逆転!? 大奥喪女びっち

みく

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【城下逃亡編】

235 満の告白①

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「はい。お相手がそうであろうと、自らも別の相手を求めるわけにはいきません。私はその御方だけを見ていなければならないのです。見たくなくとも……」


 “見たくなくとも……。”

 ぽろっと零れたその言葉に満の本音が見えた気がした。
 それはつまり政略結婚で、気持ちは相手にないということ。
 なれど、輿入れする覚悟は決まっている――。

 ……政略結婚なんてこの世界ではよくある話だ。
 実際家光自身もそうなのだから、簡単に破談に出来ないことくらいわかっている。
 将軍ですら破談に出来ず、受け入れるしかなかった本人の意思など二の次の政略結婚。
 臣下の縁談を潰すことは容易いが、遺恨を残すことになり得る。

 それでもと家光は息を呑んでから恐る恐る訊ねた。


「……み、みちるさんはその方が嫌いなんですか……?」

「……嫌いかどうかなど……私の口からは言えません……。私の感情など告げたところで、禍事にしかなりませんから……。ただ、正室の他に側室が何人もいるというのは……正直なところ解せない。私はたった一人と愛し愛され添い遂げたかった……」

「……っ、そ、そうですよね……」


 “嫌いなら私がなんとかしてみますけど……?”――なんて思ってはみたがどうだろう。
 満の表情は眉間に皺を寄せており、不愉快そうだ。
 家光に向けてではないものの、猫板に置いた空の湯呑を相手に見立てているのか、ゴミを見るような目で見下ろしている。
 この様子だと、彼は側室制度そのものを嫌悪していそうだ。

 とすれば満に話していない本当の身分を告げることは出来ないし、どうにかしてやることも出来ない。
 どうにかしたとして、側室になって欲しいなどと言えば、嫌悪の目を向けられるのは目に見えている。

 満に嫌われたくない……。
 目の前の冷たい瞳を自らに向けて欲しくはない。

 ……家光は相槌だけ打ち、乾いた声で微苦笑だけしておいた。


「あっ、あの……こ、輿入れって、どこの家なんですか……?」


 そういえば、満が側室になるという事実が衝撃的過ぎて、誰の側室になるのか未だ訊いていなかった。
 武家であれば、もしかしたらどうにか出来るやも――。
 そう思って訊ねてみたが、満の首が左右に振れる。


「……千代さんは知らない方がいい。それが互いのためです。側室は囲われの身ですし、輿入れ後は千代さんとお会いすることもないはず。私達の出逢いは二人だけの秘密にしておきたい。私の大事な想い出として……駄目でしょうか?」

「っ……そ、そうですか……。二人だけの秘密……」


 ――二人だけのひ・み・つ……♡


 “二人だけの秘密”。
 なんて甘美な響きなのだろう。

 ぴしゃりと断られたものの、満の口元には人差し指が一本添えられ、艶のある笑みを浮かべる。
 急にそんな甘い顔を見せられては、家光の正常だった思考は直ぐに霧散してしまうではないか。
 誤魔化された感が否めないが、満が輿入れ先を言いたくないことは理解出来た。
 ならばこれ以上は追及すまい。


「千代さんは私の見目を気に入ってくれたのですか?」

「え……? あっ、すみません……はい、すごく好きです。ドタイプなんです。で、でもみちるさんの声も、優しいところも大好きで、今は見た目だけじゃなくてあなたの全部が好き……」


 あなたは私のど真ん中――。
 満に問われた家光は素直に答える。

 確かに始めは見た目から入ったが、今は声も優しさもその人となりも、満の全てが大好きだ。
 優しくて芯のある人なのだと、彼を知れば知るほど惹かれていくから不思議でならない。


「……どたいぷ? ふふっ。ありがとうございます。千代さんに気に入っていただけて幸甚です。私のこの見た目故に、幼い頃から色々な方々から好意を寄せられることが多かったのですが、つい先日御相手さまに御目通りした際、大変お気に召したそうで……此度の話が決まりました。私にも利があるので御請けした次第なんですが、千代さんともっと早くに再会出来ていたら請けなかった……そこだけが悔やまれますね」

「みちるさん……」


 ――くそうっ、御目通りした女ぁぁああっっ……! どこのどいつだ私のみちるさんを掻っ攫った奴はっ……!!


 満から幼少期にモテていた話をされ そりゃそうだろうと解したものの、聞いていく内、やはり政略結婚なのだと確信した家光は悔しく思う。
 ……しかもなんだ。先に再会していたら請けなかったなんて、そんなこと言われたら破談にしてやりたくなるじゃないか。

 しかし破談にしたところで嫌悪されるまでがセットなのが辛い――。


「側室だなんて……、しかも既にお相手が複数いるというのに、なぜまだ男を欲するのか……多情との噂も聞きますし、私などたまの慰みに使われるだけでしょうね」


 再び眉間に皺を寄せ、満は不快感を露わにしたかと思うと、ふっと眉を下げて薄っすらと口角を上げる。

 ……相手は多情と噂の女性らしい。
 当主が女であっても男好きはいる故に、何人もの側室を設ける家も多いのは事実。
 とはいえ何万石という大きな家であればある程、跡継ぎも多く必要なため致し方ない部分もある――が、噂が本当ならそんな女に満を輿入れさせるのは……。


「みちるさん……それって辞退することは出来ないんですか?」

「……はい。もう決まったことですから」

「っ……、私ならみちるさんを大事にするのに……っ!」


 やはり満をこのまま失いたくない……。

 家光は破談を願ったが、即刻却下されてしまった。
 はっきりと告げる満の顔には悲しみも怒りもなく、清々しい。
 ……歯噛みしたのは家光だけだ。

 最高権力を手にした将軍だというのに、好きになった男一人、救い出すことが出来ないとはなんと情けないことか。
 目の奥が痛み、涙が滲む。唇を噛みしめ満を見つめた。


「……。千代さん……。千代さんもこれからご正室やご側室を迎えられるのですよね?」

「……迎えたくて迎えるわけじゃないです。家のために受け入れざるを得ないだけで……、私だって、好きな人だけと添い遂げられたらって思います」


 満の質問にずるい答え方をしているのは自分でもわかっている。
 満は正直に事情を話してくれたというのに、家光、自分は既に正室も側室もいるその事実を話せていない。
 ……嘘を吐きたくなくて、その話題に触れないように注意し、気持ちだけは伝えておいた。
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