逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【京都・昇叙編】

098 短刀

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「……おん、まからぎゃ――…………――」


 後水尾ごみのお天皇と風鳥からは少し離れた場所で、久脩ひさながの繰り返される声と共に、神楽鈴がしゃんしゃんと鳴っている。

 家光は「うう」だの、「ああ」だの言いながら額に脂汗を浮かべ、苦しそうに蹲って唸っていた。


「……まぁ、ええわ、もうすぐ終わる。せっかくやし見とき。あんたの話はそれからや」

「え? あ……」


 後水尾天皇に家光と久脩の居る方へと促され、そちらに視線を移す。
 目の前で一瞬家光が発光したように見えて、風鳥は目を見開いた。


 次の瞬間。


「っ…………、……出た……、やっと出たぁ~!!」


 蹲っていた家光が顔を上げ、晴れやかな笑顔を見せると、組んでいた両手をそのまま天井に高く掲げていた。
 その様子に久脩も真言を唱えるのを止める。


「……ふぅ。無事排出出来たようですね。お疲れ様でした」

「……本当だよ~、もー疲れた疲れた。で、これどうするの……?」


 久脩に腕を引かれ立たせてもらい、家光は両手の中に納まっていた勾玉を見せる。


「そうですね……、元々その石には感情の昂ぶりを鎮める力が宿っております。石の効力が僅かに御座いますので、そのまま御持ち下さい」

「あ、え……?」

「……家光様はまだ御婚姻されておりませんから、役に立つと思いますよ」

「そ、そう……? じゃ、じゃあ……もらっておくね」


 不可解な様子で首を傾げる家光の両手に久脩はそっと触れて、開いた手を閉じさせた。
 家光の頬がほんのりと色付き、自然と上目遣いで久脩を見つめる。
 すると、久脩が優しく微笑み掛けるので、家光は応えるように柔らかく微笑み見返した。


「……家光様、“かれぇらいす”と“らぁめん”、“からあげ”はいかがでしたか?」

「っ!? あっ! やっぱり、謎の声っ!? 久脩さんだったのねっ」


 久脩が優しい眼差しで告げると、家光は目を見開いて口をあんぐりと開ける。
 まさか! といった顔だ。


「はい。何日も御休みになられていると御聞きしましてね。御邪魔させていただいたのですよ」

「……陰陽師って、夢の中に入れちゃうの……? でもどうして……?」

「ふふっ、助けて頂いた御礼ですよ」

「助け……? 何かしたっけ……?」


 久脩は色気のある含み笑みで家光を見つめるのだが、当の本人は特に思い当たらず、頭を捻る。


「……旅の道中……、私……、の狐を助けて頂き有難う御座いました」


 久脩はゆっくりと丁寧に頭を下げた。


「ん……? 狐……? あ、日永の追分で怪我してた……モフモフ? あの子、久脩さんとこの子だったの?」

「あ、いえ、……いや、はい。私……、の所で飼っている狐でして……無事戻れたのは家光様の御陰だと云っておりました」


 一度伝え淀みながらも、久脩は狐の様子を家光に語る。


「云っておりましたって……、久脩さん狐と話せるの!?」


 久脩の躊躇い言葉に気付いていないのか、家光は瞳をきらきらと輝かせた。


「え? ああ、はい……」

「はぁ~……それは凄いっ!」


 陰陽師って万能だなぁ、と家光は感心する。


(久脩さんこそチートだよね……)


 と、思うのだった。


「ははは……。そうですか……?」


 久脩は渇いた笑いを浮かべて、目を澄ました家光から逃れるように瞳を逸らす。


「うん、すごいすごい! 他の動物達とも話出来たりするの!?」


 好奇心に満ちた瞳の家光に訊ねられて「ええ、まぁ」と、久脩が答える後ろで、後水尾天皇が何故かくすくすと笑っていた。


「ふふふ……、あんなに無邪気にはしゃいで……、何も知らんと……可愛らしなぁ……」


 先程風鳥に向けていた視線を外し、後水尾天皇は身体ごと二人の方へと向けて穏やかに微笑んでいた。
 すぐ隣の風鳥も、家光と久脩の楽しそうな会話に目を瞬かせる。


「っ? あ、あれ……?(もしかして、俺下りて来ない方が良かった……?)」


 そして、立ち上がるとやっと声を出したのだった。


「……ん? あ、えっ? 風鳥どうしてここに!?」


 よく知った風鳥の声が聞こえ家光が振り向くと、後水尾天皇が立って居る。
 そしてその隣には、鞘から抜かれた刃が剥き出しの刀を手にした風鳥が呆然と立っていたのだった。


