逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【江戸帰還編】

116 提灯の灯りに

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 宴会場を後にし春日局に連れられ家光は中奥・御休息之間(将軍の寝室)へと向かっていた。


「……遠すぎ……」

「……ですから早めにお迎えに上がったのです」


 表から中奥・御休息之間までは相当に距離がある。
 春日局は提灯片手に家光の足元を照らしながら先導していく。
 廊下を照らす行燈もあるとはいえ、その間隔は広く、夜の江戸城内は暗く静かである。
 宴会場からは疾うに離れたというのに、未だ宴の人声が聞こえて来る程。

 最近城内に幽霊が出るという噂もあったりなかったりと、この話を家光はまだ知らない。


 きゅっきゅっきゅっ。
 きゅっきゅっきゅっ。


 足袋の鳴る音が二人分。
 中奥へと入ると宴会場の声も遠くなり、二人の足袋が床を擦る音だけが響いていた。


「何だかお化けでも出そうね」

「…………この先の……」

「やだやだ、やめてよ。そういうの洒落にならないよ……」


 家光の呟きに春日局が何か言おうとすると、家光は春日局の腕に掴まり頭を左右に振る。


「…………ふ。冗談ですよ」

「なら、よ、よかった……。ここ暗過ぎて何か出そうで……」

「家光様はそういった類のお話はお嫌いでしたね」

「うん、少しね」


 ぶるり、
 家光が身体を震わせると、春日局は自分の腕に掴まる娘を見下ろし思う。


 “例え大人になろうとも、変わらない部分もあるものだな”と。


 小さい頃から家光は聡く大人びていたが、幽霊の類は苦手だった。
 昔も江戸城内の幽霊話に酷く怯え、夜眠れないと家光が云うので褥を共にしたこともある。

 あれは……家光が五つか、六つの頃だったか。
 将来将軍となる身だから怖がるのは止める様にと諫めたが、それでも怯えるので春日局は幽霊など居ないと証明するため三日間の間、朝まで家光の部屋で一晩中起き続け幽霊など出なかったと証明したのだ(そもそもお付きの者が廊下に控えているので春日局がわざわざ徹夜する必要はないのだが……)。

 それ以降、家光が眠れないということは無くなったが、たまに夜遅く春日局の部屋にやってきては褥に潜り込んで共寝していく。
 そして、時折小さく震えて「お化け怖い……」と寝言を呟くのだ。

 春日局の三日間の徹夜など何の意味もなかったらしい。
 家光は徹夜した春日局が昼間寝ているものだと思っていたが、彼の目の下の隈に眠らず仕事をしていることを知り、気を遣い云わなくなっただけであった。

 だから幽霊は克服できておらず、今も怖いままなのである。

 近しい者だけが知る家光の弱味だが、秀忠や江、国松は知る由もない。
 もし知られでもしていたら、今頃将軍は国松だった……なんてことも無きにしも非ずなわけで。

 幸い家光は春日局や正勝といった近しい者の前でしか素直に感情は表さないでいたので、気付かれることは無かった。

 そうして大人になった家光だったが、昔と変わらない部分を見て春日局の心は安らいだのだった。






 二人は暗闇の中ぼんやりとした灯りの下、廊下を進んでいく。
 しばらく歩くと、ふと、家光が口を開いた。


「……明日、私人妻になるのね」

「…………そうですね」

「……福」


 不意に家光が立ち止まり、掴んでいた春日局の袖を引く。


「はい」

「長い間お世話に……」

「何を仰る。家光様が輿入れされるわけでは御座いませんよ。孝様が輿入れなさるのです。家光様は何も変わることはありません」


 家光が、結婚前夜父親に言いそうな台詞を口にし出したので、春日局が遮る。


「あ……、そっか」

「まぁ……人妻になられることに変わりは御座いませんが」

「だよねぇ~……」


 家光は昼間見た孝を思い出してか、顔を顰めて心底嫌そうな顔をした。


「…………ふふ」


 春日局は家光のぶー垂れ顔に思わず吹き出す。
 そして二人は再び歩き出し話を続けた。


「あっ、何? 私の結婚がそんなに嬉しいの?」

「ええ、喜ばしいことです。鷹司家とのえにしは重要ですから」

「…………はぁ。政略結婚とはいえ、あいつと結婚とか気が進まないわ……」


 家光は昼間お披露目で目が合った孝を思い出す。


 あいつ、お披露目の時ずっと私を見てたんだよね……。
 また何かむかつくこと言いたそうな顔してたし。

 確かに、イ、イケメンだったけども……。


 一見藍色に見える黒のアシンメトリーの艶髪、濃い藍色の瞳、すっと通った鼻筋に大きく薄い唇。
 背は高く、凛とした人目を惹くどこか優美さを備えた男。
 花浅葱色の生地の着物(模様まではちゃんと見ていない)から覗く喉仏と、筋張った手の甲がセクシー。

 つい、癖でチェックしてしまったよ……と家光はイケメン好きな自分が厭になった。

 見た目だけなら、タイプに入るのだが如何せん性格が合わない……どころか相手は自分を手籠めにしようとした奴である。
 結婚したくないと云うのも無理はない。


「……どうしても孝様が嫌だと仰るなら、婚儀と初夜さえ終えれば以降はご自由になされば良い。御子は家光様のお気に召す男をご用意致しますからご安心を。……以前より何度も申し上げておりますから、それくらいは出来ますよね?」


 春日局の冷ややかな視線が家光を見下ろす。


「う……。婚儀はともかく、初夜……、初夜、かぁ………………」


 初夜かぁ……。

 婚礼の儀の最中ならともかく、夜あいつを前にしたら震えそうなんですけど。
 抱かれなきゃならんの?

 あいつとの子は要らないならする必要なくない?

 ていうか、私、初めては好きな人とがいいのにっ!!


 春日局に見下ろされ、家光は俯いてしまった。
 春日局はこういう時は本当に厳しい。全ては亡き家康の為、徳川の為と理解しているし、家光自身の為でもあるということもわかっている。

 大抵のことは逃げ出しても注意を受けるだけで終わるが、今回はそうもいかない気がする。
 何と言っても婚儀なわけで。


 どうしたものか……。


 それからは家光の「初夜かぁ……」という文言が何度も繰り返され、それは御休息之間に到着するまで続いたのだった。
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