め、心地よい海風に吹かれながら昨晩のことなどすっかり忘れてしまうのだった。

 一行は歩みを進め、そしてようやく本日の目的地である吉原宿へと辿り着く。





 ――吉原宿、東海道五十三次十四番目の宿場。
 左富士が有名で、江戸から京都へ向かう富士山は通常右側に見えるのだが、この場所では左側に富士を眺めることができる。
 現代の静岡県富士市に位置する。

「ふ~、着いた着いた」

 駕籠持ちの四人が駕籠を下ろすと、尻を付いて脚を投げ出し地面に座り込んでしまう。
 ここに来るまでに所々湿地帯を通ったため、足を取られ普段よりも疲れたのだろう、乾いた地面を有難く感じる。
 家光が駕籠から降りると、目の前には本陣があった。
 その門の前には春日局が腕組みをし、待ち構えている。

「やっと御着きになれましたね」
「そうですね」

 少し嫌味な物言いに、そんなに遅くなかったはずだと、家光は目を逸らした。

「そういや福、ここで何かしたいことがあるとか言ってたっけ」

 ええ、と春日局は頷いて本陣の中へと家光を案内する。
 一般の旅籠とは違い本陣は立派な造りで、門から建物内に入るまでに距離がある。

「ええ、あなたに会わせたい方がおりましてね」
「会わせたい人……?」

「まずは、お疲れでしょうからお部屋にご案内いたします。その後、お連れしますよ」
「わかった」

 話終える頃に建物内へと入ると、家光は案内されるままに春日局の後について行った。

「正勝、荷物はあちらに」
「はい、家光様、今お茶をお入れいたします」

 部屋を案内された家光は床の間の前、座布団とひじ掛けの置いてある上座まで行くとそこに腰を下ろし一息吐く。
 春日局は後ろについて来ていた荷物を抱える正勝に家光の荷物を置くよう指示すると、会釈して出て行った。
 正勝は言われた通りに抱えていた木箱を部屋の隅に置く。

「すぐお茶をお持ちしますので少々お待ちください」

 正勝も会釈して部屋を早々に後にした。

「……ふ~、お? 久しぶりの一人きり!」

 家光は正勝が去ったのを見届けてから部屋を見回すと、脚を投げ出してその場に仰向けになると背伸びをする。
 駕籠の中は窮屈だし、歩くのもやっとな湿地帯を幾つか越えたこともあり、乗ってる方も辛いものがある、こうして伸びをするとすこぶる気持ちが良かった。

「……あ、風鳥はっけーん!」

 天井を見上げて何となく隅に目をやると天井板が一部開いていて、そこから下を覗く風鳥と目が合ってしまう。

(見つかっちまったか)

 風鳥は気まずそうにはにかんで手を振ると、カコッっと天井板を戻したのだった。

「……ははは、やっぱ一人きりなわけないよね~……ふぅ」

 二度目の人生、生まれて此の方一人きりになったことが殆どない(逃亡中を除く)。
 一人きりの時間はとても貴重ではあるが、中々どうして一人にさせてもらえないのだった。
 昨日の一件もあるわけで、心配しているのだろうなと家光もわかっているのだが、ずっと見られていると思うと気が休まらない。

「……将軍になるのも大変だなぁ」

 そんな一言をぽつりと溢して両手を広げて脱力する。

(まぁ、監視されてるのは今更慣れっこなんだけどね)

 家光は目を閉じて、何も考えないように努めると、次第に眠くなって来たのか本当に眠ってしまった。
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