逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【江戸帰還編】

108 どれになさいますか?

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「……どうかされましたか? どちらを選んで頂いても宜しいのですよ?」


 春日局は穏やかに微笑んだまま表情を崩さない。


「っ。福、嫌がらせなの?」

「……嫌がらせ? 心外ですね……。これだけの生地を集めるのは大変骨の折れる仕事なのですよ? 後藤殿は家光様が上洛の間、この総てを全国からお取り寄せ下さったのです」

「いや、まぁ、それはわかるけどもっ! こんな短時間で選べって……無理……」

「……短時間で最良の物を選択する。家光様のこれからの御仕事はこういったものも時に起こり得ることで御座いましょう。よくご覧下さいませ。そして、明日の御自分に合った威厳があり、人を惹き付ける魅力ある御着物をあつらえるのです」


 たかが着物一着で徳川の威厳が失われるとは思わないが、されど一着。
 民衆に新たな君主を印象付けるに相応しい着物を着てもらいたい。

 そして、それは家光が自ら選ぶものでなくては、今後の政に関わる際に大老達の傀儡となってしまいかねない。
 布地選びなど、ほんの些細なことではあるのだが、そんな小さな選択すらできない人間に国を任せることなど出来ようものか。

 家光のことは信じてはいるが、春日局はそう思い反物を選ばせることにしたのだった。
 つまりは家光がどんな判断をするか、試しているのである。


 小娘が余所行きで着るようなただ華やかなだけの着物を選ぶのか。
 それとも、素材は良いが質素な色合い、質実剛健な着物を選択するのか。
 はたまた、艶を全面に押し出した色香で纏めるのか。


 明日、将軍の初御披露目という場に相応しい一品を短時間で取捨選択してもらう。
 そして、その選択はどのようにするのか、春日局は見たかった。

 明日、城に戻れば家光は中奥で生活するようになる。自分は大奥にて生活をする身。
 表に出ることは殆どないだろうし、家光と顔を合わすことも以前よりは少なくなる。


「家光様の将軍としての、最初の御仕事だと御思い下さい」


 と、春日局が穏やかな表情ながらも試すように真っ直ぐ家光を見ていた。


「っ……。半刻でか……」


 家光は春日局から視線を逸らして、部屋に広がる反物を見渡す。


「御好きな色でも構いませんし、柄でも構いませんよ」

「っ、ひ、ヒントを頂戴っ!」

「ひんと……? ……何ですか?」


 また家光語かと一瞬だけ眉を顰め、春日局は首を傾げた。


「ヒントは……あ。助言……! どういったものが良さそうとか……。お母様の時はどうだったとか、教えてよ」

「あぁ……。そうですね、それもまた一つの御考えか……」


 そう来たかと、春日局は顎に手を当て思案する。


「……私はどちらも拝見しておりません故、存じません。ただ……」


 人伝に、家康様は黒地と金地に龍と鳳凰の吉祥文様、秀忠様は燃えるような赤に鶴、金刺繍で纏めた御着物だったと聞いている。
 どちらの場合も、その場に居た者達を惹き付けるのに優劣の差はなかったと、御二方の御披露目に参席した者達が云っていた。

 春日局は「仕方ありませんね」と、家光に家康と秀忠のことを話してやる。


「……なるほどね……お母様、後水尾天皇とキャラ被りしてるよね」


 春日局の話を聞いて、家光はふとそんなことを思う。


 秀忠が後水尾天皇が苦手なのって同族嫌悪なんじゃないかなぁ……?
 けど、後水尾天皇の方が色っぽいよね……。

 お母様は時々可愛いからなぁ……。


 ふふっ、と家光は朗らかに微笑んだ。


「伽羅……?(後水尾天皇が何故今……?)」


 何の話だとばかりに、春日局が訝しい顔をするのだが。


「この匂いをご存じなのですか?」


 突然後藤が割って入って来る。


「ん……?」

「……実は、着物に伽羅の香を焚き染めているのです」

「あ、うん。そうなんだ。何か匂うな~と思ってた」


 後藤が片腕を持ち上げ袖をふりふりと動かすと、甘い香りが部屋に漂った。

 何の話だと家光もよくわからないが、とりあえず後藤に合わせておく。
 線香でこんな匂いあったよな~……と、家光は後藤の袖の方へと鼻を向け匂いを嗅いだ。


「さすがは家光様っ。香にも見識をお持ちとは……!」

「あはは、いやぁ、それ程でも……」


 後藤が距離を詰め、“もっと嗅いで下さってもいいんですよ”とでもいうように袖を近づけて来る。
 後藤としてはお気に入りの匂いなのだろう。伽羅は高級な香として有名なもの。一般庶民に買える代物ではない。

 高級だから……、まぁ、そう悪い匂いではないのは確かなのだが。


 いや、正直この匂いより正勝の香の方が好い匂いなんだよね……と、家光は自分の袖で鼻元を押さえ、一歩身を引いたのだった。

 身を引いた拍子に春日局にぶつかってしまう。


「……っと、あ、ごめん」

「いいえ。家光様、御話が途中ですよ? 刻限が迫っておりますが宜しいのですか?」


 春日局は家光の身体を支え受け止めてはくれたが、こうしている間も時間は経過しているんですよと、その視線は冷ややかだった。


「っ、そうだった! 脱線しちゃった。ええと……」


 家光は再び部屋の反物群を見下ろす。
 何度見てもカラフルで、どれを見ても違いがよくわからない。

 ただ、装飾が細かかったり絞りなんかもあったりして、どれも良い品物なんだろうということはわかる。


 いやいや、やっぱ無理じゃない?

 この中から何を選べって……!?
 そもそも、一日……ていうか半日で着物なんて作れるの!?


 そうは思うが、後藤が再び勝手に反物の説明を始める。
 春日局が時間に拘っているのがわかったのか、今度は早口であった。


「ちょ、ごとーさん! 早口過ぎっ!!」


 まぁ、説明された所でよくわからんのだけども……。

 私は将軍なわけで、着物のことに詳しくなる必要はないのよ……。
 そういうのはそういうのが得意な人がやってくれれば良くない?


 家光は後藤を止めようとするのだが、後藤は「せめて御説明だけでも!」と止めてはくれなかった……。
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