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【新妻編】
146 正盛と重澄
しおりを挟む正盛と重澄の二人はどうも家光に心酔しているらしい。
初めて会った日から正盛と重澄の家光を見る目はおかしかった。同性だというのに二人の瞳孔は開きっぱなしで、家光に憧憬の眼差しを向けていた。
彼女達は家光よりも年下ながら明るく頼もしい娘達で、表の仕事だけでなく、毎日ではないが着物の脱ぎ着や食事の世話等々、何かと家光の世話を焼いている。
正勝が居なくても彼女達のお陰で困ることが何もなかったほどである。
正盛と重澄は共に与えられた仕事が嫌な仕事であっても前向きに取り組むので、家光は“真面目な娘達だなー”と思っていたのだが。
……はて、今日の仕事はどうしたのだろうか……。
(というか、家光が城に居るというのに何故ここに……? って、あっ……あれは……!!)
今日家光が城下に行くことを知っているのは春日局、影武者の椿、正勝。そして護衛である風鳥と月花だけのはず。
家光は正盛から少し離れた場所に重澄も見つけてしまい、首を捻っていた。
正盛のいる所には重澄も一緒に居ることが多い。
“やっぱりあの二人一緒なんだ……”と家光はくすり。吹き出した。
重澄も正盛同様、家光と目が合った気がしたのか建物の陰に身を隠す。
「…………振ちゃん、私達 監視されてるみたいよ?」
「え……?」
「逃げよう!」
「あっ……、家光さまっ!?」
家光は振の手を取り、その場から走り出した。
家光と振が逃げ出した途端、離れた場所で「あっ!」という二つの声が重なり正盛と重澄が互いの声に顔を合せると睨み合う。
「……っ、堀田殿、お仕事はどうされたんですか……!? 家光様のお傍に居られなくて宜しいのですか? 今日なら独占できますよ……?」
重澄がにやにやと唇を歪ませ正盛に城に戻るよう促してくる。
それに対し、正盛もニィッと笑みを浮かべた。
「ふ。何、ぼくは今日は城下にお使いを頼まれていてね……。ついでに美味しい団子屋にでも寄って行こうと思っていたところだよ」
……つい先日、家光に城下でお薦めの茶屋か何か知らないかと訊かれて答えていた正盛は、家光が城を出る所を今朝偶然見つけ後を付けて来ていたのだ。
恐らく家光は自分の教えた団子屋へと行くはず……、と踏んで先回りすることにし踵を返す。
無闇に捜し歩くより、先回りした方が確実だと思ったからだ。
「なっ……奇遇ですね! 丁度私も団子が食べたいと思っていた所なのよ」
重澄は最初からそっちに行くつもりだった……とでも言うように正盛の後ろに続いた。
重澄も出勤途中に家光を見掛け、こっそり後をつけて来ている。
家光しか見ていなかった所為か、今日こそ正盛を出し抜いたと思ったのに すぐ傍に居たとは気が付かなかった……。
重澄は正盛の嗅覚の鋭さに苛立ちを覚えた。
走り去った家光を追うこと無く、彼女を慕う正盛が自信満々に茶屋に行くというからにはきっと裏があるのだろう。
いつも正盛が一歩先を行っている気がして、重澄は面白くなかった。
正盛の物言いと態度に家光にまた会える気がして、正盛に「ついて来ないで下さい」と云われつつもついて行った。
……実は正盛と重澄は家光がお披露目された日、一目見るなり愛慕の情を抱いてしまったらしい。
決定打は次の日。
家光の部屋で仕事中、互いに足が痺れてしまい恥を忍んで申し出た所、家光は優しく「二人共、楽にしていいよ」と声を掛けていた。
国松派の者達から予め家光の悪い噂を聞いていた二人は、実際には全く違った家光にすぐ嵌ってしまったという。
家光とは同性同士だが彼女達にはそんなことはどうでもいいようで、
家光が幸せならば。
家光の助けになるならば。
家光の傍に居られるならば。
……そんな想いで二人は家光が正室や側室と上手くいくよう、見守ることにしたのだった。
もちろん、身の安全も保障したい。
自分達の方が年下なのだが家光は愛する人で庇護対象者なのである。
その共通認識の下、正盛と重澄は今日の家光と振のデートを見守っていたのだ。
ただ問題は……同じ小姓同士は気に入らなかった。
正盛と重澄は馬が合わないのである……。
表立っての喧嘩はしないが、互いに ちくちくと嫌味を言い合う程には仲が悪かった。
「ふふふっ、酒井殿。そこの団子屋が人気のようですよ?」
「そうですか! では私はこちらで……、って堀田殿はどちらへ!?」
正盛と重澄の二人が一軒の団子屋の前に差し掛かると、その団子屋は まだ店が開いていないにも関わらず人々が列を成していた。
正盛はその列の最後尾に並ぶかに見えたが、重澄を置いて歩き出す。
「え~、ぼく? ぼくはもう少し歩こうかと……」
――家光様にお教えした団子屋は別の団子屋なのですよ……ふふふ。
正盛は顔の横で軽く手を振って「では~」と優美に笑みを浮かべていた。
「っ、わっ、私も……!!」
重澄は置いて行かれまいと、正盛の後を追い掛ける。
“ちっ。”
小さな舌打ちが聞こえ、二人は長蛇の列から離れ歩き出した……。
そんな正盛と重澄の愛慕の情など知りもしない家光はといえば……。
◇
「はぁっ、はぁ……。ここまで来れば……」
――よし、撒いた!
橋の側、土手を下り河原までやって来た家光は後ろを振り返り、辺りを見回す。
そこに正盛と重澄の姿はなく、家光は安堵し 走ったことで掻いた汗を拭った。
……のも束の間。
「はぁ はぁ……っ……はぁ、はぁ……い、家光さま……はぁ、はぁ……」
「振ちゃん……?」
共に走った振の息遣いが随分と荒々しく、息苦しそうだ。
家光は振の様子を注意深く窺う。
「はぁ、はぁ……」
「振ちゃん大丈夫!? 顔色が……!(真っ青!!)」
「はぁ……、す、すみません……。その……久しぶりに走った、もの……、で……」
家光が振の頬に触れるがその顔は普段よりも病的に青白く、目も虚ろだった。
ドサリ、と振は膝から崩れ落ち、家光に寄り掛かるようにしてその場に倒れ込んでしまう。
家光は何とか彼の身体を支えるものの、華奢に見えても振は男である。
その身体は ずしりと重かった。
それでも振は何とか自身で身体を支えているのか、まだ受け止め切れる重さである。
「っ、振っ! しっかり……! 今人を呼んで来るから……!」
「はぁ、はぁ……、すみません……、し、ばらく……はぁ……、こうしていれば……治る、か……と……――――」
家光が声を掛けるものの、振の瞳は閉じていく。
……そして振は意識を失い、辛うじて踏み留まっていた身体の重みが全て家光に掛かってしまった。
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