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【城下逃亡編】
216 家光、お持ち帰りされる⑤
しおりを挟む「うーん……」
家光は白米を咀嚼しながら唸り、椀と箸を膳に置くと腕組みを始めた。
せっかくの骨休めで仕事のことを考えたくはないが、こんな話を聞いては考えざるを得ない。
生活困窮者に金子をばら撒くだけでは恐らく上手く回らないだろう。
今は規模が小さいこの一帯を成功事例として、徐々に全国へ広げていく形にすればあるいは……。
「うんうん……(城に戻ったら古那さんを呼んで訊いてみるか……)」
「……千代さん?」
まだ椀も皿も空になっていないというのに腕組みを始め、眉を寄せる家光に満は首を傾げる。
「あっ……すみません。そうだったんですね。私も長屋に来たのは初めてです。お部屋は狭いけど日当たりもいいし、そこの障子を開けてお昼寝なんて気持ち良さそう……」
――いっけない! みちるさんとランチ中だった……!
家光は再び箸を手にし椀を持ち上げ枕屏風の奥の障子に視線を移した。
……陽の光が障子に当たり部屋まで温かい。
最近は秋雨の影響もあって雨が多かったが、ここ二、三日は晴天が続いている。
天気予報なんてないこの世界で頼りなのは観天望気だ。空を読み生物の動向に注視し、天気を予測する。
それによれば、昨日は夕焼けが綺麗だったから今日は一日中晴れるはず。
今の自分は一介の武士、そして素敵な人とのランチ中である。
しばし仕事のことは忘れ、目の前のイケメンとの会話を楽しまなければ。
「私もそう思います。昼の間は陽光が程よく差し込むので雨が降らない限り布団も毎日干しているんです。院主を務めていた頃は物干し場まで距離もありましたから週に一度くらいだったのですが、ここはいいですね。お陰で今日もふかふかの褥で休むことが出来ます」
「ふふふっ、気持ち良さそうですね」
――ああ、みちるさんの笑顔が尊いぃ……キラッキラよキラッキラ……♡
満が優しい瞳で障子に目をやってから家光に視線を戻す。穏やかな顔を向けられた家光も釣られるように微笑んだ。
きっとこの人はいつもこんな風に穏やかなのだろうと思わせる眼差しが眩しくて、目を開けるのが少々辛い。
常に後光が差しているように見えるのは一体どういうことなのか。
……満の眩しさに糸目になった家光が、この後の満の発言に目を見開くことになる。
「……食事が済んだらお休みになりますか?」
上品に微笑みながら告げる言葉は共寝のお誘いなのか――。
“食事が済んだらお休みになりますか……?”
「……え? ……ええぇぇええっっ!?」
家光は脳内で満の言葉を反復し、その意味を理解すると一気に頬を紅潮させた。
――それって一緒にってこと……!? こんな真昼間から!?
今この場に月花は居ない。風鳥も他の者も城に居るから監視も居ないわけで。
つまり……本当に満と二人きり。
「っ……!?」
――ちょ、ちょっと待って?? 今、私……みちるさんと二人きりじゃないのっ!?!?
今更気付くのもおかしい話だが、家光は満にお持ち帰りされたのだ。
男の家にほいほい付いてきた“ちょろイン”とでも表現すべきか――。
将軍ともあろう者がドタイプの男から誘われたからとあっさり付いて来てしまって不味くはなかっただろうか。
もし満が家光の正体を知っていて、倒幕を企む輩だとしたら非常に不味い。ハニトラにあっさり引っ掛かったことになってしまう。
……危機感が足りていなかった――。
さっきまで全く警戒していなかった反動か、家光の身体は瞬時に硬直し椀と箸が手から零れ落ちる。
椀の中身は既に食べ終え中身が零れることはなかったが、向かいに座る満に向かって落ちた箸が転がっていった。
「……あっ! い、いえっ、そういう意味では……。ただ……千代さんが少しお疲れのように見えたのでお昼寝でもと。私はその間所用で出ますので、お部屋をお貸し致しますよ。お家だと気が休まらないでしょう?」
家光の反応に満も目を丸くし首を横に振る。
満は家光が疲れていると見て、昼寝の場を提供してくれようとしたらしい。
そんな満の気遣いに家光は安易かもしれないが、この人は敵ではないと感じた。
「……みちるさん……♡ ……――――けど」
“一緒に寝てもいいんですけど……。”
……家光の口から小さく零れた言の葉達は満には聞こえなかった。
倒幕側の人間でないのなら、一緒に寝ても構わない。
むしろ拗れに拗らせた処女を奪って欲しいくらいだ。
何故なら心と身体が目の前の男を欲している。
満に見つめられるだけで鼓動が跳ね恥ずかしくなり、見ているだけで幸福感を感じ満たされる。
……これが所謂“好き”という感情なのだろう。
どうやら家光は満に一目惚れをしてしまったらしい。
前世では惚れっぽく、イケメンとあらばすぐに惚れていた気がするが、環境のせいもあってか最近では久しくなかった感情だ。
とはいえ前世と違うのは遠くから眺めて妄想しているわけではなく、現実に対面し、対象の本人と会話が出来ているということ――。
だからなのか邪な思考で満を汚すよりも以前、目の前の満で飽和状態となり抱いて欲しいと切望してしまうのに、嫌われたらと思うと怖くて上手く言い出せない。
前世の竹・千代ならお得意の妄想世界で告白などすっ飛ばし、肉体関係に発展している頃だが、今は恋に恋する乙女のようだ。
そんな久しぶりの感覚に家光は戸惑いを覚えていた。
将軍という身分を知らずともこんな風に優しく気遣ってくれる男が今まで居ただろうか、いや居なかった――と、そう思った家光だったが実際は居たが家光のタイプではなかっただけである。
他の人間からすればただの我儘。
家康や秀忠もそうなのだが、自らが気に入らなければ受け入れられない性質で、立場的に選ぶ側だからそこは譲れない。
この目の前の男を逃がせば自分はずっと生娘のままかもしれない……ほんの少し勇気を出せば優しい満ならあるいは――。
……身体の奥底に熱が灯ったのを感じて家光は満を見つめた。
「ん?」
家光の視線を満の優しい瞳が迎えてくれる。
「あっ、あははは……、お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。ごはん食べたら帰らなくちゃ。家の者が心配しているかもしれないし」
――満さんのはにかみ、攻撃力たっか……♡♡
僅かに首を傾げる彼は目が合うとほんのりと口角を上げた。
その微笑みに射抜かれた家光は頬を真っ赤に燃え上がらせ目を逸らす。
同時鼻の奥がつんとして、慌てて鼻を抓んだ。
鼻を抓んだせいで少し鼻声になってしまったが、月花のことも気になる。今日のところはお暇すると伝えておいた。
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