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【京都・昇叙編】
095 月花の報告
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「はは……」
政宗が苦笑いを浮かべる。
家康のように家光も……と、期待している春日局の気持ちなど、政宗は見越しているかのように。
「……はぁ、春日局様。あなたは家光様をとても大事にされている割に、家光様のお気持ちをあまりご理解なさっていないようだ。お江与の方様が怒っていらっしゃいましたよ」
「…………、申し訳ありません。私は家康様の人形ですので解りかねます」
溜息混じりの政宗の物言いに、春日局は思うところがある様子で少し黙り込むと、自虐する。
すると。
「…………そうか。ならば、俺から助言させて頂こう」
“ぱんっ”と政宗は自らの立て膝を叩いて大きな音を出すと、割膝に座り直し、背筋を伸ばした。
「助言でございますか?」
「ああ。家光様がもし、初夜を御正室と共にしたくないとおっしゃったなら、それを許容して差し上げなさい。無理強いをしてはいけません。彼女がその気になるまで見守るのです」
「な……。それでは御務めが果たせません」
政宗の助言に春日局は僅かに眉を強張らせ難色を示す。
だが、政宗は続けた。
「そもそも、御正室との御子は不要でしょう? 公家の子など争いの元……」
「っ……それはそうですが……」
「ならば宜しいではありませんか!」
尚も小難しい顔をする春日局に、政宗は“問題無い”とでも云いたげに大きな声で告げる。
ところが春日局は同意しかねるのか、
「ですが、御世継ぎは早いほど多く設けられます。御子が多ければ多い程、徳川の世は安泰というもの」
首を縦には振らなかった。
「……はぁ。春日局様、女性は産む絡繰ではございませんよ」
子が沢山居る俺が言うのもなんですがね、と付け加えて政宗は春日局の肩を軽く叩く。
「では……、どうしろと……」
「家光様は御聡明なお方。たとえ初夜が駄目になっても、次があることをわかっておられると思いますよ。御台所が嫌でもあなたが用意した方々ならお受けするかもしれませんよ?」
政宗の話に春日局は口を開けはっとする。
「…………知っておられたのですか?」
「お噂はかねがね。歳の近い若い男性をお望みだとか」
「ええ……、血は色々違った方が良いので」
一人の人間の血筋だけを複数産むよりも、多くの人間の血筋があった方が、先天的な病や体質などで不利がない。
春日局は要約してそう返した。
「…………案外、一度貫通してしまえば汲々と励まれるかもしれませんね」
「貫通……、…………」
春日局がぽつりと零すと、畳に視線を落とす。
政宗も自分で呟いた言葉に黙り込んで畳の目を数え始めてしまう。
純真で愛らしい花の蕾のような娘が……。
誰かの手によって大輪に咲き誇る姿はさぞ美しいのだろうが、それは蕾とは違うのだ。
花開き手折られては。
そう、花開いてしまえばもう、二度と元には戻らない。
ならせめて、本人がそれを望むまで待とうじゃないか。
――なるべく、長く。
出来ることなら最初にその花を手折る手は、自分でありたいものだ……――。
などと、家光が自らの腕の中で甘く泣く姿がそれぞれの脳裏に浮かぶ。
……が、そんな願望は理性で捩じ伏せた二人だった。
二人は黙り込んで、冷めて温くなったお茶を熱い茶のように啜る。
気まずそうに時折互いを見合って、視線を逸らし、それを何度か繰り返していた。
そうして、しばらく経った頃……――。
「っ、……それにしても遅いですね」
「っ、そう……、ですね……」
こほんっ、と互いに咳払いをしてからすっかり空になった湯呑を茶托に置く。
すると、使者の間の襖が開き、春日局に指示され家光の様子を見に行った男装の月花が静かに入って来ると、きょろきょろと春日局を捜すように視線を彷徨わせていた。
「戻って来たな……(丁度いい所に)」
春日局は政宗に「少々失礼致します」と告げて、月花の傍へと歩いていった。
◇
「……月花、戻ったか」
「あっ、……局様。……ちょっと、宜しいですか?」
春日局が月花の傍にやってくると、彼女は出入り口の方へと親指で指し、部屋を出るよう促す。
その表情は思い詰めたような、腑に落ちないような、狐につままれたような、そんな複雑そうな顔をしていた。
「…………わかった」
月花の様子に眉を顰め、春日局は彼女に云われるまま、使者の間を出る。
二人は使者の間を出ると黙ったまま、公家が見張っていない廊下の隅へと移動したのだった。
「……どうした?」
そうして春日局は、見張りの目が届かぬ場所へと来ると、ようやく口を開いたのだった。
「……あの、実は、家光様のことなのですが……」
月花はおずおずと春日局を見上げる。
「いつお戻りになられる?」
「あっ、……今、中書院、三の間に向っておられます」
春日局に訊ねられ、反射的に月花は答えた。
「……そうか。ならば皆様にお伝えせねば。……お前が妙な顔をするから何かあったのかと思ったではないか」
はー……っ、と、春日局は安堵の溜息を漏らしたのだが。
「……それが、その……」
月花の報告は続きがあるようで、けれども春日局が怖いのか言い難そうに口篭ってしまった。
月花は春日局の前だと過緊張からか、心拍数が跳ね上がってしまうことがある。
「……なんだ、そのはっきりしない態度は? ……報告はさっさとしなさい。緊急なら尚更。……兄の足を引っ張ってばかりでいいのか?」
「うっ……、は、はい(春日局様怖いよ~~~!!)」
春日局が冷やかに見下ろすと、月花は数々の失敗を思い出し涙が溢れそうになるのをぐっと堪える。
