137 / 310
【新妻編】
136 告げ口に甘い顔
しおりを挟む「……福、やり過ぎだよ……。結婚したわけだし……私だってもう子供じゃない。女だってこと自覚してるのに……。めっちゃ怖かったんだよ……?」
春日局を見上げ訴える家光の首筋、寝間着の襟の奥、腕に赤い鬱血がちらほらと。
そして、縛られた痕が手首にくっきり。
痛々しい姿に春日局が唇を引き結ぶ。
「……………………っ、私の想像を超えていたようで……」
「……他人は自分の思い通りには動かないよ……?」
家光に云われ、先程まで不快そうな顔をしていた春日局の表情が能面のように ふっと消えた。
「……そのようですね。……孝様には二度とこのようなことが無い様、私からよく言って聞かせます。再教育も致します」
「え?」
「暫く孝様には御目見えに出られないようにも致しましょう」
「福……! 本当!?」
――やった! 言ってみるもんだね!
春日局の発言に家光の表情が明るくなる。
「……ええ、これは想定外です。私は決して貴女を傷付けるためにああした訳では御座いません」
「福……!」
「怖かったでしょう? 暫し心と身体を休め、その後で御世継ぎを宜しくお願い致します」
家光の瞳が見開かれると春日局は家光の頬に手を伸ばし、そっと優しく触れた。
彼は目元を緩める。
最近はあまり見なくなった、幼い頃によく見た優しい眼差しが家光を見つめていた。
普段は無表情で何を考えているのか解らない男ではあるが、家光には時折甘い顔をする。
家光が生まれてからもう十八年経っているが、髪が伸びた以外その姿に変化は見られない。相変わらず年齢不詳のいい男である。
「っ……、あ、そこは変わらないのね」
――は~、やっぱ福ってイケメンだわ……けど世継ぎて……ブレないな……!
家光は優しく頬を撫でて来る春日局に安堵し“ふふっ”と吹き出した。
昨晩の出来事を洗い浚い話したからか、随分とすっきりした気がする。
春日局が再教育をすると云ってくれたからか、不思議と安心出来た家光だった。
何だかんだで家光は春日局を信用しているのである。
「御世継ぎは大事ですからね」
「……世継ぎねえ……」
「……孝様とは必要御座いませんので、御側室と励んでいただければ……と」
「励む……」
春日局が今度は家光の頭を撫でながら言い含めるように告げると、家光の眉間に皺が寄った。
――励むって……あれか、そりゃそうか……、私が産まないといけないんだもんな……。
男女が逆転しているこの世界でも、子を産むのは女しか出来ない。
家光は自分の知っている正史で徳川家光に何人もの子が居たことを知っている。
恐らく自分も産むことになるのだろう。
そう考えるとまだ処女なのに……と、憂鬱になってしまう。
「只今御側室の選定を進めております故、今暫くお待ち下さい」
「側室の選定か……、せめてイケメンだといいなぁ……」
「いけめん……ですか?」
「あっ、二枚目?」
家光が上目で春日局を見上げると、春日局は“ふぅ”と眉根を寄せた。
撫でていた家光の頭から手を放し、姿勢を正す。
そして、家光を真っ直ぐに見据えた。
お仕事モードの顔である。
「……家光様、差し出がましい様ですが、御側室は顔の善し悪しで選定しているわけでは御座いません」
「え、そうなの?」
――でも、イケメン率高くない?
江戸城に勤める者達は家光調査によると、七割がイケメンと認識している。
普通の男や不細工なんかもたまに見掛けるが、それでも皆明るく愛想の良い男達が多い為、酷い不細工は居ない気がした。
自分はルッキズムだ! とまでは言わないが、家光はイケメン好きである。
出来れば、側室が自分好みならいいのになと願わざるにはいられない。
「優秀な子種を提供出来る男性を……と考えております」
「優秀……? 何だか曖昧な言い方ね」
家光は春日局の云う所の“優秀”が何を指しているのかがわからない。
「同じ種ばかりで早世されても困りますからね。子種の種類は多ければ多い程好い」
「……そっか」
春日局の言葉に家光は何となく納得した。
以前座学で習ったことだが、江戸では出生数は多いが生まれてすぐに亡くなる子が多いと聞く。
現代のようにワクチンや薬などが無く、衛生面もあまり良くないからなのだろう。
運良く幼少期を越えられたとしても、成人するまで育たないケースもある。
家光自身も幼い頃、治ることはわかっていたが熱をよく出し何度も死に掛けたわけで。
それでは人口が増えることは難しい。
ではどうするか…………、
多くの子を産むしかない。
一般の民には種違いを産む……ということは現実的ではないのかもしれないが、将軍にはそれが可能なのである。
「……家光様のお好みと合致するかは存じ上げませんが……、中々良い男が集まっております故、お楽しみに」
「っ……お楽しみにって……、も、もぉ……!」
春日局がふっと口角を上げてほくそ笑むと、家光の頬が赤く染まった。
家光の頬が赤く染まった途端、春日局の上げた口角が引き結ばれる。
「…………ですから、家光様」
「ん?」
「……正勝にはくれぐれもご注意下さい」
「へ? 正勝? あ、旅の最中もそんなこと言ってたね」
春日局の言葉に急に何の事かと、家光は首を傾げた。
正勝は確かに自分を慕ってくれているが、家光は兄のようなものだと思っているわけで、春日局の云うような心配など全くないはず……。
春日局が何をそんなに警戒しているのか、家光には今一ピンと来ない。
「今回あれは貴女をお助けしなかったようですね」
「あ……うーん。やっぱ出世したいんだろうね」
「出世……………………ええ、そうです。出世したいのでしょう」
家光が出世と口にすると、春日局は少し間を置いてから頷く。
そんな僅かの間に気付かない家光は腕組みをして“ふぅ”と溜息を吐いた。
「だよねぇ……。私の小姓だったわけだし、これからどんどん活躍していくんでしょ?」
「そうです。正勝は今後妻を娶り、出世していきます。そして家光様の腹心の部下として永くお仕えする身」
「そうよね。助けてくれなかったのはちょっと哀しかったけど……、福も手出し無用って言ってたわけだし? まあしょうがないよね。はは……」
――出世が掛かってたらそりゃ、助けないよね……!
命が懸かってるわけでもなし、初めては好きな人と……というのは家光の我儘である。
正勝にがっかりするのはお門違いというもの。
わかってはいるが、思いの外落胆している自分に家光は愛想笑いを浮かべていた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
残念女子高生、実は伝説の白猫族でした。
具なっしー
恋愛
高校2年生!葉山空が一妻多夫制の男女比が20:1の世界に召喚される話。そしてなんやかんやあって自分が伝説の存在だったことが判明して…て!そんなことしるかぁ!残念女子高生がイケメンに甘やかされながらマイペースにだらだら生きてついでに世界を救っちゃう話。シリアス嫌いです。
※表紙はAI画像です
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる