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【新妻編】
141 富士見櫓を後にして
しおりを挟む家光の瞳が興味あり気に輝くと、春日局から嘆息が漏れ出る。
「椿……、言葉遣いがなっていない」
「っあ、ごめんなさ……あ、申し訳御座いません……! 椿は江戸城下の貧乏長屋に住んでいた身でありまして……」
春日局に窘められた椿は慌てたように頭を下げると自己紹介を始めるのだが……。
「身の上話は必要ない。薊のように果たせることのみを話せ。それと、家光様の自称は“私”だ」
ぴしゃりと春日局に冷たく指導を入れられてしまった。
「あっ、はい! 家光さま、椿……あ、私は薊さんのように政はからきしですが、今勉強中です。椿……あ、私は薊さんより家光さまに似ておりますから、何かしらのお役に立てるかと思います。いつでも気軽にお呼び下さいませ。どうぞよろしくお願いしますっ!」
椿は頭を下げつつ、何とか言い切ると深々と座礼してから顔を上げる。
椿は自称を“椿”と自らの名で呼び、言葉遣いも少々幼く感じた。
年齢はわからないが、同い年……もしかしたら家光より年下なのかもしれない。
面を上げた顔にはあどけなさが残る笑顔。
昔の自分を見た気がして家光はほっこりした。
「……よろしくね、椿ちゃん(可愛いなこの子……)」
「あっ…………はいっ、家光さまっ!」
この子なら仲良くなれそうだなと家光は目を細める。つい“ちゃん”付けで呼んでしまった。
家光に呼ばれた椿は嬉しそうに破顔していた。
「……椿はまだ少々指導が行き届いておりませんが、後に家光様の良い影武者となると思います。二人の内どちらかを適宜お使い下さい。こちらでも必要な場合に使用致しますが、お使いになられる際は風鳥、又は月花、そして正勝にお申し付け下さいませ」
家光が黙って頷くと、春日局は続ける。
「お前達もよいな?」
「「はっ!」」
風鳥、正勝の返事が聞こえ、天井から『は~い!』と月花の声も聞こえた気がした。
「…………月花も言葉遣いがなっていないようだな……。まだ教育が必要か……」
春日局は天井を見上げ“ちっ”と舌打ちをする。
『……っ、はいっ!』
「…………宜しい」
天井から今度ははっきりと返事が聞こえ、春日局は満足したような笑みを浮かべた。
「……それでは家光様、本日はご足労頂き有難う御座いました。我々は残って少々話が御座います故、これにて失礼致します。お気を付けてお戻り下さいますよう……」
「うん、わかった。じゃあ戻るね」
春日局が頭を下げると薊、椿がそれに続き座礼する。
そんな中、家光は立ち上がっていた。
正勝、風鳥も座礼していたが、すぐに顔を上げ立ち上がる。
「…………いえみ」「家光様」
出入り口近くの正勝、風鳥の近くまでやって来た家光に正勝は一瞬声を掛けるのを躊躇い出遅れ、風鳥が彼女に声を掛けていた。
「ん?」
「城下を見下ろさなくて宜しいのですか? ここからは富士が臨めるとか……」
風鳥は家光が好きそうだなと勧めてみたのだが、家光は首を縦に下ろす。
「うん、福達まだ話があるみたいだから邪魔すると悪いし、今度にするよ」
「そうですか。……では参りましょう」
正勝をその場に残し、家光と風鳥はさっさと歩いて行ってしまった。
その後を正勝も追おうとするのだが。
「ああ正勝、お前も残るように」
「っ、はっ……!」
春日局に引き留められ、家光に向いていた足の方向を変え部屋に戻る。
『風鳥私が景色見たいってよくわかったね!』
『……家光様がお好きそうだなと思いまして』
『ふふふっ、そうなんだ! そういや、上に月花が居たんだね!』
『はい。いつもどちらかは付いておりますよ』
『そうなんだね~! 頼もしいねっ! …………――…………――…………』
家光達が楽し気に語らいながら去って行く声が背に届き、正勝は眉根を寄せていた。
◇
さて、富士見櫓を下りた家光と風鳥だったが……。
「振ちゃんが見当たらないなぁ……どこに行ったんだろ……」
家光が辺りを見回すが振の姿が見当たらない。
周りには草木が植えられており、見通しが良いとは言えないので、散歩しているのだろうと暫く待つことにした。
そんな時、風鳥が声を掛けて来る。
「なあ家光」
「ん?(呼び捨て……あ、二人きりだから?)」
家光は柔和な顔で風鳥を見上げた。
こうして気安く呼んでくれるのは風鳥と月花くらいなので、かなり嬉しい。
「……振殿とは仲が良いのか?」
「え? あ、うん。最近仲良くなってね。振ちゃんて同性同士って感じがして楽っていうか……」
「ふーん……。同性同士って……振殿は男だけど……?」
――振殿は家光を見る時、優しい顔をしている……あれは好きな女にする顔だ。
風鳥は家光と振が仲が良いのは知っていたが、家光の振に対する感情がどんなものかと訊いてみたかったのだ。
「風鳥みたく威圧してこないし?」
「威圧? ……俺威圧してるか?」
「ふふっ、どうかな?」
風鳥が首を傾げると、家光は上目遣いに にっと口角を上げる。
挑発するような微笑みに風鳥の頬がほんのり色付いた。
「っ、可愛い顔して……、接吻すんぞこら」
風鳥は家光の頬を掴み、口を窄めさせると家光に迫る。
「ちょっ、な、何急に……!?」
「あんた、あの日孝様と未遂だったろ……?」
「っ、知ってたの!? って、そっか……風鳥もあそこに居たんだもんね……?」
「っっ……!(ヤベッ)」
家光が目を剥くと風鳥は はっと口元を手で覆った。
「居たくせに、助けてくれなかったんだ……」
――正勝といい、風鳥といい私のこと好きな癖にあんまりじゃない……!?
“口だけだったのか!”と、家光は下唇を噛み締める。
「…………悪いな。俺も雇われた身だ。俺の仕事はあんたの命を護ること。孝様があんたを殺すとは思えなかったし……夫婦の閨に割って入るのも無粋だろ?」
「……あ。……そ、そっか……、風鳥は私の護衛だもんね……。命の危険と操の危険は別ってことか……(それならしょうがない……のかなぁ……??)」
風鳥の言葉に家光はどうにか納得しようと眉を顰めた。
正勝もそうだったように、風鳥にも立場があるのだ。
――初めては好きな人と……って、私が我儘なだけなんだね……。
もしかしたら処女に拘るあまり、周りに迷惑を掛けているの……?
けど、政略結婚してやってるんだし、それくらい良くない!?
子供だって産まされるわけでしょ? それくらい良くない!?
家光の心の中で葛藤が繰り返される。
初めてだけは どうしても譲れそうになかった。
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