逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【京都・昇叙編】

078 どんな人なのさ

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「……正勝? どしたの?」
「っ、あっ、いえっ!」

 はっと我に返り、正勝は着物の微調整をする。

「……出来ました」
「ありがとう、お疲れ様」

 正勝は着付けを終えて家光から一歩下がると、出来を見る。

「……はぁ、とてもよくお似合いです。家光様(何と美しいのでしょうか)」

 家光の艶美な姿に正勝の口から溜息が漏れる。
 家光の本日の装いは夏らしい藍白あいじろ色(淡く薄いあお)を基調とし所々薄藍うすあい色の濃淡の出る色内掛。
 あおの中に赤や黄色の花々が咲き誇り、そして瑞々しい葉が茂っている。
 夏の高い空をイメージしているのか、大空を羽ばたくキビタキやオオルリも描かれている。
 旅の間簡素な小袖ばかり着ていたので、立派な色打掛は久しぶりである(元服式以来ではなかろうか)。

「えへへ、ありがとう!」

 褒められて嬉しいらしく、家光が柔らかい笑顔を見せた。

「では、御髪おぐしを整えますね。それが終わりましたら少しだけ紅を差して完成です」

 次に正勝は乱箱から櫛と髪飾りを取り出し、家光の背後に回って髪を整え始める。

「暑いから、あっぷでお願い」
「“あつぷ”でございますか?」

 髪を梳く正勝に家光が注文を付けると、首を傾げる。

「髪を、こうっ、上げて欲しいの」

 家光が自ら長い髪をくるくるっと指で軽く巻いてまとめ、上へと上げると、美しい生え際の項が露になる。
 項は少し汗ばんでいて、汗からなのか、耳裏からなのか、甘い香りがふわっと辺りに漂うのだった。

「っ、は、はい…………(何だろう……この甘い香り……)」

 その香りを吸い込み、正勝は息を呑む。

 白い肌、汗の粒が僅かに浮く、その首筋に触れたい。
 唇で吸い付いて、そこに紅い華を咲かせてみたい、と。

「いやー、もー暑くってさぁ(首の後ろ蒸れるんだよね……)」
「っ! あ、はいっ、そうですね。夏ですから!(いけないいけないっ!)」

 家光のいつもと変わらない言葉に正勝は“ぶんぶんっ”と風を切るように頭を横に振る。

「……っ、…………(家光様、お目覚めになられて随分と色香が増されたような気がします)」

 家光と顔を合わせるのが久しぶりだからなのか、正勝の心の臓はずっとどくどくと強く波打っていた。

「……後水尾天皇って、どんな人なのかなぁ……確か……女性、よね?」
「あ、はい。そう聞いています」

 正勝が家光の髪に触れて、櫛で梳いていく。

「……怖い人じゃないといいけど……(というか、私より年下なんだよな……私、前を合わせたら五十歳越えいそじんだっつーの……どんと来いだわ)」

 家光は遠い目で部屋の片隅の鏡(江戸城ではない為、置いてあったのだろう)に映る自分を見る。

(遠くて顔はよく見えないけど、私、若い……よね。着物も若い人向けな感じだし……色合いも綺麗だし、可愛いなぁ……)

 鏡を見るなんて久しぶり過ぎて恐る恐るではあったが、鮮やかな色彩の着物が美しく、つい、それに見蕩れてしまった(顔は自信がないためどうでもいいらしい)。

「家光様が後水尾天皇とお会いになられている間、春日局様や私はご一緒出来ません。勿論風鳥と月花も」

 正勝が髪を束ねながら、後水尾天皇との拝謁について教えてくれる。

「え? そうなの!?」
「はい……、本当は御一緒したいのですがあちらが承知しておりません。ですので秀忠様と二人での引見となります」

 正勝の骨張った手が束ねた髪を編み込んでいく。
 編み終えると後ろに纏めて項が出るように留め、髪飾りを付けていった。
 夏の花、月橘ジャスミンをモチーフにしたかんざしは家光の艶髪に映える。花言葉は“純真な心”。
 家光には似付かわしくないのだが、正勝が選んだのだとしたら、彼からはそう想われているのだろう。
 その流れるような手付きは現代であれば美容師も真っ青である。
 ザ・仕事人。とでも言おうか。

「あ、お母様は居てくれるんだ。良かった……」
「…………家光様」

 正勝の手が止まる。

「ん?」
「……後水尾天皇は一癖あるお方だと聞いております。家光様ならつつが無く事を終えられるとは思いますが……、…………」

 正勝は逡巡して眉を顰めると、間を置いてから再び手を動かし始め、それ以上は何も言わない。

(……って、言わんのかいっ!!)

