逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【新妻編】

138 振殿は御遠慮下さい

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「城下ですか……? ふふっ……楽しそうですね。ああ、そういえば最近城下では印香が流行っているそうです」

「っ、いんこうって……? 淫行!? そんなものが流行ってるの!?」


 ――江戸乱れてるなっ!!


 完全なる勘違いで、家光は振を見て目を見開く。


「私は城から出られませんので まだ試してはいないのですが、今度御用商人の方がいくつか持って来て下さるそうです。家光さまも試してみてはいかがでしょうか」

「っ!? せ、青少年を……!? そんなのダメよ。大人なんだから」

「青少年……? 何のことです?」


 家光が「それはダメ、絶対!」と何度も首を左右に振ると、振は話が噛み合っていないような気がして首を傾げていた。


「あっ、いやっ! 淫行って……!」

「御用商人の方のお召し物に好い香りがついていたもので。訊けば、今城下で流行りの印香というものらしく……」

「え……、あっ……! っっ!?」


 ――いんこうって……ひょっとして……。


 何となく思い当たり、家光の頬が真っ赤に染まってゆく。


「ぁ……、その……、いんこうって……、お香のこと……?」


 ――私、もしかして間違ってましたかね!?


 やらかしてしまっただろうか?
 振が気付いて無ければいいのだけれど……と、家光は恐る恐る片手を挙げ、確認を取った。


「はい。このくらいの大きさのもので、四季折々の花の形をしたものや、動物の形をしたものがあるそうで……以前京都で流行っていたらしいのですが、江戸で再燃したようです」


 振が親指と人差し指で小さく円を作り、大きさと形を説明してくれる。
 その説明によれば、印香とは小さな落雁のような形をしているらしい。


「っ、あっ、そ、そうなんだ……!」


 ――いんこうって、どういう漢字なの……?


 ああ、やはり勘違いだった。
 耳で聞くと漢字まではわからない、勘違いだってしてしまうのである。
 家光は慌てて笑顔を取り繕った。


「ふふふっ、家光さまは既に良い香りが致しますから必要ない気がしますが、お部屋に飾ることも出来るそうですよ」

「へ、へぇ……」

「御用商人から頂いたらお持ちしましょう」

「あ、ありがとう……」


 家光の勘違いに振が気付かなかったことは有難かったものの、目を細めて優しく見つめて来るので、家光は気まずい。
 苦笑しながら視界の先に富士見やぐらが見えると、そちらに集中することにした。


 富士見櫓の前では男が二人、家光の方へと顔を向けて立っている。
 誰なのだろうか……と不思議に思っていると、二人とも見たことがある気がした。


「あれは……」


 櫓に近付いて行くと、二人の男の正体が正勝と風鳥だということが判る。
 風鳥が居ると気付いた途端、家光は逸る気持ちを抑えきれず速足になってしまった。


「風鳥! 珍しいね……! 久しぶり、元気してた!?」


 正勝と風鳥の元へと辿り着くと、家光は風鳥にだけ声を掛ける。

 風鳥とこうして会うのは二週間振りだ。
 自分の警護をしているのだから、もしかしたら傍に居たのかもしれないが、家光は二週間の間 余計なことを考えないようにと将軍の仕事(一応ある)や座学に邁進していたから風鳥と会っていなかった。
 月花とは何度か会っていたから すっかり忘れていたのである。

 風鳥と話をするのも悪くなかった、呼び出せば良かったな……と今更に気付いた家光だった。

 そんな風鳥は腰を落とし片膝を地面へと着けると、頭を垂れる。


「……家光様、お久しぶりです。私は元気ですよ(って、毎日あんたの警護してるんだけどな……)」

「うん、元気そうで良かったよ。ほら、そんなお辞儀はいいから立ってよ」

「はっ……」


 風鳥は毎日家光の傍に控えているわけだが、婚儀が終わってから二週間、特に何事もなかった為、出番がなかったのである。
 家光は久しぶりに風鳥と顔を合せて嬉しそうに話し掛けていた。

 その様子を正勝は無表情で眺め、家光の隣に居た振を一瞥すると口を開く。


「……家光様、秀忠様がお待ちです。中へ急ぎましょう」

「……でねっ、……あっ、振ちゃんも連れて行ってもいい?」


 風鳥と雑談をしていると正勝に声を掛けられ、家光は振と繋いだままの手を掲げた。

 家光は大人である。正勝と顔を合せるのはまだ気まずいが、無視をしたりはしない。
 振と富士見櫓に入りたいと申し出ていた。


 ……のだが。


「いえ……、振殿はこちらでご遠慮下さいませ。帰りは私がお送り致します故ご安心を」


 正勝は振に“お帰り下さい”とでも云うように手先で今来た道を指し示す。


「は……」

「ヤダッ!」


 振が家光から手を放そうとすると、彼女はその手を強く掴んで拒否していた。


「っ!? 家光様っ!?」


 刹那、正勝の眉間に皺が寄せられる。


「振ちゃん、直ぐ終わると思うから待っててくれる? 帰りもお願い」

「家光さま……私なんかで…………はい。私ならいつまでもお待ち致しますよ」


 振は帰りも自分なんかで いいのかと訊こうとしたが、真っ直ぐ見つめて来る家光の愛らしい瞳と強く握られた手に問うのは止め、深く頷いた。


「ホント!?」

「ええ、天気も良いですし、この辺りを散歩してお待ちしております」


 振の承諾に家光が ほっとしたような顔を見せる。と、振も釣られるように目を細め、握った手を軽く上下に動かすと互いに笑みを交わした。

 家光からしてみれば同性感覚だったが、振は違う。
 振は家光の笑顔に胸を甘く疼かせていたのだった……。


「…………っ、…………では、振殿はこちらでお待ち下さい。家光様、参りましょう」


 家光と振の仲睦まじい姿を まざまざと見せつけられ、正勝は苛立ち小さく息を呑むが直ぐに感情を切り替える。


「…………わかった」


 正勝の言葉に家光は笑顔を消して、振から手を放した。
 そうして、家光は正勝と風鳥と共に振に見送られ、富士見櫓に入って行く。

 正勝を先頭に、後ろに家光、最後に風鳥が続いた。
 振と家光のやり取り、正勝の態度、その一部始終を見ていた風鳥は前を歩く家光と正勝を見ながら思う。


(正勝様は不満そうだが……最近家光は振殿と仲が良いな……。局様が側室候補にと仰っていたし……孝様は駄目だったが、これなら上手く行きそうじゃないか……?)


 毎日家光の様子を逐一春日局に報告している風鳥は、今の所非公式な側室候補の振の様子も伝えている。
 当人同士が知らない事実ではあるが、公になれば上手くいくような気がして春日局の采配に「やっぱすげーわ、あの人」と感心していた。
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