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【城下逃亡編】
207 知り合いの所へ行こうかな
しおりを挟む「うふふっ。うちは行ったことないんですけど、吉原には女性向けの遊郭もあるんですって!」
「ふぁっ!? 女性向け!?」
「いい男もいるって噂ですし、家光さま好みの男性もいるはずですよ! あ、でも家光さまのお相手は検査を受けた方でないといけないんでしたっけ……?」
「……っ、そっか、この世界は女性の方が地位の高い人が多いもんね……女性向けのお店も普通にあるのか……」
月花は遊郭に行ったことはないが情報は知っているらしく、女性向けの店について教えてくれ、また、家光の相手に関して訊ねたが当の家光は“うんうん”と、妙に納得したように頷いて後半部分は聞いていない様子――。
この世界は女性の後継ぎが多い世界のためか、当然、遊郭も男女平等に存在している。
そして社会的地位が確立されている者達が、遊郭を利用するのは当たり前という風潮……、性別の違いで誰もそれを咎めたりはしない。
月花があっけらかんと話すものだから家光はつい面食らってしまったが、金があれば男でも女でも容易く一夜の夢を結ぶことができるのだ。
「ちょっと興味あったんですけど、家光さまがお出来になれないなら行ってもしょうがないですね。今度お暇が頂けたら行ってみて、感想言いますね!」
「月花……! あなたって子は……――ふぅ」
……月花からサムズアップされた家光の口から小さな溜息が漏れる。
月花は性に奔放なのだろうか……。彼女はいつも通り“からっ”と言ってのけ、言い切った後に爽やかな笑顔の中で白い歯が光っていた。
そういえば初体験の話なんかも教えてくれたし、何かと発破を掛けてくるし、家光は月花が我が護衛ながら、少し心配になってしまう。
何せ月花は今は男に扮しているが、普段の見た目は愛らしい美少女なのだ。
まさか国松のようにはならないと思うが、危うく見えてしまって不安しかない。
……未だ生娘の家光に心配されても月花からはいい迷惑なのだが。
「では帰城されますか?」
「っ、いやっ! 城下に行くためにこの二ヶ月滅茶苦茶頑張ったんだからね!?」
……今日家光は明け六つの鐘の音を聞く前に起きて、城を出てきた。
憂いの無い様、諸々準備をしての春日局が奥にいたら絶対叶わなかったであろう計画的逃亡である。
逃げたことが春日局にばれるのは時間の問題、恐らく今夜にでもばれるだろう。
そうすれば強制的に連れ戻されることだって考えられる。
そして戻れば逃げたことを知った春日局が御伽坊主に名乗り出てきかねない。
春日局が監視するとなると、あれやこれやと振を嗾けるはず。
振とはそれなりに甘い雰囲気が出始めているところだというのに、全てをぶち壊すことだってあるやもしれない。
……何が悲しくて養父と兄のような存在の正勝に挟まれて、振と共寝しなければならないのか……。
逃げ出した時点で春日局の逆鱗に触れているのは重々理解している。
子を成すというのもいつかはそうなると覚悟している。
だからこそ残された二週間で好きな人を探すか、次こそは断頭台に上る気持ちで腹を括るかしなければならない。
昼間は仕事に忙殺され、夜は疲れて眠り、週に一度は振と過ごす家光は独りになる機会が少ない。
自らと対話する暇が全くなかった。
もしかしたら拗らせている自らのため、意図的に房事のことを考えないようにさせられているのかもしれないが、家光はとにかく独りでゆっくり考える猶予が欲しい。
思考停止のまま帰ってしまえば、振のことを嫌いになってしまうかもしれないのだから……。
振には、“私の心が弱いから駄目だった。いつも気持ち良かったから振はすごく上手だと思う。ちょっと急用を思い出したからしばらく留守にする。帰ったら最後までしようね。”とお誘いを含んだ文を残してある。
昨夜は振を傷付けてしまったかもしれないが、“次回こそ必ず!”という約束を残しておけば、彼が落ち込むことは無いだろうと家光ができる配慮はしておいた。
いつかは男として好きになれるかもしれない、いつも優しい振とはこれからも仲良くしていきたいと家光は思っているのだ。
……茶屋の前を行き合う人々の顔は明るく、さっきから少し離れた場所では男達の喧嘩する大きな声が聞こえている。
政や房事、振のことを思考する家光が何とはなしにそちらへ目を向けると、男同士取っ組み合いをしている様子が見えて、それを止めに入る者達と愉快そうな野次馬達の姿がある。
誰もが皆、顔が生き生きとしており、家光の目は細くなった。
城下に来る度思うが、江戸の住人達は気が早いためか、喧嘩っ早い。
……“火事と喧嘩は江戸の華”なんて言葉がある。
火事は困るが、人々の喧嘩っ早さに町の賑わいが感じられて、家光の顔がつい綻んでしまう。
人目につく場所で起こる喧嘩の大半は、仕様もない理由からくるものだ。
たまに流血する乱闘に発展する時もあるが、そんな時は同心達が駆け付けて場を収めているのを見るに、江戸の治安はまずまずといったところ。
自らの政治が上手くいっているのだと思ってもいいかもしれない……と、家光が再び政について考えてしまう間に、また別の場所で言い争いが始まった。
『きぃーー!!』
……今度は女同士――キャットファイトの始まりだ。
喧嘩に発展した理由は知らないが、甲高い声と互いに引っ掻き傷を付け合い、周りがそれを諫めていた。
少々激しいが、これも江戸の賑わいと思えば……――。
正午を報せる鐘の音がまだ鳴っていないから、今はまだ午前中である。
こうして町の様子を眺めるだけでも退屈しない。
城には戻らず暫く城下でゆっくりするのもいいだろう。
とはいえ団子を食べ終えてしまえば、これから稼ぎ時の店主が、さっきからちらちらとこちらを見てくるから「とっとと席を空けておくれ」と追い出されそうだ。
……口には決して出さないのだが、家光の使用した皿と茶碗は既に下げられ、店主は昼の準備に入りたいらしく月花をじっと見つめている。
「では……?」
店主の視線など気にしていない月花は最後の団子を口に放り込んだ。
すぐさま店主がやってきて皿を回収していくが、月花は涼しい顔で抹茶を啜る。
「……う、うーん……、そうだね……どっか知り合いの所にでも行ってみようかな……?」
「お知り合いの方、ですか? 家光さま」
家光が次に行く先を思案しながら首を捻ってみれば、ずずず……と、月花は渋い顔をして訊ねた。
……これで月花の茶碗も空となる。
目敏く店主がやって来る前に月花も立ち上がり、一先ず茶屋を後にすることにした。
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さて、家光が向かう先は――次回。
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