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【新妻編】
155 椿推し
しおりを挟む……秀忠曰く。
“儂もそうだったんだから、娘のお前も同じ目にあえ”
……ということらしい。
何とも地味な嫌がらせではないか。
父の江と家光は和解しているが、妹の国松を秀忠と江の二人は相変わらず溺愛している。
考えたくはないが、江や国松が手を回し、この回りくどい嫌がらせを……とも考えられなくもない。
はたまた、単に秀忠の若い娘に対する嫉妬からの嫌がらせなのか……。
仕事があるのは有難いが何の前触れもなく書類だけを渡され“承認せよ”と無茶振りされてもいい迷惑だ。
例え世継ぎを産んだとしても、ひょっとすると秀忠が健在の内はこのまま雑務だけをさせられるという可能性もある……。
秀忠……彼女は仕事を明け渡す気がそもそも ないのかもしれない。
“薊がいれば家光様はいつでも安心してご懐妊出来ますよ”
「っ、懐妊って……」
春日局の微笑に家光は むっと頬を膨らませる。
――また子作りの話……!
口を開けば世継ぎ、世継ぎと、最近の春日局はそればかりだ。
孝の一件から暫く大人しかったと思ったのに、そろそろ傷も癒えた頃だろうとでも思っているのか。
(いくら何でも早過ぎない? ……まあ、確かに傷は癒えてるっちゃ癒えてるけども……!)
……家光は立ち直るのが早い方だ。
だが、直ぐに“側室連れて来いやーー!”という気にはなれていない。
春日局も早く世継ぎが欲しいのはわかっているが、なれど、彼もまた側室を連れて来る気配がないではないか。
独りで子供は作れないのだが。
(……まあ、いいか。適当にスルーしとこ。)
家光は続く春日局の話を聞くことにした。
家光の不満顔を尻目に春日局は続ける。
「幸い、薊は家光様に似せてはおりますが、化粧無しではそこまで似ておらず……他の者に化けることも可能です」
「あ、化粧映えする顔なのね。いいわね」
――私なんて生まれ変わる前は化粧しても酷かったもんね……!
転生前はむしろ、化粧をするなと云われた程である……。
化粧映えする薊がちょっと羨ましい……。
とはいえ、今の自分も化粧をすれば中々のもの。
ここで張り合うのは可笑しいが“私だって化粧映えするもの……!”と声に出して言いたくなった家光だった。
……が、春日局にまた窘められることは解っていたので堪える。
いつも化粧せずとも綺麗だの、美しいだのと春日局は伝えてくれていたが、何せ家光は最高権力者である。それが世辞であることくらい解っているのだ。
……実際はそうではないのだが……、思う様に自己肯定感は上がらないものである。
「…………化粧映え……そう、ですね。……まあ……、はい」
家光の意見に同意するも、春日局の歯切れが悪い。
何か気になることでもあるのだろうかと家光は首を傾げた。
「何、福……? 何か気になることでもあるの……?」
「……いいえ、特には……」
「ふーん……?」
家光が訊ねると春日局は首をゆったりと左右に振り、その後でいつものように澄ました顔をする。
――何か気になってることがありそうだけど……気の所為だったかな……。
春日局、彼のことだ。例え何か問題があっても良しなに処理してくれるだろう。
家光は“福に任せとけばいっか”と、気にしないことにした。
……何せ今の家光には、表向き子作りだけやっていればいいと言われている期間だというのに仕事が多い。
その仕事も春日局が介入できる仕事ではない為、彼を頼ることは出来ない。
やっていればいい……も何も、まだ処女だ。
ちょっと気掛かりがあったところで、それを訊くことは出来ても対処できる時間などない。
面倒事なら春日局に任せておけば良いのである。
家光がそう考えている内に、春日局は話を続けていた。
「……薊は武家の人間です。何でも卒なくこなすでしょう。椿の教育に関してはもう少々お時間を頂こうと思いますが宜しいですか?」
「…………なるほど、福は薊推しなわけね」
――ほう、だからさっき言い淀んだわけか……。
春日局の話に、先程薊について躊躇いがちだったのはこの所為かと合点がいった家光は、理解したとばかりに腕組みして首を縦に深く下ろす。
……ところが、それは違ったらしい。
「……と申しますと……?」
春日局は、家光の深い頷きに要領を得ず、眉を訝し気に顰めていた。
春日局の推しが薊とわかった以上、今後、何かと影武者は薊を使えと言われるのだろう……。
そう思った家光はそう言わせまいと口を開いた。
「椿ちゃんって可愛いよね! 無邪気でさ。私に似てる気がしない?」
――私は断然椿ちゃん推し!! うっかり屋っぽいけど、無邪気だし、可愛いし!
って、顔は私か……!?
椿の無邪気な様子を見ると、可愛くて笑ってしまう。
前世の記憶が無ければ自分もあんなにも無邪気でいられたのだろうか。
純真無垢な穢れていない彼女を見ると、素直に可愛いと思えるから不思議だ。
……ただ、少々思考が幼いのは残念ではあるが。
「…………見目はそっくりです。余計なお喋りさえなければ私とて騙されかねませんね。ですが、あれは恐らく制御不可能な気がします……」
はぁ……。
春日局の口から深い溜息が漏れ出る。
今日一日で彼にこんなに深い溜息を吐かせるとは。
そういえば正勝もぐったりしていたなと家光は思い出した。
春日局と正勝をここまで疲弊させるところまでも一緒だとは面白いではないか。
「……ふふっ、福が弱音吐いてる……!」
家光の口からつい、笑みが零れてしまう。
「……あの娘は何というか……、暖簾に腕押し……。私の説教を恐れる癖に直さないという……一体どういう思考だとああなるのか……」
「あはははっ! それこそ私にそっくりじゃない!」
春日局の珍しいぼやきに、家光が腹を抱えた。
――椿ともっとお話してみたいわね……!
今度一席設けようかな……と、家光は当分取れないであろう休みを考え巡らせてみる。
(ん~……休みは……ないか……。じゃあ数時間だけでも……。スケジュールは……あれか。正盛あたりに訊けばわかるかな……?)
目まぐるしい毎日を過ごしている家光の、現在のスケジュール管理は正盛と重澄二人に一任している。
春日局と正勝も恐らく把握くらいはしていることだろう。
正盛と重澄の二人は家光との休憩時間を楽しみにしているから、好い顔をしないかもしれないが、隙を見てお茶を飲む時間くらいは取りたいものである。
……正盛と重澄は影武者の存在を知らない。
なんて説明しようか……などと早速思案していると、春日局が むっと眉を顰めていた。
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