逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【新妻編】

122 家族も同然

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 孝とお付きのそんなちょっとした騒ぎが新郎新婦席であったことを、家光が見つけられなかった場所に座していた春日局が遠巻きに見ながら、


「ふっ」


 と、小さい笑みを浮かべ猪口を傾ける。
 すると、


「ささ、春日局殿、一杯どうぞ」

「本日は実に目出度めでたいですわね!」


 大老の内の女性二人が徳利を持ってやって来たのだった。
 春日局も目を細め空になった猪口を膳に置いて、少し後ろに下がると畳に手を着き深々と首を垂れた。


「これからも秀忠様、家光様の下、どうぞ、共に、徳川を守り立てて下さいますよう……お願い申し上げます」

「そんなそんな御大層に! 春日局殿、お顔をお上げ下さいまし!」


 春日局の丁寧な座礼に大老女性の一人が、春日局は家光の養父であるのに、なんと腰が低いのかと瞳を瞬かせる(家光が将軍に就任した為、以前とは違い地位が上がっている)。

 普段の春日局は、ただ黙って能面のような顔で姿勢よく座しているだけで、話し方も抑揚のない声で淡々と話すのだが、今日は違った。
 先程は目を細め穏やかな顔をしていたし、今はゆっくりと丁寧に、二人にこいねがうように告げてくる。

 もう一人も普段見ることの無い春日局の態度を見て、徳利片手に固まっていた。


「いえ……お二方には後継選定の折、家光様に大変ありがたい御支持を真っ先に頂きまして……。今こうして、私が穏やかな気持ちで御酒を口に出来ているのは、お二方のご尽力があってこそ……」


 そう語りながら、春日局は顔を上げずに平伏す。


「いいんですよ、いいんですっ! 私達は家光様が大好きなのですから当たり前のことをしたまで! ほら、顔を上げて下さい!」

「そうですよ。いい男が頭を下げたままだなんて……。さぁ、顔を上げて。昨日に引き続き、本日もお祝いですよ。飲みましょう!」


 女性二人に促され、春日局は漸く顔を上げる。


「はい……。お二方に感謝致します」


 座礼から端座に戻ると、春日局は口角を薄っすらと上げた。
 春日局のいつもは感情のない鋭く冷たい瞳が、今日はどことなく穏やかに感じられ、大老二人はついぞ見たことがないぞと、目を輝かせる。
 女性二人の頬がほんのり赤く色付いていたのは酒の所為か否か。


「ささっ、春日局殿。私の酒を飲んで下さい」

「私の酒も!」


 女性二人に酒を注がれた春日局は、これから数刻の間この二人に拘束されることになるのだが、この日ばかりは付き合ってやるかと、穏やかな顔を崩さないままでいることにしたのだった。









 ……一方で、正勝に手を引かれ、家光は自室を目指していた。


「……っ……」


 廊下を行きながら家光は自らの唇に手を当てる。


(……あいつ……、……キス上手い……! 任せろって言うだけあるわ……)


 不覚にも感じてしまったらしく、家光は大嫌いなはずの孝を思い出していた。


 夜伽に来い……とは確かに失礼な物言いではあったものの、先程の孝の瞳は意外にも自分を襲ったあの時の、獲物を狙うような鋭い目付きではなかった。

 むしろ、無表情のそれに近い顔。
 何を考えているのだろうか……。


(あいつもお家の為に輿入れさせられたんだもん。世継ぎが欲しいよね。実際出来るかはわからんけど、夫婦の営みは義務ってか……)


 孝は性格はともかく、顔だけはいい。
 それも家光のストライクゾーンにインしているのだ。


(気は進まないけど……一回くらいはやっておかないとダメかね……?)


 少し怖さは残るものの、孝の境遇を考えるとちょっぴり同情してしまう。


(さっき、ちょっと傷付いた顔してたよね……? 生涯の伴侶に言い過ぎたかな……)


「っ…………でも、好きじゃないし…………」


 部屋へと向かう家光の唇からぽつりと零れたのだった。







「様……、家光様」

「…………っ。……ん?」


 思案に耽る家光に半歩前を行く正勝が立ち止まる。
 正勝の声音は何だかいつもより元気がない気がした。


「……お助けできず……、申し訳御座いませんでした」


 正勝は恐縮したように頭を深々と下げた。
 今は移動中で、家光を支えている立場の為土下座は出来ないが、ここが部屋なら土下座しそうな勢いである。


「え? あ、ううん。あの場で孝を引き剥がしてたら正勝の立場が危なかったからいいよ。ほら、顔上げて」

「っ……、申し訳御座いません……」


 公家の参列者が大勢いる中、御台所に手を上げていたら大問題に発展しただろう……、と正勝を思い構わないと伝えたのだが、正勝は顔を上げ家光の顔を見て落ち込んだのか、再び頭をがっくりと落とし項垂れたのだった。

 家光の唇は紅が滲んで、口の周りが汚れてしまっている。


「気にしないでいいってば」

「……ですが、家光様はお嫌でしたでしょう?」

「まぁ、そうだけど……、…………、…………、……そう、悪くはなかったかな……」

「えっ」


 思わぬ家光の言葉に正勝は顔を上げた。


「っ、あ、何でもない。それよか、正勝。今夜の事なんだけどさ……私ね……」


 家光が口にすると、正勝は頷く。


「……心得ております。傍に居ります故、ご安心下さい」

「……うん。信用してるよ」

「……私が、いつでも家光様をお護り致します」


 正勝は載せられたままの家光の手をぐっと強く握った。


「……正勝……。ありがと、正勝はいつでも私の味方になってくれるのね」

「はい、私はいつでも家光様の味方ですよ」


 家光が目を細めると、正勝も優し気に目を細める。


(ああ、家光様の婚礼衣裳姿……なんと美しいのでしょうか。私が隣に居られたならば…………、この姿を間近で見られただけでも果報者というもの……、これ以上望むまい……)


 叶うことのない想いを胸に、正勝は部屋に着いたら唇の汚れを丁寧に拭き取って差し上げなければと再び歩き始めた。

 そんな自分の手を引く正勝の背に家光は思う。


 前に福が正勝には気を付けろとか言ってたけど、何だかんだ正勝が一番助けてくれているよね……。
 時々怖い目をすることもあるけれど、正勝は決して私を裏切らない気がする。

 正勝は家族も同然よね。
 正勝が困った時は、助けてあげるからね……!


 兄のような彼の手の温もりに家光は心をも温めたのだった。


「ふふっ、うれしいなぁ!」

「……家光様……」


 家光の明るい声に、正勝はちらっと彼女の様子を見る。
 そこには穢れのない眩しい笑顔が輝いていて、正勝は一見だけしてすぐに前を向いた。


(家光様……、家光様、家光様っ!! 私はあなたをお慕いしております……っ!!)


 正勝の心の臓がきゅうきゅうと締め付けられる。
 正勝はその後も部屋に戻るまで時折家光の様子を窺いながら、彼女が転ばないよう、ゆっくりと歩みを進めたのだった。
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