逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【城下逃亡編】

220 一休み

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 家光が顔を上げると同時、満が離れた。


「……走ると転びますよ。気を付けて下さいね」

「……あっ、はい。すみません……その……受け止めてくれてありがとうございます……」


 満の温もりと芳香が薄れ、淋しさを感じつつも家光の鼓動が強く波打っている。
 思いがけず抱きしめ合ってしまい頬が熱くなった。
 恥ずかしさに顔を上げることが出来なくなり、縮こまって頭を下げる。


「……ふふっ。いつでも受け止めますから安心して下さい」

「っ……!?」


 ――それ、どういう意味ですか??


 優しい声に顔を上げれば、満が穏やかな表情で見下ろしている。

 意味がわからない。
 何故? どういうこと?

 家光の頭の中は疑問符ばかりが並ぶ。
 まともに恋愛などしたことがない家光には、満の言動の意味がいまいち掴めない。
 孝や振、正勝と風鳥は好意を隠さず表現してくれるから解りやすいというのに、満にはどきどきさせられっ放しである。

 好意があるかと思えばなさそうだったり、ないと思えば思わせぶりな言動。揶揄っているのかと思いきや、そうでもなさそうで……。
 どういう反応をすればいいのか戸惑ってしまう。


「……こほん。すみません、私の足が速かったようですね。ゆっくり参りましょうか。走ってお疲れでしょうからお手をどうぞ」

「っっ……! あっ、ありがとうございます……」


 家光の戸惑いを感じたのか否かは不明ながらも、満が咳払い一つして手を差し出してくる。
 手を引いてくれる……ということらしい。


 ――これは手を繋ぐチャンス……!


 家光は頬から火が噴き出そうになりながらも、そのチャンスを無にすることはなく、緊張で僅かに震える手で満の骨ばった御手を取った。


「……(みちるさんの手……大きいな……)」


 ……満に手を引かれ、辻駕籠を探し歩く。
 繋ぎ始めはひんやりしていた満の手は、互いの体温が交わり徐々に温かくなる。家光は繋がれた手を見下ろした。

 再会とはいえ、共に過ごした時間はそう長くない。
 今日が初対面と言ってもいい程の相手だというのに、今は何故か手を繋いでいる。
 指を絡め合せる繋ぎ方ではないものの、しっかりと繋がれた手――。
 すれ違う人々の中に、たまに手を繋ぐ恋人同士を見掛けるが自分達もそう見えるのだろうか。

 ……手が汗ばんでいる気がして恥ずかしい家光の心はこそばゆい感覚に襲われる。
 恥ずかしさに自然と視線が足元へと落ち、顔を上げることが出来なかった。


「駕籠が居ませんね……。もう少し歩けますか?」

「あ……、はい。大丈夫です」

「……少し、休憩しましょうか」


 暫く歩いて別の駕籠乗り場まで来たものの、そこも出払っている。
 満が俯き加減の家光を覗くように声を掛けるが、疲れているように見られたらしく、近くの河原へ連れて行かれた。









「千代さん、お水をどうぞ」

「ありがとうございます。丁度のどが渇いていて……」


 ――みちるさんやさしぃぃ……。


 休憩をしようと連れて来られた河原の土手に二人並んで腰掛け、満が家を出る際に持って来た水筒を手渡してくれる。
 満も喉が渇いているだろうに、先に飲ませてくれるとは……。

 ……家光は有難く先に飲ませてもらうことにした。
 冷たい井戸水が歩き疲れた身体に染み渡っていく。
 喉の渇きが潤い、家光の頬も僅かだが熱が冷めた気がした。

 家光の尻の下には白い手拭いが敷かれている。座る直前に満が敷いてくれたものだ。
 着物が汚れるといけないからと自然に出してくれたそれは、気遣いの何ものでもない。

 満は何という紳士だろうか。
 城の男達も色々とやってくれるが、彼等は家光が将軍だからそうしてくれるだけで、満は城の人間ではない。
 家光の本当の身分を知らないでそれをしてくれた。

 こんなことをされては、恋愛経験の乏しい家光は彼に惚れるしかない。
 ……既に満に惚れていた家光だったが、益々心惹かれてしまった。


「……私も、頂いていいでしょうか?」

「あっ、ど、どうぞ……」


 ――ああっ私の莫迦! 一人で飲み切っちゃダメでしょ……!


 目の前の彼のことを考えながら飲んでいたためか、ごくごくごくとつい飲み過ぎてしまうところで満が水を欲しがる。
 家光は飲むのを止めて満に水筒を返した。


「ありがとうございます。千代さん」

「あ、いえ……」


 ――って、ちょっとそれっ……!?


 家光から水筒を返された満はおもむろにそれを傾ける。

 “これ、俗に言う間接キスというやつでは……?”

 家光の目がまん丸としている間に喉を鳴らすようにごくごくと水を飲み干し、満の唇から水筒が離れた。

 ぺろり。
 水で濡れた唇をねぶり、満の唇がにっこりと柔らかく弧を描く。


「はぁー……、今日は暑いですね。ふふふっ、空になってしまいました」

「っ……!」


 空の水筒をひっくり返す満の笑顔に絶句する。

 ……今日は別に暑くはない。
 だが歩いていれば汗ばむくらいの気温はある。

 満の額には薄っすらと汗粒が浮き、拭う仕草が艶っぽい。
 先程の舌なめずりも蠱惑的で彼の所作はどれもが色を持ち、家光の注目を集めるのに充分だった。


「千代さん。中々駕籠を捉まえられず、すみません。いつもならさっきの場所に居るはずだったんですが……」


 不意に満の眉が下がり謝罪される。


「……あっ、い、いえ……。こちらこそお付き合いさせてしまって……」


 ――今日はついてなかっただけで、満さんが悪いわけじゃない。


 家光は首を左右に振って頭を下げた。


 確かに満の足がもう少し早ければ乗れたかもしれないのは事実。
 あれから半刻は過ぎている。最初の駕籠乗り場で乗れていれば、今頃寺に戻って月花と合流して説教でもされていたことだろう。

 ……だが、その分こうして一緒に居られる時間がある。

 満をちら見するついでに見える河原には、釣りをする人の姿がちらほら見えるが、皆川面ばかり見ていて家光と満を気にしている様子はない。
 川の流れも今日は穏やかで、きらきらと陽の光を反射し輝いている。

 好きな男と過ごす穏やかな時間……。
 彼と同じ時間を共有する時が長く取れるのは家光としても嬉しかった。


「休憩したらまた探しに行きましょう。明るい内にお屋敷に帰れますから安心してくださいね」

「はい……(もっと一緒に居たいなぁ……)」


 満が穏やかな声で安心させようとしてくれている。
 ……それに応えた家光の声は小さかった。
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