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【城下逃亡編】
209 再会
しおりを挟む「わっ……!」
「っ……」
黙り込んだまま見つめ合っていた家光と男の髪を、強い北風が巻き上げ二人は咄嗟に身を竦める。
その動作が似通っていて風が通り過ぎるとまたも目が合い、今度は笑い合った。
「ふふっ! 少し寒いですねっ」
「ええ。……千代さん、あなたは千代さんではないですか?」
中低音で優しく通る声が耳奥に心地良さを運んでくれる。
男の声を聞くだけで家光の頬はほんのりと赤らんだ。
「え? どうして私の名前を……!?」
「憶えていませんか? 私とあなたは一度お逢いしているのですよ。あの頃は髪が無かったのですが」
「髪……?」
男は自らの頭を指差し頭上に手を翳して円を描く。
“つるつる”……と口パクで目を細めて教えてくれた。
優し気な表情と澄み切った藍宝石の瞳にやはり見覚えがある。
イケメン手帳の何頁目にいた男だったろう……、家光は脳内でぺらぺらと頁を捲っていく。
――早く思い出すんだ。
周りがイケメン揃いだからか見慣れてしまって多少鈍くなっているかもしれないが、こんなもろ好みの男を私が忘れるわけがない。
……家光は自らに問い掛けていた。
「今は還俗して、髪を伸ばしているところです。あ、これは鬘です」
「還俗って……お坊さんが俗世に戻るってことですよね……」
――お坊さんの知り合い……?
僧侶の知り合いは古那しかいなかったはずだが、はて……。
家光の脳内では猛スピードでイケメン照合と称される検索を繰り返しているが、データベースが中々一致してくれない。
イケメンなら一目見れば記憶出来る自分が、こんな目も覚めるドストライクの男を忘れるはずがないというのに――。
「はい、以前は坊主でした」
……するり、と。
男は長髪の鬘を取り去り、家光に背を向け足元に落ちていた枝を掴み構えはにかむ。
僅かに背後を見やるその姿に家光ははっとした。
「とっ……戸塚の君っ……!?」
――っていうか地毛の色っ、プラチナブロンドなの……っ!?
上洛の旅の途中、戸塚で出会った背中越しで見たイケメンの僧侶――。
背が高く、強く優しくて、ときめいたのを憶えている。
眉は染めているのだろう、茶色だがまだ伸び途中の髪は鬘とは色味の違うプラチナブロンドだ。
岡本医師や、久脩の銀髪よりもやや金に近いような上品な鮮やかさがある。
黒髪はもちろん、茶髪や銀髪、金髪、藍色なんかならたまに見掛けるが、ここまで見事なプラチナブロンドは初めて見た。
木漏れ日に照らされた髪がきらきらと輝き眩しい。
僧侶の頃のつるつる頭とはまた違う、息を呑むような白き輝きに家光の喉はこくりと鳴り、鼻の奥がつんと痛みを帯びた。
こんな髪と美貌で町を歩いていたら男も女も黙っていないだろう。
……故によくある茶色の鬘を被っていたのだと容易に想像が出来る。
ここが西洋風な異世界だったなら、“王子様”とでも呼ばれていたに違いない。
「戸塚の君……? ははっ、そうです。戸塚でお逢いした坊主です。よく憶えていてくださいましたね」
「だっ、だって、あなた、ど、ど真ん中なんだもの……! わ、忘れるわけない……!」
――やだっ、こんな間近でこんなイケメンっ、鼻血出そう……!
正統派イケメンの孝とタイプは違うが戸塚の君、この男もまた家光のドタイプである。
しかも顔良し、声良し、性格良しと三拍子揃う男はそうはいない。
孝を太陽だとするならば彼は月とでもいうのか……、ただ佇んでいるだけだというのに優雅、且つ気品に溢れたその存在感は凄まじい。
気付いた家光の瞳孔は開き、向き直った男から目を逸らせなかった。
「……千代さん……」
男も家光の惚けた視線を受け止めるように、優しく見つめ返してくる。
吸い込まれそうな透き通るネオンブルーの瞳の中には家光だけが映し出されていた。
「……ぁっ、ぁのっ……っ、お、お名前……」
この機会を逃せばきっともう彼と会うことはないだろう。
権力で彼をどうこうしようなどと思わないが、名前だけでも知ることが出来たなら、城下に下りた時に遠くから見るくらいしてもいいではないか(住処を調べあげストーキングするつもりである……)。
……暫く見つめ合ってしまったが、家光はそっと鼻を抓んで前世よろしくどもりながらも名を訊ねる。
「……はい、千代さん。私は満と申します」
戸塚の君は胸に手を当て、軽く頭を垂れながら満と名乗った。
「みちるさん……? 素敵なお名前ですね……(みちる……みちる……♡)」
男の名は“満”――。
満を見つめたまま惚けた家光の脳内では満の名が木霊している。
名前を知れただけだというのに、心が満たされていくのを感じた。
――あぁ~~……今、全私が満ちていく……!!
満の顔を見ているだけで目が癒され、声を聞くだけで耳から幸が入り込み、彼から僅かに香ってくる爽やかな芳香が鼻から身体の奥へと浸潤……すべてが満たされていく。
過去、イケメン達に眼福を感じたことはあるがこの感覚はいったい……?
今まで味わったことがない程の圧倒的多幸感――。
視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の五感の内、視覚と聴覚、そして嗅覚の三つが喜びに震えている。
まだ味覚と触覚という二つの感覚が残っているというのに、こんなに満たされていいのだろうか。
……これほどの感覚、前世を含めても味わったことがない。
この感覚がいったい何なのか解らないまま家光の鼓動はとくとくと逸った。
凝視し過ぎて眼球が血走っているかもしれないが、それを受ける満の瞳は歪みを見せることなく穏やかなままだ。
なんて素敵な微笑みなのだろう……、家光は囚われたように惚けてしまう。
「千代さん、あなたも……」
「ぁ……っ、そ、そんな……私……」
不意に満の形の良い唇が動くと家光の肩がびくりと揺れた。
――あれ? あれ? 何? 急に何だかすごく恥ずかしい……!?
目の前で鼻を抓んでも多少どもっても、嫌な顔一つしない満から優しい眼差しを注がれていることに、今更ながらに気が付いた家光の頬は真っ赤に染まる。
幸い鼻血は出なかったものの、何故だかわからないが鼓動がさっきから逸ってしょうがない。
これまでも多くのイケメンから見つめられたことなど何度もあったというのに、何故目の前の男から見つめられると恥ずかしいと思ってしまうのか……。
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