逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【新妻編】

125 湯浴みの誘い

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「……成程……。それ、局様は知っておられますか?」


 家光の計画を聞き終えた月花は、彼女の化粧を落としながら真面目な顔で告げる。


「え? た、多分……。福が言い出したようなもんだし、許してくれると思う……」

「……へぇ……。……局様も、人の親なんですねぇ……」


 椅子に座り、目を閉じ化粧が落ちるのを待つ家光の頬を、月花が拭いながら零した。


 家光様が羨ましい……、私の時は誰も庇ってくれなかったのに……。
 ……って、立場がちゃうか……。

 ……家光様はこれから幾人もの男に……………………


「っ!? うわっ! 無理無理! うちには出来へんわ!」


 自分が複数の男と……? そう思うと、ぞわっと月花の背筋が凍る。
 将軍に生まれなくて良かった……と、心底思ったと同時、家光に哀憫の念を抱かずにはいられなかった。


「……ん? どしたの? もう目を開けていい?」

「あっ、すみませんっ! お化粧は落とし終えましたよ! 家光様はお化粧しない方がお綺麗ですね~。次は御髪を解いていきますね!」


 月花は家光の髪に触れていく。
 家光の髪は細いのに腰があり、そして艶も申し分ない。触り心地も好く、一日中撫でていたくなる一級品の艶髪だというのに……。


「そ、そぉ? そうかな……。孝の奴にはいつもブオンナ、ブオンナって言われてるから……あの頃と変わらずブスだとばかり……化粧落としたら見れたもんじゃないでしょ……?」


 結った髪を解されながら家光は頬をかりかりと掻いて、自信なさげに呟いた。
 鏡が目の前にあるのだが、顔は俯きがちでそちらを見ようとはしない。花嫁衣裳効果が切れたようで、いつもの家光に戻ってしまっていた。

 この後ろ向きな部分さえ解消されれば、家光はもっと輝けるのだろう。


「いやいやいや。こう言っては何ですが、孝様は御目が悪いのでは?(せやけど、孝様が家光様を見る目はとてもお優しかった気がするんやけど……、気の所為やったんか……?)」


 月花は家光の髪を解き終えると、櫛を通し梳いてやった。髪は特に引っ掛かることなく梳かれていく。
 鏡越しに家光の顔を眺めるが、いつ見ても彼女は美しい。
 女の自分でさえ、そう思う。

 俯きがちなその瞳さえ、見惚れる男もきっといるのだろう。
 だのに、孝は家光を“醜女ぶおんな”と呼ぶ。


 ――いくら何でも、失礼やと思うわ……。


 月花は、自分の大好きな家光を悪し様に云う孝に苛立ちを覚えたのだった。

 着替えと化粧落しを済ませると、その後は月花が婚礼衣裳類を片付けに下がる。
 すっかり楽な格好になった家光は、夕方になるまで自室でゆっくり過ごすことにした。









 夕刻……より少し前、時間で云えば申の刻(午後四時頃)。


 とんとん。
 と、家光の自室の襖が何者かの手によって叩かれる。


『家光さま、湯浴みのお時間です』


 聞き慣れない、けれどもしっとりと落ち着いた男の声が襖越しに聞こえた。


「っ!? も、もう!? まだ外明るいけど……!?」


 ぱっ、と家光が目蓋を開き、辺りを見回す。部屋は灯りを点けていないにも関わらずまだ明るいではないか。
 家光は慌てて身体を起こした。
 今朝はいつもより早くに起こされた為か、眠くなってしまったようで昼寝をしていたのだ。


『家光さま……?』

「あっ、だ、誰……?」


 家光はよだれを垂らしていることに気付き、口元を拭いながら襖に向かうと、戸を開いた。


「……私はふりと申します。春日局様より、ことづかって参りました。家光さま、湯殿までご案内致します」


 廊下には“振”と名乗る男性が、浴衣や手拭を脇に抱え立っていたのだった。


「っ、い、イケメぇン……!!」


 ――また違うイケメンが出てきたーーーー!!


 家光は振を見て固まった。

 男性にしては小柄で、華奢、一見女性のようにも見える風体の……、けれども喉仏がしっかり浮き出てそこだけは雄々しく、長く細い髪と優し気な少し垂れた目元に高い鼻筋、薄く大きな唇。
 声も優し気で、落ちついた雰囲気……けれど何処か儚げな……。
 年齢はその落ち着いた雰囲気からして、家光より年上に見える。

 今まで会ったことのないタイプだなと、家光は心のイケメン手帳に記録した。


「いけめん……? ふふふっ、何でしょうか? 家光さまは面白いことを仰るのですね。お可愛らしいこと……」

「ぁっ……えっとっ……!!」


 振が柔和に笑って嫣然と告げるので、家光は頬を真っ赤に染める。


 何この人、滅茶苦茶綺麗なんですけど……!?
 こんな男性いるの!?
 下手な女の人より断然美人なんですけど……!?


 歌舞伎役者になったら女形のスーパースターになれるでしょ! と家光は女性物の着物を着せてみたくなってしまった。


「中奥の湯殿はもう覚えられましたか?」

「ううん……、朝連れて行かれたけど憶えてないよ……(中奥も広過ぎなのよ……)」


 振に訊ねられ家光は頭を横に振るう。


「ふふふっ、そうでございますか。少々入り組んでおりますから、その内憶えられるかと。実は私も何度も迷いました」

「へ……? そうなの? 振さんも迷ったの? 福に怒られなかった?」

「はい。ふふっ、何度も同じ場所に出てしまって……。少し……、お叱りを受けました。ですが、もう憶えましたのでご案内出来ますよ。では、参りましょうか」


 家光に優しく笑い掛けながら振は荷物を持っていない空いた手を差し出した。


「……そっか。迷うのは私だけじゃないんだね。よかった……(てか普通そうでしょ!? 広過ぎるわっ!!)」


 何かこの人……男性なのに同性みたいな親近感がある人ね……。
 お姉ちゃんが居たらこんな感じなのかな……?


 家光は振の手を取り、歩きながら彼を見上げ不思議な感覚を覚えていた。









「家光さま」

「ん? 振さん、なあに?」


 廊下を進みながら振に優しく問い掛けられ、家光も優しく言い返す。
 穏やかな笑みを湛えた振は癒し系だなと家光は思った。


「私のことはどうぞ、“振”とお呼び下さい。さん・・などと、敬称を付ける必要は御座いません」

「そう? けど、振さんは私より年上だよね……? あ、私十八なんだけど」

「ふふふっ、そうですか。私は二十歳ですが、家光さま は私の主君ではありませんか。どうぞ、呼び捨てで……」


 振は終始穏やかに笑ってゆったりと話す……ので。


「っ、二十歳でその落ち着き……! 凄いねぇ!」


 ――転生前の二十歳の私ですらそこまで落ち着いてはいませんでしたよ……!?


 家光は感心したのだった。
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