逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【新妻編】

192 翌日……

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 春日局、彼は振の前に報告に来た正勝と風鳥の様子を思い出しながら廊下を行く。















 ……今朝方、御添寝役を勤めた正勝が春日局の部屋を訪れ、昨夜の顛末の報告を上げていた。

 その時の正勝は、家光の様子を嬉々として語り始めたかと思えば、三日後の御渡りの約束を口にする頃には顔を青褪め、今にも死にそうな表情……紡ぐ言葉もたどたどしかった。
 それを受けた春日局は正勝の辛気臭い顔を見るのが嫌で、「午前中は寝ろ」と指示を出し、早々に部屋から追い出した。

 家光から“三日後に振を”と指名されたのだ、家光を慕っている正勝からしたら辛いのは当たり前だ。
 彼女があえてそう云ったのは正勝に引導を渡すためだろう。

 家光は正勝を、色恋よりも己に忠実な臣下として選んでいる。
 彼女の意図を慮れば、正勝には早く諦めてもらうのが最善であろう。


 ……自らの愛する女は、自らの目の前で別の男に喜んで抱かれる女なのだ――と。


「ふ……家光様に選ばれ、生涯お仕えすることが出来るというのに、そんなもので傷付くとはな……。今後も御添寝役は正勝に任せるとしよう」

「…………局様、俺も休ませてもらいます」


 春日局が鼻で笑うと、正勝と共に報告を上げていた風鳥が一礼して瞬時に姿を消す。
 いつも斜に構えたような風鳥の顔が珍しく、真顔だったのは気のせいだろうか……。




「……若いな……」


 ふっ……、と回想から戻った春日局は再び鼻で笑った。









 春日局が大奥側、御鈴廊下の前までやって来ると、孝が腕組みをしながら立っていた。
 輿入れと共に連れて来た上臈御年寄じょうろうおとしよりが傍におり、その男から小言を言われているようだが、孝は言い返すことなくだんまりだ。

 以前は沸点が低く、すぐに口論へと発展してしまう孝だったが、今は忍耐を会得したらしい。
 黙ったまま右から左に流しているようで、たまに欠伸をしながら耳の穴を小指で弄っている。
 せめてもの反抗……といったところだろうか。

 上臈御年寄から「聞いていますか!?」と朝から怒気を孕んだ大きな声がしても、孝は態度を変えなかった。


「これはこれは……」

「来たか……」


 春日局が声を掛けると、孝が何か言いたげに見て来るがそれ以上何も口にしない。


「……おはようございます、孝さま。今朝はお早いお着きで」

「ん……まあな」


 孝をよく見れば、目の下に隈が出来ている。

 昨夜は夜明かしでもしたというのか……。
 春日局は何かを察したように薄っすら口角を上げた。


「では参りましょうか」

「あ? ああ……、な、なあ春日」

「……何で御座いましょう?」

「あ、いや、何でもないんだ……」


 春日局が片手を挙げると、御鈴廊下前に控えていた守衛の男が鍵の解錠作業を始める。
 その間に孝はやはり訊きたいことがあったのだろう、呼び止めたが躊躇うように頭を振った。

 ……昨夜の家光の様子が気になって仕方ないのだろう。

 春日局にはお見通しである。


「……家光様のことでしたら、ご本人に訊ねられては?」


 春日局の涼し気な視線が孝には愉快そうに見えた。
 彼は御鈴廊下の扉が開かれるとさっさと歩いて行ってしまう。


「っ……、そんなこと俺が訊けるはずないだろ……」


 孝が唇を噛みしめ呟いた言葉は春日局には聞こえない。
 ……孝も春日局に続き、家光を迎えるために御鈴廊下へと足を踏み入れた。


 家光とは和解してから始めこそぎこちなさはあったものの、最近じゃ普通に話せるようになってきた。
 口論も大分減ったし、毎日の参拝朝の御勤めだって滞りなく済ませている。

 触れることは敵わないが、毎朝好きな女に会えて、孝は心穏やかな生活を送っていた。


 ……そう。
 家光が側室と閨を共にするという話を聞くまでは――。


 閨を共にしたのは昨夜。
 孝がそれを聞いたのは昨日の夕刻である。

 毎朝の御勤め時には終わってから僅かばかり歓談の時があるのだが、孝はその時間を殊の外大事にしていた。

 自らが話した内容に家光が相槌を打ち、笑顔を見せてくれるだけで心が浮き立ち、ただ退屈な毎日でも頑張ろうと思える。
 朝の御勤めが終われば、孝の一日の仕事は終ったも同然、残りの時間はほぼ自由だ。

 だから孝は家光の好む話を仕入れるべく、座学や剣術に励み、年季奉公(※)の御端下おはした(※)や御末おすえ(※)達にも声を掛け、城外の様子などを訊ねたりしながら日々を過ごしていたのだ。

 ……明日の朝は何の話をしようかと、家光の御渡りを知るまでは気分上々の孝だったが、先程の常に傍にいる目の上のたん瘤――否、監視役――否、上臈御年寄から家光の御渡りの話を聞いた孝は動揺し、気付けば部屋を飛び出し廊下を駆けていた。

 衝動的に駆け出した孝を上臈御年寄や春日局が付けた部屋子達が止め、部屋に連れ戻したものの、その後孝は興奮し一睡も出来なかった。

 家光の邪魔をするつもりはないが、身体がいうことを聞いてくれなかったのだ。
 褥に一旦は横になるが、すぐに半身を起こし、立ち上がり……つい足は廊下へと向かってしまう。
 ……その度に上臈御年寄に窘められた。

 それでも孝は眠ることが出来ずに、何度も褥と部屋の襖を何往復もしている。
 そうして、昨夜は自らが邪魔をしに行くことはご法度だと解っていながらも孝は、何度も厠を装い家光達のいる閨を探したのだ。

 ……閨はその時々で変えているらしい。
 結局孝は家光を見つけることができず、自室に戻って眠れない夜を過ごしていた。


(家光……お前は、もうあいつに抱かれたのか……?)


 中奥側のまだ開かれていない扉を見つめる孝の眉間には皺が寄っている。
 ……孝は春日局の隣に静かに腰を下ろした。

 春日局の隣に孝が腰を下ろし、従者達もその隣に座した頃、またしても大奥側の扉が開く。


「……ん? ああ、来たか」


 見知った人物がやって来たと、春日局が歩いて来る男に声を掛けた。


「はい、遅れて申し訳御座いません。本日より私も参加せよとのことで着替えて参りました」


 長い髪が美しい、一見女にも見える儚げな男……、落ち着いた声の持ち主で瞳も優し気である。


 この男は……――?


 自らとは全く違う属性の男だなと孝の口はへの字を描いていた。




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年季奉公ねんきぼうこう
一定の期間だけ住み込みで働くこと(農家等々)

御端下おはした御末おすえ
大奥で働く役職で雑用する女性なのですが、男女が逆転しているのでここでは男性です。
外の様子を知っているので孝は色々訊いていたのでしょう。

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