逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【京都・昇叙編】

081 弟

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「ほなら、天曹地府祭てんそうちふさいの間、少し休ませてもらおか……」
「てんそう……? ええ、そうして下さい。ちょっと、そこの人、お部屋用意出来てるでしょ?」

 後水尾天皇が告げると、家光は手前に居る従者に声を掛ける。

「は、はいっ! で、では天子様、こちらへ」

 二人の従者が前に出て、家光達の傍へとやって来た。

「……お待ち下さい」

 それを制止する男性の声が背後から聞こえてくる。
 その声は懐かしく、何処かで聞いたことがあるような……? と、家光は記憶を辿ってみる。

 はて、どこで聞いたんだったかな……。
 随分前に聞いたような……。

「……ん? この声は……」

 家光が後水尾天皇に寄り添いながら、振り返った。

「おおっ! まさ!」
「まっちゃん!」

 秀忠と家光の声が中書院、三の間に響いた。
 まさとは家光より三つ年下の弟である。
 三年程前に入内じゅだい(※)し、後水尾天皇の正式な夫として御所で生活している。
 その彼が、家光と後水尾天皇の傍へとやって来たのだった。

「……家光様、お久しゅうございます。私がこと・・様の御身をお支え致します」
「まっちゃん、背が伸びたなぁ……(しかも格好良くなっちゃって……)」

 そうまさが告げると、家光は自分の立ち位置と交代した。
 そうして、久しぶりに会った弟を見つめる。

(まぁ……なんと、あの子がこんなイケメンに成長するとは。まだ歳は確か、十五か十六だったよね……)

 家光は秀忠と江から距離を置かれていたためか、あまり関わることのなかった弟ではあったが、遠巻きに可愛いなと思っていたのだった(何度か顔を合わせたことくらいはあるし、遊んだことも少ないがある)。
 入内する時も遠くから見送っただけで、その時はまだ背も小さくあどけない少年だったのに、たった三年で家光よりも頭一つ分以上ぐっと背が伸びた。
 随分と大きくなったのものだと、家光は感心する。

 家光と同じ髪色に、同じ色の瞳。どこか自分にも似ている気もするその顔は、中性的で優しげだった。
 そして、家光とは違い性格は穏やかで我慢強い。
 昔から我儘など言わない、いい子だった。

 片手で数える程しか遊んだことは無いが、隠れ鬼をした時、家光が本気で隠れて出てこない中、日が暮れるまで我慢強く捜し続けていた程。
 結局見つけられず、日が暮れて家光が根負けして出て行ったのだが、見つけた後泣くでもなく、怒るでもなく、心底安堵した顔で笑っていた。
 かなりの刻を無駄にし、文句の一つでも言えばいいものを、家光を責める事は無く、見つかって良かったと嬉しそうにただ笑っていたのだった。
 その顔が可愛くて印象に残っているのだ(そして家光はその日、秀忠と江に“弟達をこんな遅くまでなんちゃら――……”と、めちゃくちゃ怒られた)。

 十二か十三歳で入内させられ、武家から公家へ入ったのだからきっと色々あったのだろうと推察しつつ、穏やかに微笑みながら後水尾天皇を支えて立たせるまさの所作を眺める。
 大人の身体を支える力を彼はいつの間にか身に付けていたのだった。
 逞しくなったものである。
 ちなみにこと・・様とは後水尾天皇のいみな(※)である、政仁《ことひと》から取られている。

「……こと様、あちらに」
「……なんや、あんたも来てはったんやねぇ。折角の家族との再会や、朕のことはええから、ゆっくりしはったらどうや?」

 まさが奥の間の方へと手を引き、後水尾天皇を連れるも、当の本人はいささか落ち着かない様子で、まさから手を放そうとする。

「……いえ、こと様の事が気になって御話しどころでは……ここに来たのもこと様を追っての事ですので……」
「っ、そ、そうか……」

 まさが後水尾天皇の耳元に告げると、彼女の頬がほんのりと赤く染まり、以降は大人しく連れられて行く。

「……はぁー……」

(あ、あれ……? まっちゃん、後水尾天皇と上手くやってるのかな……?)

 家光は奥へと歩いて行く二人を見送っていた。
 まだ十五、六歳とは思えない落ち着きっぷりに溜息がつい漏れてしまった。

 先程まで妖しい笑みでこの場の空気を支配していた後水尾天皇が、今は弟にしな垂れ掛かり、か弱い少女のような顔を見せている。
 そして、母親である秀忠も目を見開いたまま、声を掛けられずにただ眺めていた。
 一体何を想っているのだろうか。
 あんなに可愛い少年だった男の子が、たった三年で男になってしまったことが衝撃だったのか、ただただ、息子の変貌振りに驚いているようだった。
 自分の苦手とする相手を掌握しているその様子に声も出せないでいる。

