逆転!? 大奥喪女びっち

みく

文字の大きさ
212 / 310
【城下逃亡編】

211 お誘い

しおりを挟む

 “あなたの憂いが如何程のものか、私のような者では推し量ることなど敵いませんが、千代さんの心が軽く健やかになるよう願っています。”


 そう告げる満の表情は穏やかで……。

 家光の家が何万石の家か満は知らない。知らないが大きな家であれば正室だけでなく側室を迎えることになるであろうことは理解している。
 本人が望んでも望んでいなくても……と、院主を務めていた時に聞いた家督を継いだ女性達の嘆きを思い出す。

 好いた男の子供だけが欲しいのに、生存率を上げるために別の男との子も産まなければならない。
 正室ただ一人でいいのにという一途な女性もいれば、側室に溺れて愛憎劇に発展、命を脅かされる女性もいた。

 そんな女性達に満ができることと言えば一晩の宿を貸し、夜通し女性達の話を聞いてあげることくらいだ。
 正室と側室の狭間で疲れ果てた女性達に一時ひとときの安息を与え、親身にただ話を聞いて仏の教えを説く……僧侶としてできることはそれくらいだが満の見た目故か勘違いする女も多く、何度かは揉め事に巻き込まれている。


 ――こんな可憐な女性がいずれ複数の男達の子を……あなたも溺れてしまうのですか、千代さん……。


 目の前のまだ男を知らないであろう“千代さん”――。
 満は愛らしい家光千代がこれから汚されていくのだと思うと悲しくて仕方なかった。


「あ、ありがとうございます……、っ……、ぁっ、あのっ!!」


 満の何とも言えない憂いを帯びた瞳にじっと見つめられていた家光は目礼をし、息を詰まらせてから口を開く。


「はい……?」

「み、みちるさん、おっ、お昼っ、お昼はもう済ませましたか?」

「え……昼? あ、いえまだ……」


 突然の問いに満が何のことやら解らず目を瞬かせた。

 そういえばあと半刻もすれば昼九つ、昼餉の時間である。
 満は古那との面会を既に終えている。とすれば、もう帰るのだろう。

 ……家光はこのまま満と別れるのが嫌だったのだ。


「よ、よかったら、私と一緒にランチでも……」


 ――もう少し一緒に居たいの……!


 いつもなら相手から声を掛けられる家光だが、まさか自分からナンパをするとは思わなかった。
 気付けば満を食事に誘っていた。


「らんち……ですか?」

「あっ、昼餉をご一緒したいと思いまして……! 悩みを聞いて下さったお礼に私、ご馳走しますっ! ……だ、だめですか?」


 満のぽかんとした小首を傾げる仕草も眩しく見えて、家光は“可愛い……♡”などと頬を赤らめつつもう一押し。
 一年後くらいにはまた纏まった休みも取れるかもしれないが、今の家光には二週間しか残されていない。
 城に帰れば政務に夜伽にと追われ、懐妊でもすれば身動きも取り辛くなる。


 ――この人と仲良くなりたい、この人とならもしかしたらいけるかも……。


 自らを将軍としてではなく、純粋に一人の人間として見てくれる満に家光は惹かれていた。


「……お誘いは嬉しいのですが、実は家に昼の用意がしてあるのです」


 家光の誘いに満は外していたかつらを再び被り、困った様子で微笑む。
 ……どうやらこれはお断りということ……らしい?


「えっ」


 ――駄目なの!?


 満の返答に家光は驚いて目を丸くした。

 自惚れていたわけではないが、家光は多くの男が振り向くような可憐な容姿の持ち主である。
 同行者や護衛がいなければ、身の程知らずの男達がわらわらとやって来る男ホイホイとも言える。
 過去、声を掛けたそうにしている男達が春日局が付けた護衛によって排除されているのを何度も目撃しているのだ。
 とはいえ寄って来るのは男だけではない。徳川の特殊な血に惹かれている部分が多く、女も同様である。

 そんな自らの誘いを断られるとは断られるとは思わなかった。
 最近自分の容姿も悪くないと思い始めて自信がついて来たというのに、一気に奈落の底へ落とされた気分だ……。


「……っ(……フラれてしまった。人生初逆ナンで速攻フラれるとは――)」


 ――でもみちるさん、お家にご飯があったらそりゃ断るよね……。


 断られてしまったから残念ではあるが、急なお誘いでは仕方ないだろう。人にはそれぞれ予定があるものだ。
 ……本当のところどういう理由で断られたのかはわからない。

 ただ、家光は満が自らが嫌で断ったわけではないと思いたい。
 だが、断られた手前どうにも気まずいではないか。
 こんな時は笑って「急にお誘いしてすみませんでした」の一言でも云わなければ――そう思うのに二の句が継げなかった。

 前世でも逆ナンパなどしたことはない。
 前世の千代は痛い女。自らを高嶺の花と過大評価し、いつでも待ちの姿勢でいたのだから。

 そんな自らでも誘いたくなったのが満という目の前の男――。

 素性は元僧侶ということだけしか知らないが、恐らく優しい男だということは直感的に感じている。
 それに見た目がとにかくドタイプ。美し過ぎるからきっとモテるのだろう。

 なぜ還俗したのかは不明だが、あのプラチナブロンドが長く伸びれば江戸中で噂になるに違いない。
 その噂が出回る前に一度でいいから家光は一緒に食事がしたかった。

 この際、あわよくば処女を奪ってもらい……なんて希望は捨ててもいい。
 ただ満と一緒に少しでも長い時間を過ごしたい――これに尽きる。

 そんな黙り込む家光に満もなぜか黙り込んだまま、澄んだ瞳が左右に揺れている。
 ……そうして冷たい秋風が二人の間に何度か吹き抜け、互いに暫し沈黙した後で漸く満が口を開いた。


「……千代さんさえ宜しければ、私の家で一緒に食べませんか?」

「ぇっ」


 大したおもてなしは出来ませんが――と、満は家光に手を差し出す。
 節くれだった長い指の大きな手と、穏やかな優しい瞳が家光を見下ろした。


「私の家はここからそう遠くはありません。お帰りの際はお家へお送り致しますから良かったら」

「え……、えっ? お家にお邪魔しちゃってもい、いいんですか?」

「ええ……、千代さんともう少し一緒に居たいのです」

「えっ」


 ――ええぇぇええええぇぇえええっっ!?!?


 家光がそぅっと満の手に触れると長い指がそれを捉え、しっかりと手を繋がれる。
 満の手は大きく力強く、歩き出しても家光の脳内はパニックを起こしたまま。何が何やらわからない内に家光は寺から連れ出されたのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

勇者のハーレムパーティー抜けさせてもらいます!〜やけになってワンナイトしたら溺愛されました〜

犬の下僕
恋愛
勇者に裏切られた主人公がワンナイトしたら溺愛される話です。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

残念女子高生、実は伝説の白猫族でした。

具なっしー
恋愛
高校2年生!葉山空が一妻多夫制の男女比が20:1の世界に召喚される話。そしてなんやかんやあって自分が伝説の存在だったことが判明して…て!そんなことしるかぁ!残念女子高生がイケメンに甘やかされながらマイペースにだらだら生きてついでに世界を救っちゃう話。シリアス嫌いです。 ※表紙はAI画像です

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...