「実は……――」
そして、報告を始めたのだった……――。
政宗が苦笑いを浮かべる。
家康のように家光も……と、期待している春日局の気持ちなど、政宗は見越しているかのように。
「……はぁ、春日局様。あなたは家光様をとても大事にされている割に、家光様のお気持ちをあまりご理解なさっていないようだ。お江与の方様が怒っていらっしゃいましたよ」
「…………、申し訳ありません。私は家康様の人形ですので解りかねます」
溜息混じりの政宗の物言いに、春日局は思うところがある様子で少し黙り込むと、自虐する。
すると。
「…………そうか。ならば、俺から助言させて頂こう」
“ぱんっ”と政宗は自らの立て膝を叩いて大きな音を出すと、割膝に座り直し、背筋を伸ばした。
「助言でございますか?」
「ああ。家光様がもし、初夜を御正室と共にしたくないとおっしゃったなら、それを許容して差し上げなさい。無理強いをしてはいけません。彼女がその気になるまで見守るのです」
「な……。それでは御務めが果たせません」
政宗の助言に春日局は僅かに眉を強張らせ難色を示す。
だが、政宗は続けた。
「そもそも、御正室との御子は不要でしょう? 公家の子など争いの元……」
「っ……それはそうですが……」
「ならば宜しいではありませんか!」
尚も小難しい顔をする春日局に、政宗は“問題無い”とでも云いたげに大きな声で告げる。
ところが春日局は同意しかねるのか、
「ですが、御世継ぎは早いほど多く設けられます。御子が多ければ多い程、徳川の世は安泰というもの」
首を縦には振らなかった。
「……はぁ。春日局様、女性は産む絡繰ではございませんよ」
子が沢山居る俺が言うのもなんですがね、と付け加えて政宗は春日局の肩を軽く叩く。
「では……、どうしろと……」
「家光様は御聡明なお方。たとえ初夜が駄目になっても、次があることをわかっておられると思いますよ。御台所が嫌でもあなたが用意した方々ならお受けするかもしれませんよ?」
政宗の話に春日局は口を開けはっとする。
「…………知っておられたのですか?」
「お噂はかねがね。歳の近い若い男性をお望みだとか」
「ええ……、血は色々違った方が良いので」
一人の人間の血筋だけを複数産むよりも、多くの人間の血筋があった方が、先天的な病や体質などで不利がない。
春日局は要約してそう返した。
「…………案外、一度貫通してしまえば汲々と励まれるかもしれませんね」
「貫通……、…………」
春日局がぽつりと零すと、畳に視線を落とす。
政宗も自分で呟いた言葉に黙り込んで畳の目を数え始めてしまう。
純真で愛らしい花の蕾のような娘が……。
誰かの手によって大輪に咲き誇る姿はさぞ美しいのだろうが、それは蕾とは違うのだ。
花開き手折られては。
そう、花開いてしまえばもう、二度と元には戻らない。
ならせめて、本人がそれを望むまで待とうじゃないか。
――なるべく、長く。
出来ることなら最初にその花を手折る手は、自分でありたいものだ……――。
などと、家光が自らの腕の中で甘く泣く姿がそれぞれの脳裏に浮かぶ。
……が、そんな願望は理性で捩じ伏せた二人だった。
二人は黙り込んで、冷めて温くなったお茶を熱い茶のように啜る。
気まずそうに時折互いを見合って、視線を逸らし、それを何度か繰り返していた。
そうして、しばらく経った頃……――。
「っ、……それにしても遅いですね」
「っ、そう……、ですね……」
こほんっ、と互いに咳払いをしてからすっかり空になった湯呑を茶托に置く。
すると、使者の間の襖が開き、春日局に指示され家光の様子を見に行った男装の月花が静かに入って来ると、きょろきょろと春日局を捜すように視線を彷徨わせていた。
「戻って来たな……(丁度いい所に)」
春日局は政宗に「少々失礼致します」と告げて、月花の傍へと歩いていった。
◇
「……月花、戻ったか」
「あっ、……局様。……ちょっと、宜しいですか?」
春日局が月花の傍にやってくると、彼女は出入り口の方へと親指で指し、部屋を出るよう促す。
その表情は思い詰めたような、腑に落ちないような、狐につままれたような、そんな複雑そうな顔をしていた。
「…………わかった」
月花の様子に眉を顰め、春日局は彼女に云われるまま、使者の間を出る。
二人は使者の間を出ると黙ったまま、公家が見張っていない廊下の隅へと移動したのだった。
「……どうした?」
そうして春日局は、見張りの目が届かぬ場所へと来ると、ようやく口を開いたのだった。
「……あの、実は、家光様のことなのですが……」
月花はおずおずと春日局を見上げる。
「いつお戻りになられる?」
「あっ、……今、中書院、三の間に向っておられます」
春日局に訊ねられ、反射的に月花は答えた。
「……そうか。ならば皆様にお伝えせねば。……お前が妙な顔をするから何かあったのかと思ったではないか」
はー……っ、と、春日局は安堵の溜息を漏らしたのだが。
「……それが、その……」
月花の報告は続きがあるようで、けれども春日局が怖いのか言い難そうに口篭ってしまった。
月花は春日局の前だと過緊張からか、心拍数が跳ね上がってしまうことがある。
「……なんだ、そのはっきりしない態度は? ……報告はさっさとしなさい。緊急なら尚更。……兄の足を引っ張ってばかりでいいのか?」
「うっ……、は、はい(春日局様怖いよ~~~!!)」
春日局が冷やかに見下ろすと、月花は数々の失敗を思い出し涙が溢れそうになるのをぐっと堪える。
「実は……――」
そして、報告を始めたのだった……――。
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