 すると。


「……家光はん、鼠の責任取ってもらおか」


 後水尾天皇の口角が歪に上がると、瞳が妖しく光った気がした。


「え……? あっ!」
「なっ!?」


 家光の声と、風鳥の声は同時だった。
 後水尾天皇は隣に立つ風鳥の手首を引いて、自分ののど元に短刀を向けさせている。


「ちょ、ちょっと、後水尾天皇……!?(何なに、ナニーー!?)」


 家光は慌てて二人に近付こうとするが。


「あかんっ! こっちに来たら、朕は死んでしまう。鼠に齧られて毒が回って……ああっ!! こんなこと、知られたらまた戦乱の世の始まりや! ああっ、朕が鼠に捕まってしまったばかりに……」



 よよよよ……。と、


 後水尾天皇がわざとらしく眉を顰めながら、悲劇のヒロインを演じたのだった。


「はっ、放してくださいっ! 私はそんなことをするつもりは……!!(って何て馬鹿力だよっ!!)」


 風鳥は短刀を放そうとしているのだが、手の甲から押さえられていて剥がすに剥がせない様子。


「っ、さあ家光はん! 朕の前で刃を向けた罪、どう償うつもりやっ!?」


 後水尾天皇は鋭い眼光で家光を見つめると、唇を嫌らしく歪ませる。


「っ、そ、そんなことするつもりなんて……!! 風鳥っ、その刀仕舞って!」


 家光は風鳥に刀を鞘に納めるよう告げるのだが。


「……っ、それが……この御方が……っ!(俺だって仕舞いたいっ!)」


 風鳥は刀を放そうと試みるも後水尾天皇がそれを許さず、握らされ続ける。


 ぐぐぐっ。


 指に手に腕に、力を込めているのだが、びくともしないのだった。


「ふふっ……ぁあ……、ぃたっ……!」


 仕舞いには後水尾天皇の喉元に切先が触れたのか、彼女は眉を歪ませる。
 それでも、唇は弧を描いていて、楽しげに見えた。


「っ……久脩さんっ! 彼女を説得して下さいっ」


 家光は狼狽して、咄嗟に隣に立つ久脩を見上げる。


「……この御殿に入る際、武器は持ち込まない決まりです。互いに争う事が無いようにと、取り決めたはず」

「っ、そうだけどっ……!」

「彼は家光様の護衛ですよね……?」


 家光の言葉に久脩は静かに問い掛けた。
 彼はここでは後水尾天皇を護る立場の筈なのに、酷く落ち着いた様子だ。


(何でそんなに落ち着いてるのっ? 久脩さん、後水尾天皇側なんでしょ!? 護らなくていいわけっ?)


 ……まぁ、風鳥が彼女を殺すことなんてないけども!
 でも、だったら何で風鳥は刀を放さないの?

 後水尾天皇嗤ってるし……何か変じゃない?


 家光は何かおかしいなと思いつつも、それでも緊急事態に冷静にはなれず、久脩の袖を引く。


「そうだよ!? けど、後水尾天皇を殺そうとなんて思ってないよっ!? 私に付いて来てたことも知らなかったんだからっ」

「…………天子様の目の前に刀を出されては、言い訳のしようが御座いません」


 はぁ、と溜息混じりに云う久脩の口角が僅かに上がった。


「言い訳って何……! どう考えてもわざとでしょー!?(久脩さん今笑ってなかったっ!?)」


 これはやっぱり何かある! と、家光は確信したのだった。
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