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【城下逃亡編】
204 家光、逃亡を図る③
しおりを挟む……いつも綺麗な御鈴廊下の端に埃が溜まっているのだ。
先導する案内人が目聡く埃に目を向けるから、つい気になって視線の先を追ってしまうではないか。
総触れをする大広間も、春日局が居る時は柱までも艶を放っていたというのに近頃光沢を失っている。
縁起の良い松の欄間は何だか白い気もするし、部屋全体が埃っぽいのに加え、男ばかりだからか、臭いまでなんだか臭いような……。
身体を清拭していない者が恐らく複数いるのだろう、夏が終わったとはいえ、若い男達の体臭は家光にとっては中々にきついものがある。
……これも鼻元に袖を添えたり、鼻を指で直接抓んだりと妙な動きをする者達の所為で気が付いてしまった。
毎度隣に座る孝からほのかに好い匂いがしてくるのだけは救いだ。
さすがはお洒落さんだなと、ちょっと孝を見直した家光である。
家光が奥で行く場所は限られていて、ざっと見た限りそれ以上は気付けなかったが、それでもわかる。
……これは鬼の居ぬ間に洗濯というやつだ。
掃除をしている者達を遠目で見ることもあるから、皆一応仕事はしているのだろう。
ただ、それをチェックする者が居ないのだ。
……春日局が奥の総てを把握し、細やかに指示を出していたとは思わなかった。
彼が不在でも朝の総触れは回せているが、洗濯やら掃除やら、食事やら、日常の細々したところの綻びがちらほらと――。
ワンマン社長もいいところではないか。
もう少し部下に仕事を分けるなどやり様もあると思うのだが――というか後継を育てようと思わないのだろうか……。
奥に何人の男達が居ると思っているのだ。
これで春日局が倒れないのだから驚きである。
(福、無理してないかな……?)
奥も確かに心配だが、家光が一番気になってしまうのは春日局の体調だった。
娘故に、身を案じてしまうのは当然のこと――。
「週に一度、夜に奥へ戻っておられるのです。ですが、西の丸の業務に手を出し過ぎたようでして……」
「ははー……なるほど。いい仕事しちゃったもんだから、お母様に好いように扱き使われてるってわけか。あはは……」
――できる男は大変ね~。
正勝の話に春日局が自らど壺に嵌っていることに気付き、家光は苦笑いをした。
転生前の世界に春日局が居たらきっとワーカホリックになっていたはず。
細かい性格の春日局から見た西の丸の業務は粗が多かったのだろう。
ついお節介で気になったものに手を出し、好い様に使われているに違いない。
家光と正勝は、今頃春日局が秀忠や江に愛想笑いを浮かべながら業務に当たっているのが想像できて気付けば自然と笑みを溢していた。
「はは……っこほん……お江与の方様の病状が少々長引いておられたようですし、引継ぎを終えるのにあと二週間は掛かるそうです」
「そっか。先週お父様から良くなってきていると文を頂いたから、そろそろお見舞いに行かなきゃね」
「……あ、春日局様経由で、秀忠様より“お見舞いは不要”とのことでした……」
和やかに対話していた正勝の顔から笑顔が消え失せ、気まずそうに告げる。
……何だか歯切れが悪い。
「ん?」
「その……、先週から国松様が西の丸にて御二方の看病をされておりまして……」
「……かんびょう……? 男と自分の事にしか興味のないあの子が看病ね……あ、そっか。家族水入らずで過ごしたいんだね。私には仕事ばっかりさせておいて……」
――まあ、別に国松のことを憎いとは思ってないし、別にいいけどね。
国松の住まいは以前は大奥だったのだが、家光が将軍職に就いたことにより両親と共に引っ越した。
現在は西の丸にて暮らしているが、病に罹らなかった国松は両親とは会っていないと報告を受けている。
それが先週から看病を……? 家光は首を傾げた。
男遊びと、自らを着飾ることにしか興味のない彼女を政に携わる仕事を任せるわけにはいかない。
普段は中奥にて雑用をさせているが、さぼることが多く男とばかり戯れている。
家光は前世の記憶があるからか、国松を憎いとは思っていないが苦手だ。
彼女に会わないよう中奥の移動時間をずらしている程に――。
……というのには理由がある。
家光が逃げているわけではない。国松が家光を敵視している癖に構ってちゃんで、多忙な家光の時間をとにかく削ってくるメンヘラ気質の困った人物のために致し方なし。
ついこの間もどこで聞き付けたのか、家光が新しい着物を仕立てたと知るや否や、どこからともなく瞳を爛々とさせた国松がやって来て、
『お姉さま♡ 国松わぁ~、お姉さまのことが大好きなんですぅ。お姉さまってお顔が地味だから、地味で質素なお着物が似合うわぁ。あ、この着物、派手ね! 地味なお姉さまより、目鼻立ちのはっきりしたあたしの方が似合うから譲って譲って~♡』
地味だ地味だと家光を下げ、届いたばかりの煌びやかな着物を奪っていくのだ。
家光も一応断ってはいるのだが、気に入ったものは必ず手に入れなければ気が済まない質らしく、その執念は凄い。
欲しいと言い出したら止まらず、家光が譲ると折れるまで付き纏ってくるから面倒極まりない。
確かに国松は家光よりも見た目が多少華やかであり、花で例えるならば家光が椿、国松が牡丹とでもいうのか……どちらも素晴らしく可憐な花であることに変わりはないのだが――。
『しょうがないなぁ……』
まだ袖を通しもしていなかった着物だからまあいいかと、家光は家臣達からの贈り物のなんかも毎度譲っている。
……不思議と国松は品物が納入されたタイミングで現れることが多かった。
何故なのか疑問だったが、どうも御用商人から情報を仕入れているようだ。
西の丸にて国松自らが注文すればいいだけだというのに、家光が将軍に就いたことで国松の予算が削られ、本人曰く、仕方ないから姉の着物を貰ってやっている――のだそう。
『本当はもっと鮮やかな赤とかぁ、金糸をたぁ~っぷり使ったきらきらしたやつが良かったんだけどー。お姉さまので我慢してあ・げ・る♡ またよろしくね♡ あっ、これももーらいっ』
……好き放題のたまい、国松は家光の着物と白粉と紅を掻っ攫って行く。
昔は甘やかされ放題で、恵まれていた国松は家光に対するマウントが酷かったが、今は家光の物を奪う側へとシフトチェンジしたらしい。
ただ、一度家光が袖を通したものには興味がなくなるようで、家光が一度でも着てしまえば見向きもしなくなるのは幸いである。
……袖を一度でも通した中古品は嫌いなのだそうだ。
男に関しても家光の側室候補に目を付けていたらしいが、秀忠と江にかなりきつく叱られたようで、さすがに自重している。
徳川の特殊な血に溺れ、行為が好きなのは相変わらずで、大奥へは出禁。現在は精神の病の治療中なれど、公にはされていない。
その為か家光は国松が面倒――否、可哀想に思えてよっぽどのことがない限り好きにさせていた。
……本来なら締め上げ、罪に問うても良いのだが、そう出来ないのは家光も徳川の血を恐れ、同情しているからかもしれない。
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