 なんとも不思議な光景だった。

「……ぁ、そや、家光」

 不意に、まさに寄り添われながら歩く後水尾天皇が家光を振り返る。

「え? あ、はい?」
天曹地府祭てんそうちふさい久脩ひさながに任せてある。それが終わったら歌と踊りやな。ゆっくり見たらええわ、その後で昇叙しょうじょや」

 家光が返事をすると、後水尾天皇は向き直って再び歩き出す。

「あ、はい、わかりました……(歌と踊りって……のんびりだなぁ……)」

 家光は二人の背を見送る。

「……あ」

 再び後水尾天皇が振り返って、家光を見た。

「は、はいっ?(何、まだ何かあるの?)」

昇叙しょうじょが終わったら、家光だけここに残って秀忠はんは戻ってええよ。というか、まさと二の丸御殿でお茶でもしたらええわ」

 後水尾天皇は家光と秀忠を交互に見て言い放つ。
 すると、それまでぼーっと見ているだけの秀忠の瞳が輝きだした。

「え? 本当ですか!? 嬉しいですっ! まさ! 美味しい茶菓子を用意しておくからな!」

 秀忠は破顔して、両頬に手を添えるとまさに向かって告げる。

「……母上……、では、後程……」

 まさは少しだけ照れくさそうに、軽く会釈だけして、後水尾天皇を連れて行ったのだった。

「えぇー……(何で私だけ居残り~?)」

 私だってまっちゃんとお茶したいよー、と思いながら家光はその場に立ち尽くしたのだった。

 そうして二人が退場してしまうと、残った面々が各々喋り出す。

まさ様は天子様のご寵愛を一心に受けてなさるなぁ、まぁ、今だけやろ、その内私の魅力に気が付いて……」
「何、あの徳川の血とは思えん落ち着きっぷやしな、今だけはしゃあない。天子様にはいち早く私のこの美しい瞳に気付いて頂いて……」
「言えてる言えてる、今だけ今だけ。……天子様にお似合いなのはやはりこの私……」

 皆、後水尾天皇が大好きらしい。
 またしても嫌味な口吻をもらしていた。
 この場にいる全員ではないが、後水尾天皇が居なくなった途端こうだ。
 統率が取れていないのか、はたまた自由なのか。

「隠すこともしないとはな……」

 ぽつりと呟いて秀忠が“ふぅ”と息を吐く。

「っと……これは失礼」

 先程話していた従者の一人が口元を隠すが、目元は楽しそうに歪んでいる。
 両者の話を聞きながら家光は秀忠の隣に戻ると腰を下ろした。

「そうだよねー。まっちゃんいい男になったもの、あなた方ただの・・・従者が嫉妬したところでどうなるもんでもないっしょ。彼女の気を惹きたいなら人の事どうこう言ってないで黙って自分を磨けばいいのに」

「なっ!? 何ですとっ!?」

 家光が涼しい顔で言ってのけると、従者が目を丸くした後で眉を吊り上げた。

「……あら、怒っちゃった? 図星だったかしら、ごめんね?」

 家光はにっこりと微笑んでみせた。

「っ……!」
「ぁっ……」

 お喋りな従者達は家光の笑顔に胸を射抜かれたように、ぽっと頬を赤くし黙り込むと照れたように俯いてしまう。

「……? あれ? 言い返して来ないの?(嫌味返しに嫌味ったらしく笑ってみたんだけど?)」

「ぃっ、いえっ……滅相もな、ぃ……です……」
「わ、私も右に同じ……」

 家光が首を傾げて言葉を投げ掛けると、従者達はちらちらと家光を見たり俯いたりを繰り返していた。

「何て可憐な……」

 ぽつりと誰かが溢したが、家光には届かなかった。

「何か知らないけど、静かになりましたね」
「家光……お前、中々やるなぁ……(跡継ぎはこ奴で間違ってなかったな)」

 家光が秀忠に告げると彼女は「あいつら毎度うるさいんだよ」と付け加えて嬉しそうに目を細める。
 やはり武家と公家では隔たりがあるのか、こういった事が今までに何度もあったようだ。

「急ぎ、久脩ひさなが殿を」
「わかった、もう準備出来ている頃やろ」

 家光達のやり取りの合間、他の従者が慌ただしく別室へと向かい、天曹地府祭てんそうちふさいの準備を始めていた。

「いやぁ~、まさか、まっちゃんに会えるとは思わなかったな~」

(そういや、てんそうなんちゃら……って何だろ……? 久脩ひさながさんて……? もしかして陰陽師……かな? 私を起こしに来た人かな? ……良い声してたよねぇ……)

 家光は目の前に用意されていく祭壇を眺めながら、一瞬だけ聞いた声イケボを思い出していた。






入内じゅだい:中宮・皇后となる人が正式に内裏に参入すること。この小説では性別が逆転してるので、皇后ではないですが……。
いみな:本名のこと。貴人や死者を本名で呼ぶことを避ける習慣があったことから。
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