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【城下逃亡編】
240 長屋のトイレ事情
しおりを挟む……昼餉を終え、二人で前日のように片付けを済ませると、満は外せない用事があるとのことで独りで出掛けるらしい。
留守の間、家光を家に残すのは心配だったようだが、連れて行くことも難しい場所のようで「文吉さんに頼んでおきますから、何かあれば訪ねて下さい」、そう言い残し、見送る家光に何度も振り返りながら長屋を後にした。
満の帰宅予定時刻は夕方前である。
明るい内に戻りますと告げられた家光は、新妻になったつもりの笑顔で見送った。
戻って来たら満が長屋や、この周辺の案内を時間の許す限りしてくれるらしい。
「んー……! 井戸とトイレの場所は教わったけど、他は知らないし……。それに、今日もお散歩デートなんてっ♡」
――しかし、共同トイレか……。
満が帰って来るのが楽しみだなと思いながら、家光は両腕を上げ背伸びをする。 そうして満の居ない部屋の中、約束事を決めてすぐ後のことを思い出していた。
……軽くではあるが、井戸の場所と厠だけは既に教えてもらっている。
どちらも共同で使用するもので、厠の臭いが酷いのは仕方ない。
家光も何度か使わせてもらったが、城の家光専用厠(個室)とは違い、最初は戸惑った。
長屋のトイレは二室隣り合うように設置され狭く、床は板張り。
もちろん前世の洋式便座ではなく和式である。
長方形の穴が空けてあり、用を足すようにできている。但し、戸が下半分にしか付いておらず、下半身のみが隠れる仕様だ。
厠ナウ――と、誰が入っているかは一目瞭然で、屈んでも着物は捲り上げなければ致せないという形状。厠に近付けば諸々見えてしまうというもの……。
汲み取り式故に、臭いから考えると確かに。戸を閉め切りたくはないが、全く落ち着けない。
「……(どんな羞恥プレイだよ……。)」
――羞恥プレイが過ぎるっしょ。
家光は長屋の共同トイレを前に、無言ながらツッコまざるを得なかった。
転生してもう長いため、和式トイレに慣れはしたものの、前世の機能性抜群、快適便座が懐かしい。
……実はトイレに関するツッコミはこれが初めてではない。
城の個人トイレも、あれはあれで尻を拭く役がいたりと、始めは驚いた。
手足を上手く扱えなかった幼少期なら、恥ずかしかったが養父である春日局がやってくれたし、それはまだ我慢出来たのだ。
歳を重ねて自ら出来るようになり、春日局が離れても、厠に行こうとすると人が付いて来るではないか……。
人前で放尿、脱糞など羞恥の極み。
即座に厠前で待つようにと厳命してみたが、春日局に即刻却下された。
トイレ中は無防備なため、護衛の意味も兼ねて同室させているとのこと――。
……そう。尻拭き役は例に漏れず男性――、しかも見目麗しい好青年ばかり。
家光の将来がはっきりしていなかったその頃は、時期が時期だけに仕様がないとは思うのだが、トイレくらい独りでゆっくりさせて欲しいものだとずっと思っていた。
現在も稀に毒が盛られたり、城に賊が侵入したりとあるらしく(奥までは来ていないが)気は抜けないのだそうだ。
ならばと、折衷案――。
現在、尻拭き役は共に個室に入室。後ろを向いて耳を塞ぎ、鼻には鼻栓をさせ、諸々終えるのを待ってもらっている。
とはいえ……終わった後の尿や便は回収され検査に回されるので、用足し終了後、笑顔で「御疲れ様でした」とイケメンに爽やかに言われるのは居たたまれず、脱兎の如くその場から逃げ出す毎日。
イケメンに“鼻栓入ってますけど?”なんてツッコむ暇はない。トイレでイケメンウォッチングなんてできようものか。尻拭きなんて役嫌だろうに。恥ずかし過ぎてまともに尻拭き役と目を合わせられないのが辛い。
……そんな専用トイレから比べたら、臭いがどうかなど……。
こちらの厠の方がましなような、そうでもないような……。
満にくしゃくしゃにした懐紙をどうぞと渡され、初めて用を足した時は誰かに見られたらどうしようと はらはらした。
だが幸い誰もやっては来ず、何とか致せたわけだが……。こんなに落ち着かないトイレもあるんだなあ――なんて、家光は城のトイレと然して変わらないなと笑うしかなかった。
「みちるさん、戻りました(いや~、臭かったしハラハラした~)」
厠を出て行くと、少し離れた場所で背を向けていた満が、長屋の住人男性と何か言い争っており、戻って来た家光に気付いた彼は「どうぞ」と住人男性に道を譲っていた。
ところが住人男性が慌てて「もう引っ込んだ!」などとのたまい走って逃げていくので、何なのだろうと不思議に思ったが、聞けば、女性が厠に入ると覗きに行く男がいるのだそうだ。
……厠から出てきた女性を付けて行く輩もいるというから恐ろしい。
「あの人厠……じゃなかったみたい……? ……みちるさん、見張っててくれたんですね、ありがとうございます♡」
「いえ、千代さんには快適に過ごして頂きたいので。厠に行きたい時は教えてくださいね」
「はい♡」
厠から戻って来た家光に、眩しいくらいの爽やかスマイルを贈ってくれる満は、覗きなどしないであろう。
揉み解して渡してくれた懐紙は柔らかく、トイレの見守りもしてくれた。満の優しい気遣いが嬉しい。
毎度厠へ行くと申し出なければならないのは少々恥ずかしいが、城も似たようなものなので難なく出来そうだ。
……恥など感じてトイレを我慢しては身体を壊してしまう。
自分はこの国の最高権力者、これだけは自信をもって申し出よう――。家光は恥はさておき心に決めて、“みちるさんになら覗かれてもいいのだけど……”、そう思いながら爽やかな満の笑顔に応じて微笑み返した。
「……みちるさんと同棲か……♡ 早く帰って来ないかな~♡」
さて、長屋のトイレ事情の回想から戻った家光は、満の居ない部屋で特に何もすることがない。
満からも特に何かして欲しいなどということも聞いてはおらず、ただのんびりしていて下さいとのことだった。
そんなわけで、家光はとりあえず寝転がって満との生活を夢想し、右にごろごろ、左にごろごろ。
動きを止めて腕を左右に伸ばし、天井を見上げた。
こんなのんびりした時間を過ごすのはいつ振りだったか……。元服してから全くなかったように思う。
元服前もそれなりに忙しくはあったが、忙中閑ありで、何もない時もたまにはあった。
元服後から目まぐるしい忙しさで、独りきりになる機会は夜以外殆どなく、こんな静かな時間も珍しい。
「……静かだなあ……あ。けど、ふふっ。どっかでまた喧嘩してるな……」
あまりに部屋が静かで、外から遠くで誰かの言い争う声が微かに聞こえてくる。喧嘩は日常茶飯事、江戸の華。
表通りでまた喧嘩でもしているのだろう、城下に下りるとよく聞こえるBGMだ。
……暫く耳を澄ませていると、仲裁の声がして喧嘩は終わった。
「城下は賑やかでいいなあ……」
城の中も、政務中は正盛と重澄等がある程度賑やかにしてくれてはいるが、表右筆(書記)や他の者達が無駄話をすることは、まずないから新鮮である。
城下は毎日活気があって良きかな良きかな。
ぼぅっとしている内に、折角治まった口論がまたキャストを変えて始まり、家光は耳を澄ませたまま目を閉じた――。
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