 家光は謎の溜めが気になって聞いていたが、正勝が最後まで言わないので心の中で突っ込んでしまった。

「な、何よ……、そんなに癖が強い人なの?(どんな癖よ)」

 家光は身構えてしまう。

「ぁ、いえ……私はお会いしたことがございませんのでよくは知らないのですが……」
「ほう……、で?」
「……二日程前に……、秀忠様と春日局様が話されてるのを偶然耳にしまして」
「ふんふん」

 正勝は二日前聞いたことを、家光に教える。





 二日前――。
 東海道の終点、三条大橋まであと少しというところで、途中休憩のために寄った茶屋で秀忠は長旅の疲労からか部屋を借り、畳に身体を横たえていた。

「はぁー……長かったなぁ……あと一息だな」

 肘を畳に付けて、頭を支えながら横を向き、茶屋の菓子を咀嚼する。
 部屋の襖は開いていて、廊下を挟み開いた障子の向こうからは趣のある中庭が見え、まだ青々と茂っている楓の枝が揺れる。心地いい風が秀忠の前髪を弾ませた。
 この部屋は茶屋の奥、裏手側にあるが、旅人で賑わう表とは異なり静かでこうして庭を眺めていると気持ちが安らぎ、旅の疲れも癒えることだろう……。
 そう思ったが。

「うまうまっ!」

 秀忠にはこの部屋の良さなどわからなかったようだ。
 そんなことよりも菓子が食べたいと、上機嫌に菓子を次から次へと頬張っている。

「……秀忠様、少々宜しいでしょうか」

 開いた襖の陰から春日局がやって来て、敷居越しに正座するとちらりと秀忠の前に置かれた皿を一見し、山のように盛った菓子の量に眉を顰めた。

「入っていいぞ」
「は、では失礼致します」

 春日局は軽く一礼してから、部屋へと入る。

「……何だ? 今菓子を食っておったところだ。お前も食うか? 美味いぞ」

 春日局が部屋に入ってくると秀忠は身体を起こして、菓子の載った皿を持ち上げ、嫣然と微笑み春日局に差し出した。

「いえ、結構。秀忠様にお訊ねしたいことがございます」

 ふぃっと、春日局は片手の平を見せ前に僅かに突き出す。
 そうして一度秀忠から視線を逸らしてから彼女に向き直る。
 笑顔を見せないで頂きたい、と拒否の姿勢であった。

「…………お主は儂に冷たいのな、そんなにこの顔が嫌いなのか?(母上にはそんなに似ていないが、中々だと思うのだがなぁ)」

 秀忠は春日局を見上げる。

(この間は暗くてよく見えなかったが……近くで見れば見るほど美しい男だな……少し、隈が出来ている気もするが……家光の所為か)

 春日局が秀忠の前に腰掛ける様をじっと見つめる。
 その所作は美しく、隙がなかった。

 春日局も中々のいい男である。
 何しろ、長い髪が江と似ている。
 一度でいいから、寝てみたいと思ってはいるのだが。

「とんでもございません。秀忠様はお美しいですよ」

 春日局は“ふっ”と口角を僅かに上げただけだった。

「……はっ、世辞は結構だ。で、何を訊きたい?(全くこの男には儂の色香は通用せんな!)」

 秀忠が座が白けたように皿から手を放すと、菓子が畳に散らばった。
 ぱらぱらと、小さく乾いた音が畳を打つ。

「…………、申し訳ありません。お江与の方様から恨みを買いたくはございませんので」

 春日局が頭を下げると、“ちっ”と舌打ちが聞こえた。

「はよ、申せ(ったく、何かっていやぁ江の名を出しおって!)」

 秀忠は不機嫌に小鼻をひくつかせる。

「はい、では……後水尾天皇についてなのですが……」
「ん? あ、あー……、あー、あー、うん。それは任せておけ。…………うん、何とかなる(避けられんしな)」

「……秀忠様?」

 春日局の口から後水尾天皇の名が出ると、それまで怒気を孕んでいた秀忠の顔が苦り切った表情へと変わった。

「……っ、儂、あの人苦手なんだよな……」

 口を尖らせ、春日局から視線を逸らしぼそっと呟く。

「は?」
「……ま、まぁ、今は懐妊中だと聞いてるし……そうそうあんなことは……、……大体あれは…………だし……」

 春日局がつい礼を欠いた態度で返すと、秀忠がなにやらごにょごにょ言い出した。

「……秀忠様?」
「……それに、あの時はたまたま…………」

 春日局を余所に、秀忠は後水尾天皇を思い出しているのか時折頬を膨らましていた。

(何があったのだ……?)

 春日局が訝しげに秀忠を見るが、秀忠はそれ以上教えてはくれなかった。
 その様子を春日局を呼びに来た正勝はたまたま聞いてしまったのである。

「……お話し中に失礼致します。春日局様、命じられた件で御座いますが……」

 正勝が廊下で座礼しながら告げる。

「…………まぁ、家光の事は儂に任せておけ。向こうも悪いようにはせんだろう」
「は、はぁ……」

 正勝が声を掛けると二人はそこで話を止めてしまい、結局どういう人物なのかはっきりわからなかった。
 ただ、秀忠までも苦手な人物なのだということだけ、知ることが出来たのだった。
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